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公園の猫 Version 2

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5月3日 >>

 公園で若いヤツが倒れてた。
 最近この辺も高校生同士の喧嘩とか増えたから、その手の輩だと思ってたけど、どうも違うっぽい。
 腹減ってたらしいのでカップラーメン出してやった。
 自分でもなんでこんなことしてんだかよくわからん。匠に似てたのかも知れない。

 匠が弟になってから、なんというか、あの手のには敏感になっているんだと思う。多分だけど。本質的に体温を欲しがるような。俺はどうもそういうのに好かれやすいタイプらしい。相手が女の子だと、「いいひと」で終わってくれりゃいいのに、深入りするとたいてい泥沼化する。うまく言えないけど。
 これが俺のせいなのかどうかもよくわからん。

 人懐っこい笑顔してるのはどうも商売柄らしい。体売ってるって平然と答えてからにこって。俺に商売するなって。俺そういう趣味ないんだから。でも一緒に寝て欲しいとか言われる。うわあ勘弁してよ…。
 何でこうなるかなあ。そう言えば匠も雷ダメだったな。でも、元は他人とはいえ一応、弟という地位を獲得していた匠とコイツじゃ別だろ。
 頭の99%はそう言ってたんだけど、1%がその泣きそうな顔に負けた。
 自己嫌悪。

 別に何も起こらなかったけど。っつーか起こりようがない。体売ってるとか言ってる割に小学生のガキみたいな顔して寝てただけ。


5月5日

 久し振りに実家から電話が来た。また匠か自殺未遂をしたらしい。もういい加減泣くのはやめろと母親に言いたいんだけど言えるはずがない。
 あいつの場合は生きてることの証みたいなものだからな、あれは。
 今度こっちに遊びに来るように伝えてと頼んでみた。そろそろ遊んでやらないとダメらしい。

 それにしても、やっぱり思い出すな。
 あれ以来、公園で時々姿を見かける。ホントに体売っているらしい。うーん。俺にはニーズがないけど。


5月9日 >>

 あいつが近所のタチの悪い高校生数人に殴られているのを見てしまった。
 近くにいた女の子に助けを求められなかったら無視して通り過ぎていたかも知れない。
 と言ってもケータイ出して110番するフリをしながら駆け寄っただけ。ちりぢりに逃げて行った。
「その手があったんですね」とか女の子が感心していた。これからは使ってみてくれ。
 で、被害者を見てみたらあいつだった。
 うつろな目をしていた。がくがく震えていた。俺の顔を見た途端にコワゴワ手を伸ばして来た。立たせてやったらしがみつかれて泣きじゃくられた。

 またか。うんざりする。こういう手合いを振り切れない自分が。
 一番マズいのは突き放す勇気がないことなんだろうな。


5月13日 >>

 さて、どーしたもんかな。どうも通りかかるたびに微笑まれているような気がしていたんだが、ついに名前を聞かれてしまった。
 俺は客候補にはならないよって念は押したんだけど、それでもって言うから一応名乗っておいたけど。
 お礼がしたいんたけど、何していいかよくわかんないとか言って。
 口でしてあげたら? って横からあの時の女の子が。
 …遠慮するって。そんなに飢えてないから。
 恋人いるのかって聞かれた。「彼女」と聞かない辺りが職業柄なのかな。
 いないんだけどね。淡白なんだと思う。なくても生きて行ける気がするぐらい。

 この少年の「媚び」は媚びていると言うより甘えている。だから扱いづらいんだけどな。


5月16日

 匠が遊びに来た。と言っても俺は仕事なんだけど。
 夜に戻ったらアパートの前で座り込んでいた。俺の姿を見てものすごくホッとした顔をしていた。
 電話して来ればいいのに。ケータイの番号は教えてあったはずだぞ、と言ったら「出なかった」と責められた。
 ごめん。電車に乗っている間の着信履歴が3つほど。

 部屋に入れて、お茶(俺は緑茶党なのだ)入れて一息。夕飯まだだって言うので、その足で2人で駅まで戻ってラーメン食べて来る。別に有名な店とかじゃないけど、おいしいってにこにこしながら食べてた。そういう姿を見ている分には普通。

 家に戻って、TVのニュース見ながら何気ない話をする間に、手首に走る切り傷が見えてしまった。
 何をしてやれるんだろう…。
 安物のソファで隣に座って肩に寄りかかって来る。他人の心臓の鼓動を聞くのが好きだってのは中学の頃から言ってた。それ言われるたびにいたたまれなくなるんだよな…生まれてからすぐに母親から引き離された影響なんだろうなって判ってるから。
 それにしてもウチの母親は何でコイツを引き取る気になったんだろう。子供が出来ないとかの事情があるんだとしたら、俺も実子じゃないのかもな。高校生ぐらいの時から、そう言えばヘソの緒見たことないなってのは引っかかりっ放し。
 だとしても、匠には実子じゃないことを話しているのに俺には言わないって変だよな。
 27にもなって自分の出生で悩んでも仕方ないけど。

