東京高判平成12年2月10日(平成10年(行ケ)第364号)

1.事案の概要
 X(原告)は,発明の名称を「複素環式化合物」とする特許第1720916号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
 Xは,本件発明の実施品である塩酸オンダンセトロンを有効成分とし,抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)の軽快を効能・効果とする医薬について,平成6年1月19日付けで,承認番号(06AM)第0022号として承認を受けた(以下「前回承認」という。)。その後,Xは,上記と同じ有効成分,効能・効果の医薬について,平成8年1月31日付けで,医薬品製造承認一部変更承認(承認番号(06AM)第0022号)を受けた(以下「今回承認」という。)。
 前回承認と今回承認とは,前者が適用対象を成人に限るとしていたのに対して,後者が小児をも適用対象としている点で相違している。
 Xは,平成8年4月30日,今回承認を理由として特許権の存続期間の延長登録出願(平成8年特許権存続期間延長登録願第700025号。以下「本件延長登録出願」という。)をしたところ,拒絶査定を受けたので,平成9年9月12日に拒絶査定不服の審判を請求し,特許庁は,平成9年審判第15353号事件としてこれを審理した結果,「Xは,本件発明の実施について適用対象を成人とするものについて既に政令で定める処分(前回承認)を受けている以上,これと有効成分,効能・効果が同じで適用対象を小児とするものについて,その実施につき薬事法上は新たな処分(今回承認)を改めて受ける必要があったとしても,本件延長登録出願は,その出願に係る特許発明の実施に平成10年5月6日法律第51号による改正前の特許法67条2項(以下同じ)の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められず,したがって,特許法67条の3第1項1号に該当する」として,平成10年7月8日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。

2.争点
 最初に薬事法14条1項による処分を受けて,所定の有効成分,効能・効果を有する医薬品について製造承認を得た特許権者は,同じ有効成分,効能・効果の範囲内で,剤型,用法,用量等の変更の必要上,再度処分を受ける必要が生じた場合,特許期間の登録延長を認められるか。

3.判決
 請求棄却。

4.判断
「第5 当裁判所の判断
  1 取消事由1(承認の必要性についての判断の誤り)について
    (1)特許法は,特許権者に対し,特許権の存続期間を限定したうえ,その間,特許発明を独占的排他的に実施する権利を付与している(67条1項,68条)。しかし,特許発明の実施について安全性の確保等の見地から法律の規定による許可等の処分が必要とされ,当該処分のために相当の期間を要する場合においては,特許権者は,このような法規制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず,その処分を受ける必要があったためその実施が相当期間妨げられることになる。このような事態が,特許期間を定めてその期間内における,実施を含む特許発明の独占的支配を保障することを一つの基本とする特許制度の目的及び仕組みと相反する要素を有することは明らかである。特許法が,67条2項において,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と定めて,存続期間延長登録の制度を設けたのが,上記不都合を避けようとしたものであることは明らかである。
      他方,特許制度は,特許権の存続期間を限定しその期間の経過後はその特許発明の利用を万人に許すことをも基本の一つとする制度であり,この観点からみるときは,存続期間延長登録の制度は,存続期間の定めをその限度では無意味にするものであって,存続期間経過後,特許発明を利用しようとする第三者の側からするときは,本来あってはならない制度であるということが許されよう(なお,存続期間中,特許権者は,法規制により自ら実施をすることができず,その限度では特許権の行使を全うできないとしても,第三者による実施を許さないとの限度では権利を享受できることは,いうまでもないことである。)。存続期間延長登録の制度を定めた特許法67条2項自体が,特許権者に,法規制により存続期間を浸食された場合にも,常にそれを完全に回復させるように延長を認めることにはせず,一定限度においてのみ延長を認めており,しかも,一定以上に大きな浸食に対してしか延長を認めていないのは,このような考慮に出たものと理解することができる。したがって,存続期間延長登録の制度に関する問題の解決に当たっては,常に,特許権者の側,第三者の側の双方の観点からの考慮を要するものというべきであり,その一方のみから論ずることは,許されない。
    (2)本件延長登録出願に係る特許発明の実施に今回承認を受けることが必要であったとは認められないとする審決の当否を決するには,延長登録の要件を定めた特許法67条及び延長登録出願の許否の要件を定めた同法67条の3にいう「特許発明の実施」の意味を明らかにする必要がある。 そこで,(1)で述べたことを前提にしてこれを検討する。
