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公園の猫 Version 2

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5月3日 >>

 最近食べてない。別に食べるのに困っているわけじゃなくて、食べる気にならなかった。だから、公園で寝てた。
 そしたらバカお人好しが心配そうに助け起こしてくれた。
 不思議そうだった。
 まあ不思議だろうな。僕自身だって17にして路上生活することになるとは、中学の頃までは考えてなかった。
 別にいいんだけど。もう、どうでも。体が資本になるうちに食いつないでいずれ死ねばいいだけだと思うし。その程度の命だったんだと思うし。
 何十億いるうちの1人ぐらい消えたって誰も悲しみやしない。雉川だって気づかないかも。いや、別に、気づいて欲しくなんかないけど。

 泥だらけだったからシャワー借りられて良かった。お人好しは何処までもお人好しな目をしてる。ちょっと誘惑してみたけど失敗。逃げられた。
 まあいいや。仕事しに来たわけじゃないし。


5月6日

 若い女の客。初めてかも。まあ若いったって僕よりは年上なんだけど。
 どっちかと言えば金取れる方の立場じゃないかと思うんだけど。それなりに綺麗な顔してるししスタイルも悪くないし。
 女相手にする時は「セックス」にはならないから、楽と言えば楽なんだけど。コミュニケイションが必要なのは逆にウザい。イかせるだけイかせて終わらせる程度の方が疲れないし。

 なのに、ちゃんとしなきゃらないらしい。
 うーん。
 誰でもいいならそれこそ売る側に回ったら? って聞いたらそれは怖いんだってさ。
 あのねえ。僕だって赤の他人なのに。
 そりゃ子供っぽい顔しているし、無害そうなのは自覚してるけど。そんなこと言われると寝込み強盗でもやりたくなって来る。
 しないけどさ。

 ベッドの中だと僕は小さいな。なんとなく。もうそういう立場に慣れ過ぎたせいなんだろうけど。


5月9日 >>

 セックス抜きで僕に優しい人はいない。
 いない方がいい。
 他に僕には何も出来ないから。

 あなたに僕が出来ることはなんだろう。


5月12日

 ここの所、ずっと常連になって月に1,2回来る客がいる。奥さんいるらしい30代後半ぐらいの人。最近浮気を疑われててさあなんて笑ってたけど、まあ、これも浮気なんだよね、一応は。
 あの人と違ってギヴアンドテイクが効くけど非常に優しい人ではある。あんまりこっちがサービスする側だという意識はない。何か普通に付き合っているみたい。男同士だけど。
 僕は「恋人」を持ったことはないけど、多分こんな感じなんだろうなーって想像させられるぐらい。一緒にいる間だけはね。
 ちゃんと僕が辛くないように気を遣ってくれるし。
 何より、彼が僕を買う時はたいてい泊まりなのだ。ラブホのこともあるけど、普通のアパートのこともある。誰の部屋なんだかは知らない。そこまで干渉することないし。
 疲れたらそのまままどろんでても問題ない。彼はそういう僕を見ているのも好きだとか言って髪撫でて眠るまで見ててくれたりする。そういう瞬間は仕事抜きで完全に甘えちゃってる気がする。

 僕が父親のことをフッ切れたのはこの人のお蔭だと思う。多分。


5月13日 >>

 名前教えてくれた。誠っていうらしい。
 だから何ってことはないんだけど、口の中でこっそり呼び捨ててみたりしている。それだけなんだけど、ふわんとした笑顔と頭の中で直結しているから何だかくすぐったい。
 迷惑してるかなあ。見てるだけのつもりなんだけど。困ってる顔はするけど嫌そうな顔するわけじゃないし。
 いいよね。別に。

 なんでだろう。時々すごく会いたくなる。絶対仕事抜きで会える人だから安心感があるのかなあ。


5月20日

 常連の彼の家に遊びに行った。と言っても、連れて来られたんだけど。
 役割どころは会社の新人契約社員。最近仕事を教えたり飲みに連れ歩いたりしているらしい。浮気疑惑を晴らす目的もあるようだけど、っていうか、僕、浮気相手だよね。いいのかな。まあ、世間的には若い男の子連れて来て嫉妬する奥さんはいないと思うけど。
 そういう意味では、まあ、効果的だと言っていいのかな。これからは、僕に会っていると言えばそれが免罪符になることになるのか。実際会ってるんだけど。

 奥さんはかわいらしい人だ。でも30は過ぎてるんですって笑っていた。童顔タイプ。僕と同じ。僕の「設定年齢」は19。実は17。奥さんには15歳ぐらいに見えるそうだ。よく言われるから驚かない。
 手料理はおいしかったです。
 いい奥さんなのに。浮気する要素が何も見つからないや。

 駅まで僕を送ると言って常連さん、っていうか吉岡さん(表札見た)と僕は部屋を出た。マンションの階段の踊り場(滅多に人が来ない)でぎゅっと抱きしめられた。そう言えば会ってるのにしないのって初めてかもね。
 ちょっと声が出そうなぐらいめちゃめちゃ濃厚なキスをして別れた。
 なんかせつない。許されない恋をしているっぽくなって来た。実際は全然許されてるけど。っていうか疑われてない。

 マジで好きになっちゃだめ? って聞かれた。丁重に断っておいた。
 …ちょっとプライヴェートに入り過ぎたかな。自重しないと。


5月22日 >>

 失敗したかな。割り切ってくれないと。
 まあ大人だからね。吉岡さんは。

 口からデマカセに好きな人がいるって言っちゃった。でも、デマカセの割に候補はすぐに浮かんだ。
 こないだ男の子連れて歩いてたな。そっちの趣味はないって言ってたから弟とかそういうオチなんだけど、その2人見て何となくモヤモヤしちゃってる。それは否定出来ない。