 男が2人寝るには狭いと思うんだけどなあ、このベッド。まあ、匠は小さいけどね、同年代のヤツと比べると。
 しかしなんで男と寝てばっかなんだ俺は。

 美和、どうしてるかな。


5月17日

 匠は大学を卒業したらこっちで一緒に暮らしたいと言っていた。
 実家のある町には働き口なんてありそうもないから、それはある意味正しい選択だとは思う。ただ、こっちで働きたいじゃなくて一緒に暮らしたいなのが気になるけど。
 主夫にでもなる気か?
 兄を慕ってくれるのはいいんですが、お前を見捨てた本当の両親を見返す意味でも、自立して幸せになるべきだと思うんだけどな…まだ無理なのか?


5月22日 >>

 匠は気が済んだらしい。実家に帰るそうだ。
 早くこっちで暮らしたいなら大前提として大学卒業しなきゃダメだろ。そう言ったら一瞬、鳩が豆鉄砲食らったような顔して、それから急に表情が明るくなった。
 まあ何にせよ人生に目的が出来るのは悪いことではないんだけど。
 朝の通勤で駅に向かう人たちの間で、左手に弟ぶら下げて歩く俺。なんだかなあ。
 せめてこいつが小学生ぐらいだったらあんまり違和感ないんだけど。

 …考えてみたらあいつより年上だよな、匠の方が。
 最近見てないけど何してんだろう。また変なのに絡まれてなきゃいいんだけど。


5月25日 >>

 あいつを助けた時に話した女の子から、あいつの名前はシュウっていうらしいことを聞いた。本名かどうかは知らない。会社の帰り、9時頃だったんだけど、今日は誰かに買われたらしくて、いつもの公園にはいなかった。
 匠のことをシュウが気にしていたらしい。なんでだ? ああ、やたらとくっついてたからなあ、匠は。
 だから俺はそういう趣味はないって言っているのに…。カルチャーギャップは埋まりそうもない。


5月27日 >>

 昼、弁当屋で買って来て、会社の休憩室で食べてたら、同僚の雅人が何かの経済雑誌を読んでいた。珍しいこともあるもんだと思っていたら、それ見た女子社員が「この人ってもしかして…」と一気にワイドショーモードに突入した。
 どうも、その雑誌でインタビューされている社長は、最近急成長したベンチャー企業だかの社長で、インターネットだか携帯電話だか、とにかくその辺の何かをやっているらしい。俺はその手の話は苦手だから名前も聞いたことなかったけど。
 ただ、女子社員の関心事はそれじゃなくて、社長は1年ぐらい前に孤児院から養子を迎えたんだそうだ。男の子を。高校生ぐらいだけど高校には行ってなくて、会社に籍を置いているらしい。
 やっぱりそれって、次期社長として若い時から社会の波に揉ませているんだろうか。
 その子の人生って劇的だなあ。孤児院で暮らす社会的弱者が一気に次期社長。よっぽど凄い素質を見出されたのか。
 で、その次期社長殿が芸能人顔負けの美少年らしくて、しかも女子社員いわく「世間のこと何も知らなそうなすっごくカワイイーって感じの」子らしい。
 …次期社長候補で世間知らずの美少年ねえ。
 ウチの女子社員たちは何を企んでいるんだ。お近づきになってあわよくばとでも考えているのか? やれやれ。

 同じ高校生でも、普通に学校行ってるヤツもいれば、社長候補と騒がれるのもいれば、…公園で体売ってるのもいる。
 不公平だな。その孤児くんのラッキーが、少しでもあいつに降りかかってくれれば、あいつもあんなことしなくて済んでるだろうに。
 なんであいつあんな生活しているんだろ。
 今度聞いてみようかな。


6月1日 >>

 公園にシュウはいなかった。

 昨日だったかに雅人が言っていたことが気になっている。
 ヤツが経済雑誌のインタビューなんか読んでいたのは、どうもその雉川とかいう社長の息子の動向が気になるかららしい。
 と言っても女子社員と同じレベルの話ではなくて。

