1.判決
請求棄却。
2.争点
特許法第112条に規定する追納期間について,民事訴訟法第159条の規定を類推適用することはできるか。
3.判断
「一 Xが(A),(B)各特許権の第7年分の特許料を,その納付期限である昭和45年4月6日およびその追納期限である昭和45年10月6日までに特許庁に納付しなつたこと,Xが昭和46年2月3日に右(A),(B)各特許権の第7年分の特許料の追納手続を,第8,9年分特許料納付手続とともにしたところ,Yはこれに対し昭和46年10月19日付で本件処分(本件処分の理由中,本件特許権は「第6年分特許料不納により」昭和45年4月6日に権利消滅したとあるのは,「第7年分特許料不納により」の誤記と認められる。)をしたことについては当事者間に争いがない。
Xは,Xの責に帰すべからさる事由により特許料の追納期間(特許法第112条第1項)を遵守することができなかつたときは,その期間経過後であつても,特許料の追納は許さるべきものであると主張し,Yは,右追納期限徒過の事由が特許権者の責に帰すべきものであるか否かは特許法第112条第3項の趣旨からいつて問題とならず,同項の規定により,特許権は始めの納付期間の経過の時にさかのぼつて消滅したものとみなされると争うので,この点について判断する。
特許法第108条第2項は,特許権者の第4年以後の各年分の特許料は原則として,出願公告の日から(同法第107条参照)各前年以前に納付しなければならない旨を規定し,同法第112条第1項は,特許権者が右期間内に特許料を納付することができないときは,その期間経過後6月以内にその特許料を追納することができる旨を規定する。すなわち,第4年以後の各年分の特許料の本来の納付期限は,原則として,各年の出願公告応答日であるが,この納付期限は,それまでに特許料を納付することができなかつた者に対しては,その他になんらの理由の存在も要することなく6ヶ月延長されるのである。ただその場合には,特許権者は,各年分の特許料のほかに,それと同額の割増特許料を納付することを要するのである(同法第112条第2項)。右のいわゆる追納期間は,Y主張のように,本来の納付期間内に特許権者がその特許料を納付することができなかつた場合にも,それによつてただちに特許権を消滅せしめるという特許権者に酷な結果となることを避け,これを救済するために設けらた期間であると解すべきものではあるが,一方,特許権者の側に特段の事由を要することなく当然に本来の納付期間への追加を認めるものであるから,結果的には,本来の納付期間そのものが6か月延長されたのと同様になるものと考えても差支えなく,また,特許権者の側からすれば,割増特許料を納付することを条件として,本来の特許料納付期間が6か月延長されるものと観念することは,けだしまた当然のことであるといいうるのである。そうすると,この追納期間の満了するにあたつて特許権者がその責に帰すべからざる事由により特許料および割増特許料を納付できなかつた場合に,これにより特許権が当然消滅するものとすることは,始めの特許料納付期間の経過により当然に特許権が消滅するとすることが特許権者に酷であると同様に酷にすぎ,これを救済する方法が認められなければならいものと考えられる。追納期間は,本来の納付期間に納付できなかつた場合の救済規定であるということから,ただちにこの追納期間の徒過についての救済を認めるべき必要性がないということはできない。特許法は,この場合の救済方法についてはなんらの明文の規定をもおいていない。しかし,明文の規定がないということは,かならずしも特許法は当事者の責に帰すべからざる事由による追納期間の追完を否定しているものと断定させるものではない。当裁判所は,かかる場合の期間の伸長は,民事訴訟法第159条によつて表現された,期間の伸長に関する一般原則によつて,許されるものと考える。この場合,追完が許されるべき期間がどれほどかについては,明文の規定がないので困難な問題であるが,やはり前記民訴法の規定が一応の基準とさるべきものと考える。
二 Yは,追納期間内に特許料が納付されなければ,Yが職権で消滅の登録をすることになるが,特許権の消滅登録後も特許権者にその責に帰すべからざる事由による特許料の追納を認めて特許権を存続させることを認めると,この場合には特許法第175条,第176条のような規定がないから,その登録を信じてその特許発明を利用した者は保護されないことになるという理由で,同法第112条第1項に規定する追納期間経過後は特許料の追納は事由のいかんを問わず認められない旨の主張をする。