 やばいかも。
 ひょっとしデマカセじゃなくて深層心理の本音?
 そんなのやばすぎるよ。
 うわーどうしよう。意識しちゃったら何かどきどきして来た。

 試せないかなあ。せめてちょっと抱きしめるぐらいはしてくれないかなあ。


5月25日 >>

 今日の客はバックが好きみたいなので、ずーっと目をつぶって違う人のこと想像してた。
 意外にいい感じ。

 もう、いっそ女に生まれた方が楽だったのに。いいな、イったフリ出来るから。


5月27日 >>

 いつだろう、社長さんに買われたのって。もう半年…以上は前だな、多分。
 僕にはよくわかんないんだけど、その業界では結構有名らしい会社の社長さんで、でも年はまだ40行ってなかったはず。若い人だった。
 最初にコンタクト取って来たのは秘書の人で、これがまだ眼鏡かけててめちゃくちゃ生真面目そーな男の人だった。
 秘書さんは僕を汚いモノを見るような目で見てた。慣れてるけどさ。

 その日のためだけにホテルのスイート取ったんだって案内されてびっくりしたっけ。汚れちゃわないですかって気後れしてたら、文句言うならベット買い上げるからいいよとかって飄々と言ってたっけ。
 で一晩中。…バイタリティだけはある人だった。

 朝方になって、僕は全然寝付けなくて、でも隣はすーすー寝てたし、そーっと起き出してシャワー浴びて、ローブ1枚羽織ってソファでぼーっとしてた。
 そしたら来たんだよねえ秘書の人。まあ社長はお仕事だろうから起こしに来たんだろうけど。
 僕の方を睨むようにじぃっと見てた。無表情に。
 にこっと笑ってみた。とりあえず。
 うろたえられた。そりゃもうはっきりと。

 思い出すと笑い出したくなる。嫌われていたんじゃなくて免疫なかっただけか。ちょっと突っついたら落とせそうだったんだけどなーとか思って、帰りに車で元の公園まで送られた時にちょっと上目遣いに媚び売っといた。

 ここまでは前置き。
 今、僕の手元にあるケータイ(料金は雉川が払ってる)の着信履歴にその秘書さんの番号がある。
 社長さんから依頼されてコンタクト取って来ただけなんだろうけど。行き帰りの車の中でちょっとからかっちゃおうかな。そういうのだけは得意だしね、僕は。
 じゃあ仕事して来ます。


5月28日

 意外なことになっちゃった。いや、お客が増える分には歓迎なんだけど。
 秘書さん、いいんですかホントに。社長にバレたら修羅場にならない? いや、別になっても僕はどうでもいいんだけど、この不況時にあなたの職がなくなっちゃったらマズいんじゃないの?

 どうも男は初めてだったみたい。そういうことはよくあるのであまり気にしません。やっぱり僕ってオーラが女なのかなあ。もう男であることが武器になっちゃってるから性転換する気はないけどさ。
 最後までは、しなかったです。ちょっといちゃいちゃして、口でしてあげただけ。
 それなんだけど、僕にじーっと見られると顔がすごい勢いで赤くなってくんだもん。
 ピュアな人だなあ。

 僕のこと好き? って聞いたらそんなことはないって必死に否定してた。その必死ぶりが怪しい、という類の必死ぶり。
 年上だけどかわいかったです。

 社長は僕のこと飽きちゃったのかなって聞いたらそんなことないって言ってた。3〜4日のうちにまた電話するかもとかって。
 そうか。社長に言われて、僕という存在を思い出しちゃったわけね。自分のうろたえぶりも。
 ふーん。
 まあいいけど。
 からかいがいのある人って大好き。
 くれぐれもバレないようにね、社長に。


5月31日

 あー、もう6月になっちゃうのか。
 めんどくさい。
 でも年に1度だけだし。

 生きてるなら早く僕を見つけてよ、父さん。そのためだけに面白くもないパーティに出てるのに。
 死んでるなんて僕は信じない。
 信じたくないんだから。


6月1日 >>

 今日だけは雉川の息子。笑える。次期社長候補なの? 僕が。なんでそーいう話になってるわけ?
 ゼータクな女。次期社長候補の使い道は指と口だけ? まあ、テキトーにイかせてやれば満足する程度の女だから「仕事」としては楽な方だけどね。
 何が次期社長。僕の給料なんてただの体のいい横領手段のくせに。
 何が「大切な息子」。ただダンナに見放されたオンナを慰めるためのオモチャのくせに。
 むかつく。

 毎年懲りずにやって来る女記者、今年は妙な目で僕を見てた。
 あなたが孤児院にいたのって虐待のせいなの? とか言われた。
 むかつく。

 虐待なんかじゃない。虐待なんて言うな。父さんのしたことを犯罪みたいに言うな。
 ごめんね父さん。僕があと5年早く生まれてたらこんな言われ方なんてしなかったのに。
 13だから虐待だなんて言われたんだ。僕の意志も父さんの意志も無視して。
 ちゃんと愛してたのに。
 ちゃんと愛されてたのに。

 今なら誰も虐待だなんて言わないから、だから生きているなら帰って来て。
 そのためだけにこんなくだんないパーティ出てるのに。

 父さん。


6月3日

 来た。秘書さんの番号の着信履歴。
 車の中でキスしちゃおっかな。


6月4日

 すっごいスリリング。こんなドキドキしたのは久しぶり。

 社長さんが奥の部屋でまだ寝てる間に、例によって寝付けなくて起きてて、ソファでぼーとしてたら、秘書さんが隣に座って来た。
「私はこんな人間ではなかったはずなんですが」とか言ってもだめ。
 それからずーっとキスしてた。どのぐらいしてたか覚えてないけど、何かちょっと酸欠状態なぐらい。
 社長さん起き出して来たら言い訳出来ないよなあ、とか思いつつ。