 ヤツはちょっと前に、俺の家に遊びに来たことがあるのだが、その帰り道に男同士のキスシーンを目撃したと騒いでいた。
 当時はシュウがそこを「仕事場」にしていることは知らなかったから、世の中そういう人もいるんだなあぐらいで終わっていたんだけど、今改めて言われれば心当たりがあり過ぎる。
 で、雅人曰く、そのキスシーンの片割れが、孤児院から次期社長候補の少年にそっくりだったらしい。
 まさか本人のわけはないだろうけど、あまりに似ているので、ひょっとして生き別れの双子とかだったらすげぇよな、などと呑気に話していた。

 女子社員の噂によれば、その次期社長候補くんは、毎年6月1日はその会社の創立記念パーティだか何だかに出席するのだそうだ。で、マスコミもその「孤児院から次期社長候補」という生い立ちについてあれこれ書き立てて写真と一緒に掲載したりするらしい。

 ということは、そのうちどっかの週刊誌で顔が拝めるかな?
 シュウの寝顔、間近に見てるからなあ。何処までそっくりなのか見物してみよう。


6月6日

 またシュウが部屋に来てる。今はバスルームにいる。
 公園の男子トイレで、下半身だけ裸で倒れてたのを拾って来た。

 やっぱりそういうことなのか?
 なんでこいつがそういう目に遭わなきゃならんのだろう。

 昔、若者がホームレスを殺した事件があったけど、シュウのコレはどうやらそういう通り魔的犯行じゃなさそうだな。明らかに誰かがこいつを狙い撃ちしているのか。
 こないだの喧嘩までは、ただ運が悪くて絡まれてただけなんだと思ってたのに。

 人なつっこくてやたらにくっつきたがっていたあいつが、俺がちょっと触っただけでびくっとして一瞬逃げた。
 相手が俺だと気づいた途端にやっぱり泣き出したけど、それでもすぐにすがりついて来なかった。
 今の僕は汚いから、ってずっと泣いてた。

 …やっぱりそういうことなのか?


6月7日 >>

 寝不足。でも後悔はしてない。
 朝方まで、俺に何もかもぶちまけるように、シュウは自分のことを話した。

 小学生の時に父親が死に、母親と若い恋人が再婚した。その『父さん』はとても優しい人で、文字通りシュウを溺愛した。共働きの両親の元で育って、愛されることに飢えていた(と自分で言っていた)シュウは頭を撫でられたり手をつないで買い物に行ったりすることが普通に嬉しかった。楽しかった。
 それがやがて度を越した「スキンシップ」になっても、全く嫌悪感を感じることはなかった、とシュウは言っている。
 『父さん』とシュウの年齢差は12しかなかった。当時シュウは13、彼は25。

 彼がシュウの母親と結婚したのは、母親ではなく自分の方が目的だったんじゃないかな、とシュウは笑っていた。
 ナボコフの「ロリータ」みたいな話だ。
 シュウの母親もそう思っていたらしい。それで結局、自分の夫の行為を児童相談所に通報した。表向きはもちろん息子を守る母親の顔だけど、その実は息子に対する嫉妬だったんだろう、とシュウは言う。
 母親は、自分から進んで息子を相談所の施設に入れて引き離すことを提案したのだそうだ。普通の親は嫌がるものだが。
 名目は性的虐待からの保護。ロクに本人たちに事情も聞かずに。

 俺には本当の所は判らない。暴力による虐待行為ですら、子供は親を正当化する。たとえその行為がいくら理不尽でも、記憶を捻じ曲げてでもそれが正しかったと何処かで思い込んでしまう場合があるらしい。
 子供にとって親は絶対なのだ。だから、親が子供を殴るのは子供である自分が悪いからだと思い込もうとする。

 シュウの父親がやったそれが本当に「愛情」だったのかどうか。他人である俺は当然それを疑うわけだけど、シュウにはそれを疑う気持ちはカケラもない。
 自分を愛してくれていたんだと無垢なまま信じている。

 なんだか、こいつがこんな商売をしている理由が判ったような気がした。
 それでしか自分の存在を証明出来なかったからか。
 それでしか、誰かに愛されたことがなかったからなのか。
 自分という存在の意味を、セックスでしか体現出来なかった子供。

 もしかして、セックス抜きで付き合えてる人間は俺が初めてなんだろうか。


6月8日 >>

 いつ寝てるのかと思ったら、こいつ昼夜逆転してるのか、完全に。
 職業柄なのかな。
 追い出す理由もないので、部屋にいるかって聞いたら、いるって言うんで、おいて来た。
 仕事から帰るまでの間に、貴重品と一緒に消えてたりしたらどうしようかなあ、とは、ちょっと考えていた。でも、帰ってみたら特に何もなし。
 ベッドの上で、枕抱きしめるようにして寝ていて、突然むくっと起き上がった。
 弁当買って来たんだけど、無駄にならなくて良かった。
 しかしこいつひょっとして水も飲んでない?
 仙人みたいなヤツだな。

