1.判決
原判決取消。Xの控訴につき一部認容,一部棄却。Yの控訴棄却。
2.判断
「第3 当裁判所の判断
当裁判所は,Xの本訴請求は,次に認定する限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり付加,変更するほかは,原判決の「第4 争点に対する判断」中の「1 事実経過」及び「2 原告から被告に対する本件各発明の移転原因について」・・・,「4 争点(1)及び(2)について」のうち,「(1)原告の主位的主張等について」・・・,「(4)本件発明1がされるについて被告が貢献した程度について」,「(5)本件発明1の社内実施分について」,「(6)本件発明1の日立メディアエレクトロニクス実施分について」・・・,「(8)本件発明2,3に係る日本国特許について被告の受けた利益の額」,「(9)本件発明2,3の被告の貢献度等について」及び「(10)本件発明2,3に係る日本国特許についての「相当の対価」の額(結論)」・・・並びに「5 争点(4)について」・・・を引用する。
1 特許法35条と勤務規則等との関係について
特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照),職務発明について特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図り,これにより,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを目的とした規定である。すなわち,同条は,(1)使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項),(2)従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては,あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項),その反対解釈として,職務発明については,そのような条項が有効とされること,(3)従業者等は,職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項),(4)その対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。これによれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし,いまだ職務発明がなされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,上述した同条の趣旨及び規定内容に従いつつ,あらかじめ対価の額を確定的なものとして定めることができないことは明らかであって,同条の下で,上記のように早期の段階で対価の額を確定的なものとして定めることが許容されていると解することはできない。換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。したがって,勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁)
本件については,Yは,Y規定を設け,Xから,本件各発明を譲り受け,Y規定に基づき,原判決が認定した補償金を支払っている。しかし,その金額が特許法35条が定める「相当の対価」に満たないものであることは,以下に述べるとおりである。YはY規定に基づき本件各発明の承継に対する「相当の対価」を既に支払っている,とのYの主張は採用し得ない。
2 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等と特許法35条について
(1)職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡の準拠法について
本件譲渡契約は,その対象となる権利が職務発明についての日本国及び外国の特許を受ける権利である点において,渉外的要素を含むものであるから,その準拠法を決定する必要がある。
本件譲渡契約は,日本法人であるYと,日本国に在住してその従業員として勤務していた日本人であるXとが,Xがなした職務発明について,日本国において締結した譲渡契約である。本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法をどの国の法律とするかについての当事者の明示の意思は存在せず,当事者の黙示の意思を推認すれば,それが日本法であることは明らかであるから,法例7条1項により,準拠法は,本件各発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の合意に関する部分も含めて,日本法であると解すべきである。また,当事者の意思が明確ではないとするとしても,法例7条2項により,その準拠法は日本法となることが明らかである。
仮に,本件譲渡契約の準拠法について,法例7条が適用されないとしても,そのときには条理によりこれを決すべきであり,条理にかなうのは,使用者と従業者との間の雇用関係に最も密接な関係を有する国の法律を準拠法とすることであるということになるというべきである。この場合においても,本件譲渡契約については,日本法人であるYと日本人であるXとの雇用契約が締結され,かつ,Xの勤務地であった日本国の法律を準拠法とすべきことになる。
Yは,FM信号復調装置最高裁判決を前提にすれば,本件譲渡契約中の,外国の特許を受ける権利の承継に関する部分については,属地主義の原則の観点から,外国の特許を受ける権利に基づき特許が登録されることとなる当該外国の特許法が準拠法となると解すべきである,と主張する。しかし,同最高裁判決は,ベーベーエス最高裁判決を引用して,「特許権についての属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである。」と判示した上で,「各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており,我が国においては,我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない。」と判示したものである。この判決は,特許権の付与の手続と効力について属地主義の原則を確認したにすぎないのであるから,本件譲渡契約中の外国の特許を受ける権利の譲渡の合意における「対価」の部分が,同判決の射程外であることは明らかである。同判決は,特許権の「成立,移転,効力」,すなわち,特許権が付与される手続的,実体的要件,特許権が有効に移転されるための手続的,実体的要件,及び,特許権自体の差止請求権等の効力について,「いかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律して」いることを述べたものであり,その前提となる特許を受ける権利等の譲渡契約における「対価」の問題について,これを各国の特許法等の法律にゆだねることを述べたものでないことが明らかである。
むしろ,同判決は,「特許権侵害を理由とする損害賠償請求については,特許権特有の問題ではなく,財産権の侵害に対する民事上の救済の一種にほかならないから,法律関係の性質は不法行為であり,その準拠法については,法例11条1項によるべきである。」と判示し,特許権に関するものではあっても,特許権特有の問題ではないものについては,属地主義の原則を採用しないことを明言しているのである。
以上からすれば,Yの上記主張は採用し得ず,本件譲渡契約の準拠法は日本法である,と解すべきである。
(2)職務発明中の外国の特許を受ける権利等の譲渡と特許法35条について
原判決は,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという,いわゆる属地主義の原則から,特許法35条は,我が国の特許を受ける権利等についてのみ適用され,外国の特許を受ける権利等について適用又は類推適用されることはない,と判示した。しかし,原判決のこの判断は,採用することができない。
(ア)特許法35条3項及び4項は,従業者等が職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を譲渡した場合に,「相当の対価の支払を受ける権利を有する」と規定する。この規定は,従業者と使用者との間の職務発明に係る譲渡契約の対価を強行法規により定めることによって,従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図り,これにより「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(特許法1条)との特許法の目的を達成しようとするものである。このように,特許法35条は,特許法中に規定されているとはいえ,我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図る強行法規である点に注目すると,特許法を構成すると同時に労働法規としての意味をも有する規定であるということができる。職務発明についての規定がこのようなものであるとすると,職務発明の譲渡についての「相当の対価」は,外国の特許を受ける権利等に関するものも含めて,使用者と従業者が属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり,当該特許が登録される各国の特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことが明らかである。
原判決が,特許法35条3項の「特許を受ける権利若しくは特許権」が,外国の特許を受ける権利及び外国の特許権を含まないと判断した根拠となった属地主義の原則(ベーベーエス最高裁判決)とは,特許の成立,移転,効力,すなわち,特許権が付与される手続的,実体的要件,特許権が有効に移転されるための手続的,実体的要件,及び,特許権の効力がそれぞれの国の特許法により定められることを述べたものであり,特許を受ける権利等の移転の前提となる,それらを対象とする譲渡契約における,それらの権利の移転の対価についてまで,これを各国の特許毎に各国の特許法等の法律にゆだねることを述べたものではない。各国における特許の成立,移転,効力についての手続的及び実体的要件というような,各国の特許に特有の事項については,各国の特許法の定めるところによりこれを律すべきであるとしても,職務発明により原始的に発生する日本及び外国の特許を受ける権利等の移転の対価については,上記のとおり,従業者と使用者間の雇用契約上の利害関係の調整を図り,発明を奨励するとの要素も考慮した上で,その国の産業政策に基づいて定められた法律により一元的に律せられるべき事柄であるから,従業者と使用者が属する国の法律により解決されるべきである。このような従業者と使用者間の雇用契約上の利害関係の調整事項を,特許を受ける各国の特許法等の法律により多元的に決すべきであると解する合理的な理由はない(例えば,当該発明につき特許が認められていない国については,当該国の特許を受ける権利等自体が存在し得ないことになり,結果として,当該国との関係においては,職務発明について特許を受ける権利等の対価を考える余地はないことになる。しかし,それは,移転の対象の大小,換言すれば,財産権としてみた場合の職務発明の価値が各国の特許制度によって影響され得ることを物語るだけであり,何ら上述したところと矛盾するものではない。)。
Yは,ある発明が職務発明に該当するのか,職務発明に該当するとした場合に,特許を受ける権利はだれに帰属するのかなどの問題は,その国の国家的利益と密接に結びつく問題であるから,属地主義の原則が適用され,特許付与国の法律によって定められるべきである,と主張する。しかし,職務発明に該当する場合に,特許を受ける権利をだれに帰属させるか,その対価をどのように規制するかは,その国の使用者と従業員発明者との間の利害関係の調整及びその国の発明の奨励及び産業の発達に関する産業政策に密接に関連する問題であるからこそ,使用者と従業者とが属する国の法律により一元的に定めるべき問題となり,使用者と従業者とが属する国の国家的利益に密接に結び付く法律問題となるのである。Yの上記主張は採用し得ない。