しかしながら,上来説明してきたところによると,追納期間の満了するにあたつて特許権者がその責に帰すべからざる事由により特許料および割増特許料を納付することができなかつた場合には,その事由が止んだ後一定の期間は納付の追完が許され,したがつて,その時までは特許法第112条第3項でいう特許権が本来の特許料の納付期限の時にさかのぼつて消滅したものとみなされる効果は発生しないのであるから,仮に特許庁長官が職権で特許権消滅の登録をしたとしても,その登録は実体を伴わないものであり,この点においてYが挙示する特許無効の審決ならびにそれに対する再審の審決等の登録の場合などと異なるところがあるのみならず,追納の追完が許される場合においては,特許法第175条,第176条のような規定はないけれども,その規定がないことによつてかならずしも第三者が保護されえないということはできない。けだし,特許料追納の期間が経過すれば,Yにおいてただちに特許権消滅の登録をするということは通常の場合は期待できず(本件でも特許権消滅の登録をしたとのことはYにおいて主張立証しないところである。),また,消滅の登録がされたとしても,この特許権消滅の事実は別に公告されるわけでもないから,特許の無効の審決(この場合は,原則として,公開の口頭審理による審判手続においてされるべきものとなつているから,第三者も特許の無効の審決があつたことを容易に知りうる。)におけると異なり,第三者は特許権消滅の登録がなされたことを知りうる機会がきわめて少ないものと考えられ,したがつて,第三者が,特許権が消滅したことを知つてその特許発明を実施する場合は稀有であるのみならず,仮に特許権消滅の登録の存在を知つてその特許発明の利用をしたとしても,責に帰すべからざる事由の存在によつて特許権が消滅しないで存続するものとせられた特許権者からする故意過失による特許権侵害の損害賠償責任の追求は,これを免れうるものと考えられるからである。Yの立論は,特許権消滅の登録がされれば,第三者はただちにその特許発明の実施をするということを根拠とするものであつて,その根拠は事実からははなはだ遠いものといわなければならない。
なお,Yは,民事訴訟法第159条を準用すれば,特許権の消滅がいつまでも確定しない場合も考えられなくはなく,特許権に関する法的安定性を害するというが,当事者の責に帰すことのできない事由が持続するかぎりは,特許権は消滅しないのであるから,法的安定性を害するというようなことはない。このことは特許の無効の審決に対して取消の訴が提訴された場合のことを考えれば容易に理解できよう。すなわち,特許の無効の審決は,これが確定しなければ特許は無効とならないのであつて,無効の審決がされてからそれが確定するまでの間が長いからといつて,それが法的安定性を害するということはいえないからである。
三 そこで,次に,Xがその責に帰すべからざる事由により特許料の追納期間を遵守することができなかつたかどうかについて考える。
証人【A】の証言により真正に成立したものであることを認めうる甲第8号証の2,同第11号証に証人【A】の証言を総合すると,X代理人【A】は,(A),(B)各特許権について特許出願代理をした関係上,X会社に対し,昭和45年9月10日に,右各特許権の第7年分の特許料の追納期間が昭和45年10月6日までであること,もしその納付手続がすんでおらず,また自分に納付方を依頼するのであれば至急その旨申し越すべき旨の手紙をX会社経理課に宛てて発送し,右手紙はその頃X会社に到達したことを認めることができる。Xは,右X代理人の手紙に対し,昭和45年9月17日附で,同人に対し,特許料および割増特許料の立替納付方を依頼する旨およびその請求書をX会社に送付されたい旨の書面を発信したと主張し,その立証として,その旨を記載した書面であるとして甲第6号証を提出する。また,証人【B】,同【C】は右X主張事実に沿うような供述をしているが,右の書証の存在および証人の証言のみによつては,いまだ右X主張事実を認めしめるに足りず,他に右X主張の趣旨を記載した書面をXがX代理人に宛てて発送したことを認めうるに足りる証拠はない。すなわち,前掲甲第6号証は,前掲証人らの証言によれば,昭和45年9月17日にX会社生産技術課員【C】が,X代理人に宛てて発送したという書面を複写したもので,生産技術課の保管文書中に綴り込んであつたものであるというのであるが,右書面には,それにより発送した文書の複写であることを示すのを通常とする発送文書との間の契印もなく,かつ,右証人らの証言によればX会社は従業員400名くらいの会社であり,その中に文書の発受信を扱う総務課があることが認められるにもかかわらず,同証人らは,X主張の書面をその総務課も通さず,前記生産技術課員【C】が作成し,しかも,これを発送した旨を発信簿等に記載するなど,発信したことを証するものをなんら残すことなく,同人自らその作成の日の夕方投函して発送した旨を供述するにとどまり,甲第6号証の存在のほかには,同証人らの証言のうち,X主張の文書を発送したとの供述部分を裏付けるものはないから,甲第6号証の存在自体では,これと同文の文書がX代理人宛に発送されたとの証拠にはなりえず,したがつて,右証人らの右供述部分も結局はそれだけでは措信しえないというのほかはない。
四 以上のとおり,責に帰すべからざる事由によつて特許料の追納期間を遵守することができなかつたとのXの主張事実はこれを認めるに足りる証拠がないから,結局,本件各特許権は第7年分の特許料の納付期限である昭和45年4月6日に遡つて消滅したものとみなされるとしてされた本件処分は正当である。
五 よつて,本件処分が違法であることを前提としてその取消を求めるXの請求は,理由がないから,これを失当として棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して,主文のとおり判決する。」