 心なしかずーっと見つめられていた、気がする。
 …うーん。

 10時過ぎに仕事して来るって出て行った。
 あんな体で仕事になるのかなあ。
 一応、体力使いそうな仕事なのに。


6月9日

 雅人が写真週刊誌見せてくれた。
 えらいピンポケな写真だけど、そこに写る華奢なスーツ姿は、怖いぐらいシュウによく似ている。
 確かに似てる。
 というか似過ぎだと思う。
 ただまあ、なんて言うか…、あいつの場合は拗ねてるか笑ってるか泣きそうか泣いてるか、そういう感情的な側面しか見たことないんだけど、この写真の中の彼はひどく冷たい顔をしている。世界全部を敵に回しているとでも言いたげな。
 その表情だけが別人っぽい。それさえなければもう同一人物ってはっきり断定出来そうなぐらい似ている。
 確かに、生き別れの双子説を唱えたくなるな。かたや孤児院から男娼、かたや孤児院から社長候補。劇的過ぎる。

 もちろん雅人には俺がシュウと知り合いであることは話してないけど。


6月14日

 珍しい人から携帯に着信があった。美和。
 それがメモリに残っていたのは単に消し忘れただけなんだけど、名前出て来るとちょっとドキッとする。
 ちょっと迷ったけどかけ直した。

 元気だった? とか他愛ない会話した後で、会いたい、と言われて戸惑う。
 振ったのそっちだろ。何なんだよ今更。
 …別にいいんだけど。付き合っていた間だって、すごく好き、っていうわけでもなかったんだし。

 俺って絶対恋愛に向いてないんだと思う。誰かにそういう意味で固執したことないし。
 シュウとは正反対だな。


6月16日 >>

 喫茶店なんて入るのは何ケ月ぶりだろうか。美和は相変わらず。人なつっこそうで明るくて少し甘ったれてる。どうも俺はこの手のヤツにばっかり好かれているなあ、明らかに。

 どうしてたの、みたいな話をまただらだらと暫くしてから、唐突に彼女が今夜泊めて欲しいって言い出した。

 今の彼に振られたのかも知れない。
 しかし持たないなあ、美和は…。
 ひょっとして一番長く付き合ってたのって俺なの?


6月17日 >>

 やっぱそういうことになるのか…。
 考えたらタイプ似てるのかもな。美和とシュウって。

 なんでそんなに優しいのか、なんて聞かれても、自分では自分が優しいと思ったことないしな。
 第一いい加減だろ俺って。
 振られた女なのに、会いたいって言われりゃ会って、抱いてって言われたら抱いちゃうんだし。

 ただまあ、ずぶ濡れの仔猫が目の前にいたら放置は出来ないタイプではあるけど、でも、それ多分優しいとは言わない。
 メサイヤ・コンプレックスに近いような気がする。

 いいよもう。別に。都合のいい時だけの逃げ場所にされてる気がするけど。


6月18日 >>

 何があったんだろう。何も話してはくれないけど。
 昨夜遅くにシュウが家に来た。何も言わないでずーっと俺にしがみついてた。
 一緒に寝て欲しいって言われて、それこそずぶ濡れ仔猫状態だったから、頷くしかなかった。断ったらそのまま死んでしまいそうな目だったし。

 小さく震えたままぴったりくっついて来るから「暑くない?」って聞いたら泣き出された。
 …うーん。頼むから理由を説明してくれ。

 愛情に飢えている、ねえ。
 自覚してるんならもう少しコントロールしたらいいのに。
 こんな風に誰彼なく迫ってたらいつかトラブるぞ?

 今日、部屋にいる。多分夜までいるんだろう。
 帰ったら、今度は何を切っ掛けに泣き出すんだろう。
 …扱いに困る。


6月19日 >>

 会社来てからWebサーフィン。検索している所を見られるのが怖い。

 あれは依存症の一種のような気がする。海外で症例があるという話をちらと何処かで見たような。
 セックス依存症、というやつ。
 ちゃんと市民権を得ているものならいいんだけれど、どうも好奇で扱うページも多くて探すのは大変だった。

 よりによって俺にまで抱かれたいと言い出すとは。時々見上げて来る目線とかで、そういう意味で見られているかも知れないと勘繰ったことはあったんで、まあ変に動揺はしなかったけど。
 こういう時にヘタに動揺すると逆に付け込まれるからな。
 …美和のおかげか、こういう時の対処法は。