(イ)Yは,特許法33条及び34条に規定されている「特許を受ける権利」は,日本国の特許を受ける権利のみを意味することは明白であり,特許法35条3項が規定する「特許を受ける権利」についてのみ「外国の特許を受ける権利」をも含むものと解釈することはできない,と主張する。
確かに,特許法33条及び34条(あるいは38条,49条7号,123条1項6号等)に規定されている「特許を受ける権利」は,日本国の特許を受ける権利について規定したものである。ベーベーエス最高裁判決がいうとおり,特許の成立,移転,効力は,属地主義の原則により,各国の特許法により律せられるものであるから,特許法33条,34条等が,日本国特許庁への特許出願後の日本の特許を受ける権利について規定しているものであることは明らかである。しかし,特許法35条は,上記のとおり,使用者と従業者との間の雇用関係において生じる職務発明に関する法律問題,すなわち,職務発明の譲渡契約における「相当の対価」について定めた強行法規であり,我が国の産業政策に基づき,使用者と従業員発明者との間の利害関係を調整しながら,特許法1条が定めた目的を達成するために設けられたものであり,特許法における他の規定とは異質の規定であると解すべきである。
特許法35条が,特許法の他の規定と比べ異質なものであり,同条中の用語を他の特許法の規定と同じ意味に解さなければならない合理的理由がない以上,同条における「特許を受ける権利」は,その規定の趣旨を合理的に解釈し,上記のとおり,我が国の職務発明について,日本国のみならず外国の特許を受ける権利等をも含む意味であると解すべきである。Yの上記主張は採用し得ない。
(ウ)仮に,特許法35条3項及び4項が我が国の職務発明について我が国の特許を受ける権利等についてのみ適用があり,外国の特許を受ける権利等について適用がなく,各登録国の特許法が適用になるとの原判決の立場を採用すると,次に述べるとおり,これと異なる職務発明制度を採用している世界の主要国との調和を欠くことになり,従業員発明者はいずれの国においても保護を受けられない事態が生じたり,また,裁判所も,外国の特許を受ける権利の譲渡の対価について,外国法に基づく請求があれば,各登録国の法制度を調査し,各登録国の法制度に従って,これを判断する必要が生じるなど,極めて煩瑣な事態が生じる結果となる。このような結果を招く解釈を合理的なものとすることはできない。
(a)1977年イギリス特許法39条及び40条は,一定の要件を満たす職務発明(従業者発明)が使用者に原始的に帰属すること,及び,使用者が従業者に適切な補償金を支払うべきことを規定している(強行法規)。そして,同法43条2項は,職務発明の準拠法について,「発明を行った時点において,当該従業者が,a主として連合王国内で雇用されていたか,又は,b主たる雇用地が存在しないか雇用地が特定できないが,使用者が連合王国内に事業地を有し,右従業員がその地に配属されているか,のいずれかの条件が満たされない場合を除き適用される。」と規定している。そのため,日本において雇用され,勤務していたXは,本件各発明について,イギリス特許法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また,イギリス特許法43条4項は,「40条から42条までにいう特許又は出願中の権利には,連合王国の法律に基づくものであるか,外国において適用される法であるか,条約・国際約束に基づくものであるかを問わない。」と規定しており,イギリスにおける職務発明の補償金の算定においては,外国の特許から得られる利益をも考慮しなければならないことが規定されている。(甲301,甲311,乙106)
(b)ドイツにおいては,職務発明は,従業員発明者に原始的に帰属し,1957年従業者発明法により,従業員発明者は,使用者に職務発明を譲渡するについて相当の補償金を受ける権利を有する(同法9,10条。強行法規)。そして,ドイツでも,職務発明の譲渡契約の準拠法については,雇用契約の準拠法によることと解されており,当事者が合意により明示又は黙示に準拠法を指定することができ,その指定がない場合は,常時労務供給地法,それがない場合には使用者の営業所所在地法によることを原則としている。そのため,日本国において雇用され,勤務していたXは,本件各発明について,ドイツ法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また,ドイツ法が適用される場合には,補償金額については,1959年に制定され,1983年に改正された「民間雇用における職務発明の補償に関するガイドライン」が連邦労働大臣により定められており(11条),その26号によると,発明の価値(補償金)を国内利益と同様に外国における把握し得る業務上の利益をも考慮して決定することを定めている。(甲301,甲311,乙106,乙119)
(c)フランスにおいても,1992年に制定されたフランス知的財産法(1978年特許法を引き継いだもの)611条の7,615条の21により,一定の要件を満たす職務発明(従業者発明)が使用者に原始的に帰属すること,及び,使用者が従業者に「追加の補償」を支払うべきことを規定している(強行法規)。そして,準拠法については,フランス法に基づく雇用契約下にある従業員についてこの規定が適用されると解されている。そのため,日本国において雇用され,勤務していたXは,本件各発明について,フランス知的財産法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また,フランス法が適用になる場合には,フランスの特許だけでなく,外国特許により使用者が得た利益も考慮した上で,追加の補償を定める,とした判例があり,同様の考え方の学説が有力である。(甲311,乙106)
(d)ヨーロッパ特許条約(EPC)60条1項第2文は,職務発明(従業者発明)の準拠法について,「発明者が従業者である場合,欧州特許を受ける権利は,従業者が主に雇用されている国の法律に従って決定される。従業者が主に雇用されている国を決定することができない場合,適用されるべき法律は,従業者が属している使用者の営業所のある国の法律とする。」と規定しており,職務発明の譲渡の対価若しくは補償金については,雇用国の法律によって一元的な解決を図っている。(甲301,甲311,乙119)
(e)以上からすれば,本件のように,日本法人であるYの従業者として日本国で勤務し,本件各発明(職務発明)をしたXについて,属地主義を根拠として,特許法35条の適用を日本国の特許を受ける権利に限定し,外国の特許を受ける権利等についてこれを認めず,登録国の特許法等によるものとの立場を採用すると,Xのような従業員発明者は,外国の特許を受ける権利等の承継について,上記各国の特許法によっても,日本の特許法35条によっても,職務発明の規定に関する強行法規による保護を受け得ないこととなる(準拠法についてどのように考えても,外国の特許を受ける権利等の承継について,いずれの国の実体法によっても保護されないことに変わりはない。多くの日本人従業者は,Xのように日本国において勤務していることが通例であるから,同様の結果となろう。)。そして,上記各国の法律は,職務発明についての規定を雇用契約に関する法規としてもとらえているため,その補償金の算定においては,使用者が外国特許により得た利益も考慮しているのであり,属地主義の原則に基づく前記のような立場は,前記各国の法制度と調和しないものであることが明らかである。
(エ)Yは,特許法35条の「特許を受ける権利」が外国の特許を受ける権利を含むものと解した場合には,例えば,出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めないアメリカ合衆国の法律との関係においては,解決不可能な矛盾を生じさせる,と主張する。
アメリカ合衆国の特許法においては,発明は発明者に原始的に帰属するものとされているから,職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡という問題が生じ得る。しかし,職務発明に関する規定が存在しないため,職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡については,使用者と従業者との契約にゆだねられている。ただし,各州の判例法に反する契約は無効とされる。判例法によれば,一般に,職務発明は,従業者から使用者への譲渡義務が発生する発明(発明をすることが雇用契約の内容となっている場合に認められる。),使用者にいわゆるショップライト(shop right)が与えられる職務発明,上記以外の自由発明に分類され,八つの州では,自由発明について予約承継契約を禁止している。(甲301,乙106,乙119)
仮に,アメリカ合衆国が,出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めない国であるとしても,出願後の承継契約は可能なのであるから,我が国の使用者と従業者は,特許法35条に基づき,その職務発明について特許を受ける権利の譲渡契約を締結する際に,出願前の譲渡契約を認めない国については,これを譲渡契約の予約とすることを合意する,あるいは,譲渡契約の合理的解釈により,譲渡契約の予約と同趣旨のものと解釈するなどの方法により,従業員発明者がアメリカ合衆国で特許出願をし,その後,使用者が特許を受ける権利を承継する手続をとる,とすることも可能であり,これにより,特許法35条の趣旨に合致した結果を導くことができる。特許法35条は,我が国の使用者と従業者との間の,職務発明についての特許を受ける権利等(外国の特許を受ける権利等を含む。)の譲渡契約における,これらの権利の譲渡の対価の額を「相当の対価」とすることを強行法規として規定したものであり,これらの権利の譲渡の時期あるいは各国における特許出願の時期について規定したものではないから,アメリカ合衆国の特許法と相矛盾する内容のものと解する必要はない。同条の趣旨は,我が国の使用者と従業者との間において,職務発明について,外国における特許を受ける権利等も含めて,「相当の対価」をもって譲渡がされればよい,というだけのことであり,このことと,特許出願前の譲渡を認めない法制とが,相矛盾する考え方であると見る必要は全然ないのである。
(オ)以上からすれば,我が国の従業者等が,使用者に対し,職務発明について特許を受ける権利等を譲渡したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有することを定める特許法35条3項の規定中の「特許を受ける権利若しくは特許権」には,当該職務発明により生じる我が国における特許を受ける権利等のみならず,当該職務発明により生じる外国の特許を受ける権利等を含むと解すべきである。
3 本件発明1の特許を受ける権利の承継の「相当の対価」について
(1)ライセンス契約締結における本件発明1の価値について
証拠(甲44,甲47,甲48,甲57,甲82,甲159の1,甲190,甲196,甲197,甲210の1・2,甲222,甲231,甲240,甲288ないし294(枝番省略),甲299,甲312ないし316,乙187ないし189)によれば,次の事実が認められる。
・・・
以上からすれば,Yが,全世界で製造販売されたすべてのCDプレーヤ等のCD関連製品について,ライセンス契約ないしクロスライセンス契約を締結し,その際,本件発明1により,実施料を取得するか,実施料を得る代わりに相手方の特許の実施許諾を得るかしていた,とまで認めることはできないものの,本件発明1は,現にYがライセンス契約ないしクロスライセンス契約を締結する際において,重要な役割を果たした特許の一つであった,ということができる。以下においては,上記事実を前提とした上で,Yが,各ライセンス契約を締結するに際し,相手方に実施許諾した多数の特許における本件発明1の寄与率を認定する。
(2)包括的ライセンス契約について
