雑感50 .落書き
偶然です。
オーナーは最近50歳になりましたが、Benlyも ツーリングも本日50作目となりました。
で、この雑感日記も50回め。
さて、人生50年と言われた昔からすれば幸せですが、50から何をするか。
我々の平均余命だと、人生2/3終わってます。
社会人としてのラストスパートを掛ける人、次の人生の準備を始める人-------。
まあ人生良かったか悪かったかは、死ぬときにしか判りません。
だから只管、信じる道を出来るだけ楽して行くしかないんですけどね。
2013/ 5/19
雑感 49 .女将さん孝行
本日、母の日。
何にしようか悩みましたが、思いつかず。
結局朝からBenlyの修理をしていましたが、突然ホワイト餃子が食べたくなりました。
そうなると止まりません。
女将に、「ホワイト餃子、買ってくる」とだけ言い残し、Ninjaに保冷用の発泡スチロールの
ボックスをキャリアに括り付け、バビューンと出発。
一番近いホワイト餃子のお店の開店時間は11時30分。
距離約15km。
ちゃきちゃき堂出発したのは11時。
ジャスト11時30分にお店に到着し、「冷凍 100個!」
購入後、発泡スチロールの箱に100個の冷凍餃子を放り込み、来た道をUターン。
そして帰宅は、12時ちょっと過ぎ。
ホワイト餃子は、ちゃきちゃき堂の人気メニューです。
ホワイト餃子だけは、料理の腕がプロ並みの女将にも任せず、オーナー自ら調理します。
(ほんとは女将が作ったほうがおいしいかも)
これがちゃきちゃき堂の母の日のプレゼントです。
(花より団子−−−−−)
2013/ 5/12
雑感 48 .同級生
今回のGW、4月27日から5月4日まで帰省しました。
一人で福岡に住む大女将の家の整備が目的。
27日夕方到着。その夜は女将の料理で就寝。
次の日からは、戦争のような状態。
@ 家の壁(板を貼り付けている場所)の塗装
A 生垣の剪定(延べ10m)
B 部屋の中のコンセント増設(二部屋)
C 玄関の手摺り取り付け
D 自転車の修理(タイヤ交換など)
これをやるために、ホームセンターに通うこと十回近く。
何とか、これらをこなしました。
あっ 30日にまた高校の同級生と飲みに行きました。
いつも集まる6人。
でも今回良く考えてみると、このメンバー、無茶苦茶です。
男1 中学の先生(今なら体罰先生)
男2 脱サラのソムリエ(それなりに有名なお店の です。)
女1 女手一つで子育てやったマネージャー
女2 起業して旦那さんとイベントを仕掛けている重役
女3 家族持ちで金融会社のセクションを裏で操るゴッドママ
更にこの5人、今年50歳にはほんと見えません。
特に女1〜3に至っては、ほぼ高校のときのまま。
やっぱ仕事している女性は磨かれるのでしょうか。
いや、綺麗です。
それに比べて、ほーんと平凡な会社員のオーナー。
(最近、見られる年が、実年齢を下回り始め、喜んでいる程度。)
なので、このメンバーの会話、ほんとに飽きません。
高校のときの話から、今に至るまで。
ほんと? うそやろ!という話ばっかり。
だから楽しくて、いつも元気をもらっています。
でも年に1回程度の飲み会しかやって無くても、なんとなく感じる変化も気になります。
その人のしゃべり方、間の取り方、表情、仕草−−−。
「忙しいのか? 疲れているのか? −−−−」
でもそれを言っても、正直に答える奴らではありません。
そういう時は、まあ大丈夫なんですけどね。
さて次はいつ飲めるのやら−−−−−。
あっ、帰りにまた博多駅のおっしょいラーメンを食べました。
前回と同じく、博多駅内のラーメン店では行列で食べられませんでした。
なんと50円も値上がりしていましたが、結構味がよくなってました。
不思議。
2013/ 5/ 6
雑感 47 .春
春です。 会社では異動の春です。
この度、オーナーもこれまでの業務を離れ、新しい部署に異動になりました。
明日から、約四半世紀取り組んできた職種を離れます。
それもいいかなと思っています。
古い技術屋が「あーでもないこーでもない」と言っている組織は伸びません。
新しい技術を開発していくのは、古い技術屋ではなく、やはり新しい技術屋です。
これからはそんな若い技術屋のサポートが遠くから出来ればと思ってます。
ま、確かに寂しいもんですけどね。
2013/ 3/31
雑感 46 .もらい物
3台のノートパソコン体制となったちゃきちゃき堂ですが、更に一台のパソコンを譲り受けました。
F社の7インチ画面パソコン。
ちょっと小さすぎる嫌いはありますが、XPなのでまあ動きます。
(これもそのパソコンで入力中)
スマホでテザリングも可能なのでなんか楽しみです。
2013/ 2/22
雑感 45 .病気
そろそろ、数年に一回の病気、ロングツーリングに行きたい病が出てきました。
キャンプ道具でも持って、家を出ますか。
2013/ 2/ 7
雑感 44 .ノートブック#2
パソコンの設定、苦労しました。
丁稚 鈴 に買ったWindows8 は、最初出でてくるタッチパネル用ブロックに戸惑い、何とか
消すことを覚え、使えるようになりました。
でも、でもMicrosoftの販売戦略にはただただ感心するばかり。
2〜3年ごとにOSを変えることでパソコンに投資させるシステムを構築しています。
恐れ入ります。
でも、そろそろずーっと使えるものも出してほしいですね。
道具なんだから。
2013/ 2/ 7
雑感 43 .ノートブック
とうとう、パソコンを新調することになりました。
オーナーと 虎 が使っていた「ちょっと前最速モデル」が壊れ、場所をとらないワイドノートに
していましたが、そろそろ女将と 鈴 が使っていた「ちょっと前それなりモデル」が悲鳴を
あげ始めました。
そこで、鈴の成人式祝いも兼ねて、鈴にワイドノートをプレゼント。
(立ち上げはオーナー業務)
これまでは、デスクトップを使っていましたが、今のPCの性能にすれば、ちゃきちゃき堂の
従業員はヘビーユーザーではありません。
なので、安めのノートで充分。
女将との共用となりますが、まあ昼間は鈴は学校。
適当にやりくりできるでしょう。
しかしここで問題。
受験生の 虎 が、予備校の授業をインターネットで見るために、ワイドノートを自分の部屋に
もって行きっぱなしで、オーナーが帰宅しても使えない状況になってしまいました。
さて、どうしたものか。
とか悩むまもなく、オーナー用にネットブックの中古を購入。
この文章もそのネットブックで作成中。
薄いし、このHP作ったり、インターネットを見るくらいなら充分です。
持ち運びも楽なので、ずっと持ち歩くかもしれません。
結局、ノート3台となりました。
2013/ 2/ 4
雑感 42 .いろいろと
最近、立て続けに大女将方の伯父と伯母が亡くなりました。
年齢を考えると、しょうがないことですが、小さいころに世話になった方々が居なくなる
というのは、やはり寂しいものです。
大女将は、5人兄弟の末っ子。
他の2人は10年近く前に亡くなっています。
今、大女将は福岡で気丈にも1人で生活していますが、そろそろ色々考えないと
と思っています。
2013/ 2/ 4
雑感 41 .ストレス
この10年ほど、社会では、メンタル面での傷病が増え続けてます。
オーナーだけなのかもしれませんが、昔からオーナーにとってストレスは1番かそれ以外。
当然 1番のストレスを一日中感じながら生活しますが、新しい1番のストレスが出てくると、
これまでの1番のストレスはそれ以外のストレスになり下がります。
そう、1番のストレス以外は、あんまり気にならなくなって、「やらなきゃいけないことだ」と
思えるようになるのです。
社会人3年目あたりにひょんなことでそのことに気づきました。
当時、オーナーは、製鋼メーカーの技術員でしたが、業務は多岐に渡り、一日14時間業務。
当然新入社員で技術も知らず、どうすればいいか判らないことだらけ。
そんな中、新製品を発売することになり、その熱処理を担当しました。
新製品で、成分も形状もこれまでのものと異なり、3ヵ月後の発売に向けて、土日無しで
実験、調査を行ってました。
結構なプレッシャーで、夜も眠れなくなっていました。
そんな中、久しぶりに空いた休日の朝、RZ350Rで快飛ぼうと思ってオートバイを見ると
なんとフロントフォークから油漏れ。
そろそろとは思っていましたが、逝っちゃったのです。
午後からは仕事で修理に持っていくことも出来ずその日はツーリングを諦め、当時の愛車
RX-7(FC3S)でそこいらをぶらぶら。
その日の午後です。
会社で仕事をしていたときに、何故か凄いストレスを感じ、苛々しました。
最初は何故か判りませんでしたが、色々考えた挙句、それは仕事に対してでは無く、
RZのオイル漏れをそのままにしていることが原因だと判りました。
仕事で数週間放置せざるを得ないことが、それまでの仕事のストレスを上回ったのです。
結局、その時は2週間後に修理が終わるまで、それが1番のストレスでした。
その間、出来るだけ早く修理に持っていけるようにがんばって仕事をこなしました。
新製品はストレスとして1番ではないので、躊躇することなく唯淡々と仕事が出来ました。
そして2週間後、この1番のストレス(RZのオイル漏れを放置したこと)が無くなると、また新製品
のストレスが1番になったのです。
なのでオーナーは、
「仕事以上のストレスを感じる大好きな趣味を持つ」 ことが、自分にとって大事です。
その趣味のストレスが我慢できなければ、会社を休んででもそのストレスを取り除く。
取り除いた後はまたもとのストレスで潰れそう?????
