第30回 : 情報局という呼称について<その1>(1999年8月17日)

戦後50数年が経過したといっても、当時のことや戦前のことが正確に把握されたり記録されたり、まして評価されているかというと、必ずしもそうは言えません。些細なことがらになりますが、組織や機関の名称一つをとってみても、混乱が認められることがあります。

たとえば1940(昭和15)年、内閣情報部の機構を改めてできた機関で情報局というのがあります。情報収集・報道宣伝、新聞紙出版物等に関する処分・指導などを任務とすべく発足しました。これなども、時として「情報局」「内閣情報局」という二つの名称が混乱して使われているように思えます。

さて、私が初めて情報局という組織の名を目にしたのはいつ頃のことだろうかと思い返してみました。
そう、確か『音楽芸術』誌に連載された「日本の作曲界の半世紀」という連載で読んだ座談会記事だったと思います。この連載は秋山邦晴氏の力作で、第1回が1974年1月号に始まり、最終回にあたる第49回が1978年12月号で終わるという長期間の連載になりました。
その第30回あたりから後が、日本音楽文化協会ができる前後の話にあたり、秋山氏自身が「内閣情報局」という呼称を用いている箇所がありました。しかし他の箇所では「情報局」という表現が多用されているのですが、日本音楽文化協会のことを音楽文化協会といったりすることを思えば、同様に内閣情報局が正式な名称であるに違いない、それを略して情報局というのだろうと私は早とちりしたのでした。
もう一つ責任の重い図書があります。それは中島健蔵の『昭和時代』(岩波新書 1957)で、この図書で中島氏は「内閣情報局」と使っています。同時代を生きてきた人の証言ゆえに、私はこの言い方が正しいのだと安易に考えていましたが、実はそう決め付けてはいけなかったのです。同時代を生きた人ゆえの思い違いというものもあるのですね。

そのことを教えてくれたある図書があります。資料のことは知人が教えてくれたのですが、初めて聞いたときはわが耳を疑いました。もう、だいぶ前のことになります。そして残念ながらその当時のメモはすでに紛失してしまい、8月4日に国立国会図書館に出向き調べなおしてきました。
その資料が井上司朗の『証言・戦時文壇史 ― 情報局文芸課長のつぶやき ―』(人間の科学社(シリーズ 昭和裏面史 2) 1984)です。
当時、井上さんは情報局に在籍していたそうで、私は次の箇所に注目しました(p.8)。
内閣情報部の機構、官制は、無比の法制通だった横溝氏の知的創造物で、主たる目標を各省の情報宣伝の連絡調整に置いているところに、陸海軍、特に陸軍の独走をつよく阻止する狙いがあり、しかもそれが有効に作動した。然るに昭和十五年二月、この優秀な横溝氏は、岡山県知事に敬遠され(形は栄転)その後、一挙に陸海軍内外務省の出先機関に(中略)の統制官庁「情報局」に変容した。それは主として陸軍と内務省の主導による。内閣情報部の官制は実によく出来ていて、この役所を「総理大臣の監理(監督より遥かに強い)に属す」と規定し、総理に強い責任を負わせることにより、逆に情報部は総理に密着して、「行政各部の統一を保持する」という総理の職分を補佐する義務を生じ、従って、情報官は一帯となって総理のブレインの役を担った。この小粒強力な内閣情報部が単なる「情報局」に拡大された途端、文字通り「内閣」との直通路線を喪い、総裁すら閣議に出られない大変な地盤沈下―格下げを、陸海軍外各省からのりこんできた部課長達は、ポスト争いに夢中になり、誰にも気がつかず、ただ私達内閣情報部時代からの情報官のみが、そのことを肌で感じとっていた。特に私など、こんな格下げの情報局と情報官なら、何も将来を約束された民間のエリートコースを離れてくる意味はなかったと思った。
序だからいうが、中島健蔵の如きは、あれほど衒学的なのに、内閣情報部と情報局との前記のような非常な質的差異にまるで無知で、その著書にも到る所で「内閣情報局」などといっている。「情報局」はあっても、「内閣情報局」なんていう役所がないことは、環境庁はあっても、内閣環境庁などという役所がないのと全く同断だ。覚えておき給え(この頃、中島健蔵、まだ健在)。

(小関注:横溝氏とは、横溝光暉初代内閣情報部長のこと)

著者・井上氏は平野謙、中島健蔵、長与善三については良く書いていません。そうした思いが文章の中にもきわめて露骨に読み取れる本です。でも今はその点は横に置きましょう。
初めてこの箇所を読んだ時は驚きましたが、同時に人間関係のどろどろとした恨み節という性格が強く感じられるこの記述を、即座に信頼していいものかどうか、疑い深い私は迷いました。
そして、手間はかけたくなかったのですが、私はあることを始めました。
(この項、つづく)


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