 なんかかわいい人。
 別な言い方をすると、有力顧客候補。


6月7日 >>

 敵もバカじゃなくなって来たのかな。暴力は僕を「痛めつける」ことにはならないことにどうも気づいちゃったみたいだ。
 レイプされるのって思ったより屈辱的。体験するまでは平気だとどっかで思ってたのに。
 結構、こたえた。ズタボロ。
 そんな時に限って、なんでこの人は助けに来てくれるんだろ。
 この人の…誠さんの前に立つと、僕はひどく穢れた生き物になった気分になる。
 その時の僕は実際に、トイレに転がされてたんだから、汚かったんだけどさ。

 洗いざらい話しちゃった。今、雉川の養子になっていることは言えなかったけど。
 朝方まで、ちゃんと話、聞いてくれた。ベッドの中でそおっと抱きしめたまま。仕事してたはずなのに、うつらうつらしたりもしないで。僕が見上げると必ず誠さんは僕を見ていてくれる。にこにこ穏やかに微笑んで、背中、そっと撫でてくれたりする。
 でも、なんていうか、僕に対してそうしてくれているというよりは、「子供の扱いがうまい」感じなんだけどね。
 こないだ見かけた弟くんもきっと同じようなことされてるんだろうな、お兄ちゃんに。

 なんかやだ。
 僕だけにして欲しい。

 抱いて欲しい、とすごく思う。でも、それだけは言い出せない。
 嫌われる方が怖い…って思う時点でもうだめだ。
 抱いて欲しいと思ったら、どんな手を使ったって誘惑出来るのに。中学の時、ノンケだたはずの同級生に「お前見てると変な気持ちになる」って言わせたこともあるのに。
 そうしようと思えない。嫌われたくない。たった1度のセックスのために嫌われるより、100夜こうやって抱きしめてもらえるなら、その方がいい。

 朝方、少しだけ眠った誠さんを起こさないようにキスしちゃった。
 せつなくて気が狂いそう。

 本気で好きになっちゃった気がする。もう手遅れみたい。


6月8日 >>

 昨日から、というか正確には一昨日から、ずっと誠さんの部屋にいる。
 もちろん許可は取ってある。っていうか、いる? って聞かれたから、それに甘えた。
 昼間、ずーっとベッドの中にいた。彼のこと考えながら、ずっと。

 仕事から帰って来た誠さんが、好き嫌いある? って言うから、別に、って答えたら、コンビニのお弁当くれた。
 俺、滅多に料理しないからいつもこんなのばっかり、とかって笑ってた。
 そういえば食事したのって…まる1日以上何も食べてなかったっけ。

 別に何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかなんだ。僕は。多分。
 ちょっと油っこかったけどおいしかったです。

 仕事しに行かなきゃ。


6月11日

 夕方、吉岡さんに会った。
 突然だけど、と前置きして、もう二度と会わない、と言われた。

 父さん以外で初めて僕を「気を遣って」抱いてくれた人だった。
 多分、今まで甘え過ぎていたんだと思う。
 まるで、そうやって時々会うのがごくごく当たり前みたいになっていて。

 でも、僕みたいな仕事をしていれば、行きずりの客なんて多いわけで。わざわざもう会わないなんて断りもせず会わなくなってしまう人が圧倒的なわけで。
 何処までも丁寧な人。

 受け入れなかったから嫌われたんだろうと思ったのに、違った。
 奥さんが妊娠したのだそうだ。
 やるべきことが多くなる。お金の問題もある。だからもう二度と会わない、と言われた。

 結局、女には勝てないのか。産める才能には。
 いくらあがいてもそのフラグが落ちてる以上僕は、男は、欠陥品。

 男に取られるより女に取られる方がショック。
 だって、絶対に同じ土俵になんか立てないじゃん。
 ズルイよ。


6月13日

 同じ公園の仕事仲間でマナって女の子がいる。こちらは異性限定で。
 僕が何かされるたび、誠さんに知らせに行ってくれたりしている。
 多分、今の僕にとって唯一「友達」と呼べる人。

 彼女が、ひょっとしてあのおにーさん(誠さん)のこと好きでしょ、と指摘して来た。
 うーん。女の勘、とかいうやつ?

 難儀だねえ、って溜め息つかれた。彼がノンケだって知ってるからだ。
 でもまあ、どうしようもない。好きになっちゃったんだもん。
 どうしようもない。

 「誘惑しちゃわないの?」とか言われた。
 それに乗るような人なら全然難儀じゃないよ、と答えておいた。

 もし僕が女の子だったら、受け入れてもらえる可能性はあったのかな。
 でも、ずーっと前に来た女のお客さんの彼みたいに、付き合っていても全然手を出してくれなさそうな感じだけど。
 あの人、また会えないかな。あの時は話半分に流していたけど、奥手な彼とそもそもどうやって付き合い出したのか聞いてみたくなった。
 まあ、あのぐらいの女の人だったら、もう新しい彼氏が出来たのかも知れないけどさ。


6月16日 >>

 誠さんが昼頃に駅に向かって歩いてた。ラフな格好してたから仕事じゃないんだろうけど。
 誰かと会うのかな。

 僕は仕事の帰り。
 なんか最近、もう、目をつぶって別の人のこと考えながら抱かれてることが多くなった。
 僕がイかないと満足してくれない客が結構いるから仕方ない。

 心の中ではもう呼び捨て。時々本当に口に出しそうになって焦る。
 抱いて欲しい。
 言えないけど。

 冗談っぽく言ってみようかな…どのぐらい拒絶反応をされるのかだけでも見てみようかな。


6月17日 >>

 うそ。なんで? あの女って誠の知り合いなの!?
 っていうか、知り合いも何も、朝にアパートから2人で連れ立って出て来てるって…
 そういう関係なわけ?