いえいえ、大好きな趣味なら、仕事以上のスピードで次から次へとストレスが出てきます。
どれだけ真剣な趣味に打ち込めるかだと思ってます。
2012/11/11
雑感 40 .ラーメン
夏休みの帰省も最終日、ちゃきちゃき堂に帰る日が来ました。
いつもどおり大女将は、「お疲れ様、体に気をつけて」と言い、オーナーも実家を後にしました。
で、福岡から帰る前に必ずやること。
ラーメンを食べることです。
今回、帰省した日には、実家の近くでおいしい店を探そうと駅からの道でいろいろお店を
物色し、「花園亭」というラーメン屋さんに飛び込みました。
結果、当たりでした。
味は昔ながらの長浜ラーメンで、長ネギのざく切りがいい感じでした。
また、ラーメンは420円。理想的な価格です。
2匹目のドジョウをさがして、さてどこで食べようか。
博多駅に着くと、駅ビルに博多麺街道というエリアがありました。
見ると、博多元祖だるま、博多一幸舎など有名所のラーメン店が6件ほど。
しかしながら、ちょうどお昼時で、人気の店には10人以上の列が。
オーナーが育った30年前の博多は、人口比率では「食い倒れ」と呼ばれる大阪より飲食店が
多かったらしいです。
このため入店を待つことは殆どなく、また価格も250円くらい(替え玉50円)だったため、
ラーメンはあくまで「すぐに食べられるおやつ」でした。
そのためラーメンを食べる為に列を作って待つことは、オーナーには無理。
で、駅ビルを出て、近くにあった「おっしょいラーメン」へ。
ここのラーメンは480円で、醤油味が強い残念な普通のラーメンでした。
(オーナーの独断)
もちょっと、こってりしたラーメンが食べたかったのですが。
それも、まあ次の帰省時のお楽しみです。
2012/9/6
雑感 39 .天草
夏休みです。
今回もまた、大女将のいる福岡へ帰省しました。
ただ今回は、ちゃきちゃき堂従業員および女将は居残り。
そう、オーナーのみの帰省。
一人なので、新幹線を使いました。
到着してからは、盆の準備、家の修理などいつもどおり朝から晩まで気がつくことを
やってました。
そして送り盆も無事終わったとき、
「そーいえば、大女将とドライブもしばらく行っていない」と気づきました。
大女将は、元々旅行好きで、ツアーでヨーロッパ、中国など結構出張っていましたが
最近は、国内旅行に切り替えたらしく、今年は初夏の北海道に行ってました。
ただ、オーナーと一緒の旅行は、もう数年前。
で、突然ですが天草に行くことにしました。
天草といえば、熊本。
オーナーが大学時代を過ごした土地であり、天草もオートバイで何回行ったことか。
ルートは月並ではありますが
福岡→九州縦貫道→松橋IC→R266→松島有料道路→R324→天草市→
R266→白木河内→R389→白鶴浜→富岡城址→R324→R226→R57→
松橋IC→九州縦貫道→帰宅
まず、当日朝、車を貸してくれるオーナーの従姉が大女将の家に到着。
時間がもったいないので、大女将と従姉を後ろに乗せ、すぐにオーナーの
運転で7:30出発です。
高速は、ノンストップで松橋ICまで走行。
R266に入り、道の駅不知火で最初の休憩。
しかーし。
ここですでに大女将は柑橘系のお土産を2袋も買いました。(ま、いいか)
で、再出発して、天草の昔で言う本渡へ。
ここでの見ものは、石造りの桁橋としては日本でも最大級の祗園橋と、キリシタンの改宗を
目的として、石の階段に十字の彫り物がある明徳寺。
改宗したことを確認するために、石段に彫られた十文字を踏みしめて行かなければ
ならないようになっていたというお寺です。
しかしながら、事前の調査が甘く、石段登り始めの6段目、中央寄り右にあるという
十文字は見つけられませんでした。
←祗園橋
明徳寺の階段で疲れたあと、R266で本日の第一目標の大江の天主堂へ
向かいます。
途中の道はただの田舎道で、結構なペースで走れます。
一時間弱で大江の天主堂到着。
オーナーは、20年以上振りでしたが、やはりきれいな教会です。
←大江の天主堂
その後、九州で一番綺麗な白鶴浜を見ながら西海岸沿いに北上し富岡城址へ。
富岡城址は陸繋砂州で繋がった島の丘の上にあります。
改修が進み、綺麗になっていましたが、天草四郎が天草の乱で戦った城です。
大女将も従姉も元気にその天守閣まで登り、景色を楽しんでいました。
←富岡城址より
その後、昼ごはんの時間でしたが、なかなか食事処がなく、やっと探したところは、
バーベキューを売り物にしている海鮮料理屋。
し・か・し
オーダーとるのが遅い、出来上がるまでが遅い etc−−−−−
イルカを見るツアーを行っている店ですが、接客も料理も最悪の店です。
海鮮お任せ定食で刺身6切れ以外は煮付けやわけのわからないもので、刺身にマグロが
あるという、九州では信じられない料理でした。
大女将と従姉に申し訳ないと思いながら、店を後にしました。
本当は、ここから島原へフェリーで渡り、雲仙を回って帰ろうと思っていたのですが、
定食が出てくるまでに40分を要し、結局雲仙を断念したのです。
そして、R57で再び松橋ICに戻り、帰宅。
総走行距離 約500km
何とか無事故で帰宅は、19:00でした。
帰ると、大女将、従姉は少し疲れたようでしたが、喜んでもらえました。
また車を貸してくれた従姉には、本当に感謝です。
その数日後、福岡を後にしましたが、また機会があれば、大女将をどっかへ連れて
行こうと思います。
2012/9/3
雑感 38 .終のオートバイ
最近、虎の我侭でベンリー50Sを手に入れたわけですが、ベンリーは雑感17、で書いた
とおりオーナーが好きなオートバイにほぼ合致してます。
特に狙って手に入れたわけではないのですが、整備後に乗るたびに、実はなんか
落ち着く自分が居ます。
特に大通りではなく裏道、路地裏を走っていると、まったりしたいい気分です。
きょろきょろ周りを見ながら、気が向けば路地を曲がって、行き止まりでもクルッとUターンして
また別の路地へ。
そうしながら近所でも、知らない所を見つけると何となくワクワクします。
家から離れればなおのこと。
珍しいものを見つければ、そこに止まって、カメラで撮影。
もしかしたら、虎のオートバイが、「終の棲家」ならぬ「終のオートバイ」 −−−
と思ったりしてます。
−−−−− Benly、大事にしよ。−−−−−
2012/8/10
雑感 37 なんとなく
そろそろ、50歳も目前になり、先のことも考えてます。
仕事、住む所−−−−−−−。
特にやりたいことがある訳ではないのですが、やはり次の仕事は、趣味的な仕事を
したいと思ってます。
同級生達に会っても、まだそんな話にはなりませんが、これから増えるんだと思います。
数年すれば、女将と二人暮しになるわけで、そのときに気楽にやれればいいなと。
別に体力的にきつくても、精神的な負担が少なければいいと思っています。
失敗や事故でもあまり人に迷惑が掛からない、何とか生活できるくらいの仕事。
と思っていますが、結局必要なお金は、仕事の依頼者、お客さんからのもの。
喜んでもらえなければ失敗、迷惑が掛かっているということ。
そうなると、自己完結でお金をもらうしかないのですが、年金をもらうのは、まだ先。
もう少し、がんばるしかないですね。
2012/5/14
雑感 36 丁稚 虎 初乗り
ちゃきちゃき堂の丁稚 虎 もなんと16歳。
虎のために、FZR400RRSP(’94)という、普通じゃ手に入らないオートバイを準備したにも
かかわらず、本人は原付でいいそうです。
(FZRは、虎が免許取るまで、オーナーが面倒見ます。)
そこで、原付(CD50S, 当然中古)を準備しました。
ほんでもって、本日 丁稚 虎 の初乗りです。
マニュアル車初乗りで、がくがくしっぱなしでしたが20分もするとちゃんと乗ってました。
やっぱ若いと、覚えが早いですね。
よしよし−−−−−−。
あっ。 今日は女将との23回目の結婚記念日でした。
2012/5/4
雑感 35 隠居の3回忌
九州の隠居の3回忌となりました。
航空便の予約をして、年休を取っての帰省です。
3回忌は、近い親戚のみに参列してもらい、無事終了。
夏に帰省して4ヶ月ぶりでしたが、家の修理、買い物その他
----- ひねもすのたり堂の店主(鬼姉)と番頭のイウコトキカンスカヤも
一緒に対応。
居残るひねもすのたり堂2名に大掃除を託し、一人飛行機で帰宅。
飛行機に乗る前、博多ラーメンが食べたかったので薬院の有名な「博多だるま」で一人で
昼食。
いわゆる長浜ラーメンで、博多育ちのオーナーには直球勝負ですが、上品な長浜ラーメンって
感じでした。
そして乗った飛行機があのポケモンジェット。
満足、満足。
2011/12/11
雑感 34 修理? レストア?