使用者等が相手方企業との間でライセンス契約を締結し,同契約に基づいて実施料を取得した場合,その実施料は,使用者が発明の実施を排他的に独占することによって得た利益に属するということができる。したがって,このライセンス契約により取得した実施料に基づいて,使用者等が得た利益の額を算定し,それを特許法35条3項の「相当の対価」の額を算定するための基礎とすることは,合理的な算定方法の一つであるということができる。
複数の特許発明がライセンス(実施許諾)の対象となっている場合には,本件発明1により「使用者が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては,本件発明1が当該ライセンス契約締結に当たって寄与した度合を考慮すべきである。
前記(1)の認定事実及び各包括的ライセンス契約について認められる次の個別の事情によれば,Yが,各包括的ライセンス契約において,本件発明1により受けるべき利益の額は,次のとおりであると認められる。なお,Yが本件発明1について実績補償金を支払う際に認定した本件発明1の寄与率は,本訴が提起される前に認定されたものについては,その認定に明らかな誤りが認められる場合,明らかに不公正ないし偏った認定と認められる場合など,参考とするにふさわしくない場合を除けば,本件においても,Yが各包括的ライセンス契約において相手方に実施許諾した複数の特許における本件発明1の寄与率を認定する上で,参考とし得るものであるというべきである。
(ア)フィリップス
(a)証拠(甲33,甲151,甲210の1,乙97,乙120ないし127,乙189)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
@Yは,昭和58年10月に,フィリップスに対し,CDプレーヤに関する特許発明合計5件(当時,日本国及び外国において出願中であったもので,本件発明1を含む。)の実施を許諾することを合意し,1億0250万円の実施料を得た。この58年契約は,契約日から昭和66年(平成3年)7月30日までの間,オーディオ用CDプレーヤについて,上記5件の特許発明の,全世界における非独占的製造・販売の実施を許諾するものである。Yが実施許諾した特許発明5件のうちでも,「回避不可」として高く評価されたのは本件発明1を含む2件であり,その余の3件は「使用中」と評価された。Yは,平成4年に,本件発明1についてY規定に従った実績補償金を支払うに当たって,58年契約における本件発明1の寄与率を,22%と評価した(乙97に22%とあるのが,乙97作成者の誤解に基づくものであり,本来は,20%とする趣旨であったことは,乙127及び乙189から明らかである。)。
AYは,昭和61年4月に,フィリップスとの間で,58年契約を更改し,契約製品を,オーディオ用CDプレーヤから「CD,VDO,コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」に拡大し,契約特許も「昭和67年末迄に出願される両者の特許」に拡大し,契約期間も「昭和67年12月31日迄」とした上で,フィリップスがYに対し,100万米ドルを支払うとの包括的ライセンス契約を締結した。フィリップスは,昭和61年に,Yに対し,この61年契約に基づき実施料70万ドル(Yの家電機器部の受取分であり,日本円に換算すると1億1200万円となる。)を支払った。Yは,平成9年にY規定に基づき本件発明1の実績補償金を算定するに当たって,この実施料70万ドルについて,本件発明1の寄与率を40%と評価した。
BYは,昭和63年4月に,フィリップスとの間で,昭和56年以来継続してきたクロスライセンス契約を更改し,包括的クロスライセンス契約を締結した(58年契約及び61年契約の対象製品は,昭和56年のクロスライセンス契約の対象外であった(乙122の3枚目)ものの,この63年契約により,上記61年契約もこれに統合された。)。63年契約においては,契約製品が,「・・・家電,・・・機器全般」(判決注・点線部分は,証拠として提出されていないため不明。)に広げられ,契約特許も,「昭和67年末迄の出願に基づく両者の特許」とされ,その実施許諾期間も「実施権は契約特許の有効期間中存続する。」と合意され,契約期間は「昭和67年12月31日」までと合意された。63年契約は,包括的クロスライセンス契約ではあるものの,「両者の特許ポジション」等が総合的に勘案され,Yが100万米ドルを受領することも合意された(乙122)。
Yは,平成9年に,実績補償金を算定するに当たって,昭和63年にフィリップスからYに支払われたいわゆるバランス調整金としての実施料25万米ドル(上記100万米ドル中,Yの家電機器部の受取分であり,日本円に換算すると3250万円となる。)についても,本件発明1の寄与率を40%と評価した。
(b)Yは,上記のとおり,本件発明1の寄与率を,58年契約について22%(もっとも,22%としたのは明らかな誤解に基づくものであり,本来は20%と評価した趣旨と推認されることは上記のとおりである。),61年契約及び63年契約については40%と認定した。本件発明1が上記のとおり,不可避特許と評価されていたことからすると,Yが,61年契約で支払われた実施料及び63年契約で支払われたバランス調整金としての実施料について40%とした評価は適正であると認められる。また,58年契約における本件発明1の寄与率は,上記22%(正確には20%)の評価は,58年契約において実施許諾した特許発明が5件であったことから単に均等割で評価したものであって,十分な根拠があったわけではないと推認することができること,58年契約における寄与率を61年契約における寄与率と比較して,これだけ低く評価する理由も見当たらないことに照らすと,61年契約と同様に,40%と評価するのが合理的である(原判決が58年契約,61年契約及び63年契約の各実施料について,本件発明1の寄与率を30%と認定したのは,外国特許の分を除外して考慮したことが一因であると推認することができる。)。
(c)Yは,本件発明1については,61年契約により各特許の有効期間中の実施許諾がなされており,その実施料がすべて支払われているため,63年契約において本件発明1の寄与分はない,と主張する。しかし,63年契約に基づき支払われた100万米ドルのうち,25万米ドルについては,Yの家電機器部が受領していること(乙122の3枚目),Y自身がこの25万米ドルについて,本件発明1の寄与率を40%と評価していること,及び,63年契約においては,61年契約で契約対象製品とされた「CD,VDP,コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」が更に「家電機器」一般に拡大され,新たに開発されたCD-R,DVD及びMD等の新製品についても本件発明1の実施許諾が拡大されたことからして(甲28,甲188),63年契約において本件発明1の寄与分がないとするYの上記主張は採用し得ない。
もっとも,63年契約は,包括的クロスライセンス契約であることからすると,上記100万米ドル(家電機器受取分25万米ドル)は,クロスライセンス契約において,Yが保有する特許がフィリップスが保有する特許を上回るものと認められて,フィリップスからYに対しバランス調整金として支払われたのであるから,63年契約において,本件発明1によりYが得た利益は,上記支払金額を前提として算定した金額よりも多いはずであるとの疑問が生じる。この問題については,Yとフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約においてYが本件発明1により受けた利益の額の問題として,後に判断する。
(d)以上からすれば,Yが,フィリップスとの58年契約,61年契約及び63年契約において,本件発明1により受けた利益は,次のとおり,9880万円である。
(1億0250万円+1億1200万円+3250万円)×0.4=9880万円
(イ)ヤマハ
(a)証拠(甲11,甲12,甲224ないし227,甲298,乙83,乙84,乙91,乙97,乙107,乙108,乙129,乙136,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成6年4月に,ヤマハとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案につき,今後の実施料を販売価格の0.6%,過去の製造販売分の実施料を1億円として,実施許諾する契約を締結した。ヤマハは,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として,平成6年度に1億1900万円,平成7年度に5760万円,平成8年度に4920万円,平成9年度に4500万円,平成10年度に4000万円をそれぞれ支払った。
AYとヤマハとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成3年12月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計8件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については,ヤマハの製品が本件発明1の日本国特許の「半値幅以内の円形開口」要件を満たすか,ヤマハがソニーから購入している一部の光ピックアップユニットを除外すべきかなどが議論の対象となったものの,最終的には,上記条件によりライセンス契約が成立した。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明8件(平成9年は7件)のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成6年度から平成9年度までは15%と評価し(乙107,乙129),平成10年度は,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,10%と評価した(乙136,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが本件発明1について評価した寄与率,すなわち,平成6年度から平成9年度までは15%,平成10年度は10%との寄与率は,適正なものと認められる(フィリップスとの間の包括的ライセンス契約と比べて,本件発明1の寄与率が低いのは,Yが実施許諾する有力な特許の数が増えたためであると認められる。また,原判決が上記寄与率を10%と認定したのは,本件発明1の外国特許分を除いて考慮したためと推認することができる。)。
(c)Yは,ヤマハとの包括的ライセンス契約において,Yがヤマハに対し,その保有するすべてのCD関連特許を包括的に実施許諾していることから,ヤマハに提示した主要な特許発明8件における本件発明1の寄与率をもって,ヤマハとの上記契約締結における本件発明1の寄与率と評価することはできない,と主張する。しかし,Yは,ヤマハとの上記契約締結において,主要な特許発明8件のみが寄与したと評価していること,換言すれば,その余の特許・実用新案の寄与はほとんどないと評価していることは前記のとおりである。また,前記のとおり,本件発明1は,戦略特許金賞を受賞しているものであり,Yの中央研究所及び映像メディア研究所における過去20年間の特許出願1万余件の中で,戦略特許金賞を受賞した特許権は,6件(0.006%)にとどまること,したがって,ヤマハに提示された主要な特許発明8件中に,本件発明1と同様に戦略特許金賞を受賞した特許が数件以上含まれている可能性は極めて少ないこと,及び,前記(1)認定の事実からすれば,Yによる,上記主要特許8件に対する本件発明1についての上記評価自体,その程度はともかく,低すぎるということができる。そうだとすると,ヤマハとの上記契約締結における本件発明1の寄与率は,Yが保有するすべてのCD関連特許を包括的に実施許諾したものであることを考慮しても,Yによる上記評価を下ることはない,というべきである。Yの上記主張は採用し得ない(ヤマハ以外の以下の企業との包括的ライセンス契約についても同様である。)。