 セックスってものは、良く知りもしない人間と、勢いや慰めでやっちゃイカン、と思っているんですが。
 俺ってマジメ過ぎですか。


6月23日

 …あっさり諦めたのかな? シュウのやつ。
 依存症かも、と思ったのは俺の勘違い?
 それなら別にいいんだけど。

 最近、公園にいないことが多い。仕事が繁盛しているのだろうか。


6月27日 >>

 確信はなかった。でもあんな時間帯であんな場所で、停まってる車が大音量の音楽かけて微妙に揺れてたらそういうことなのかなと思ってしまった。
 で、公園の中をぼんやり見回してたら、マナっていう、シュウの『仕事仲間』の子が眉をひそめて教えてくれた。
 いや別に知りたかったわけじゃないんですが。
 知ってしまうと、一気にゲンナリしてしまった。
 見境なさすぎ。そういうのは嫌だと断ったりはしないものなのかアイツは。それとも好きなのか?

 マナさんに笑われてしまった。まるで保護者みたいだってさ。
 うーん。というか…。

 あいつに、そういう関係以外で付き合える立場の人間が今誰もいないんだとすれば、俺がそれになるのは悪くないって思ってた。それは確かだ。
 あいつのいる環境は、何もかもが理不尽過ぎると思うからだ。
 産みの母親以外は親からですらセックスの対象にされて来て、その唯一の例外は息子であることより恋のライバルとしてあいつを突き放しているし。
 あいつ、マトモな保護者にはまだ1度も出会えてないんじゃないか?
 そういう話をしたら、マナさんが首を傾げて「今の両親はどうなんだろう」って。
 今の両親?

 で、さっき知ったばっかりだ。
 週刊誌の中で冷たい目をしていた「次期社長候補」とシュウが、紛れもなく同一人物だったという事実に。

 なんでわざわざあんな生活してる? 家がないって言ったのは嘘か?
 客が取れなければ寝る場所もないって言ってたから泊めてやろうって気にもなれてたのに。
 なんなんだよあいつ。

 ----俺、なんであいつに嘘つかれたぐらいでこんなイライラしてんだろ。
 体売ってるようなヤツは所詮、ってことなんだろ。
 それだけじゃないか。


6月29日 >>

 あいつが弁解しに来た。
 話だけは聞いてやろうと思ってみたら、また淡々とえらい話が始まってしまった。
 …こいつ、今の家でも親に抱かれてるって?
 それは確かに家にいたくなくなるのも判る気がするけど…。

 法定上の親権者がちゃんといるのにこういう生活させてていいのか?
 結構有名な企業なんだろ、その業界では。その社長が養子取っときながら、その実態は体のいい愛人?

 気分悪くなって来た。
 俺の家も匠を孤児院から引き取ったりしている辺りでもう普通の家庭ではないと思ってたんだけど、こいつの身辺ってさらにとんでもない。俺の家なんて全然フツーだ。
 ひょっとしてこいつが時々襲われてるのもその家というか会社というか、とにかくそこら辺の事情なのか? レイプまでされてんのに、親は何もして来ないのか?
 何だよそれ。

 こいつ、思ったよりヤバイ橋を渡りすぎだよ。こんな生活放置するなんて、そんなの親って言えない。
 かと言って俺がどうにか出来る問題でもないんだけど、でも…。
 一番ぼろぼろな状態のシュウを知ってるだけに、このまま何もしないのは寝覚めが悪いというかなんというか…。


7月1日 >>

 蓋のついた藤のバスケットを買って来た。デカいやつ。
 部屋に元々モノは少ないから、それが1つぐらい増えてもあんまり違和感はない。
 果たして俺がこんなことまでする必要があるんだろうか、とふと思う。
 思うけど、でもこのままあんな生活続けていたんじゃあいつはそのうち破滅する。
 あのまま自滅するのを黙って見てるなんてことは出来そうにない。
 俺ってホントに因果な性格してるよな。もう今更いいんだけど。


7月2日

 シュウがいない。
 多分仕事が忙しいんだろうな。

 仕事、か。


7月3日 >>

 その雉川とかいう社長の家に厄介になっている限り、理不尽な暴力や望まないセックスを強いられてしまうなら、そこから逃げ出せばいい。
 今その家を必要としなければならない根拠は、一番は服だろう。食と住は(客さえ取れれば)なんとかなっているわけだし。
 だから、このカゴをそのために使えばいいと思ったわけだ。
 どうせしょっちゅう泊まりに来ちゃってるし。
 そういう話をしたら、シュウは一瞬ものすごくびっくりした後、----やっぱり泣き出した。
 抱きつかれて、何度もお礼を言われて、「ホントにそばにいてもいいの?」って何度も確認されてしまった。
 何だかプロポーズされたみたいな勢いだなあ…。
 雉川の家が荷物置き場なら、俺の家にだってそのぐらいは出来る、ってだけなのに。