昨年末から今年にかけて、2台のオートバイを修理。
いずれもYAMAHAで、FJ1200とFZR400RRSP。
ひがな土日を使ってしこしこと修理。
レストアとまでは行かず、どちらかというとレストアの世界で言う部品交換をメインで行う
「チェンジニア」
本気でレストアをやるなら、溶接機、フライス盤、旋盤などが必要です。
でも、まだその領域には達していないオーナーは、ひたすら磨く! スプレーでごまかす!
部品を交換する!
に徹して修理を行います。
修理をする上で一番金がかかるのは、エンジン。
なので、ほんとはやっちゃいけないのですが、オートバイは、セルでエンジンを回して確認。
そこで問題なければ、車体修理の価値ありです。
しかし、問題ないと言っても、数年放置されたオートバイです。
最低限ですが、タンクの錆取り、オイル交換をはじめ、エアーフィルターの交換と、キャブレターの
分解清掃、ガソリンストレーナーの交換を行います。(2台ともフュエルポンプ車)
キャブレターは、分解して穴と言う穴を洗浄スプレーで吹き、詰まりを取ります。
まずはそのくらい。(その後調子が悪ければ再度調整もありますが。)
次に車体。
殆どの場合、フロントフォークのインナーチューブは錆だらけ。
そこで、東洋硬化さんで再メッキします。
リアサスは、2台ともモノサスですが、死なずに済んでいたため、そのまま使用。
(モノサスのオートバイは、直接雨にぬれる位置にサスペンションが無いため、2本サスより状態が
良いものが多いようです。)
また、チェーンは錆びと汚れをまず落とし、給脂して様子を見ます。
(伸びてなければ結構使えます。)
あとは、気がついたときに得意の塗装スプレー。
ウエスでマスキングして、とにかく厚塗りにならないように塗る。
これで結構綺麗になります。
2011/04/09
雑感 33 鈴への貢物
鈴が服飾系の大学に行き始めて、2ヶ月近く。
なんとか学校の授業にはついていっているようですが、昨夜鈴から相談を受けました。
鈴が言うには、
@服飾系の学校のため、服や生地のデザインが授業中に出てくる。
Aでも、そんなの覚えられない。
B友達は、500万画素以上の携帯カメラかコンパクトデジカメで教材を撮っている。
だそうです。
授業−−−課題−−−と言われると、とっても弱いオーナー。
ちなみに鈴の携帯は4年前のモデルで、カメラは150万画素。
確かに教室で資料や黒板を撮るには、性能的につらいことは判ります。
で、携帯を買い換えるか、コンパクトデジカメを買うか、鈴に聞いたところ、
「携帯は、自分でスマートフォンを買う。 でもちゃんと写るデジカメも欲しい」
と、さすがオーナーの血を引いた物欲の少女です。
しょーがないので、鈴の用途を考え、
@ 画素数は1200万画素あたり。
A 手ぶれ補正付き。
B とにかく薄いもの。
C 当然安いもの。
D なんとなくニコンが好き。(オーナー)
と言うことで、インターネットで朝から調査した結果、
Nikon Coolpix 5100 (黒)
にしました。
(ケース、2GBのSDカード、スクリーン保護シール付きのセットで14000円)
操作は、感覚的に使えるようで、デジタル世代の鈴には問題ないでしょう。
がんばって、勉学に勤しんでほしいもんです。
もう一つ、服飾系なので、宿題に裁縫が出ます。
と言うことで、女将が嫁入り道具として持ってきたミシンを使う必要が出てまいりましたが、
女将のミシンは既に購入から20年以上。
ており、モーターのベルトが既にカピカピで空回りしていたため、新品に交換。
近くのミシン屋さんに先週連絡し、交換したところ、シンプルな機能しか付いていない分、
あっという間に元通り。
ミシン屋さん曰く、「マイコン制御のミシンはすぐに壊れる」とのこと。
ミシンも、バラしてみるとクランクやいろいろな機能が付いていて、結構面白いですよ。
2011/04/09
雑感 32 入学式
今年、番頭の鈴と丁稚の虎が揃って進学しました。
鈴は、自分の好きな服飾関係の大学、虎は中高一貫で高校へ。
鈴は、AO入試と言うもので、去年の10月には進学を決めており、なんか、オーナーの受験と
比べると、
「楽しとるなぁ。」
としか思えない受験でした。
ただ、その分女将とオーナーへの精神的負担も無く、楽させてもらったのかもしれません。
後は、2人がどれだけ学生生活を楽しむかです。
だんだんオーナーと遊ぶことも少なくなり、オーナーは趣味の道へとのめり込んでいくので
ありました。
(またまた言い訳)
2011/04/09
雑感 31 初盆
早いもので、今年の夏は昨年末に急逝した福岡の隠居の初盆でした。
車で帰省し、色々準備を行いました。
13日の午後にお迎えをして、夕方菩提寺の和尚さんの読経、そして15日にお送りと、
特に大きな事件もなくなんとか滞りなく初盆を行うことができました。
祭壇、提灯の飾りつけ、お返し物の準備など、殆どオーナー達が行く前に、大女将と
ひねもすのたり堂店主(姉)が準備を済ませており、オーナー達はと言えば、男手の必要な
家の修理や、隠居の遺品整理。
色々整理していたとき、昨年夏の帰省時の隠居や大女将の写真が出てきました。
ほんの一年前の隠居の少し老いた、いつもの隠居の写真。
この数年、帰省後に自宅へ向かいながら、
「隠居、大女将と次はいつ会えるかな−−」と、思いながら帰宅してました。
ただ、それが帰省する前や、滞在中にはそう思わず、結局帰るときなんですね。
滞在中にそう思っていれば、もう少し違った親孝行もできたのでしょうが。
一期一会 --- これからは、人と会うときは、そんな思いを持ちたいですね。
2010/08/29
雑感 30 自転車
丁稚 虎が最近自転車に目覚めています。(遅い!)