(d)Yは,ヤマハが使用している光ピックアップはソニーの製品であり,Yとソニーとの間では,既に本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約が締結されているため,ヤマハには,本件発明1を対象として実施許諾を受ける利益はない,と主張する。しかし,ヤマハは,平成4年6月20日付けの「貴社ご所有CDプレーヤ関連特許の件」と題するYあての書面の中で,ソニー製ピックアップについては,ソニーから,Yとの間で問題が生じることがないとの確言を得ているため,ソニー製ピックアップについては議論をする必要がないことを明確に主張しており(乙84),Yも,ソニー製ピックアップについては侵害の主張をし得ないことを認識していたのであるから(甲11),双方とも,ヤマハが部品として使用しているソニー製のピックアップについては本件発明1に係る特許の侵害の問題が生じないことを認識した上で,ヤマハがそれ以外のメーカーから購入したピックアップユニットも存在することから,上記のライセンス契約を締結したものであると認められる。Y自身が,このような事情も認識した上で,上記ライセンス契約において占める本件発明1の寄与分を15%若しくは10%と評価したのであるから,Yの上記主張は理由がないことが明らかである。
(e)Xは,ヤマハとの上記契約において,寄与率20%と評価されている「自動焦点合わせ方式」特許(特許番号957345号)は,遅くとも平成2年ころには,CDプレーヤに実施されていないのであるから(甲151),その評価(20%)はゼロとして,他に配分すべきである,と主張する。
確かに,Yとフィリップスとの間においては,平成3年には,上記特許は有力な特許として提示されたものの中に入っていない(甲151)。しかし,Yは,平成10年,11年ころにおいても,ヤマハ,フナイ,ケンウッド,三洋に対しては,同特許を有力特許として評価してそれぞれにおいて相応の寄与率を認定しているのに対し,その余の企業,すなわち,ナカミチ,シャープ,シナノケンシ,アキュフェーズ,サンスイ,ティアック,オンキヨー,アルパイン,ミツミ,カシオ等の企業とのライセンス契約においてはこれを有力特許として評価していない(乙129ないし乙149)。このことからすれば,Yは,各ライセンス契約において提示した有力な特許,契約締結に至るまでの経緯,相手方の対応を総合的に評価して,各特許の寄与率を認定評価しているものと認められる。したがって,フィリップスとの交渉において,上記特許が評価されなかったからといって,そのことから,直ちに,他の企業においても同様であるとまでいうことはできない。Xの上記主張は採用し得ない(ヤマハ以外の以下の企業についても同様である。)。
(f)上述したところによると,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,4462万円と認められる。
(1億1900万円+5760万円+4920万円+4500万円)×0.15+4000万円×0.1=4462万円
(ウ)フナイ
(a)証拠(甲11,甲12,甲227,甲298,乙85,乙86,乙91,乙97,乙107,乙108,乙130,乙137,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成6年10月に,フナイとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案につき,今後の実施料を国内生産分については販売価格の1.0%,海外生産分については0.8%,過去の製造販売分の実施料を4400万円として,実施許諾する契約を締結した。フナイは,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として,平成6年度に5900万円,平成7年度に5400万円,平成8年度に6030万円,平成9年度に4600万円,平成10年度に900万円をそれぞれ支払った。
AYとフナイとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成3年12月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については,フナイの製品が本件発明1に係る特許を侵害するかどうかが議論の対象となったものの,ヤマハとYとのライセンス契約が成立したことにより,フナイとも,上記条件により,ライセンス契約が成立した。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明9件ないし10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成6年度から平成9年度までは10%と評価し(乙107,乙130),平成10年度は,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,5%と評価した(乙137,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成6年度から平成9年度までは10%,平成10年度は5%との寄与率は,適正なものと認められる(フナイとのライセンス契約においては,ヤマハとのライセンス契約と比べ,主要な特許として評価されたものが9件ないし10件であるため,本件発明1が全体に占める寄与率が若干低下することはやむをえないと考えられる。)。
(c)上述したところによると,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,2238万円と認められる。
(5900万円+5400万円+6030万円+4600万円)×0.1+900万円×0.05=2238万円
(エ)ケンウッド
(a)証拠(甲11,甲12,甲227,甲298,乙88,乙91,乙97,乙107,乙108,乙131,乙138,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成6年10月に,ケンウッドと,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案につき,今後の実施料を国内製造又は販売分については販売価格の0.8%,それ以外の製品については0.6%,過去の製造販売分の実施料を3億0500万円として,実施許諾する契約を締結した。ケンウッドは,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として,平成6年度に4億8150万円,平成7年度に3億7180万円,平成8年度に3億2970万円,平成9年度に3億1900万円,平成10年度に3億4200万円をそれぞれ支払った。
AYとケンウッドとのライセンス契約締結のための交渉は,平成3年12月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計8件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については,ケンウッドの製品が本件発明1の日本国特許の「半値幅以内の円形開口」要件を満たすか,本件発明1の米国特許を侵害するかどうかが議論の対象となったものの,ヤマハとYとのライセンス契約が成立したことにより,ケンウッドとも,上記条件により,ライセンス契約が成立した。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明8件ないし7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成6年度から平成9年度までは10%と評価し(乙107,乙131),平成10年度は,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,5%と評価した(乙138,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成6年度から平成9年度までは10%,平成10年度は5%との寄与率は,適正なものと認められる(ケンウッドとのライセンス契約においては,ヤマハとのライセンス契約と比べ,主要な特許として評価されたものが8件と同数であるものの,2件の特許が異なっており,そのうち,特にディスク再生保護方式特許(特許番号1822342号)が高く評価されたため,本件発明1が全体に占める寄与率が低下したものであると認められる。なお,原判決が上記寄与率を5%と認定したのは,本件発明1の外国特許分を除いて考慮したためと推認することができる。)。
(c)Yは,ケンウッドが使用している光ピックアップはソニーの製品であり,Yとソニーとの間では,既に本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約が締結されているため,ケンウッドには,本件発明1を対象として実施許諾を受ける利益はない,と主張する。しかし,ケンウッドは,平成4年4月7日付けの「貴社ご所有CDプレーヤ関連特許の件」と題するYあての書面の中で,ソニー製ピックアップについては,ソニーから,Yとの間で問題が生じることがないとの確言を得ているため,ソニー製ピックアップについては議論をする必要がないことを明確に主張しており(乙87),Yも,ソニー製ピックアップについては侵害の主張をし得ないことを認識していたのであるから(甲11),双方とも,ケンウッドが部品として使用しているソニー製のピックアップについては本件発明1に係る特許の侵害の問題が生じないことを認識した上で,ケンウッドがそれ以外のメーカーから購入したピックアップユニットも存在することから,上記のライセンス契約を締結したものであると認められる。Y自身が,このような事情も認識した上で,上記ライセンス契約において占める本件発明1の寄与分を10%若しくは5%と評価したのであるから,Yの上記主張は理由がないことが明らかである。
(d)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり1億6730万円と認められる。
(4億8150万円+3億7180万円+3億2970万円+3億1900万円)×0.1+3億4200万円×0.05=1億6730万円
(オ)ナカミチ
(a)証拠(乙97,乙108,乙132,乙139,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成8年11月に,ナカミチと,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案につき実施を許諾する契約を締結した。ナカミチは,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として,平成8年度に6430万円,平成9年度に2200万円,平成10年度に2500万円をそれぞれ支払った。
AYとナカミチとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成7年3月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計6件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成8年度から平成9年度までは15%と評価し(乙132),平成10年度は,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,10%と評価した(乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成8年度から平成9年度までは15%,平成10年度は10%との寄与率は,適正なものと認められる(ナカミチとのライセンス契約においては,フナイとのライセンス契約と比べ,主要な特許として評価されたものが6件であるため,本件発明1が全体に占める寄与率が若干高くなったものと考えられる。)。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,1544万5000円と認められる。
(6430万円+2200万円)×0.15+2500万円×0.1=1544万5000円
(カ)三洋