 あの女が言ってた奥手な彼氏ってもしかして誠のこと?
 僕、誠に嘘つかれた?
 恋人いないって言ってたのに。

 どうしよう…やだそんなの。
 やだ。
 いないって言ってたのに。あんなに優しく抱きしめてくれたのに。
 やっぱり子供だとしか思われてない? 弟と同じレベル?
 そんなのやだ…。

 どうしよう。自分の心がおさまりつかない。
 何も手につかない。


6月18日 >>

 昨日、あれから、何も手につかなくて、夜中、誠の部屋に行ってしまった。
 また泊まっちゃった。

 ベッドの中でずぅっとしがみついてたら「暑くない?」とか言われて泣き出してしまった。

 暑い、とかいう程度の存在なんだ、僕は。
 こんなにすっごくドキドキしてるの僕だけなんだね。
 判ってたけど。

 どうしよう。今夜彼が帰って来たら絶対迫っちゃいそうな気がする。
 抱いてくれるはずなんかないのに。
 それもわかってるけど、でも、もういやだ。
 僕は弟でもペットでもない。
 僕を見て欲しい。
 大好きなのに。

 ごめんなさい。女の子に生まれて来てたらこれほどメーワクでもなかったかも。多分。


6月19日 >>

 判ってたけどね。もちろん玉砕。

 でも誠って不思議。そういうこと言われて態度があまり変わらないのは何なんだろ。普通の人は引くんだけどな。ひょっとして前にも言われたことあるのかな。男に。

 嫌いじゃない、けどそれはセックス込みの恋愛感情とは違う。冷静にそう言った後、触らない方がいい? って聞いて来た。
 それは嫌だな。
 でも確かに、くっついてるとそれ以上のことしたくなるけど。

 どうしてもだめ? 誘惑されてはくれない?
 僕って色気ない?

 でもとりあえず昨夜までのどうにもならない感じは落ち着いたけど。
 っていうか何も特別な反応されないのが拍子抜け。

 別なもやもやが生まれつつある。ホントにただのノンケなの? 誠。


6月22日

 秘書さん…えーとタツヤさん。下の名前だけ聞いた。ちょっとだけ確信犯。
 まだちゃんとしてはくれなかった。それでも会いに来てくれるだけ嬉しいけど。
 他人の手でイったの久し振り。
 たまーにいるんだけど、僕のそういう時の声とか顔とかが好きだって言う人。彼もそうらしい。そういう時に甘えて下の名前呼ばれるのってぞくぞくするみたいだし。
 したい、とは思っていてくれているようなんだけど…というか、めっちゃ感じてくれてはいるんだけど。どうすればいいのか判らない、ってどうして逃げ腰(文字通り)になるんだろう。
 任せてくれたらいいのに。これでもプロですよ。へへへ。


6月24日

 あの人が来た。誠と連れ立って歩いてた女の人。かつて1度だけ客になったことがある人。
 僕が2人を見ていたことに気づいていたらしい。それどころか、スゴイ目で睨んでた、とまで指摘されてしまう。
 確かに睨んでたと思うけど。

 公園のベンチに座って、彼とのことを話してくれた。
 惚れたのは彼女の方で、そういう関係になったのって、彼女が押し倒した(!)らしい。既成事実作ってしまえば変わるんじゃないかなんて思っていた、とかって。
 実際何も変わらなかったけど、でも、流されたとは言え抱いたなりの責任ってものは感じてる、ひょっとしてそれだけだったのかも、って寂しそうな笑顔。
 別れたのも彼女から。耐えられなかったって言ってた。

 物凄く身につまされる。というか、まるで一緒だよ。今の僕と。
 ただ、僕の場合は彼が深入りして来ないことに理由はあるんだけど。
 それにまだ僕は彼に好きだとは告げてない。押し倒してもいないし。

 女の勘って怖いなあ。
 あいつに本気になんのはやめた方がいいよ、って言われてしまった。
 でもその後に言った言葉はちょっと気になる。

「あいつは誰も本気で好きになったことないんだよ」

 …そんな人が世の中にいるなんて思えないけど…。


6月27日 >>

 く、車は初めて。
 かなり辛い。
 絶対無理。
 もう遠慮したい気分。

 やる方もツライと思うんだけどなあ…。
 僕が辛がってるのが楽しい類なんだとすれば、辛がるのもサービス、ってことで。
 ああでもヤだ。どうか一見さんでありますように。

 っつぅかあの時間帯って怖いよ…マジックミラーみたいだったし、じーっと覗き込まれない限りは見えないだろうけど。人通り少なくないのに。
 そういうの全部ひっくるめてスリルが欲しかったのかなあ。


6月28日

 マナが真っ青な顔で僕に謝って来た。
 誠が、僕のことを知らないとは思わなかった、と言っていた。
 雉川の養子になってることを、話してしまったのだそうだ。

 怒っていたらしい。
 どうしてだろう。
 僕があいつの養子でいることが誠を怒らせるってその因果関係がよく判らない。

 とにかく会いに行こう。


6月29日 >>

 そういうことか…そう言えば「客が取れなきゃ寝る場所ない」とかいう話をしたような気がする…。
 覚えててくれたんだ。
 僕が嘘ついたと思ってるんだ。

 うまく説明出来るか自信なかったけど、とにかく話してみた。
 確かに我がままなんだけどね。僕があの家にいたくないのは。
 でも、結局「息子」としてじゃなくて、ただセックスさせられるためだけに身請けされたようなもんだし。僕にしてみれば。
 服とか置かせてもらってるから仕方なく時々相手になるぐらいで。

 話して理解はしてくれたっぽいけど、でもまだずっと怖い顔してた。
 誠って、すごく優しい顔しか見たことなかったから、これはこれで何だか嬉しいんだけどね。
 僕に嘘ついて欲しくなかったってことでしょ。
 僕のことを知りたがってくれてるってことだよね。
 僕に本音を見せてくれてるってことだよね。
 ……良く解釈しすぎてるかなあ?