休みには、2〜30km先の観光地目指して朝から自転車で出て行きます。
そして昨日も朝から気合を入れてツーリングに出発。
ところが、2時間位したところで、虎から携帯に電話が。
何だと思って電話に出ると、「パンクしたぁ〜」 だと。
そういえば、まだパンク修理用のチューブや工具は準備しておらず、虎にしてみれば
どうしようもない状態。
(パンクごときで自転車屋さんに行くなと言ってあります)
結局、オーナーが車で虎と自転車を回収に。
虎が待っているのは、20km先のマック。
3連休でごった返している道をひたすら走り、何とか1時間かけて到着。
マックに入ると、虎は入り口に一番近い席でしょんぼりしておりました。
すぐに店を出て、駐輪場にあった虎の自転車を確認。
タイヤのサイドウォール(自転車でもこう言うのでしょうか?)が裂け、糸が切れています。
それも刃物で切ったような切れ方ではなく、ほつれたような切れ方。
タイヤの寿命です。
虎の自転車は、もとは番頭 鈴のMTB、それも女将の妹さんに頂いたもの。
よくよく見ると、タイヤ交換を含め、色々修理はしてきましたが、限界状態。
虎はパンクは自分のせいだと思っており、マックでのしょんぼりの原因はそれ。
まずは、虎にこのパンクは虎のせいではないこと、そして寿命であることを伝えました。
そうなれば、自転車は買い替えです。
帰り道、ちゃきちゃき堂近くの自転車のお店に寄り、代替を物色。
虎は、白か黒のクロスバイク(街乗りできるロードバイクをこう呼ぶようです)が欲しいとのこと。
見ると、白はありましたが、サイズが小さい。
サイズが合うものはメタリックシルバーのみ。
そこで、オーナーがお節介。
「白は、汚れが目立つし、綺麗に保つのが大変」
それを聞いた虎は、「メタリックシルバーにする−−−−」
少し、強引だったかもしれません。
ただメタリックシルバーは、汚れも目立ちにくく、綺麗にした時は光り輝くいい色です。
結局それに決め、更にヘルメット、パンク用の工具、チューブなどを購入しました。
そして虎はそのおニューのクロスバイクに乗ってちゃきちゃき堂へ帰りました。
(これまで乗っていた自転車はそのお店に引き取ってもらいました。)
ちゃきちゃき堂で帰ってきた虎に感想を聞くと、
「加速がいい。凄く進む。ブレーキも利くし−−。」
とご満悦。
よかったよかった。
さて、これから虎のツーリングに拍車がかかるのか?
少し見守っていきます。
2010/07/18
雑感 29 同級生
九州の隠居が急逝した昨年の冬休み、隠居の遺品の片付け、また生命保険や
年金などの処理作業をするためにオーナーは2週間ほど九州の実家に残ってました。
その時、自分の高校、大学時代の同級生に連絡していなかったことに気づきました。
ただ、皆に電話する元気は無かったので、その中のそれぞれ一人にだけ電話。
そしたら、夏休みに久しぶりの同窓会をした高校のときの同級生が、ウィークデーの夜に,
大学の同級生も、次の日曜日に来てくれ、2時間ほど隠居の家で話をしました。
皆、大女将のことを知っており、気を落とさないようにと心配しながら話してくれました。
それから高校の友人は、少し落ち着いた土曜日に酒まで付き合ってくれました。
半年前の夏、20数年ぶりに会っただけでしたが、色々気を遣ってもらいました。
特別やさしい言葉があったわけではありません。ただ普通の会話。
殆ど慰めたりしませんが、それがなんだか落ち着きます。
付き合いが長く、相手を知っているからできることです(もとも九州はこんなもんですが。)
友人、同級生のありがたさをつくづく感じました。
彼ら、彼女らが付き合ってくれたおかげでほんとに元気が出ました。
ただただ感謝するばかりです。
2010/02/27
雑感 28 孝行
いつかは−−−−と思っていましたが、昨年末に九州の隠居が急逝しました。
危篤の連絡を受け、ちゃきちゃき堂、ひねもすのたり堂の全従業員が見守る中、
隠居は、息を引き取りました。
隠居の死後、部屋を片付けていると、ひねもすのたり堂や、ちゃきちゃき堂の丁稚たちの
幼いときからの大量の手紙、写真、またその他の書類など、本当に細かく分けて保管
していました。
それらの写真を見ていると、最近になるにつれて隠居や大女将と共に撮った写真が
少なくなっていることに、いまさらながら気づきました。
丁稚たちの受験などで帰省が減り、また隠居、大女将がこちらへ上京することも
減ったためで、改めて親元を離れて就職することの意味を考えてしまいました。
20数年前、就職活動の時、オーナーが希望する職種は九州には無く、関東に出てきました。
就職後、帰省したときに隠居には、「危篤になっても間に合わないかも」と言ってました。
隠居は 「そうやね。」とだけ言っていました。
数年前、ちゃきちゃき堂従業員を残して単身赴任するときにもらったメールには、
「おめでとう。部下を大事にして下さい」−−−
隠居らしい、言葉でした。
自分の得たいものを勝ち取るために親元を離れ、がんばる。
そのために、少しずつ捨てていくものがあります。
その捨てたものは取り戻せませんが、捨てるものを少しでも減らすことは出来たのかも
しれません。
さて、大女将に隠居の分まで孝行しなければ。
2010/02/20
雑感 27 GT選手権
丁稚の虎と年に一回、GT選手権を見に行きます。
距離的に近いサーキットは富士や茂木で、この数年間続けています。
チケットは、ネットで購入しています。
中学生以下は無料の場合が多いので、大人一人分。
(予選は、虎の学校の関係で見に行けません)
決勝当日は、虎をNinjaの後ろに乗せ出発。
GT選手権のような大きな大会のときは、オートバイが絶対便利。
とにかく早く帰れます。
特に富士スピードウェイの場合、最近某巨大企業が買収、整備したため、駐車場がいたる
ところに設置され、へたすると駐車場まで30分以上歩くことも珍しくありません。
ところがオートバイの場合、駐車場所はグランドスタンド裏。
その駐車場が満車の場合は、近くの車の駐車場に止めてます。
なので、とても近い場所に駐車できます。
さらに、レース終了後の富士スピードウェイから御殿場ICまでの大渋滞の横をすり抜け
ながら、行きとほぼ同じ時間で帰ってこれます。
車だと、何時間かかるかわからないくらいの渋滞です。
当然Ninjaには、リアにボックスを付け、カメラ、お茶とお菓子などを詰め込んでいます。
最近は虎も自分でカメラを構え、結構撮るようになりました。
真冬、真夏は厳しいのですが、富士と茂木のレースは春と秋でなんとか許容範囲です。
さて次は、来年の富士かな?