      特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第3項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と定めている。この規定は,前記の特許権の存続期間延長登録の制度の趣旨,立法の経緯及び条文の文言に照らし,存続期間が延長された後の特許権の効力につき,一方では,処分と無関係な範囲には及ぼさないこととすると同時に,他方では,期間延長後の特許権者の権利主張の実効性を確保するため,処分単位で認めることとしないで,その処分において特定の用途が定められている場合には,処分の対象となった物につき,その処分において定められた特定の用途について実施する場合全般にまで拡大して及ぼしたものであることが明らかである。
      これを前提とした場合,特許法68条の2のみならず,特許法67条及び67条の3にいう「特許発明の実施」の文言についても,具体的な処分の対象そのもの(品目)を単位としてではなく,処分の対象となった「物」と,その処分において定められた特定の「用途」によって特定される範囲のものすべてを単位として解釈するのが自然かつ合理的であるものというべきである。一方で,期間延長の効果が処分の対象自体を超えて「物」と「用途」でくくられる範囲全般にまで及ぶものとしつつ,他方で「特許発明の実施」を処分の対象そのものを単位に期間延長を認めることになれば,特許権者に対して浸食されたもの以上のものを与える一方,第三者に対して存続期間経過後も特許発明の実施ができない範囲を不当に拡大してしまうことになるおそれが大きいからである。現に,本件延長登録出願が仮に認められたとすると,特許法68条の2により,延長の効力は,小児用のものの範囲を超えて,それ自体では延長の根拠としての要件を満たさないことが明らかであり,かつ,浸食期間も小児用の場合より短い成人用のものにまで及ぶことになり,その結果が不当であることが明らかである。
      上記解釈によれば,特許発明の延長登録が認められるためには,同じ「物」と「用途」によって特定される範囲において既に別の処分を受け特許発明の実施をすることができるようになっていないことが必要であり,逆に,同じ「物」を同じ「用途」に使用する以上,その使用形態,用法等の変更のため重ねて政令で定める処分が必要とされる場合であっても,そのことを理由に特許期間の登録延長を認めることはできないものというべきである。
      この解釈を採用した場合,特許権者にとって,処分の取得の仕方によっては,浸食された期間の回復が得られない場合もあり得ることは否定できないが,そもそも延長登録の制度は,特許権者に生じた期間延長のすべてを回復する制度とはされていないこと,上記事態は,処分の取得の仕方を工夫することにより相当程度回避できると考えられることに照らし,前述の危険を避けるため,特許権者において甘受すべきものとされてもやむを得ないものというべきである。
    (3)上記解釈を,本件について当てはめてみる。
      特許法67条2項にいう「政令で定めるもの」として,同法施行令1条の3は,1項において農薬取締法2条1項の登録等,2項において薬事法14条1項に関する医薬品に係る同項の承認等を掲げており,そして,薬事法によれば,「厚生大臣は,医薬品・・・につき,これを製造しようとする者から申請があったときは,品目ごとにその製造についての承認を与える。」(14条1項),「前項の承認は,申請に係る医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療用具の名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能・効果,性能,副作用等を審査して行うものとし・・・」(2項)とされている。
      本件において,特許法68条の2の規定にいう「物」に該当するのが,薬事法14条1項に係る処分の対象となる,有効成分によって特定される医薬品であることは明らかであり,この点については,Xも特に問題にしていない。同条の規定にいう「用途」の意義については,特許法に定義があるわけではないので,解釈の問題となり得ることは明らかである。
      我が国の特許実務において,古くから,物の有するある一面の性質に着目し,その性質に基づいた特定の用途に専ら利用する発明が講学上「用途発明」と称されていたこと,昭和62年5月25日法律第27号による改正前の特許法38条ただし書き2号に,「その物を使用する方法の発明」,「その物の特定の性質を専ら利用する物の発明」に係る規定が置かれたことがあり,これらが「用途発明」を意味するものであるとされていたこと,このような「用途発明」について,物が周知あるいは公知であっても,「用途」が新規性を有する場合には,特許性を認めるべきであるとの考え方が存在していたこと,このような特許実務を背景にして,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力に関する特許法68条の2を新設するに当たって,「物」と「用途」とを単位として効力要件を規定することにしたことは,当裁判所に顕著な事実である。