 昼間ここにいてもいい? って聞いたらそれは別にいいって言ってくれたし、嫌われたわけではない、と思うんだけど。


7月1日 >>

 なんで最初っからそうしてくれなかったんだろう。
 車に連れ込まれて1枚の紙を差し出されて、ここにサインしろ、と言われた。
 自分が次期社長などと噂されているのは全くの事実無根で、現社長退任後の人事は取締役員会議で公正に決定されます、みたいな文章の後に、雉川修一はその会議上での社長候補リストには含まれていません、みたいな文章が続く。
 マスコミ各社に大々的にバラまくつもりらしい。
 取締役員会議の内容なんて僕が知るわけないんだけど、現社長から社長になれなんて言われたこともないし、あながち間違っているわけでもない。
 僕はほとんどためらわずにサインした。向こうが怪訝がるぐらい。

 ただまあ、問題は現社長がこの文書をまた事実無根だとか騒ぎ出すだろうってことなんだけどね。
 僕はいつでも弁明するんだけどな。
 っていうか、雉川修一って人間がそれほどマスコミに対して影響力が大きいなら、僕の今の生活を暴き立ててあいつを失墜でもさせちゃえばいいのに。
 そう言ってみたら、ヤツらは、会社のブランドに泥を塗ることはしたくないのだそうだ。
 大人ってヤだね…。
 僕にはあの会社がどうなろうと関係ない。

 君の机がちゃんとあるんだよ、とか聞かされた。
 やっぱり幽霊社員か。ちゃんと給与も出てるらしい。
 むかつく…。


7月3日 >>

 誠の方から家に来て欲しいと言われるなんて初めてだ。
 心臓がおかしくなりそうなぐらい鼓動が高くなった。

 そして、いきなり藤のカゴをぽんぽん叩きながら「これお前のだから」って言われた。
 何のことだろうと思ったら、雉川の家から少しずつ自分の荷物を持ち出してくればいい、って…

 つまりこれって…
 『一緒に暮らそう』って言ってくれてる…んだよね?

 思わず抱きついちゃった。ぼろぼろに泣き出しちゃった。
 なんでだろ。どうしてだろう。わかんない。でもいい。誠がそう言ってくれるんだから。

 で、紙袋抱えて雉川の留守中に荷物持ち出して来たところです。

 いつまで置いてくれるのかな。
 見返りは何だろう。
 …なんでもする。誠のためならなんだってする。そばに置いてくれるなら、何をやらされても構わない。
 ホントは「何を『されても』」構わない、と言いたいところだけど、多分何もしてくれないだろうな…。

 でもいい、今は。
 大好き。
 愛してる。
 好きで…いてもいいよね?


7月4日 >>

 …言おう。今日帰って来たら言うんだ。
 僕を置いてくれるって言ってくれたんだもん。
 僕を嫌ってるわけじゃないよね。
 好きでいていいんだよね。

 だいすき。
 キスして欲しい。抱いて欲しい。僕を見て欲しい。
 愛されたい。

 あいしてる。


7月5日 >>

 言ってしまった。
 でも、誠は驚きもしなかった。
 ちょっと何かを考えていたけど、その後はずっと諭されてしまった。
 彼は僕に対しては恋愛感情は持てないってこと。抱いて欲しい、という言葉に応えるのは無理だ、ってこと。そばに置いてくれるのは、どっちかと言えば兄弟みたいなつもりでいるって。放っておけばあのまま自滅しそうで見ていられなかったって。
 恋愛感情に関しては自分が熱しにくい性格だとも言ってたけど、だからって時間かければスイッチ入るわけでもないと思うけど、とも付け加えられた。
 そばにいてもいいとは言ってくれる。抱きしめて欲しいと言えばちゃんと応えてくれる。一緒に眠るのも平気。でもキスはだめ。もちろんセックスも。

 ソファに座ってた誠に凄い勢いで迫ってしまった。こんなことしたのって何年ぶりだろう。肩に顎預けたままずっと泣きたいのを我慢してた。うなじにキスしようとしたら気配に気づかれた。
 めちゃめちゃに困った顔をしてた…嫌がってるわけではない、けど。

 一緒に眠る間に、寝たフリしながら何度も何度も彼の胸にキスをした。たまたまぶつかっただけ、みたいな感じで。
 誠は結構いつもあっさり熟睡してしまう。寝付き良すぎ。
 僕は眠れない。不安で苦しくておかしくなりそう。
 こんなにそばにいるのに。

 どうしようもなくて、早朝に起き出してしばらくトイレで頭を冷やしてた(このアパートの中ではここが一番涼しい)。
 どうしていいのかわかんない。

 朝になって一緒に買い物行こうって言ってくれた。
 まるで僕がここで暮らすことが普通みたいに、ハブラシとか箸とか選ばせてくれたりする。
 僕の方はもう触れるのすら怖いのに(…自分の反応が)、誠の方は全然躊躇なくて、くずくずしてたら腕引っ張られたり、人にぶつかりそうになって体ごと引き寄せられたりする。

 ホントに弟扱いで頭撫でられたりも。
 そんな風にされるたびに僕の方は心臓が破裂しそうなのに。そのまま抱きつきたくなるのに。
 部屋に帰ってすぐ、こんなの生殺しだって泣き出してしまった。
 初めて男の人押し倒しちゃった。一応ソファの上だったけど。
 絶対キスするつもりで顔を近づけたら露骨に避けられた。そして、生殺しだと思うならもう来なければいいって言われた。
 誠は僕の存在を見ないフリなんて出来ないって。一緒に話したり買い物したりゴハン食べたりするんじゃダメなのか、って言われる。
 嫌だ…いやだけど、でもイヤだって言ったらもう会ってくれなくなったらどうしよう。部屋に入れてくれなかったら。出て行けって言われたら。