 とりあえず数日分の服を持って来て、めちゃくちゃに嬉しそうにカゴに入れてた。
 ソファ座って麦茶飲んでた俺の隣に来てこの暑いのにぺたっとくっつかれっぱなしでした。
 いや覚悟はしてたけど。

 ただ、「僕は何をしたらいい?」って不安そうに見上げられた時はどうしようかと思ったけど…。
 こいつって、誰かに優しくされると必ずその裏にキブアンドテイクがあると思っているのかなあ。
 何もしなくていい、何も望んでないって言ったのに、何でもするから、って。
 …だから。

 そんな目で俺を見るなったら。
 どうにか出来ないのか、こいつのこの思考回路。
 せめて俺ぐらい、それナシに付き合えないのか?


7月4日 >>

 俺の職場は一般的な土日休みではないので、曜日の感覚が常に狂っている。
 明日は久々に休み。このところちょっと忙しかった。

 あいつを外に連れ出そう。光の中に。
 まずはそこからだ。


7月5日 >>

 昨夜から今日にかけては色んなことがありすぎた。

 シュウは、誰かから好意を持たれるということはイコール恋愛だという認識しか持てないのかも知れない。
 俺はどっちかと言えば恋愛感情だと断定するまでの間にかなり溝がある方だ。
 そこに至るまでの間に何段階もあるというか。知り合い、友達、気になる存在、とか。色々。
 シュウに対しては…よくわからない。というかわからなくなって来た。

 あいつのことは…すごく気にはなっている。でも、明らかに恋愛とは違うわけで、シュウがいくら俺を好きだって言ってくれても、それに同じレベルで答えてやることは出来ないと思う。これからも。
 それは正直に言ったつもりだ。シュウも判ったとは一応言っている。目を見ると全然納得してなさげなんだけど。
 でもまあ、ちゃんと自制出来るんならしなさい。シュウは知るべきなんだと思う。兄でも父親でもいいから、とにかく、セックスの絡まない人間関係だって存在するんだってことを。

 そんな話を夜中の1時ぐらいまでしてから寝て、今朝は10時ぐらいに起きた。
 ちょっと服買ったり、あとはシュウの日用品色々(歯ブラシとか)買いに行くから一緒に来いって言って連れ出した。

 1日中、ずっとわずかに距離置いてついて来る。拗ねてるなあ、というのは理解したんだけど、それをどうもしてやれないし…。
 こいつの「好き」だって、結局、そういう表現方法しか知らないだけだ、と俺は思うんだけど。
 抱いてくれないイコール好きじゃない、みたいな方程式が刷り込まれているだけ、というか。

 多分、俺はこいつのことは好きだと思う。恋愛感情は抜きで。そうじゃなきゃひとつ部屋で一緒に暮らすようなこと出来ないし、触れることだって出来ない。
 でも部屋に戻った途端に、こんなの生殺しだって泣き出されてしまった。
 そう思うならもう来なければいい、って言った。別にここに来なきゃならない理由はない。本来、シュウの家は雉川の所なんだし、そこに帰ればいいだけの話。
 その時にシュウの携帯が鳴って、彼は仕事をするために出て行った。

 もう来ないかな。それならそれでも俺は構わないけど。
 これだけはこっちが折れるわけに行かない。


7月8日 >>

 今日は珍しく早く帰れた。
 それが良かったのか悪かったのか今となっては判らない。

 部屋の鍵を開けたら、床にシュウが組み敷かれていた。
 相手は誰なのかは知らない。シュウはキツく唇を噛んで声を堪えていた。
 服を剥ぎ取られて、暴れているシュウの体をうつ伏せにして不自然に抑えつけるような体制で。
 まあ端的に言うなら、見た感じはだけど、レイプされかけてた。

 俺を見上げた男は憮然とした顔をしていた。
 っていうかここ俺の部屋なんですけど。
 上がってヤツをシュウから引き離した。
 でも、俺、腕力に全然自信ない。あっさり返り討ちに遭った。
 床にぶっ倒れた俺と半裸のシュウを放置したままヤツは脱走。
 もう何がなんだか…。

 短い時間だけど気を失っていた俺が目を覚ました時、シュウはぼろぼろ泣いた顔で俺を覗き込んでた。
 知り合いだったらしい。元顧客。でも、あんな風にする人じゃなかったそうで。『仕事』するなら場所を変えて欲しいと言ったけど聞き入れてもらえず、いきなり襲って来たらしい。
 …そういう可能性もあるわけだ、こいつの仕事の場合。