(a)証拠(甲12,乙89,乙90,乙97,乙133,乙140,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成9年11月に,三洋との間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。三洋は,このライセンス契約に基づき,Yに対し,実施料として,平成9年度に3億円,平成10年度に1億6600万円を支払った。
AYと三洋との間のライセンス契約締結のための交渉は,平成7年9月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計12件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明12件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成9年度は10%と評価し(乙133),平成10年度は,主要な特許の数が10件と減少したものの,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,5%と評価した(乙140,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成9年度は10%,平成10年度は5%との寄与率は,適正なものと認められる(三洋との間のライセンス契約においては,ヤマハとの間のライセンス契約と比べ,主要な特許として評価されたものが12件であるため,本件発明1が全体に占める寄与率が若干低く評価されたものと考えられる。)。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,3830万円と認められる。
3億円×0.1+1億6600万円×0.05=3830万円
(キ)シャープ
(a)証拠(甲12,乙97,乙134,乙141,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成9年10月に,シャープとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。シャープは,このライセンス契約に基づき,Yに対し,実施料として,平成9年度に3億6800万円,平成10年度に3億6700万円を支払った。
AYとシャープとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成8年2月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計11件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明11件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成9年度は10%と評価し(乙134),平成10年度は,主要な特許の数が9件と減少したものの,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,5%と評価した(乙140,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成9年度は10%,平成10年度は5%との寄与率は,適正なものと認められる(シャープとのライセンス契約においては,ヤマハとのライセンス契約と比べ,主要な特許として評価されたものが11件であるため,本件発明1が全体に占める寄与率が若干低く評価されたものと考えられる。)。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,5515万円と認められる。
3億6800万円×0.1+3億6700万円×0.05=5515万円
(ク)シナノケンシ
(a)証拠(乙97,乙135,乙142,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成9年10月に,シナノケンシと,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。シナノケンシは,このライセンス契約に基づき,Yに対し,実施料として,平成9年度に1000万円,平成10年度に7900万円を支払った。
AYとシナノケンシとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成9年3月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,平成9年度は10%と評価し(乙135),平成10年度は,主要な特許の数が9件と減少したものの,本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため,5%と評価した(乙142,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率,すなわち,平成9年度は10%,平成10年度は5%との寄与率は,適正なものと認められる。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,495万円と認められる。
1000万円×0.1+7900万円×0.05=495万円
(ケ)ミツミ
(a)証拠(乙97,乙148,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成11年10月に,ミツミとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。ミツミは,平成11年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,平成9年度の実施料として5億6200万円を支払った。
AYとミツミとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成8年12月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,10%と評価した(乙142)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率10%は,適正なものと認められる。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,5620万円と認められる。
5億6200万円×0.1=5620万円
(コ)ティアック
(a)証拠(乙97,乙145,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,平成10年10月に,ティアックとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。ティアックは,平成10年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として1億8000万円を支払った。
AYとティアックとの間のライセンス契約締結のための交渉は,平成9年3月から始まった。Yは,本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計12件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明12件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,10%と評価した(乙145,乙188)。
(b)以上からすれば,Yが評価した本件発明1の寄与率10%は,適正なものと認められる。
(c)上述したところによれば,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,1800万円と認められる。
1億8000万円×0.1=1800万円
(サ)オンキヨー,カシオ,アキュフェーズ,サンスイ,アルパイン
(a)証拠(乙97,乙143,乙144,乙146,乙147,乙187,乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
@Yは,オンキヨーほか上記5社との間では,いわゆるカタログ販売という簡易なライセンス契約締結方式により,それぞれ包括的ライセンス契約を締結した。カタログ販売方式とは,Yが,実施規模が小さい相手方に対し,特許権侵害の議論をせずに,多数の企業とライセンス契約を締結していることを背景に,Yの全特許を包括的に実施許諾するとの売り込みを行い,相手が興味を示せば,ライセンス契約を締結する方式である。
AYは,上記カタログ販売方式により,平成11年2月にオンキヨーとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。オンキヨーは,平成10年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として1億円を支払った。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,15%と評価した(乙146)。Yが評価した本件発明1の上記寄与率15%は,適正なものと認められるから,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,1500万円と認められる。
1億円×0.15=1500万円
BYは,上記カタログ販売方式により,平成12年2月にカシオとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。カシオは,平成11年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として3300万円を支払った。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,10%と評価した(乙149)。Yが評価した本件発明1の上記寄与率10%は,適正なものと認められるから,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,330万円と認められる。
3300万円×0.1=330万円
CYは,上記カタログ販売方式により,平成10年5月にアキュフェーズとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。アキュフェーズは,平成10年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として1200万円を支払った。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,15%と評価した(乙143)。Yが評価した本件発明1の上記寄与率15%は,適正なものと認められるから,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,180万円と認められる。
1200万円×0.15=180万円
DYは,上記カタログ販売方式により,平成10年10月にサンスイとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。サンスイは,平成10年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として1000万円を支払った。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,15%と評価した(乙144)。Yが評価した本件発明1の上記寄与率15%は,適正なものと認められるから,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,150万円と認められる。
1000万円×0.15=150万円