2009/11/09
雑感 26 同窓会
この夏、ちゃきちゃき堂は、社員そろってオーナーの父母である隠居と大女将の住む九州へ
帰省をしました。 ETCを使って。
その帰省の間に、高校と大学の同窓会がありました。
それぞれ25年以上ぶりです。
(オーナーが行かなかったわけではなく、開催されなかった−−多分)
で、旧友に会うまで、どのように変わり果てているか、どきどきもんでした。
その中で、今回は高校の2年のときのクラス会の話です。
オーナーが通った高校は共学で、男女比は6:4くらい。
その中で当日集まった方々はむちゃくちゃやってたグループの総勢10名くらいのうち
男3人、女3人、計6名。
定期・実力テスト、運動会など行事ごとにクラス(男女とも)で打ち上げで街に飲みに行ったり、
学校行事には無いキャンプを勝手に自分たちで計画し、観光バスをチャーターして行ったり。
そんな奴らとのクラス会です。
待ち合わせ場所に行くと、「100m向こうの角を曲がってきたときからオーナーが判った」
などと昔ながら、かつ博多では当然の毒舌を見舞われながら同窓会の店へ。
ちなみにオーナーは、中学校当時から殆ど外観が変わっておりません。
中学のときに、「お子さんお幾つですか」と占いの婆さんから言われました。
クラス会は最初からいきなり盛り上がり、アラフォーを大きく超えたグループが、最初から
「おまえさー(From 男)、あんたねー(From 女)」
で話が始まる博多弁の凄い世界。(お店の方々すみません)
殆ど高校のときのエピソードだけで、あっという間に6時間が過ぎていました。
そんな同窓会で、ふと以前参加した同窓会を思い出しました。
その同窓会では、皆が高校卒業後の出来事を喋るだけで盛り上がりもいまいち。
しかし、今回集った6人は、今の話ではなく、唯唯昔話で盛り上がっていました。
いろんなことで悩んだり、楽しかったりしていても、会ってここにいて一緒に飲んで
笑っていることで、そいつがなんとなく、なんとなく解かる。
辛いことがあっても、あるサインを出しながら無理する奴。
どうでもいいことを大げさに言う奴。
それは多分、「ある時期に、どれだけ濃い時間を過ごしたか」 だと思います。
付き合った時間が長いか短いかではなく、濃いか薄いか。
たった一日でも、それによって一生続く付き合いもあります。
だから、今の話をしなくてすむ。 昔話でそのときの自分を確かめられる。
夜も更け、そろそろお開きかなと、5人の顔を改めて見ると、皆結構ご機嫌ないい顔をして
酔っ払ってました。
そして、全く不確かな次の再会を約束した同窓会でした。
2009/09/04
雑感 25 大学
オーナーは、地方のそれなり大学を出ました。
当然、勉強などするわけ無く日々オートバイに乗ってました。
そのため、マージャン・パチンコはやらず(今でも)飲みにも余り行きませんでした。
そう、オートバイばっかりの大学生活。
さて、何で大学に行くのか。
勉強するためではありますが、社会人になって大学の知識が使えるような仕事に
就く人って、どのくらいいるのか。
就職専門学校的な理系でも、医・薬系以外はそんなに大学とは直結していません。
大学に行く意味の1つ目は、人間関係を作ること。いわゆる友達作り。
2つ目は、自分の引き出しをいっぱい作ること。
勉強しなくても、講義を受ければ知識は「広がり」ます。
「深まる」のは勉強してから。
この「広がり」が引き出しを作ることだと思ってます。
いろんな学問があることを知り、何がどの学問に当てはまるのか、どうすれば
それが調べられるか−−−−−それが広がりだと思ってます。
ただ、それだけではこの引き出しの中身は「カラ」。
中身をいっぱいにするのが勉強。そして勉強によって「深まる」。
オーナーは、この引き出しをいっぱい作ることが、その後の社会人としての幅を持たせて
くれるような気がしています。
だから大学で勉強していないことでもこなしていける。
引き出しをいっぱいにするのは、社会人になってからでもよいと思ってます。
2009/06/21
雑感 24 器用、不器用
オーナーは、手先が器用だと言われます。
プラモデルを幼い頃から作っていたことも影響しているのでしょう。
でも、絵や、美術は得意ではなく、ほんとの器用ではないようです。
ただ、自慢できることが一つだけあります。
道具を使う作業は、結構やれること。
4歳で補助車を外した自転車に乗り始めたオーナーは、隠居がやってくれる自転車整備
を見ていました。
見ていたらやりたくなります。
手伝おうとして手を出したりすると、必ず怪我をします。
すれたり、引っかいたり−−−。
でも隠居はやめさせることは無く、勝手にやらせてくれました。
小学生になったオーナーに隠居は、自分の道具箱から工具を選び出し、オーナー用の
自転車工具をくれました。
それで雨の日はやらなくてもいい整備を、怪我しながらやってました。
ブレーキに油さしたり、ボルトをねじ切ったり、ボルトがあまったり。
会社から帰って整備結果を隠居に話すと、一緒に後始末をしてくれました。
今思うと、隠居はオーナー用の道具をいつも準備してくれてました。
魚釣り道具、自転車、オートバイ、自動車、プラモデル−−−−−
いつもオーナー用がありました。(その結果、オーナーは道具・工具フェチですが)
多分、自分の道具を持ったことで、オーナーは器用になったと思います。
新しい道具を持つと、それで出来ることにわくわくし、なんか自分が凄くなった様な
気がします。
そしていろいろなところに手を出して、いろいろなことを覚えていく。
家で使うはさみ、カッターナイフも同じことです。
親が怖がって使わせなければ、使えるわけが無く、大きくなってから使ったときに、
その力あまって大怪我をする。
目先しか見ない親が作る悪循環、事故です。
危ない道具を使っても、安全に作業すればよいわけで、不安全な作業をしないように
覚えさせる。やらせないのではなく。
それが親の役目だと思います。
オーナーも、丁稚 虎には プラモデル用の道具箱を作りました。
結構大事に使うもんですよ。
さて、 すこし器用になってきた 丁稚 虎 に釣り道具を準備してやらねば。
2008/5/10
雑感 23 オートバイ選び
オートバイを選ぶとき、その選んでいる時間が一番楽しいもんです。
街で、雑誌・テレビ・ネットで見て気に入った(一目ぼれした?)オートバイを調べ、オートバイ屋
さんに見に行って−−−−−−。
でも、最近のオートバイ屋さんでは、気軽にオートバイに跨らせてくれません。
確かに、傷をつけたり倒したりする危険はあるでしょうが、跨らなければそのオートバイが
自分に合うものかどうかわかりません。
店員さんに声を掛ければ跨ることは出来るようですが、そんなことしたら色々な
オートバイに跨る気になりません。気が引けてしまいます。
オートバイって、ほんの少しのポジション、重量の差で全く違う印象を受けます。
そんな乗り物を売るオートバイ屋さんで、色々なオートバイに気軽に跨れない。
なんか、ほんとに自分に合うものを手に入れられるのでしょうか。
オーナーは、出来る限り跨ります。
店員さんが横について回るのを諦めるくらい跨ります。
数十万のお金を出して、少なくとも数年手足となるオートバイを決める作業として当然だ
と思ってます。
だから、オートバイ屋さんへ行った時は、出来る限り跨りましょう。
もしかしたら、思わぬ車種が自分にぴったりだったりしますよ。
ただし、オートバイに傷のつきやすいような金具ちゃらちゃらの服は×です。
2008/5/10
雑感 22 里帰り
九州の隠居が、車にもう乗らないとのこと。
GWを利用して、車を取りに行きました。
行きは飛行機。
最近は、時間を選べば新幹線より飛行機のほうが安いようです。
また隠居の家は駅まで同じ時間でいけるため、安い飛行機を使います。
日程は、1泊3日。 1泊は隠居の家。
そうです。2日間車に乗りっぱなしで帰る計画です。
九州へは、番頭 鈴と 丁稚 虎 が生まれる前から車で往復しており、今回たぶん
20数回目です。
その間、高速のみで移動しており、下道で帰ってきたことはありません。
加えて、今回は全く一人のため、高速道路での睡魔と闘う勇気は無し。
またオートバイでは、2年前のGWに下道で帰って着ましたが、今回車で帰ることで、
再度オートバイで通った道を確認するのもいいかと−−−。
ということで、
@都市部の混雑を避ける。
A新しい新名神を通る。
以外は下道で帰ってくることにしました。
出発は朝6:00。
大女将の作った食べ慣れた手弁当(昼と夜分はある)とお茶を1.5Lと、ここぞとばかり
のお土産を車に積み込み、いざ出発。
GWでも通常日のため、通勤の車が多く、市内を抜けるまで都市高速。
その後、関門トンネルを抜け、R2をひたすら東へ。
広島で昼食。
といっても、結局走りながらの食事。(車はこれで距離が稼げます。)
大女将の弁当は運転していても食べやすい俵型のおむすびです。
道路は特別事故なども無く、BPを使いながら順調に姫路へ。
加古川BP経由で第二名神に入り、阪神高速の西宮から名神に乗ります。
そのあと、草津JCTから新名神に乗り、東名阪に乗り換え、伊勢湾岸道路へ。
途中、四日市あたりで0時を超えたため、湾岸長島Pで2時間の仮眠。
2:50頃目が覚め、再出発。
伊勢湾岸道路の終点豊明ICでR1へ。
朝3時のR1は流石にトラックばかり。
早いトラックに煽られながら、5時まで走り、浜名湖の潮見坂PAでまた1時間の仮眠。
さて、LAST 300kmです。
ここからは、殆どBPで走ります。
朝の静清BPで混雑したほかは、すべてスムース。
結局、11時にちゃきちゃき堂に無事到着。
今回のような長距離を下道で走ると、「40歳過ぎた大人のすることではない」と
言う人がいます。
そりゃ出張などの単純な移動であれば、オーナーも有料道路をただただ走ります。
多分、その人は経験していないのだと思います。
体力的に無理なことをやることによって自分の年齢を思い知れること。
もう一つは、ある土地を境にした風、日光、温度の劇的な変化が、ゆっくり走ること
で感じ取れること。
オーナーにはそれが面白いのです。やめられない。
だから車、オートバイともに下道の長距離運転が好きです。
ただ、無理はしないように、休憩も取りながら走ります。
あ、今回 「ひねもすのたり堂」へも途中1時間ほど寄りました。
久しぶりに会ったイウコトキカンスカヤとイウコトキカンスキーは、少し社会人っぽくなってました。
大きくは変わってませんが。
その二人の会話を聞きながら、優しい鬼姉のハンバーグを食しました。
(姉様、お・おいしかったです。)
2008/5/3
雑感 21 英語−−−その後
英語の話の続きです。
あの後、一応がんばろうと、ネットでよさそうなTOEICの教材を清水の舞台から
まっさかさまに飛び降りた決意で購入しました。
8週間で目標点が取れるというものです。
購入は、2月はじめ。
まずはテストを受けて腕試しと思いましたが、会社でTOEICを受けると、上司に点数が
ばれてしまいます。
点数がばれてしまうと、何を言われるか判ったものではありません。
また12月から始めましたが、会社のテストは2月。
ちと時間がありません。
ということで、2月の会社で行うテストは受けずに、個人でTOEIC委員会に申し込み、
3月のテストを受けることにしました。
一応、やってみました。
移動するときなどは、いつもデジタルプレーヤーで英語に慣れる為と思いイヤホンをして
少しがんばりました。
でも、年度末。
年度のまとめや、来季に向けた計画策定などで、テキストの1週間分が下手すると
3週間かかってしまいます。
結局、3月のテストのときに終わったのは2週間分だけでした。
その結果が、昨日届きました。
一応、今回の目標点には届いてましたが、最終目標にはまだまだ。
ただ、なんとなく英語が嫌ではなくなったような−−−−気がします。
5月のテストの申し込みも既に済ませてます。
ぼちぼち続けていきます。
(趣味に出来たらいいんでしょうが)
2008/4/18
雑感20 結果報告
さて、虎の特別奉公の結果です。
結果 OKでした。
色々、ありましたが、なんとか行く学校が決まりました。
ほんと、1年間、がんばった 虎 でした。
−−−−− 我子とは思えないくらい −−−−−−
よかったね。 虎。
2008/3/16
雑感 19 大詰め
とうとう、丁稚 虎の特別奉公(受験)が大詰めです。
本人も少しそわそわしていますが、私のときと比べれば落ち着いてます。
この一年間のがんばりは、オーナーも女将も驚くほどのものでした。
あとは1年間皆でがんばった成果を100%発揮するために、体調を壊さないよう
気をつけるだけです。
虎! がんばれー!