 いや、でも、ここは一応俺の家だ。俺の許可なく誰かを部屋に上げては欲しくない。それがいくらシュウの知り合いでも。
 昼間、シュウを部屋に残して仕事に行っているということは、とりあえずその間はシュウに俺の部屋と、その中にある財産を預けている、ということだ。
 それなりに信頼しているからこそ、それは出来る。
 その信頼をシュウは裏切ったんだ。

 …と、いうようなことを話して、俺はシュウを追い出した。
 判ってくれればいいんだけど。
 人が人と付き合って行く上ではそれなりにルールってものがある。
 少なくとも、俺という人間を選ぶつもりなら、ちゃんとルールを理解してからにして欲しい。

 刹那的な生き方なんてするな。
 …して欲しくないんだ。


7月15日

 あの日、突き放してしまってから、ずっとシュウの姿を見ていない。
 もちろんそれはこっちにしても覚悟はしていたことだけど。

 夜、眠る前にベッドの中にいるとあいつのことを思い出す。
 いつも、一緒に眠るそれだけのことでくすくすと嬉しそうに笑っていた声とか。

 告白された夜は、ずっと「大好き」とか「愛してる」とかいう類のことを言い続けていたなあ、とか。

 なんだかんだ言って、俺はめちゃくちゃアイツのことを気にしてる…。
 会えなくなってしまってから、それが如実に判ってしまった。
 雉川の元に戻ったんだろうか。
 …ケータイの番号を聞いておくべきだったか。
 とりあえずそれがつながりさえすれば(通話は出来なくても)、あいつが生きていることだけは確認出来るような気がするから。


7月17日 >>

 うーん、年貢の納め時、とか言う言葉が浮かぶ…。
 これ以上中途半端にしておくのはシュウのために良くない、んだろうな…。
 とは思うんだけど…。

 …俺、もうダメかも知れない。
 まさかこんな風に思う日が来るなんて予想外。

 でも抱くのは嫌なんだ。
 せめて誰か1人ぐらいはシュウを抱かないでいるヤツがいるべきだと思うから。
 だから俺は手を出すつもりはない。
 絶対に。

 それが俺の想いだってことを、あいつがわかってくれればいいんだけど…。


7月18日 >>

 …いろんなことを考えていた。

 俺のやってることは偽善か?
 大人ぶってるだけか?
 あいつの…「客」たちと自分を差別化したいだけなんじゃないのか?
 同じレベルに落ちたくないだけなんじゃないのか?

 あいつを試してるだけなんじゃないのか?
 それでもあいつがここに来ていることで----自分が「特別」だって思いたいだけなんじゃないのか?

 最低だ、俺って。


7月20日

 匠が遊びに来た。っつーか来ていた。
 頼むから予告ぐらいしなさいって。兄にも生活というものがあるんだからして。
 まあ、その…確かに、シュウのことがなければ予告されなくても別に困らないことは確かなんだけど。
 こいつもくっつきたがりだからなあ。
 シュウとハチ合わせたら何が起こるか。想像出来るだけに頭痛い。

 9時頃公園通った時には、マナさんから「仕事に行ったよ」と聞いてはいたんだが。
 でもまあ、ねえ。あいつの場合は一戦終わってから夜中に来たりすることもあるし。

 …やばいな。こんなことマジで心配するなんて、俺、完全にどうかしてる…。
 とりあえずラーメンでも食って来よう。
 すれ違って来たりして諦めてくれたら御の字。無理だろうけど。


7月21日 >>

 今思い出すと笑いしか出て来ないよ。
 こんなのアリかよ。匠、お前、自覚してくれ。
 コレはお前の『兄』だぞ。血はつながってないけど。
 いつからそんな目で見てたんだ…。
 今更そんなの卑怯だ。もっと早く言ってくれそういうことは。
 まあ確かに当時言われても偏見の塊で触られるのも嫌状態になったかも知れないけど、だからこそすっぱりふっ切ることが出来たような気がする。
 今だと、この状態だと、シュウの存在が、ヘタに希望を与えちまう結果になってる…。

 あのシチュエイションだとキレるのはシュウの方だと普通は思うんだが(匠と一緒にベッドにいたわけだしって何もしてないけど)。
 ソファにシュウが寝てたのが何の証拠になるんだか…。
 でもまあ、その騒ぎでシュウのヤツが起き出して来て「一緒に暮らしてる」とか言い出したから話がデカくなったんだけど。

