第151回 : こまつ座の『太鼓たたいて笛ふいて』(2002年8月15日)

この芝居、8月上旬には新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演していたのですが、8月12日(月)〜14日(水)まで練馬文化センター小ホールで追加公演が行なわれることを知りました。そこで今回は、追加公演初日の舞台を見に行ってきました。

この芝居は、こまつ座の評伝劇シリーズのひとつにあたり、評伝の主人公は林芙美子です。なぜ林芙美子なんだろう? と思いましたが、それは芝居を観て解決しました。「とき」は1935(昭和10)年から1951(昭和26)年まで、「ところ」は東京新宿下落合の借邸や自邸、JOAKのスタジオ、信州などです。私がこの芝居を見たいと思った動機は次のとおりです。
  1.以前『放浪記』の舞台を観たことがありました。違いを確かめてみたかった。
  2.大竹しのぶさんを見たかった。
大雑把に言えばこの2点です。

さて、森光子主演による『放浪記』は林芙美子の若かりし時代から描かれていて、男関係で苦労したことなども、けっこう重要な要素となっていたように記憶します。それにひきかえ、『太鼓たたいて笛ふいて』は1935(昭和10)年の秋、芙美子32歳のときから幕が開くのです。
いくつかのエピソードを交えながら、日中戦争の勃発後の芙美子が戦争協力を自らの仕事としていく1938(昭和13)年で第1幕が終わります。第2幕は、1945(昭和20)年の冬、戦争末期に芙美子が疎開していた信州志賀高原でのやりとりからスタートです。幾度かの従軍体験を経て、芙美子の戦争感は大幅に変わって、村の集まりで「ここまできたら綺麗に負けるほかない」と発言するまでに至っていました。大勢の人間に向かって<太鼓たたいて笛ふいて>戦争を鼓吹してきたことに対する自責の念も生まれていたのです。戦後、そのことを正面からみつめて反戦小説を世に送って亡くなります。こうした芙美子の人生を、練りに練った科白と、あちこちで挿入される歌(テープではありませんよ、役者たちが生で歌うのです)とで綴った3時間、とでも書けば、この芝居の概略を想像していただけるでしょうか?

今回の芝居には6人の登場人物がいます。

林芙美子(32) 大竹しのぶ
林  キク (67) 梅沢昌代
島崎こま子(42) 神野三鈴
加賀四郎 (23) 松本きょうじ
土沢時男 (22) 阿南健治
三木 孝 (34) 木場勝己
役名横の年齢は1935年当時のもの


大竹しのぶ扮する林芙美子は、すでに書いてきたように前半は力みかえるくらいの責任感を科白で表現していましたが、戦後は逆に抑えた口調で、大勢の人間が味わった戦争の辛さや苦しさを「書かなくてはね」と静かに語る、そういった対比が鮮やかでした。やはりこの人は生の舞台を観たいものです。梅沢昌代扮する芙美子の母キクは、とてもチャーミングはお婆ちゃんでしたが、ラストシーンで芙美子のお骨をもって退場するあたりで、それまでよりも背中を丸めてキク自身の老い(3時間で16年分「とき」が経ったのですから)を無言で語り、同時に先に逝った芙美子への想いが伝わってくるようでした。島崎藤村の姪・こま子は神野三鈴でした。とても知性的に見えました。上に上げたキャストの年齢からすると、芙美子より10歳年長ということになりますが、舞台上のこま子さん、私の目には芙美子より若く見えました。芙美子宅に出入りする三木孝は木場勝己が演じました。芝居の冒頭ではレコード会社プロデューサーとして登場するのですが、のちに日本放送協会に移り、さらに情報局(内閣情報部が改組してできた機関)入りし、戦後はふたたび放送協会に戻るという設定です。登場するときは、戦前・戦中・戦後を通じて、いつもにこにこ礼儀正しく調子よくという感じの人物なのですが、これが憎めません。実は、この男が芙美子に為政者が欲する「物語」というものがあって、作家はその範囲の中で“良心的に”振舞えば良いのだ、おおっぴらには言えないだろうが世間では戦争は儲かると思っていると諭し、芙美子もそう考えるようになったのです。三木の役は、この芝居ではとても重要な働きを負っているのだと思います。この4人に松本きょうじ、阿南健治のお二人が絡んで、味わいの深い舞台になりました。感動!!

味わいといえば、今回の音楽です。これもテープなど使わず(効果音は別として)、朴勝哲によるピアノだけなのです。昨年の夏に上演された『闇に咲く花』がギター一本だったなと思い起こしながら観ましたが、最大6人が同時に歌うシーンがあるのですから、やはりピアノが最適なのでしょう。とても洒落ていました。

なお戯曲は未だ単行本になっていないようですが、雑誌『新潮』2002年9月号に掲載されています。興味のある方はどうぞ。また些細なことかもしれませんが、芝居の中では情報局を内閣情報局と言わせていました。気になりましたが、その理由は こちらこちら を参照してください。


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