そして今回の受験を良い経験にしてくれることを願っております。
2008/1/27
雑感 18 英語−−−−
最近、TOEICがやたら会社でとりだたされます。
昇格や海外出張の必須条件とかもあるようです。
英語。 オーナーは苦手です。
中学のとき英語が出来なくて、ひねもすのたり堂の店主に教えを請うていましたが
その頃店主は、同じ質問2回まではOKでしたが3回目聞くと目にも止まらぬ速さで
平手打ちが飛んできました。
それでなんとか、受験はすり抜けましたが、最後はTOEIC。
ぼちぼちやろうかなっと。
2007/12/22
雑感 17 ツーリング
ツーリングのオートバイは、小さいほうが楽しいと思ってます。
70cc位の荷物が積めるオートバイ。50ccは、速度規制で×。
軽く、馬力の無いオートバイ。
ちょっとした登り坂でもスピードが落ちてシフトダウン。
強い風が吹けば左右に煽られ、向かい風ならまたシフトダウン。
でもその分、地形の変化、風の流れ、温度を感じやすく、その結果季節や土地を
より印象付けるような気がします。
ガソリンを気にせず、通り過ぎたところへもちょこちょこUターン。
更にオフロードが走れれば、また楽しさは増えます。
大型オートバイで、海岸線や山並み、市街地を高速で抜けるときは確かに気持ち
よく、爽快で、興奮します。
また、暇なし人間には、高速道路を使って楽に短時間で目的地まで行ったり、
帰ってきたり出来るオートバイは、重宝です。
でもパワーや重量で、見えなくなっているものが多いような気がします。
現在の一番小さいオートバイはXLR改。
急用や、時間が無い時に高速利用を考えたときに許容できる排気量。
たかが30psですが、これでも見えなくしてしまうものはあるのでしょう。
毎日が日曜日になったら、小さいオートバイでツーリングしたいもんです。
2007/10/14
雑感 16 カスタムパーツ
この数年、ほんとにカスタムパーツが増えました。
昔はせいぜいバックステップ、ハンドル、ホイール、マフラーくらいでしたが、最近では、
車種ごとのフィッティングを含んだパーツへと変わってきています。
当然、ポン付けが出来てユーザーとしては、よいことなのですが。
ただ、オーナーとしては、不思議なことがいくつか−−−。
一つ目。
トップブリッジ、サポートプレートなど、アルミの削りだし部品が増えています。
その中で、人気のあるものは、加工目(加工模様)の残ったタイプのようです。
加工目が残ると言うことは、これまでの加工屋からすれば「恥」
如何にに加工目を残さないかが、加工屋の腕であり、加工目を残さないよう
日夜努力するわけです。
それに加工目は、ミクロで見れば凸凹で、その部分から亀裂を誘発しやすく
なり、強度的には×です。
二つ目。
材質。
最近アルミパーツが増えてます。
軽量化、見た目など非常によいのですが、問題は重量と錆。
そのパーツはほんとに鉄に比べて軽量化しているのかということ。
アルミにすることで強度を確保するため、肉厚になり、ただのデザイン的なパーツに
なっているものがあるように思います。
アルミを使う場合、強度計算を結構まじめにやらないと、軽量化できません。
DUCATIが、アルミフレームを使わず、鋼管トラスフレームにしているのは強度設計
によって、鋼管でアルミと同等以上の強度、軽量化が図れ、加えてそのしなりが
アルミに勝るという信念かららしいです。
確かに、そのしなりは絶妙です。
次に錆。
アルミと鉄を締結した場合、電触と言う現象がおき、アルミが腐蝕します。
化学の時間に習った電位差の問題です。
アルミが腐食すると、結構ざくざくになりますのでコーティングや、樹脂のブッシュなどで
保護することも必要です。
結構な頻度で取り外し、確認、取り付けをするパーツであれば心配ないでしょうが、
サポートプレートなど、取り付けたら殆ど外さない部品には、要注意です。
以上、またまた気になってます。
2007/07/14
雑感 15 運転の知識
オートバイに乗ってて、片側2車線の走行車線を走っている時に、車が追い越し
車線にレーンチェンジをしないまま、オートバイのすぐ横を追い抜いていく。
怖いですよね。
特にマフラー交換なんかしていると、後ろからの車に気づかず、ドキッとします。
車のドライバーは、車を抜くようなイメージですぐ横を抜いていくのでしょうが、
風が強かったり、路面が荒れていたりすると、オートバイは左右に振られることを
オートバイに乗ったことの無いドライバーは知りません。
1mくらいすぐに流されます。
こればかりは乗ってみないと解らないことですが。
今日もまじめそうなおじさんが、首都高で走行車線中央を走っていたオーナーのXLRの
すぐ右横を抜いていきました。
加害者にならないためにも、オートバイを追い越すときは、十分な距離をとりましょう。
2007/05/19
雑感 14 やるき
Motivation 日本英語でモチベーション。
意味は「動機づけ、やる気etc」
最近のマネジメント教育、仕事で良く出てきます。
オーナーが最初にこの単語を聞いたのは、確か80年代に始まったF1中継。
当時セナのインタビューで、どうやったら勝てるかと言うような質問をされたセナが、この
モチベーションと言う単語を使ってました。
そのときは、意味が解らず話の流れから「何だ?勝ちたいと思う気持ちか?」
などと思っていました。
それから20年。結構使われています。この単語。
「部下にはモチベーションを持たせることが必要」
「高い目標になればなるだけ、モチベーションを−−−−。」
昔のマネジメントは、言うことを聞かせる、やらせる、叱る。
今は、話を聞く、 指導する、 ほめる。
大きな変化です。主体が部下に移ってます。
でも、最終的に使っているこのモチベーション。
これって、最終的に精神論なんですよね。
「やる気」
このやる気を強制的に持たせるのが昔(軍隊)風。
自発的に持たせるのが今風。
ま、優れた人は何も言われずに持つんでしょうけど。この「やる気」
2007/05/19
雑感 13 血筋
血筋。 ほんとに争えません。
オーナーのオートバイ好きの根源は、実はオーナーの大隠居(祖父)のようです。
大隠居は職業軍人でした。
背は、180cm近くあり、明治生まれとしてはとんでもなくデカイ軍人だったようです。
(その当時の男子平均が150cm台だったと思いますので、今ならチェ・ホンマン並?)