 ケータイが鳴った。
 吉岡さんだった…。
 なんで今さら。

 …抱いて、くれるかな。


7月6日

 吉岡さん、中途入社の新人歓迎会の帰りだったそうだ。幹事に金つかませて、三次会あたりまでいることにしてもらったらしい。だから今日はタイムリミットがあるんだ、とか言ってた。
 もう会わないんじゃなかったの?
 別にいいけど。
 相変わらずすごく優しかったし。

 夢中になれている間はいいけど、終わっちゃうと何だか泣きたくなって来て、そしたら吉岡さんが身支度しながら話してくれた。
 会わないって誓ったけど、でも会いたくて仕方なかったんだって。それで、ここ1ケ月の間、時々僕を尾けてたって(ストーカー?)。
 それで、「あの時言ってた好きなヤツってあの男なのか?」って。

 なんであいつなんだ、って。
 端から見ていたってお前のことを「好き」ではいてくれてないだろ、って。
 そうなんだけど…。

 …優しくされると辛い。どうしてこの人を好きになれなかったんだろう。
 好きになりたかった。
 それでも不倫だけど。

 でも誠を責めるようなことは言わないで。彼は、僕に対して何も悪いコトをしてるわけじゃない。
 むしろ普通に考えれば善くしてもらってる方だ。
 ただ僕さえ、僕さえ黙っていれば、ずっとそばにいてくれる。
 だから…。


7月8日 >>

 吉岡さんが誠のアパートに訪ねて来た。
 出て来られる? ってドアの外で聞かれたから、出かけるつもりでドアを開けたら押し入られた。
 ヤバイ、と思ったけどもう後の祭り。あっと言う間に床に押し倒された。
 ショック大きい。あんなことする人じゃないと思ったのに。するならここじゃなくて他の場所にして欲しいって言ったんだけど、それじゃ意味がないんだって一瞬不気味な笑いをされた。
 あんな彼初めてだった。破られそうな勢いで服を脱がされて、抵抗する僕を抑え込んで無理に入って来ようとした。

 その直後に、誠が帰って来た。普段よりすごく早く。
 吉岡さんを僕から引き剥がそうとして逆に彼に殴られて昏倒してしまった。
 そのまま吉岡さんは出て行ってしまった。

 誠はすぐに気がついたけど、僕の話を聞こうとはしてくれなくて…。
 ここは自分の部屋なのに、勝手に他人を上げるようなことはして欲しくない、とか、昼間ここにひとりでいることを許してるのは、お前を信頼してるから出来たことなのに、その信頼を裏切るようなことをした、とか…言われた。
 言い訳出来ない。泣いて許してなんか貰えないのは判ってる。でも。
 何度も謝った僕に向けて、誠は出てくれって…。
 2度と来るなとは言わないけど、今日はもう会いたくないって…。

 今日が晴れてて良かった。
 もう今の僕には寝る場所なんて他にない。だから今日は野宿。

 …「2度と来るなとは言わない」って言ってくれたよね…。
 いつになったら許してくれるんだろう。
 でも、僕を信頼してくれている、って、はっきり言葉に出してくれたのは、ちょっとだけ進歩したような気は、するけど。


7月9日

 死ぬほど嫌だったけど雉川の家に行った。他に行くトコないし。

 珍しく社長が----ダンナが家にいた。
 この人は何も知らない。大らかでノーテンキな人だ。社長だなんてまるで見えないけど、社長なんだよね…。

 奥さんの浮気相手、誰だか知ってる?
 息子を持つのは夢だったなんて僕の頭撫でてる場合じゃないと思うんだけど。
 ちゃんと相手してあげなよ。じゃないと僕の方がもたない。

 頭撫でられてる方が良かったから、『父親』である社長にずーっと甘えてた。
 初めて、それなりに息子してます。


7月10日

 公園にいたら、吉岡さんが来た。
 正直、もう近づきたくもない気持ちだった。でも、ここの所あんまりお客さんいなかったし、ちゃんと商売になるなら----忘れる。
 そう思ってたんだけど。

 彼は、誠を試したんだって話をした。
 誠が、僕という人間をどう思っているのか知りたかった、とか。
 ふざけたような口調で「まだ俺はお前のこと諦め切れてないんだ」なんて笑って見せたりする。

 誠が僕を助けようとした瞬間、彼がどんな顔してたかなんて僕は見えなかった。混乱してたし。
 吉岡さんに言わせれば、あれは本気だった、ということになるらしい。
 誠は真剣だったし、ちゃんと怒っていたし、それより何より----
 「あいつちゃんと嫉妬してたじゃん」とか軽く言われる。

 嫉妬? 嘘だそんなの。
 だって誠は…誠は僕を抱きたいとは思ってくれてないもん。
 その僕の言葉に、吉岡さんは「ふーん」とか気のない返事をする。

 ラブホに場所変えません? とか言ってみたら首を横に振られた。喫茶店でお茶しただけ。
 その間に僕は何気なく話してしまった。あのせいで誠に追い出されたってこと。
 吉岡さんは一瞬目を丸くしてた。
 どうして彼がそんなに驚くのか判らないでいた僕に、彼は「お前のことそんな風に思うやつもいるんだな」だってさ。

 信頼----ね。
 その言葉は、以前の僕なら多分うっとおしかった。
 体だけの関係で終わる方が気楽だったから。
 でも今の僕は……

 会いたくてたまらない。
 泣きそうになっていた僕を見かねたのか、吉岡さんは「時間がないから、とりあえずメシ奢ってやるよ」とか笑って、一緒にラーメン食べに行った。
 あの日よりも前の、いつもの吉岡さんだった。抱いてはくれなかったけど。

 人混みの中で、彼の腕に包まれるようにぴったくくっついて歩いた。駅の改札で、壁際に身を隠すようにしてそっとキスしてくれた。
 大丈夫。いつもの通りに戻れる。
 戻れる。
 だけど。