EYは,上記カタログ販売方式により,平成11年2月にアルパインとの間で,対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として,Yが有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。アルパインは,平成10年に,Yに対し,このライセンス契約に基づき,実施料として1億円を支払った(乙188には,8000万円と記載されているものの,乙97の9頁には,1億円を意味する「100」との記載があり,乙97により,1億円と認められる。)。Yは,本件発明1について実績補償をする際に,実施許諾した多数の特許・実用新案のうち,本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し,同契約締結における本件発明1の寄与率を,各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して,15%と評価した(乙147)。Yが評価した本件発明1の上記寄与率15%は,適正なものと認められるから,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は,次のとおり,1500万円と認められる。
1億円×0.15=1500万円
(シ)パイオニア
(a)証拠・・・によれば,次の事実が認められる。
@Yとパイオニアとは,平成12年9月20日に,光学的再生装置に関して,Yが保有するすべての特許を対象とする包括的ライセンス契約を締結した。
Yとパイオニアとの間で包括的ライセンス契約締結に向けての交渉が開始されたのは,本件発明1に係る各国(日本を含む。)の特許の存続期間が満了した後である平成10年5月である。しかし,パイオニアのCDプレーヤが本件発明1に係る日本国特許を侵害していることは,Yが平成3年3月から9月にかけて行った調査で既に明らかとなっていた。Yは,平成6年9月にも,パイオニアから受けるべき実施料として,過去分が1億円,年間実施料が4000万円との試算もしているところである。
Aパイオニアは,主として据え置き型CDプレーヤを製造販売しており,その国内出荷台数をみても,次のとおり,CDプレーヤにおいてかなり高い市場占有率を保持している(括弧内がケンウッドの市場占有率である。)。
国内総出荷台数 | パイオニア | ケンウッド | |
昭和61年 | 147万台 | 10% | 不明(2%) |
昭和62年 | 130万台 | 7.7% | 不明(2%) |
昭和63年 | 不明(138万台) | 不明(7%) | 不明(2%) |
平成元年 | 146万台 | 7.0% | (3.0%) |
平成2年 | 150万台 | 4.0% | (4.0%) |
平成3年 | 160.9万台 | 3.5% | (5.0%) |
平成4年 | 161.3万台 | 2.5% | (7.8%) |
平成5年 | 167.9万台 | 不明(2%) | (12.3%) |
平成6年 | 197.4万台 | 不明(2%) | (12.0%) |
平成7年 | 245万台 | 不明(2%) | (11.3%) |
平成8年 | 255万台 | 2.0% | (12.0%) |
平成9年 | 252.9万台 | 3.0% | (12.6%) |
(b)上記12年間の国内市場におけるCDプレーヤの出荷台数は,合計で2151万4000台,パイオニアの出荷台数は,その市場占有率から計算すると,合計で85万1470台,ケンウッドの出荷台数は,その市場占有率から計算すると,合計で173万7965台となる(ただし,不明の昭和63年の出荷台数については,138万台と推定し,パイオニアの昭和63年の市場占有率を7%と,平成5年から平成7年までの市場占有率を2%と推定し,ケンウッドについては平成2年に上位5社に躍進してきているので,昭和61年から昭和63年までの市場占有率を2%と推定した。)。CDプレーヤについては,パイオニアの国内の出荷台数は,ケンウッドの国内の出荷台数の約0.49倍である。
ケンウッドがYに支払った実施料は前記認定のとおりであり,その総額は,18億4400万円である。国内市場におけるパイオニアの売上げがケンウッドの売上げの約0.49倍であることから,海外でも同じ売上比率であると仮定して,パイオニアがYに支払うべき実施料を仮に計算すると,9億0356万円(18億4400万円×0.49)となる。
Xは,甲223号証に基づいて,Yがパイオニアから受けるべきCD関連特許の実施料を,平成6年以前の過去分の実施料として1億円,平成7年ないし平成9年の3年分の実施料として,年間4000万円,3年で1億2000万円であり,合計2億2000万円である,と主張する。上記9億0356万円との金額は,パイオニアの海外での売上比率がケンウッドと同じかどうか不明であるため,直ちには採用することができないものの,上記2億2000万円との数値は,パイオニアとケンウッドとの国内での販売の比率からみて,十分に控えめな数値であり,Yがパイオニアと包括的ライセンス契約を締結した時期が遅かったため,本件発明1に関する実施料がすべて過去に生じたものとなり,相当程度の減額を迫られるのが通常であることをも考慮すると,妥当な金額であるということができる。そして,Yがパイオニアに対し実施許諾したCD関連特許における本件発明1が占める寄与率は,他のライセンス契約における寄与率を参酌すれば,10%と認めるのが相当である。
Yは,パイオニアとの包括的ライセンス契約の交渉を開始した平成10年5月には本件発明1に係る特許の存続期間が満了していたため,同契約締結における本件発明1の寄与率がゼロであると主張する。しかし,パイオニアが,上記のように,CDプレーヤの有力メーカーであり,過去において本件発明1を実施していたことは無視し得ない事実であって,このことを両者が知らずに同契約を締結することは到底考えられないことであるから,Yがより小さな上記の各CDプレーヤのメーカーからも実施料を取得し,本件発明1について実績補償をしていることと比較しても,上記Yの主張は採用し得ない。
以上からすれば,Yがパイオニアとの包括的ライセンス契約において,本件発明1により得た利益の額は,2200万円(2億2000万円×10%)であると認められる。
(ス)時機に遅れた攻撃方法の却下の申出について
Yは,Xが,@ヤマハ,フナイ,ケンウッド及びナカミチとの各包括的ライセンス契約に関し,控訴審において,新たに,その平成9年度及び平成10年度分の実施料収入を追加的に主張し,A控訴審において,新たに,三洋,シャープ,シナノケンシ,アキュフェーズ,サンスイ,ティアック,オンキョー,アルパイン,ミツミ,カシオ及びパイオニアとのライセンス契約からの実施料収入を主張し,これらを本件発明1によりYが受けた利益に含めて,相当な対価を算定すべきであると主張することは,原審において十分に可能であったことを控訴審において主張立証しようとするものであり,訴訟の完結を遅延させ,時機に後れた攻撃方法であるから,却下されるべきである,と主張する。
しかし,本件記録によれば,Xは,1審においては,本件発明1が,CDプレーヤのみならず,光ディスク再生専用装置のすべて(CD-ROMユニット,音楽用CD・MD・LD・DVDプレーヤ)について,回避不可能な基本特許であることを前提に,主位的主張として,Yが上記各社から個別的に受領したライセンス収入の金額がいくらであるかどうかとは関わりなく,光ピックアップ又はCDプレーヤの全生産額に,本件発明1の想定実施料率を乗じて,本件発明1の「相当の対価」を算定する方法を主張し,予備的主張として,YとCDプレーヤ等の大手メーカー各社との包括的ライセンス契約及び包括的クロスライセンス契約により,Yが得た利益に基づき,上記「相当の対価」を算定する方法を主張していたものである。そして,この予備的主張については,Yが上記ライセンス契約において本件発明1により得た利益について,様々な立証上の困難を伴うことが予想されたため,立証の効率性の観点から,当面は,ソニー,松下電器,フィリップス,ヤマハ,ケンウッド等の主要な大手メーカーとのライセンス契約から得られた利益に絞って主張,立証を行ったものである。しかし,原判決においては,立証不十分であることを理由として,Xの上記主位的主張が容れられなかったことから,やむを得ず,控訴審において,立証の確実性,審理の迅速化等の観点から,予備的主張に関し,対象となるライセンス契約の追加,若しくは,既に主張していたライセンス契約による実施料収入について,その時期を拡大して追加的な主張,立証を行っているものである。Xの,控訴審におけるこのような追加的な主張,立証は,1審において上記主位的主張が認められれば本来不要なものであったこと,職務発明に係る特許を受ける権利等の承継の「相当の対価」の主張,立証については大きな困難が伴うことを考慮すると,上記主張立証を許さないことは,酷であるということができる。1審からのこのような経過からすれば,Xが,控訴審において予備的主張についての主張立証を追加し,これをより充実したものとすることは,「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃方法」であるということはできないというべきである。本件全資料を検討しても,上記判断の妨げとなる事情は見出せない。Yの上記主張は採用することができない。
(3)包括的クロスライセンス契約について
(ア)包括的クロスライセンス契約における「使用者が受けるべき利益の額」の算定について
特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定する場合,包括的クロスライセンス契約についても,包括的ライセンス契約についてと同様に,特許発明の実施期間が相当程度経過するのを待って,特許発明の実施の実績を確認した後に,実績補償という観点から,当該発明により使用者が受けるべき利益の額を算定する方法が,より早い時点で算定する方式に比し,「相当の対価」についてより適切な結論を導くことになるということができる。
包括的クロスライセンス契約とは,当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約のことであるから,この契約において,一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは,相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができること,すなわち,相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることであると解することができる。もっとも,この契約は,見方を変えてみれば,相互に実施を許諾し合う合意のほかに,相手方に本来支払うべき実施料債務と,相手方から本来受け取るべき実施料債権とを,事前の包括的な相殺の合意により相殺している契約であると解することもできる(したがって,両者が有している特許等の間で釣合い(バランス)が取れないことが,契約締結時に明らかである場合には,一方から他方にいわゆるバランス調整金が支払われることになる。)。そして,合理的な取引を行うことが期待されている営利企業同士の契約である以上,特段の事情が認められない限り,相互に実施料の支払を生じさせない包括的クロスライセンス契約においては,相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから,包括的クロスライセンス契約においては,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については,相手方が自己の特許発明を実施することにより,本来,相手方から支払を受けるべきであった実施料を基礎として算定することも,原則として合理的である。そうすると,包括的クロスライセンス契約については,相手方が当該発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料の額を算定することも,使用者等が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に,相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該発明の寄与率を乗じて算定することも,いずれも,「使用者が受けるべき利益の額」を算定する方法として採用することが可能となるということができる。