その体でオートバイが好きだったらしいのです。
大隠居は、隠居が子供の頃、既に結構な職位にあり、軍の基地へも送り迎えがあった
そうです。
その大隠居は、サイドカーの「カー」の方にも仕事で乗っていたらしいです。
当然陸王のサイドカーです。
当時は、まだ当然舗装路も少なく、今で言うがたがた道。
そういう道では、出来るだけがたがたしていないところをオートバイが走るのが
サイドカーの乗り方らしいのですが、運転している大隠居の部下はやっぱり気を
遣って大隠居の乗っているカーが道の良いところを走るように運転したそうです。
そのたびに大隠居は部下に注意し、カー側がどこを走ろうが、オートバイ側がちゃんとした
道を走るようにさせたそうです。
隠居の話を聞くと、どうも大隠居は自分が運転したかったようです。
また、軍馬も持っており、足は速いものの、じゃじゃ馬で大隠居しか乗りこなせない
馬を持っていたようです。
(写真を見ると、馬がロバに見える−−−−− じいちゃんでかい。)
実は隠居もオートバイが結構好きで、転勤後、オーナーたちが引っ越すまでの短期間、
通勤にオートバイに乗ったりしてました。
ま、オーナーがこうなってしまったのは、この血筋が原因であり、どうしようもないことだと
ただただ言い訳しているだけでした。
2007/04/07
雑感 12 中学受験
受験。またまたやってきました。
番頭 鈴の受験を2年前に完了させ、ほっとしていたのも束の間、虎の番です。
この1ヶ月間、本人は極めて前向き。
ちゃきちゃき堂の血筋にはありえない勉強っぷり。(たぶん女将の血筋?)
これから一年、ちゃきちゃき堂をあげての取り組みが始まりました。
虎が塾に行き始めて1ヶ月。
見込みがあるようなことを先生に言われたり、テストの結果を見たりで一喜一憂。
虎よ。
勝負は一年後。
焦らずじっくりやること。
それが一番。
オーナーも三十数年前、九州の南の進学校を受験しました。
結局は落ちて公立中高大となりましたが、どうにか今の生活が出来てます。
中・高校で人生が決まるものではありません。
東大出ても社会で認められていない人は沢山います。
要は、社会に出てどれだけ勉強し、がんばるか。 がんばれるか。
社会に出てがんばれる人になることを丁稚 2人に望んでいます。
2007/03/10
雑感 11 姉・その恐るべき存在
姉。 なんという恐ろしい響きでしょう。
この怖さが解るのは、ちゃきちゃき堂の丁稚 虎、ひねもすのたり堂の
イウコトキカンスキーと隠居とオーナー合わせて4人です。
(なぜか親子三代そろって姉弟)
オーナーはこの姉haruさん(ひねもすのたり堂 店主)に、幼い頃からいたぶられ、
ののしられることで強く育ってきました。
いえ、haruさんによりいじめっ子から守られ、勉強を教えてもらったこと、その他
もろもろ感謝はしております。
しかしながら学校では、「haruさんの弟」という、自己のない呼ばれ方で幼い頃を
過ごしました。
確かに haruさんは、足は速くてリレーの選手、成績はオール5、絵はうまいで、
手がつけられませんでした。
それに引き換え、あたしゃただの凡人です。
取り得といえば、ただ素直なところ。(多分)
その生活を既に40年以上も続けておるわけですが、最近の「ひねもすのたり堂」
において、haruさんの誤解が見えます。
ひねもすのたり堂の 姉は偉大なり編の最後 「弟は姉ちゃんには勝てないのだ!」
haruさん。あなたは完璧な誤解をしています。
あなたの数十年に及ぶ弟への過酷な教育により、オーナーは「姉に勝つ」ことの
無意味さをしみじみと感じ、その気が無くなったのです。
その結果、haruさんを 「そのまま認める」 ことを選んだのです。
虎を見ていると、「姉に勝つことは無意味」 だと言うことを理解し始め、既に
姉 鈴のおもちゃと化しております。(涙)
なんと姉に対して弟は健気(けなげ)なことか。
願わくば、ひねもすのたり堂のイウコトキカンスカヤ、ちゃきちゃき堂の鈴の両姉が、
少しでもharuさんより厳しくない姉であることを日夜祈っております。
2007/01/29
雑感 10 気楽な生活
「誰にも頼れない、絶望的な状況になった経験はありますか。」
「その時どうしましたか。」
就職試験の面接官が聞きそうな言葉です。
回答としては、自力でもしくは複数の人間をリードして克服したようなことを言うことが
精神的耐力、リーダーシップをアピールする上で◎です。
オーナーは、一人で考えてもあまり良い考えや、判断が出来ないと思っており、
少しでも考えに困ると早期に誰かを見つけ相談します。
(昔は、姉のHaruさんから「自分で考えろ!」と言われたこともありますが。)
相談しても、誰かが解決してくれるわけでもなく、自分で行動するしかないこと
が殆どですが、人に言うだけで安心したり、諦めが付いたり、やる気が持て
たりします。
一人でやると、結果は同じでも不安な時間が長くなり、プレッシャーもかかります。
結局、どれだけ早く相談出来る人に相談するかが、どれだけ気楽に生活できるか
を左右する様な気がします。
そんなこともあって鈴と虎2人には、出来る限り話をするようにしています。
素直に困っていることを話しているのかは判りませんが、話すことで相談しやすく
なればと思っています。
2007/01/21
雑感 9 年末の憂鬱
最近、年賀状を出す習慣がゆるくなり、出す数、もらう数が少なくなってきています。
オーナーとしては出す手間を考えれば良いことだと思っているのですが、2つばかり
気になることがあります。
一つ目は、めったに合えない人のこと。
電話、メールも年間ほとんどしなくても、大事な人はいます。
年賀状は、その形式に則ることで、自分のなかにある
「連絡をしていない後ろめたさ」を和らげてくれ、そういう人への連絡が、
年 一回 出来てしまいます。
しかし、年賀状の風習が弱くなるに従い、いつも会っている人からの年賀状が減り、
めったに会えない人からのものばかりになってます。
いくら形式に則るとはいえ、それぞれへの挨拶は入れるべきと思い悩むわけですが、
連絡もしていないので、相手の状況もわからず、最後は、またまた形式的な挨拶を
記入してしまいます。
年賀状が、ただの存在報告書に成りつつあります。
2つめは、その年賀状を作成するプリンターのこと。
プリンター。ちゃきちゃき堂では寿命が何故か3年。
きっちり3年です。
それも買い替えは、いつも12月末。
そうです。年賀状の最終追い込み時期です。
なぜかこの10年近く、年賀状印刷中に壊れます。
印刷中に原因不明のアラームが出たり、うんともすんとも言わなくなったり。
たまに使っているのですが-------。
昨日も突然 「ががががが−−−−」と悲鳴を上げ、プリンターが成仏されました。
年賀状の作成中に。
なぜでしょう。
今日、プリンターを買いに行かなくちゃ。−−−−。
2006/12/30
雑感 8 そうだよね。
21回目の誕生日ってことは、20歳の誕生日ですよね。
2006/12/12
雑感 7 時代遅れ
なんとやっとのことで、OSを Windows xp に入れ替えました。
ちゃきちゃき堂では、2台自作デスクトップ、1台ノートで 3台ともWin2000を入れてました。
Vista(でしたっけ)も出るというのに何で今頃と思われるでしょうが、オーナーにとって
PCは、道具。
最新型は必要なく、またその道具のために金を使う気にならない。
また道具である以上、安定して使いたいので新しいOSにありがちなバグなどが殆ど
修正・改良され、使い慣れたものがほしいのです。
入れ替えた結果は、まあまあです。
XPにしたからって、HPが格好よくなるわけでもないし。
2006/12/11
雑感 6 父と子
3年前から釣りをはじめました。丁稚 虎 と遊ぶためです。
釣り以外にもツーリング、キャンプ、プラモデル、ラジコン等で丁稚と遊んでいます。
そんなオーナーの諸行を知った大女将は、
「オーナーは、あまり父親に遊んでもらえなかったから虎にそんな
思いをさせたくなくて、いろいろ遊んでやるのでは?」
と言います。
これは間違い。
オーナーが遊びたいから虎を引き摺り廻しているというのが正解。
当人にしてみれば迷惑でしょうが、嫌がらず遊んでくれます。
隠居は昔の親に多い子供とあまり遊ばない父親。
残業+飲会も多く、土曜日も仕事で夕方まで帰ってこないことが殆ど。
そのため日曜日は疲れて昼前まで寝ている。
でも遊んでもらえなかった分、たまに遊んでもらった時のことは覚えています。
ただその記憶は、キャッチボールと釣りくらい。
あとは、隠居の少い趣味(?)の一つである自転車、自動車、その他もろもろの修理。