 嫉妬----に見えるような顔を、誠は、していたんだろうか。あの時。


7月16日

 1週間たった。
 会いに行こうと思う。
 今残るこの着信履歴のヤツを処理したら会いに行く。

 会いたい。会いたくてたまらない。
 僕を罵る声でもいいから声が聞きたい。
 誠。


7月17日 >>

 会ってくれた。
 でもまだ、あの頃みたいに笑顔は向けてくれない。
 大きな溜め息をついて、まあとにかく上がれ、とは言ってくれる。
 その後はずっと腕を組んだままで僕が謝り続けるのを聞いていた。

 もう謝らなくていいよ、って途中で遮られるけど表情は変わらない。
 でも、しばらくの間があって、誠は思いがけないことを言ってくれた。

 僕のことが心配だった、って。
 また何かされてるんじゃないかって。
 だから、迷惑じゃなければケータイの番号が知りたい、って。
 もちろん、喜んで教えた。
 電話の番号表示して渡す。その時ちょっとだけ指先が触れたりするだけで、ちょっとどきどきしてたりする。
 指が離れた後、誠は自分のケータイと僕のケータイいじってた。誠の番号も僕のに入れてくれたって。メールアドレスも。

 そして、おかえりって言ってくれた。やっと、笑ってくれた。
 あの少し怖い表情って、もしかして…僕が心配、だったから?
 すごく嬉しい。

 頭撫でてくれた。
 その手が下に下りて来た。
 ほっぺた。めちゃくちゃ熱くなってるのバレちゃうなあ、と思ったら、「…熱あるのか?」って聞かれてしまった。
 熱ならあるけどね。

 そのまま、ずーっとほっぺたで手が止まった。
 ----笑ってくれてる。
 だから、

 指、舐めちゃった。
 誠も別にやめろとは言わなかったし。
 最初は軽くキスするみたいに。
 それからはずっと夢中だった。
 ホントは、当然、指なんかよりもっと違うトコをそうしてあげたいわけだけど。

 少しだけ僕の動きが止まった隙に手が離れてった。
 その顔はすごく複雑そうだった。
 「口でしてあげたい」って言ったら、ソッコーで首を横に振られた。
 でも、おいで、って言ってくれて、ぎゅうって抱きしめてくれた。

 そして言われた言葉----。
「客たちとは違うと思いたい。だからセックスで俺との関係を決めようとするな」

 どきりとした。


7月18日 >>

 …いろんなことを考えていた。

 誠に出会った時、一夜のセックスよりもこんな風に抱きしめてもらえる方が嬉しい、と思えた頃が確かにあった。
 今はわからない。自分がよくわからない。
 僕は彼の何が欲しいんだろう。

 僕は本当に、誠に抱かれたいんだろうか。


7月21日 >>

 ゆうべ、夕方から、客に連れてかれて酒を飲まされていたのは記憶にある。
 そのままふらふらって夜に誠の部屋の前に戻って来たような記憶もある。
 で、ぱたんっと寝ちゃったような気がする。

 目が覚めたら、兄弟喧嘩(というか弟になじられる兄というか)が目の前に。
 っていうか、何こいつ。

 悪いけど弟なんか出る幕ないんだけど。
 弟なら弟らしく爽やかに甘えてりゃいいのに。

 わかってんだけどね。こんなにむかつくのは自分見てるみたいだからってことはさ。

 身内権(?)を行使して、しばらく居座るつもりらしい。3人暮らし? 別に、僕はいいんだけど。
 どうせ、抱いてもらえるわけじゃないし。

 実は、あいつに理不尽な責められ方をして困っている誠を見ていて、ちょっとだけ確信出来たことがあるんだ。
 彼は僕を思ってくれているってこと。
 僕のそれとは温度差があるとはいえ、彼の心にはちゃんと僕がいるんだってこと。
 その点だけは、感謝すべきかな? 弟くん。


7月22日 >>

 匠っていうそうだ。
 昼間、僕が起きている間に色々聞かれたけど、一切答えるつもりはない。

 誠、僕っていう存在を彼にどう伝えるつもりなんだろ。
 悪いけど僕はそれは結構楽しみです。

 出来れば、はっきり、させたいんだけどな…。
 僕を抱きたくないのは、判ったんだけど、でも、僕との関係を「否定」はしなかったよね。弟くんに。
 ちょっとした知り合いでとか、何かしか事情を繕ってみるとか、そういうゴマカシを一切しなかったんだよね。
 誠って不思議な人だと思う。僕との関係について、嘘をついたことだけは、ない。ごまかしたことも。誠実さだけは、今まで会ったどんな人にだって負けないな、と思う。
 だからこそツライとも言えるんだけど。これだけ迫られてたら、メンドーになって抱いちゃうということも、出来なくはないと思うんだけどね…。
 男を抱く、ということに対して生理的にどうしてもダメなだけなのかな。でも、だとしたら「抱きしめる」ことだってヤだと思うんだけど。
 難しい。僕にはもう、その境界なんてわからなくなってるし。


7月24日 >>

 3人暮らしは思ったより穏やかです。
 匠が間に入って初めて思ったけど、僕と誠って生活時間帯がズレてるから、会ってる時イコール一緒に寝てるぐらいしかしてないんだなあって。
 匠は基本的に兄貴に合わせて生活してます。昼間は遊びに行っているらしい。だから僕とは時間がズレてる。

 昨夜仕事行って、今朝(というか昼間)帰って来てからは殆ど寝てた。夜に目が覚めた時は2人はいなかった。何処か夕飯食べに行ってたみたいで、しばらくしたら帰って来た。
 そしたら、匠くんは荷造りしてました。明日帰るって。
 それから、全然会話がなかった。
 夕飯の間に何かあったみたいだけど、兄弟の事情に僕は首突っ込めないし。

