陶芸エッセイ 6  唐津の師匠の工房でのこと。

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第6回

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        連載第6回  「お嬢さんのCカップ」  ('99年/3月掲載)       
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  「お嬢さんのCカップ」                           

 縁あって、櫨ノ谷(はぜのたに)窯、吉野靖義さんのところで教わるようになって三年になる。東京に帰らない週末は、できるかぎり都合をつけて通っている。電車、バスを乗り継いで、最後は徒歩で山道を登って二十分。片道三時間半の道のりだ。

 吉野さんは伝統的な唐津焼きの方法を守っている人で、山から掘り出した荒土を水簸(すいひ)せずそのまま使い、釉薬にする木灰は庭で燃やして作る。初対面の時の剛毅な印象は変わらず、作品にも人柄が現れている。窯祭りの時など機会あるごとに購入した器が食器戸棚に増えてきた。「買わなくていいよ、自分で作りなさい」と言われるのだが、食器としての適切な形や重さを自分の手で覚えたいので譲ってもらって使っている。

 身近に置いて使ってみると、また新しい発見がある。独特の豪胆な作行きの中に、チラッと見える小粋な曲線。僕の作る器にはない、色気のようなものを感じたりもする。

自作の器と混ぜて使っているが、スーパーで買った惣菜でもパックから移し変えるだけで、だんぜん美味しくなる。テーブルに並べ始めると、これから食事をするのだという気合が入る。一日のうちで、気持ちを区切る儀式のようなものを大切に思うようになってきた。

 吉野さんの工房では、ロクロの技法、釉薬の調合、道具の作り方などを教わっている。ときには登り窯に薪を投げ入れたりという、手伝いだか邪魔だか分からないことまでさせてもらえるのが楽しい。

 ある日の昼下がり、工房に続く展示室にふたりの来客があった。吉野さんはかなり長いあいだ応対していた。ときおり若い女性の弾んだ声が聞こえてきた。やがて晴れ晴れとした顔で工房に戻ってきた吉野さんは、こんな話をしてくれた。

 お客さんは福岡の人だった。就職が決まって上京を控えた娘さんと、その父親。都会で一人暮らしを始めるにあたって、新しいコーヒーカップが欲しかったそうだ。自分の生まれ育った九州の土でできた焼きもの。そのなかで、唐津焼きと決めた。お父さんが運転手役を務めての窯元めぐり。朝早く出て、半日かけて方々まわってみたが、気に入ったものが見つからなかった。諦めかけた帰り道。国道に出ていた窯元の看板が目にとまって、山道へとカーブを切った。「ここになかったら、諦めよう」そう話しながら登ってきたそうだ。

 「こんなのが欲しかったんです。イメージしてたとおりです」本来はスープ用のカップとして作ったものだったが、娘さんは気に入って求めていった。

 「嬉しいねえ、お嬢さんの門出を自分の作ったもので応援してあげられるというのは。もの作りをする者にとって、そういうのはうれしいねえ」
吉野さんは続けた。「タダであげてもいいんだけど、そういうわけにもいかんから・・・」

大学を卒業したばかりの若い女性が、新生活を始める自分のために伝統の焼きものを求める。九州の焼きもの文化の層の厚さを思った。いまどきのお嬢さんが器に託する気持ちのあれこれが想像された。

 僕が東京で一人暮らしを始めたころには、どんな器でコーヒーを飲んでいたんだろう。思い出すこともできない。器のことなんか気にも留めていなかった。食事にしても、スーパーのパックをそのままテーブルに出すのが、何となく都会っぽくて合理的とさえ思っていたのだ。

「あのお嬢さんなら、東京でも大丈夫だよ」吉野さんは、いささか強引とも言える断定をした。なにが「大丈夫」なのか僕にはよく分からないが、少なくとも「大丈夫でない」ような事態に立ち至っても、お父さんと買いに行ったカップは「ちょ、ちょっと待って・・・」と食器戸棚に仕舞うなどして、見て見ぬふりをさせてあげるくらいの、しっかりとしたお嬢さんであろうと僕は想像した。なにしろ顔もしらないのだから仕方がない。

 ふたりがクルマで帰った道をぶらぶら歩いて下りた。器を求める小さな旅で、水入らずの時間が持てたふたりのことを思った。娘さんはクルマの免許を持っていて、そのうえでお父さんに甘えたのだろう。そんな気がする。

あ、タイトルの「Cカップ」は、もちろんコーヒーカップのことです。ちょっと大ぶりですが・・・、他意はありません。




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