      上記事実によれば,「用途」とは,「物」(有効成分によって特定される医薬品)自体の特定の性質を専ら利用することを意味するもの,換言すれば,当該医薬品の効能・効果によって特定される使いみちを意味するものと解するのが合理的である。
      以上によれば,最初に薬事法14条1項による処分を受けて,所定の有効成分,効能・効果を有する医薬品について製造承認を得た特許権者は,その有効成分,効能・効果を有する医薬品に関して,特定の品目に限ってであれ,特許発明を実施することができるようになっていたのであるから,同じ有効成分,効能・効果の範囲内で,剤型,用法,用量等の変更の必要上,再度処分を受ける必要が生じたとしても,特許期間の登録延長を認めることはできないというべきである。
    (4)本件において,Xは,塩酸オンダンセトロンを有効成分とし,抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)の軽快を効能・効果とする医薬について,本願に係る承認(今回承認)前である平成6年1月19日付けで,承認番号(06AM)第0022号として承認(前回承認)を受けたこと,今回承認と前回承認とでは,適用の対象が小児を含むか否かで相違しているにすぎないことは,当事者間に争いがない。
      そうすると,Xは,前回承認において,塩酸オンダンセトロンを有効成分とし,抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)の軽快を効能・効果とする医薬品について承認を受けていたのであるから,Xは,塩酸オンダンセトロンを有効成分とする医薬品で,かつ,抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)の軽快という用途のものについて,本件発明に係る特許権を実施していたことになり,有効成分が同じであり,その効能・効果も同じである以上,適用対象に小児を追加して前回承認とは異なる品目で承認を受ける必要があったとしても,本件延長登録出願をもって,延長登録の要件を満たすものということはできない。
      Xの取消事由1は理由がない。
    (5)Xの主張の主眼とするところは,Xが同じ有効成分,効能・効果の医薬品について,成人用のものとして厚生大臣の承認を受け,製造販売することができたとしても,小児用のものについては,厚生大臣の製造承認を得ていなかったため,現実に実施できなかったのであるから,これにつき,本件発明の実施ができたとはいえないし,最初の承認では延長登録の要件を欠いていた者が,2度目の承認を受けたときに延長登録を認めないのは不公平であるというものである。
      しかし,前説示のとおり,Xが同じ有効成分,効能・効果の医薬品について,成人用のものとして厚生大臣の承認を受けたことによって,当該有効成分,効能・効果の医薬品に属するものにつき特許権を実施することができる状態になっていたのであるから,仮に品目単位の承認によって他の使用態様,すなわち,小児用の医薬品を製造することができない状態にあったとしても,特許法の存続期間延長登録の制度の見地からは,そのことによって特許権の実施が妨げられているとはいえないものとみざるを得ないのである。また,前記のとおり,特許法は,67条2項に特許権の存続期間の例外規定を設け,「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分」を的確に行うために当該特許発明の実施が相当期間妨げられる場合において,その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったことを要件として,5年を限度として特許権の延長登録を認めたものである以上,特許発明の実施をすることができなかった期間が2年未満である場合には,延長登録を一切認めないことにしているのであるから,延長登録が認められなかったこのような場合の中から,たまたま同じ有効成分,効能・効果の医薬品の具体的な使用態様について2度目の承認を受けたところ,そのために要した期間が2年以上であったものが出たとき,先の承認のゆえに延長登録を認めないからといって,直ちに不公平ということはできない。このような事態による特許権者の不利益は,特許権者自身の努力(処分取得の仕方における工夫)により回避すべきことが期待されているのであり,それができなかったことによる不利益は特許権者自身が甘受する結果になってもやむを得ないものというべきである。Xの主張は,採用できない。
  2 取消事由2について
    前記1(3)認定のとおり,特許法68条の2にいう「用途」とは,当該医薬品の効能・効果によって特定される使いみちを意味するものであって,成人用か小児用かは,同じ効能・効果の医薬品について適用対象を異にしているに過ぎないから,Xの取消事由2も理由がない。
第6 そうすると,Xの本訴請求は,いずれも理由がないことに帰するから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条96条2項を適用して,主文のとおり判決する。」