 ちなみに僕はまた今夜も仕事。こういう時に繁盛するのは、何だか神様のプレゼントという感じがしなくもないな。しかも、すごく久し振りのタツヤさん(秘書さん)からのお呼び出し。


7月25日 >>

 初心者は水中が楽。うん。納得。湯気で熱くて息苦しいんだけど、喘いでる分には息苦しいのも感じてるのも一緒だし。

 最初にそうなるかもって予感してからここまで来るのに1年かかっちゃった。でも、それだけのことはあったかも。あとは、常連になってくれれば言うことないんだけどな…。
 久し振りに、すごーく「相性がいい」です。体の。そう思ってるのは僕だけなのかも知れないのがちょっと寂しいけど。コトが済んだあと何も言ってくれなかったから、少し不安。良くなかった…かな。僕の方は久し振りにすごく感じてたんだけど。吉岡さん以来。


7月26日

 誠がつれないです。いや、前からつれないけど。
 こういうことに関しては僕は勘が働き過ぎるんだ。
 避けられてる。

 何が原因なのかよくわかんない。
 …あの日、匠と何か話した時に何かあったとしか思えなくて、だとすると最悪なことしか頭に浮かんで来ない。

 僕は、「負けた」の? あいつに。


7月27日

 一緒に寝てはくれるんだけど、寝つきがいいのは相変わらずなんだけど、だから変わらないってむりやり思い込んでないと泣きそうになる。
 抱きついたらなだめるみたいに背中に手を回すぐらいしてくれたのに。触れることすら戸惑ってる。
 すぐに目を逸らす。僕はやたらに人の目を覗き込むクセがあるので、視線が合わなくなることにはすぐ気がつく。

 わからない。言って欲しい。言葉で言ってよ。僕の何がいけない? どうすれば前みたいにしてくれる?
 抱いて欲しいみたいなこともあの時以来一言も口にしてないし、キスしようともしてないし、弟くんがいたからやたらと甘えたりも出来なかったし。
 何もしてない。
 何もしてないのに…。


7月30日

 また変な男たちに連れ去られた。とは言っても、今度は(雉川の)自宅に、だけど。
 ある事情から、社長である「父親」は海外にしばらく滞在することになったらしい。
 家族ごと、だ。つまり僕も。

 頭が真っ白。
 そんなのに従う義務が法律的にあるのはどうかは別として、そう決めたら連れて行かれるんだろうぐらいの想像はつく。僕という存在を、今ですら色んな意味で弄んでいるし、居場所もつかまれてるから。

 何かやらかしたんだろうな、社長。前から色々と噂はあったみたいだし(よくは知らないけど)、僕みたいな幽霊社員を平気で飼ってるし、「次期社長候補」を暴力でねじ伏せたがっているような副社長一派もいるんだし。

 そんな企業内のゴタゴタはどうでもいい。
 国外になんて出たら誠にはもう会えなくなる。それがつらい。

 いや、いいのかな…もう、彼に迷惑かけなくて済むってことになるのか。
 一緒にいてくれてるけど、でも、微妙に僕との間に距離を置いてる。それがわかり過ぎるぐらいわかるから。
 僕の方に会えない事情が出来てしまえば全部解決するんじゃないかって、そう思えて来た。

 せめて理由が知りたかった。
 僕が邪魔ならちゃんとそう言って欲しかった。
 嫌われたのかな。
 …嫌われたくない…。


8月1日 >>

 あれから、外に出られなくなった。
 まさかこんなことになるなんて予想してなかったから、当然、誠には何も伝えて来なかった。
 常に監視されている。携帯が鳴っても出て話すことは出来ない。

 メールなら何とかなると思って書く。
 一応、伝えるべきことは伝えたと思う。雉川の方のゴタゴタでどうも国外逃亡をさせられそうだというようなことを。あくまで冷静に。

 このまま連れ出される可能性が高いんだろうな。
 ベッドの中でそればっかり考えて泣いてばかりいる。


8月2日

 窓から射す光で昼と夜の区別はつく。
 それ以外に何もない生活。

 返信すらして来ないってそういうことかな、誠。


8月3日

 窓から外を見ていた。
 食事する気にはならない。

 誠がいてくれていたから、ずっと忘れていられた想いが頭の中を占領している。
 やっぱり、僕を、僕という存在を受け入れてくれたのはあの人だけだったのかも知れないって。

 もうだめ?
 タイムアウト?
 …本当に、生きてない…の?
 父さん。


8月4日

 下が騒がしい。ベッドの上で暑さにうだうだしながらそう思ってたら、いきなりドアが開いてあいつらが飛び込んで来た。
 …予告なし。荷造りもなーんにもしてないのに。これじゃ誘拐だ。

 最後まで誠からの返信はなし。
 ひょっとして僕は壮大な勘違いをしてただけ?
 最初から僕のことなんか同情でしかなかったってこと?
 ほんの少しでも僕を…気にしてくれてたって、思ってた。
 思いたかった。

 どうしてだろう。そんな風に思ったら、今までずっと僕を撫でてくれていたその手の温度さえ、ただペットを撫でる程度のことでしかなかったんじゃないかって思えて来てしまう。
 優しかった。誰よりも。決して僕に何の代償も求めなかった。だから余計に、そこには「想い」があるんだって思っていたのに。

 違うとは言って欲しくない。でも、今、僕の中にいる『誠』は僕の望む答えをくれそうにない。

 電波が通じるうちにここのアドレスを送っておこう。
 いつか読んでくれることがあるなら、これだけはわかって欲しい。
 今でも、僕は誠を愛してる。
 いつか僕がこの街に戻れる日が来たら、真っ先に会いに来る。
 その時はもう、彼はここにはいないかも知れないけど。

--- End of side A..... to be continued to side B, and another story.

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