そして,多数の特許発明等の実施が包括的に相互に許諾されている契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の主張立証の困難性を考えると,当該事案において,実際に行うことが可能な主張立証方法を選択することが認められるべきである。ただし,その場合でも,包括的クロスライセンス契約においては,契約期間内に相手方がどの特許発明等をどの程度実施するかは,互いに不確定であり,契約締結時においては,あくまでもお互いの将来の実施予測に基づいて,互いの特許等を評価し合うことにより,契約を締結するものである,ということは,忘れてはならない点である。上記事情があるため,本件でいえば,本件発明1を相手方が実施することにより相手方がYに対し本来支払うべき実施料の金額,と,Yが相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額にYが相手方に実施許諾した複数の特許発明等全体における本件発明1の寄与率を乗じた金額,とが同じになるとは限らない,との不確実性が常に生じ得るのである。包括的クロスライセンス契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,厳密には,後者の方法により算定した金額であり,前者の方法により算定した金額ではないこと(合理的な営利企業同士は,相互に支払うべき実施料の総額の均衡を考えるはずであるものの,結果として,相互に支払うべき実施料の総額が同じになるとは限らないこと)からすれば,前者の方法により算定する場合には,上記の不確実性を考慮して,前者の方法により算定される金額を事案に応じて減額調整して,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定すべきである(民訴法248条参照)。
仮に,包括的クロスライセンス契約の場合に,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について,前者の算出方法,すなわち,相手方が使用者等に支払うべき当該発明の実施料による算定方法を認めないとすれば,本件のような場合においては,Xは,Yが相手方から実施を許諾された多数の特許発明等(本件各発明とは無関係のものである。)について,相手方に本来支払うべきであった実施料の全額と,Yが相手方に実施許諾した多数の特許における本件各発明の寄与率を主張立証しなければならなくなる。これは,本件のYとソニーとの間の包括的クロスライセンス契約のような多数の技術分野にまたがる多数の特許発明等に係るクロスライセンス契約においては,ソニーがYに実施を許諾した極めて多数の特許発明等と,Yのほとんどすべての業務活動におけるそれらの特許発明等から生じる実施料とを主張立証した上で,Yが保有する,本件各発明とは無関係の技術領域にまたがる多数の特許発明等における本件各発明の寄与率を算定しなければならないことを意味し,従業者等であるXに事実上不可能な立証を強いることになる。この結果が強行法規である特許法35条の規定の趣旨に反することは明らかである。
(イ)ソニーとの包括的クロスライセンス契約について
(a)証拠(甲48,甲57,甲85,甲181,甲190,甲250の1・2,甲260の1・2,甲268,甲285の1ないし9,甲299,甲308,甲319,乙16,乙17,乙37,乙67の1ないし5,乙69,乙74)によると,次の事実が認められる。
@Yとソニーは,昭和52年1月1日に包括的クロスライセンス契約を締結した。この契約は,対象製品を,テレビジョン受像機,VTR,その他のビデオ機器,ラジオ受信機,オーディオテープレコーダー,その他のオーディオ機器及び半導体並びにそれらの部品として,それぞれが保有する契約締結日以前及びその後5年間の出願日の全世界の特許・実用新案権につき互いに無償で実施許諾する,ただし,VTRについては,Yがソニーに0.4%の実施料を支払う,との契約であり(以下「52年契約」という。),極めて広範なものであった。本件発明1は,昭和52年9月16日出願のものであるから,「その他オーディオ機器」に関する特許として,この52年契約の対象となるものである。
AYとソニーは,昭和63年1月1日に,52年契約を更改して,VTRの実施料を0.4%から0.2%に減額し,業務用の光学的/磁気的記録再生装置を対象製品に追加したほかは,ほぼ同趣旨の内容の包括的クロスライセンス契約を締結した。
BYとソニーとの間の包括的クロスライセンス契約は,上記のとおり,極めて広範なものである。営利企業同士の合理的な取引であれば,包括的クロスライセンス契約を締結する際には,多数の特許等のすべてを検討することまではしないとしても,重要な特許についての吟味,検討をした上で,双方が保有する特許の全体を評価し合い,バランスが取れない場合には,いわゆるバランス調整金に相当するものが支払われるのが通常である。52年契約更新時にYが事前に準備した主要特許リストには,半導体関係特許50件,CD及びVDP光学関係特許60件,DAT関係特許12件,TV関係特許12件,VTR関係特許94件の特許が記載されていたものの,このうち戦略特許金賞を受賞したのは本件発明1を含めて6件にすぎず,上記観点からすれば,本件発明1は重要な特許として十分に検討の対象になっているはずである。また,バランス調整金としてのVTRの実施料の減額についても,上記のとおり合意されており,同契約においては,双方が,重要な特許について検討,吟味をし,製品分野ごとに相互の特許の優位性を比較検討し,VTRに関する上記のバランス調整をすれば,総合的に見て相互に支払うべき実施料総額が均衡する,と判断され,52年契約と同契約の更新がなされたものである。
Cソニーは,日本国内及び海外において,CDプレーヤを製造販売するだけでなく,その部品である光ピックアップユニットを製造し,これをCDプレーヤのメーカーに販売していた。ソニーの光ピックアップユニットには,ごく一部の例外を除き,本件発明1が実施され,また,そのほかにも,Yの特許発明を含む複数の特許発明が実施されている。
Dソニーは,フィリップスと共同でCD関連特許のパテントプールを構成し,他社からは,一律にCDプレーヤの売上げの0.5%を実施料として受領していた(甲85の4枚目)。Yは,ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約に基づき,当該0.5%の実施料の支払を免れていた。
Eソニーは,CDプレーヤの国内最大手のメーカーである。昭和57年から平成9年までの間の,CDプレーヤの国内総生産額,ソニーの国内の市場占有率,同占有率から計算したソニーのCDプレーヤの国内総生産額(輸出用も含む。)は,別紙Bのとおりである(単位は100万円。国内総生産額は,財団法人光産業技術振興協会が公表している統計(甲259の1・2)から認定したものであり,ソニーの市場占有率は,日経産業新聞社編「市場占有率」(甲285の1ないし9)から認定したものである。なお,本件発明1に係る外国特許が認められている国(米国,カナダ,フランス,イギリス,オランダ)における,ソニーのCDプレーヤの生産額は,これを認めるに足りる証拠がないので算定資料とはしない。ソニーの市場占有率は,88年は,前後の年の中間値とし,85年以前は不明なので,86年の市場占有率を4%ずつ減少させた数値とした。なお,1997年は,4月1日から本件発明1に係る日本国特許の期間満了日である9月16日までの169日として計算した。)。
F別紙Bによれば,上記16年間のソニーのCDプレーヤの合計国内生産額は,約2兆0202億4800万円と認められる。
GCDプレーヤの昭和61年から平成9年までの間の国内の出荷総台数,ソニー及びケンウッドの各市場占有率は,別紙Cのとおりである(括弧内がケンウッドの市場占有率である。)。上記12年間の国内市場におけるCDプレーヤの出荷台数は,合計で2151万4000台,ソニーの出荷台数は,その市場占有率から計算すると,合計で875万9173台,ケンウッドの出荷台数は,その市場占有率から計算すると,合計で173万7965台となる(ただし,不明の昭和63年の出荷台数については,138万台と推定し,ソニーの昭和63年の市場占有率を39.5%と推定し,ケンウッドについては平成2年に上位5社に躍進してきているので,昭和61年から昭和63年までの市場占有率を2%と推定した。)。これからすると,CDプレーヤについては,ソニーの国内の出荷台数は,ケンウッドの出荷台数の約5.04倍である。
(b)ソニーのCDプレーヤの合計国内生産額2兆0202億4800万円(輸出用を含む)に対し,Yがケンウッド及びヤマハに実施許諾したときの前記実施料率(0.8%,0.6%)よりも低く,ソニーが他社に課していたCDプレーヤに関するソニー特許の実施料率である0.5%よりも低い実施料率である0.3%を乗じると,約60億6074万円(1万円未満切り捨て)となる。
なお,ケンウッドがYに支払った実施料は前記認定のとおりであり,その総額は,18億4400万円である。国内市場におけるCDプレーヤのソニーの出荷台数とケンウッドの出荷台数は,別紙Cのとおりであり,ソニーの出荷台数はケンウッドの出荷台数の約5.04倍であることから,海外でも同じ売上比率であると仮定して,同じ実施料率でソニーが支払うべき実施料を計算すると,92億9376万円(18億4400万円×5.04)となる。
(c)ソニーのCDプレーヤの製造販売についての,Yが有するCD関連特許に関する上記推定実施料額60億6074万円は,ケンウッドがYに支払った実施料総額18億4400万円の約3.29倍にすぎず,両者の国内出荷額の比率が5.04であることからすると,推定実施料額としては極めて控えめな数字である。さらに,ソニーは,CDプレーヤのみならず,光ピックアップユニットその他のCD関連製品も製造販売していることからすれば,ソニーがYが有するCD関連製品に関する特許発明の実施許諾に対し,本来支払うべき通常の実施料相当額は,上記金額(60億円)を優に上回るものと認定することができる。
包括的クロスライセンス契約の場合,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定するに当たって,相手方が当該発明について支払うべき実施料を基に計算する場合には,前記のような不確実性があるため,事案に応じ,減額調整して認定すべきことは上記のとおりである。
以上からすれば,Yがソニーとの間の包括的クロスライセンス契約において,本件発明1により受けた利益は,上記60億円(1億円未満切り捨て)に,本件発明1の寄与率10%(ケンウッドと同じ寄与率)を乗じた6億円と認めるのが相当である(民訴法248条参照)。
(d)Yは,ソニーのCDプレーヤ等の売上げから包括的クロスライセンス契約における本件発明1によりYが受けた利益の額を算出することはできない,と主張する。しかし,Yの同主張を採用することができないことは,上に判示したところから明らかである。
(ウ)フィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約についてXは,Yが,昭和58年から昭和63年までの6年間に,上記のとおり,2億4700万円の実施料収入を得たのであるから,フィリップスとの間の昭和63年の包括的クロスライセンス契約により,昭和63年から平成9年までの期間について,本件発明1により年間4116万円の利益を得た,と主張する。
しかし,前記認定のとおり,Yは,フィリップスに対し,本件発明1については,少なくとも58年契約に引き続く61年契約により,「CD,VDP,コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」について,特許の有効期間中存続する実施権を設定し,61年契約の対象製品についての本件発明1の存続期間内における実施料は,同契約と58年契約により既に受領しているのである。したがって,Yが,フィリップスとの間の63年契約において本件発明1により受けた利益の額は,63年契約で拡大された対象製品のみについての本件発明1の実施料額にすぎない。しかし,本件では,フィリップスが,昭和63年以降に,61年契約の対象製品以外の製品をどの程度製造販売したかについては,これを認めるに足りる証拠はない。したがって,Yが63年契約により受領したバランス調整金としての実施料25万米ドル以上に,フィリップスが本件発明1の実施により本来支払うべき実施料がいくらになるかは不明である。