(これがオーナーの趣味を決定付けた)
そのとき隠居は、楽しそうな、でも心配そうな顔で遊んでくれてました。
隠居はオーナーと遊ぶとき何を考えていたのか。
オーナーと遊ぶのは楽しくなかったのか。ずっと気になってました。
でも最近、虎と遊ぶにつれ、気づいたことがあります。
虎と、いくら一緒に遊んでいても、一緒に同じように楽しむ事はできないということ。
遊びとはいえ、危険なことは止めさせ、教え、叱る。
一緒ではないのです。一緒にはなれない。
その結果、隠居はあの顔になったのではないかと。
隠居は、私と同じように子供と一緒に遊びたかったのでは。
虎と遊んでいるオーナーも、隠居と同じよくわからん顔をして遊んでいるのでしょう。
ま、それが父子の遊び方かもしれませんが。
2006/12/10
雑感 5 ぶれーくするー
「もっと高い目標を達成しろ。もっと大きな効果を出せ」
って、よく言われます。よく言ってます。
これまでは、その目標に対して、5% 10%の改善を目標としてその達成に取り組んで
きました。
でも、それでは、良くても予想できる効果のみの結果しか出ない。
じゃ、どうすればいいのか。
これまでの、色々な技術の成功例を見ていくと、多分一つには、
その目標を他を凌駕する次元、たとえば 「1/2、2倍、0にする」
という目標でやってみることみたいです。
5% 10%の改善を目標とすると、もう改善の手段が解っている部分に手をつけ、
つじつまを合わせる。
そこで「1/2、 2倍、 0にする」という目標を置くとどうなるか。
おそらくそれを達成するためにはこれまで不可能だと思っていたこと、一番厄介な
改善に手を付けざるを得なくなります。
思い切って手を付ける。
それだけ高い目標であれば達成できなくても何かは必ず残り、そのときその目標を
達成できる方策が見えてくる。
そうして技術の次元を変えてしまう。
そうするとその目標が達成できたとき、その結果はそれまで考えていた領域を
はるかに超えた広い領域(フィールド)で、測しなかった巨大な効果を生み出すものに
化ける。
これは、自分達の「戦うフィールドを変えた・広げた」ことになり、その結果他の誰も
入り込めない、追いつけない自分達の 「勝ちパターン」で戦えるフィールドに持ち込める
ということです。
ホンダのF1参戦もその例の一つです。
「ホンダ」のイメージ作りのためのF1参戦が、車の枠を越えた「クリエイティブ企業」の
イメージを生み、その後の 「asimo」「JET」に繋がる。
次元を超えた技術の創造。
ま、楽にできれば苦労はしないのですが。
2006/12/02
雑感 4 うそつき
趣味の話が多くなりますが、オーナーは吉田拓郎が好きです。
中島みゆきも。
となれば、話は「永遠の嘘をついてくれ」になります。
ではでは。
傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実のかわりに
たとえ くり返し何故と尋ねても
振り払え風のように鮮やかに
人はみな望む答えだけを
聞けるまで尋ね続けてしまうものだから
君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
出会わなければよかった人などないと笑ってくれ
最近、嘘をつくことがそんなに悪いことではない気がしています。
ほんとの事をうわさで知っていても嘘をつかれたい相手、そしてその嘘をつき通して
欲しい相手がいたりします。
その相手は、友達でも彼女でも。 昔のままでいて欲しい相手。
自分がその人へ持つイメージを壊したくない相手。
だから嘘をついたら、つき通すことが、一番大事。
つき通せば、相手にとってそれは嘘ではないと、しみじみ思う歳になりました。
2006/11/30
雑感 3 知ったかぶり
熱風の虎(もしくは虎のレーサー)をご存知ですか。
多分40歳台の人しか知らないと思いますが。
村上もとか という漫画家が書いた漫画です。
主人公が、Z1でミュンヒ、バンビーン、モトグッチなどを相手に勝負をする漫画です。
(あまり正確ではありません)
なぜかオーナーはこの漫画に惹かれました。小学生の頃です。
この漫画家の書く漫画はその後の赤いペガサス、ドロファイターを含め、その現実離れが
絶妙で、惹かれていました。
赤いペガサスでは、ボンペイブラッドという世にも稀な血液型の主人公がでてきたり。
(そんな奴が危ないレーサーになるもんかとは思いつつ。)
結局読み続けたのは、サーキットの○に比べ、人物画がうまく、また車の挙動に関する
記述が、結構正確に描かれていたこと、人間模様が面白かったからです。
知ってます?
バリバリ○○でレース前、ウォークマンの不調を言い当てたり、 「ガソリンが体中を流れている」
(だったと思います)と言うのは、赤いペガサスのパクリです。
確か。 オーナーの記憶が正しければ。
オークションで単行本探してみようかな。
2006/11/29
雑感 2 ガテン
最近、汎用フライスや旋盤という、金属を加工する機械の動かし方を習いたいと
思っています。
汎用フライスや旋盤って、ネットで調べれば、異様に安い値段で中古が売られています。
移動させるためのトラックなどのレンタル料のほうが高いかも(?)
このフライスや旋盤を使って何をするか。
決まってます。
オートバイのパーツ製作です。
ワンオフのパーツ作り放題で、自分のデザインで作れて-----------
いいと思いませんか。
汎用フライスや旋盤の操作方法は、県の職業訓練所などで講座が開かれています。
行って見たいと思っています。
やっぱり完璧なオリジナルパーツは、自分で納得できる素材を自分で作るもんでしょう。
(しかし、フライスや旋盤を置く場所が無いオーナーでした)
2006/11/28
雑感 1 知らぬは---
オーナーは、金属材料、熱処理、表面処理技術が専門です。
以下内容は、独り言ですので、あまり参考にしないでください。
(ご興味があれば、調べてみてください。)
だいぶ前からゴルフクラブのヘッド、シャフト、またオートバイのスペシャルパーツなどで、様々な
新金属材料、表面処理が出回ってます。
時々、雑誌などで新商品を見ることがあり、その進化に感心しますが、中には「?」の
ものもあります。
たとえば、昔からある「高強度のクロームモリブデン鋼を使用した−−−」
とか、「チタンナイトライディングコーティング」とか。
そのことについては技術の進歩を感じますが、一つ目の問題はその価格。
高い。高すぎ。
材料成分、鋼材単価、処理原価を少しでも知っていれば、?の価格です。
当然、加工が難しい材料にはなりますが、それでも−−−です。
二つ目の問題は、材料、表面処理の選択、適用。
たとえば、フロントインナーチューブ。
最近は倒立式で強度が高いため、しなるような設計にはなっていないようですが、
昔の正立のインナーチューブは、細く、また車体自体の重量もあるため、結構しなるはず
です。
いえしなるように設計しているはず。
これにチタンナイトライディングを処理したら−−−−。
チタンナイトライディング皮膜は、金属表面にTiN膜を生成する処理で、硬さはだいたい
2000Hv(ビッカースって言います)。
硬く脆い。(日本刀なんかに使う鋼でも最高硬さは700Hv前後。)
普通、TiNは硬い刃物や金型などの表面処理に使うものです。
また、摩擦係数は低くなり摩擦抵抗は減ると言われてます。
そこで−−−
以下青字部分は独り言です。
「正立のインナーチューブみたいにしなること前提とした鋼材ににコーティングして
ほんとにもつんかな。
力が加わったときに最中みたいに表面が割れて剥げるんじゃないかな。
走ってるときに 石が飛んできても、この皮膜でカバーできるとは思えんし。
せいぜい、オイルシールに溜まった埃による傷が防げる程度かな。
硬くて摩擦係数が低いとはいっても、フロントフォークみたいに、一回のツーリングで
何万回もアウターチューブのスライダーとストロークして擦れるところに処理して、
どのくらい持つのか。
TiNコーティングも当然磨耗するし。
皮膜が減ったら、金色と下地の銀色の斑になってかっこ悪いしなー。
フロントサスの動きがよくなったとよくレポートにあるのは、摺動性がよくなったことより
オーバーホールの効果のほうが大きいのではないでしょか。
その処理が、+数万円。
うーーーーん。」
ま、よく判りませんが、この手の処理を行うと、インナーチューブの色が選べるので
デザインが変わることは確かです。
材料、表面処理、熱処理など、結構ブラックボックスになりやすいのですが、
調べてみるとまだまだ 「なんじゃこりゃ」 がある世界です。
2006/11/26