(原審:東京高判平成13年5月22日(平成11年(ネ)第3208号))
<事案の概要>
X(原告,控訴人兼被控訴人,被上告人)は,Y(被告,控訴人兼被控訴人,上告人)の従業員であったときに,後記特許目録3の発明(以下,「本件発明」という。)をした。本件発明は,いわゆる職務発明である。YはXから,本件発明について特許を受ける権利を承継し,これについて特許出願をして特許権を取得したところ,XはYに対して,特許法第35条第3項の規定に基づき,相当の対価の支払を求めて訴えを提起した。
第一審(東京地判平成11年4月16日(平成7年(ワ))第3841号)は,勤務規則等に発明についての報償の規定があっても,当該報償額が法の定める相当対価の額に満たないものであれば,発明者は,使用者等に対し,不足額を請求でき,また法に基づく相当対価請求権については消滅時効は完成していないとして,Xの請求の一部を認めた。
X,Yともに控訴。
控訴審(東京高判平成13年5月22日(平成11年(ネ)第3208号))は,第一審判決は相当であるとし,各控訴を棄却した。
Y上告。
なお,後記特許目録記載の特許1と特許2に係る各発明を併せて発明者の氏名により「諸隈発明」といい,両者に係る特許を併せて「諸隈特許」という。また,後記特許目録3記載の発明に係る特許を「本件特許」という。
特許目録 | ||||
No. | 国 | 特許番号 | 公告番号 | 公告日/登録日 |
1 | 日本 | 特許第1491208号 | 特公昭62-55218号 | 昭和62年11月18日 |
2 | 日本 | 特許第1491209号 | 特公昭62-55219号 | 昭和62年11月18日 |
3 | 日本 | 特許第1485864号 | 特公昭61-18261号 | 昭和61年5月12日 |
4 | 日本 | 特許第1592163号 | 特公平01-20498号 | 平成元年4月17日 |
5 | 日本 | 特許第1220734号 | 特公昭58-11692号 | 昭和58年3月4日 |
6 | 日本 | 特許第1276113号 | 特公昭59-46053号 | 昭和59年11月10日 |
7 | 日本 | 特許第1184363号 | 特公昭58-11691号 | 昭和58年3月4日 |
8 | 米国 | 4092529 | 1978年5月30日 | |
9 | 西ドイツ | 2645326 | 1984年6月20日 | |
10 | 西ドイツ | 2660901 | 1988年4月14日 | |
11 | 西ドイツ | 2661050 | 1987年6月25日 | |
12 | 西ドイツ | 2661051 | 1987年10月29日 | |
13 | 西ドイツ | 2661052 | 1987年7月16日 | |
14 | 西ドイツ | 2661100 | 1988年3月24日 | |
15 | オランダ | 184030 | 1989年2月18日 |
<判決>
上告棄却。
「第2 上告代理人大場正成,同鈴木修,同大平茂の上告受理申立て理由第1について
1 特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照),職務発明について特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図った規定である。すなわち,(1)使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項),(2)従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては,あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項),その反対解釈として,職務発明については,そのような条項が有効とされること,(3)従業者等は,職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項),(4)その対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。これによれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし,いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって,上述した同条の趣旨及び規定内容に照らしても,これが許容されていると解することはできない。換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。したがって,勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。
2 本件においては,前記・・・のとおり,Y規定に,Yの従業者がした職務発明について特許を受ける権利がYに承継されること,Yが工業所有権収入を受領した場合には工業所有権収入取得時報償を行うものとするが,その上限額は100万円とすることなどが規定されていたのであり,また,Xは,Y規定に従って,本件発明につき報償金を受領したというのである。そうすると,特許法35条3項,4項所定の相当の対価の額がY規定による報償金の額を上回るときは,Xはこの点を主張して,不足額を請求することができるというべきである。
3 原審の上記・・・の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。
第3 同第3について
1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。
2 本件においては,Y規定に,Yが工業所有権収入を第三者から継続的に受領した場合には,受領開始日より2年間を対象として,1回限りの報償を行う旨が定められていたこと,Yが,平成2年10月以降,本件発明について実施料を受領したことは,前記・・・のとおりである。そうすると,Y規定に従って上記報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから,Xが本件訴訟を提起した同7年3月3日までに,Xの権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。
3 所論の点に関する原審の上記・・・の判断は,結論において正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
第4 なお,第1審判決主文第一項に明白な誤りがあることがその理由に照らして明らかであるから,民訴法257条1項により主文のとおり更正する。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」