 自分でも変だと思うけど、現実感がない。
 同性愛者のつもりはなかったのに、今や男2人に迫られてます。
 やっぱり笑える。不謹慎だけど。


7月22日 >>

 男性を恋愛対象に出来るか、と問われればNoだと思う。
 でもシュウという個人について聞かれたら、それにNoと即答するのは、今は、出来ない気がする。

 これは恋愛なんだろうか?
 とりあえず今までは恋愛とセックスが分離したことはない。好きな相手や付き合っている相手であれば、触れたい・キスしたい・セックスしたい、と、思うのが当然だし、そう望まれることだって不快ではなかった。
 シュウについては、セックスの対象にされるのは…嫌だ、と感じている。実際拒否している。俺の方からも彼を抱こうとは思っていない。
 ただ…。
 俺がそれを嫌だと思う理由は、今のシュウの立場による所が大きいような気がして来た。シュウの周りにいても唯一抱かない男、セックスなしで彼のそばにいてやれる男。自分がそうありたいということ。

 男相手に欲情したことないし、そうしている自分を想像するのはちょっと苦痛だったし(…つまり生理的に嫌だということなんだと思うけど)、そういう意味ではノンケなんだと思うけど。

 シュウに「色気」を感じるか、と言われると、多分Yes。でもこういうのは、例えば俳優とかでも男から見てもセクシーな男っているわけで、そういうのは別に問題にすることじゃない。
 問題はこっち。欲情出来るか、と問われると、…微妙なんだけど、微妙なことに、Noと言い切れない自分に気づいてしまった。

 俺は同性愛者でしょうか。いや、バイセクシャル、と言うべきなのか。女性とお付き合いしたことはあるわけだし。セックスも含めて。
 でもシュウ以外にはそんな風には思えないと思う。もちろん匠も(というか彼は弟だし)。
 いや、女性だってそんな風になりたくない人となってもいい人がいるわけだし、そういう意味では一緒か。

 そうか。
 そうだったんだ。


7月24日 >>

 文章を考える気力はないけど、日付だけでも書いておこうと思う。
 今日は俺の生涯でひとつの記念日になると思う。
 しばらく時間が経ったら些細なことになり下がるのかも知れないけど。

 匠に、彼の想いには答えてやれないと告げた。理由は、好きな人がいるから。


7月25日 >>

 さっきまで1人で天井を見上げてた。

 俺は偽善者だと思えて来た。
 どんな顔してあいつに会えばいいのか判らない。

 ちゃんと嫉妬してる、俺。意識の半分ぐらいは他人事みたいにそう思って、残る半分で無性に何かを破壊したくてたまらないというか、そういう気持ちになってる。
 その比率は今のところ51:49って感じかな。
 昔から理性の方が少々強かったけど、今の俺はそれがいいのか悪いのか判断出来そうにない。あいつだってこうなることを望んでるのは判り切ってんだから、こっちが暴走しちゃえばいいだけなんだけど、でも、出来ない。

 あれだけ散々拒否しといてコレはないだろ、俺。相手の性別に関係なくこれは失礼な話だと思うのに。
 美和の言っていたことが今なら理解出来る気がする。俺は多分、自分ではどうしようもないぐらいに誰かを好きになったことなんかなかったんだ。


8月1日 >>

 シュウからメールが届いていた。タイトルなし。
 怖くて開封出来ない。

 あいつにもう3日も会ってない、ただそれだけで。
 ただそれだけでたかがメールの一通が怖くて開けられない。
 何を、言いに来た?
 もう二度とここには来ないと、それを、言葉でなくデータで伝えに来たんじゃないかって、

 考え出すと眠れない。
 判ってる。俺の方からあいつに距離を置いてしまったからだ。
 判ってる。見上げていた顔がだんだん焦燥したようになっていたのも知っていた。
 知っていた。知ってたのに。

 俺だ。俺が突き放した。あいつからすればそうだとしか思えない。そんなこと今気づいても遅い。後悔しても遅い。わかってる。
 でもそうしなかったら自分が何しでかすのか判らなかった。怖かった。ただ触れるだけですらもう前とは意味が違い過ぎた。こんな風に…自分がこんな風になるなんて考えたことがなかった。傷つけたくない。めちゃくちゃにしてやりたい。嫌われたくない。むしろ嫌われた方が楽だ。近づいて欲しくない。離れたくない。それでもスキダとすら言ってやれなかった。

 おかしくなりそうだ。
 いや違う。

 すでに、もうおかしい、俺は。


8月13日

 ひどすぎる

 これは罰だ

 俺がしたことの
 俺があいつにしたことへの
 ちがう
 俺があいつに、しなかったこと、への

--- End of side B..... to be continued to side C, and another story.

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