以上のとおり,Yとフィリップスとの間の63年契約及びその後に更新されたとされる包括的クロスライセンス契約(平成6年契約)における本件発明1によりYが受けた利益の額については,バランス調整金としての実施料である前記25万ドル以外に,これを認めるに足りる証拠はない。原判決がフィリップスとの包括的クロスライセンス契約において本件発明1によりYが受けるべき利益の額を4000万円とした認定は,その根拠が不明であり,採用し得ない。
(エ)オリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約について
(a)Yは,Xの,Yとオリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約についての主張が,控訴審において初めてなされたことから,この主張は,訴訟の完結を遅延し,時機に後れた攻撃防御方法である,と主張する。しかし,前記(2)で述べたのと同じ理由により,Xのこの主張は,「故意又は重大な過失により時期に後れて提出した攻撃方法」であるということができない。
(b)証拠(甲8,甲12,甲103,乙97,乙191)によれば,次の事実が認められる。
Yとオリンパスとは,平成6年4月に,光磁気ディスク・光ディスクの記録・再生装置に関連して,両者が保有するすべての特許を対象とする包括的クロスライセンス契約を締結した。この契約は,Yがオリンパスが有するCD関連特許発明及びMO関連特許発明を実施しており,オリンパスも,平成5年3月で光ピックアップユニットの製造を中止し,以後製造していなかったものの,Yが有するMO関連特許発明を実施していたため,YはオリンパスのMO及びCD関連特許発明についての実施許諾を必要とし,オリンパスはYのMO関連特許発明についての実施許諾を必要としていたことから,相互に無償のクロスライセンス契約として成立したものである。このように,オリンパスが平成5年3月で光ピックアップの製造を中止し,以後製造していなかったため,本件発明1は,上記包括的クロスライセンス契約において,十分な貢献をしていない。もっとも,オリンパスの過去における光ピックアップの製造販売については,上記包括的クロスライセンス契約において,その貢献度を認めるべきである。しかし,オリンパスが過去に本件発明1を実施した光ピックアップをどの程度製造販売したかについては,これを認めるに足りる証拠はない。また,Yにおいても,上記包括的クロスライセンス契約締結後においても,オリンパスとの関係では,本件発明1について,実績補償金を一切支払っていない(乙97)。
Xは,オリンパスは,光ピックアップについて,ソニー及び三洋の2社から,1社当たり年間平均約10億1136万円の実施料を受領しており,Yは,オリンパスとの包括的クロスライセンス契約により,上記額の実施料の支払を免れたことになる,と主張する。しかし,Yの光ピックアップの製造販売額が少なくともソニーのものとは大きく異なること(甲285の1ないし9)からすれば,Xの上記主張は到底採用することができない。
以上からすれば,結局のところ,Yがオリンパスとの包括的クロスライセンス契約において,本件発明1により受けた利益については,これを認めるに足りる証拠はない,というべきである。
(4)本件発明1がなされるについて使用者等が貢献した程度について
YがXに提供した研究環境,Xの職務内容と本件発明1の発明に至る過程,発明の完成から出願に至る過程,権利化の過程とYの貢献度,ライセンス活動におけるYの貢献度,Xに対する処遇については,原判決の「1 事実経過」・・・に認定されたとおりであり,これらの事実からすれば,原判決が「4 争点(1)及び(2)について」の「(4) 本件発明1がされるについて被告が貢献した程度について」の「ア 被告が貢献した程度について」・・・に記載した理由により,本件発明1がなされるについてYが貢献した程度を80%と認定したことは是認することができる。
Yは,原判決の「本件発明1は,原告の着想によるところが大きい」・・・との認定について,本件発明1に係る日本国特許は,その特許請求の範囲において「半値幅」という数値の限定をしたことにより初めてその新規性・進歩性が認められたいわゆる数値限定特許であり,「半値幅」という数値に本質・特許性が認められたものにすぎない,と反論する。しかし,本件発明1に係る米国特許・カナダ特許・イギリス特許・フランス特許・オランダ特許は,半値幅の限定のない広いクレームの特許である(甲312〜甲316)ことからすれば,本件発明1の発明としての価値の中心が,数値限定にあるのではないことは,明白である。Xが本件発明1を着想した発明者として極めて高い評価を受けていることは動かし難い事実である(甲4,甲27,甲196,甲197)。本件発明1は,Xの着想によるところが大きいとした原判決の認定に誤りはない。Yの上記主張は採用し得ない。
Yは,原判決が,ライセンス活動におけるYの貢献度に関し,Xが,事業化の過程においてCD特許活用プロジェクトに参加し,侵害立証のための装置を作り,フィリップスとのライセンス交渉に参加したことを,Xの貢献度として評価していることは誤りである,これらのXの行動は,いずれもYの従業員としての行動・貢献であって,発明者としてのXの貢献度として加味することは許されない,と主張する。しかし,Xの上記行為は,本件発明1の発明者であるからこそなし得る特別な貢献というべきであり,原判決が,これをライセンス活動におけるYの貢献度を認定するに際し,算定資料の一つとしたことについて,特に誤りはない。Yの主張は採用し得ない。
(5)共同発明者間の貢献度について
Yは,楕円発光の半導体レーザを対物レンズで絞れば円形スポットを得られるとの,Xの着想は,数値限定特許である本件発明1には何ら貢献していない,「半値幅」という数値限定はCの実験により導かれたことであり,Cの貢献度がXのそれよりも下回ることはあり得ない,と主張する。しかし,本件発明1は数値限定特許である,として,Xの本件発明1の着想の重要性を否定するYの主張が採用し得ないものであることは上記のとおりである。「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)には共同発明者間の貢献度としてX70%,C30%の記述があること,Xを同表彰の候補者として推薦することについては,Cも承諾していること(甲238)を根拠として,共同発明者であるCの貢献度を30%,Xの貢献度を70%と認定した原判決の判断は,是認することができる。
(6)本件発明1の承継の相当な対価についての結論
本件発明1の「相当の対価」は,次のとおり,1億6516万4300円となる。この金額から本件発明1についての補償金額等231万8000円を差し引くと1億6284万6300円となる。
(ア)包括的ライセンス契約等に基づく「相当の対価」
8116万4300円
@フィリップス9880万円+Aヤマハ4462万円+Bフナイ2238万円+Cケンウッド1億6730万円+Dナカミチ1544万5000円+E三洋3830万円+Fシャープ5515万円+Gシナノケンシ495万円+Hミツミ5620万円+Iティアック1800万円+Jオンキョー1500万円+Kカシオ330万円+Lアキュフェーズ180万円+Mサンスイ150万円+Nアルパイン1500万円+Oパイオニア2200万円=5億7974万5000円
この金額に14%(発明者の貢献度20%×共同発明者間におけるXの貢献度70%)を乗じると,8116万4300円となる。((イ)についても同じ。)。
(イ)包括的クロスライセンス契約に基づく相当の対価
8400万円
(a)ソニー8400万円(6億円×14%)
(b)フィリップス 0円
(c)オリンパス 0円
4 本件発明2及び本件発明3の承継の相当な対価について
(1)Yは,原判決が,本件発明2及び本件発明3により得た利益230万円について,それらに係る日本国特許により得た利益を115万円と認定したことについて,同日本国特許の存続期間が対応外国特許より短いことを理由に,誤りであると主張する。
しかし,職務発明の承継については,それらに係る外国特許についても特許法35条3項,4項の規定の適用があることは,前述のとおりであるから,本件発明2及び本件発明3により得た利益は,対応外国特許の分も含めて算定すべきである。Yの上記主張は,その前提において誤っており,理由がないことが明らかである。
(2)Yは,原判決の,本件発明2及び本件発明3における,Yの貢献度の認定,共同発明者間の貢献度の認定,及び,本件発明2と本件発明3のライセンス契約締結における寄与度の認定が,いずれも誤りである,と主張する。しかし,原判決のこれらの点に関する判断は,その認定事実に照らし正当であり,是認することができる。Yの主張は採用することができない。
5 「相当の対価」請求権の消滅時効について
職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるものの,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁)
本件においては,原判決が認定したとおり,Yには,本件各発明に係る特許の出願時に,「発明,考案等に関する表彰規程」が存し,出願,登録,実施に分けて,一定の金員を給付することとされており,その後,平成2年7月11日に,「発明考案等取扱規則」及びそのうちの補償内容を定めた「発明考案等に関する補償規程」が定められ,平成3年6月21日には,上記補償規程に規定する出願補償,登録補償,実績補償及び特別の事情による補償の基準を定めた「発明考案等に関する補償基準」が定められたものであり,これらのY規定に従って,Yは,Xに対して,本件発明1については平成12年度支払分まで,本件発明2については平成11年度支払分まで,本件発明3については平成4年度支払分まで,毎年12月ころに,実績補償金等を支払ってきたものである(原判決第2・1(6)参照)。
本訴が提起されたのは,本件発明1については,平成10年であり,本件発明2,3については,平成12年であるから,上記相当対価請求権については,いずれも実績補償の最終支払時期である消滅時効の起算点から10年を経過しておらず,消滅時効は完成していないことが明らかである。
Yは,本訴提起時において,本件各発明につき特許を受ける権利の承継のとき,すなわち,Xにより本件各発明がなされた時点から既に10年が経過しており,上記承継時においては,Yには実績補償に関する規定が存在しなかったことから,上記承継時から時効が進行し,本件各発明の「相当の対価」請求権については,消滅時効が既に完成している,と主張する。しかし,本件各発明に係る特許を受ける権利の承継の時点においては上記各規定は存在しなかった,との事実は,上記認定事実の下では,上記結論に影響を及ぼすものではないというべきである。Yの時効に関する上記主張は,採用することができない。
6 結論
結局のところ,本件発明1の承継の相当の対価の不足分は,合計1億6284万6300円となり,この金額から原判決が本件発明1について認容した3474万円を差し引くと,1億2810万6300円となる。
第4 結論
以上のとおり,Xの本訴請求は,東京地方裁判所平成10年(ワ)第16832号事件において原判決が棄却した部分についても,本判決主文第2項に記載した限度では理由があり,その余は理由がないことが明らかである。そこで,原判決中,Xの請求を棄却した上記部分を,本判決主文第2項に反する限度で,取り消し,同限度でXの請求を認容し,その余の控訴は棄却することとし,Yの控訴は理由がないのでいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条2項,64条を,仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。」