QアンドA32
シンハラ語の諸相


  シンハラ語の諸相 アイランド紙から


No-32 2003-11-05


 アイランド紙の投書欄でシンハラ語の”所属(ルーツ)”に関する問題が提起されている。
 「冷静な結論は」と投書者が前置きして,「シンハラ語はインド―ヨーロッパ語であり,その文字はドラビダ語の影響を受けている。しかし、これはシンハラ人が民俗的にドラビダか、また、そうでないか、ということとは別問題である」と論じた投書がグラスゴーから送られていた。
 シンハラ語は屈折語であり膠着語ではない。そういうお決まりの”シンハラ語の優越感”がここでも繰り返されている。この論には、やはりお決まりのインド―ヨーロッパ語属とドラビダ語属の対峙という設定が、人種と民族の問題に関連付けられてあやしく述べられている。投書者は言語が人種・民俗の問題と関係することはないと説得しているのだが,その論旨には煉獄の影のように「ジャーティ(生まれ)」への苦悩がちらつく。

日本人の言語学者が解説するシンハラ語論よりもかなりの迫力がこの投書に感じられるのは、シンハラというジャーティを投書者が内在させているからだろう。シンハラという民族意識の高揚は孤高の勇者ライオンにその威を借りたものだが、ランカーの島に閉ざされて生きる”少数民族”としてのシンハラ人には「我々は孤立している」という意識が強い。シンハラ語を話す外国人に深い信頼と共感の情を示すのは孤立を恐れる彼等の心情の現れだ。

 以下はその要旨。
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 長い間の孤立で、今日の北インド、パキスタン、バングラデーシュ、ネパールで話される言葉はお隣のドラビダ語の影響を受けてしまい印欧語族の言語とはどこか違うように発達してしまった。しかしそれらの言語は印欧語だ。
 シンハラ語も同様に印欧語族のインド―アーリア語である。1918年にムダリヤー・グナワルダナがこの事について何と言ったにしても、シンハラ語はドラビダ語などではありえない。
 
 なぜか。それはアイスランドからバングラデーシュにまたがる他の印欧語と同様にシンハラ語は屈折語だからだ。屈折語は動詞の変化を持ち,名詞の規則的な格変化を持つ。シンハラ語は屈折変化する言語だから,シンハラ語が印欧語である事は明白だ。一方,ドラビダ語は膠着語として知られる別のカテゴリーに入る言語だ。

 シンハラ語は実に多くの単語をドラビダ語から借用して、それを完璧に印欧語化して屈折変化させながら使っている。単語の借用はどんな言語にもあることで,例えば英語のシュガーはアラビア語のアス・シュケールに由来するものの,両者の間にはいかなる言語的関連もない。スリランカ人の中にはマラヤ―ラム語とシンハラ語との間で幾つかの単語を比較している研究者がいるが,両者に対応が見出せるとすれば、それはおそらく両者が先祖を共有しているためだろう。

 ところで、シンハラ文字がお隣のドラビダ人の文字と共通している事は疑いない。しかし、文字の共通することが即ち言語の共通関係を論証することにはならない。

 シンハラ語は印欧語であり,その文字はドラビダ語の影響を受けている。 しかし、だからと言ってシンハラ人が民俗的にドラビダである、ということとは別問題である。