陶芸エッセイ 5  それは長い長い一日だった。

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第5回

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        連載第5回  「ザ・ロンゲスト・デイ」  ('98年/12月掲載)       
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  「ザ・ロンゲスト・デイ」                           

 初入選以来、三年続けて日本伝統工芸展に入選するという夢は果たせなかった。三年連続入選して、栄えある「日本工芸会・正会員」になるんだ(じつは、この思いこみ自体に大きな誤解があったことが、のちに判明した)と、意気込んでいた夏が終わった。

 本業の広告の世界には、東京コピーライターズクラブという会員組織がある。主催する広告コンテストに応募して新人賞を取ると資格を得るのだが、駆け出しのころは会員になりたくて仕方がなかったものだ。先輩の原稿を見て、「やはり会員の書くコピーはすごい」と感心したり劣等感に打ちひしがれたり。
三十代に入って会員になったが、さて何が変わったか。何も変わらなかった。しいて挙げれば、新しく出来たカフェバーのダイレクトメールが届くようになったくらいのものだ。
ただ、後になって考えてみると、やはり変わったのかなという気もする。以前は、「コピーライターです」と名乗るのに、なんとなく気恥ずかしさを感じていたが、いつのまにかその感覚が消えていた。

 「日本工芸会・正会員」も、じっさいに会員になってみれば同じようなものかもしれない。急にロクロがうまくなるわけでも、釉薬の発色が良くなるわけでもないだろう。ただ、自分の表現する世界がある水準に達したと認められることで、自信にはつながるはずだ。自分の感覚に、今よりも素直に従えるようになるだろうと思う。

 さて、入選者が新聞発表された当日。新聞社側の「事故」も手伝って、僕にとって「ザ・ロンゲスト・デイ」になった八月二十九日(土)の模様をドキュメントで綴ると以下のようになる。

>5:00AM 起床。すでに千葉の自宅には新聞が届いているだろう。地方版に入選者の名が掲載されているはずだ。コーヒーを入れて、心の準備を整えて妻の起きる時間を待つ。


6:10AM 覚悟を決めて、自宅に電話。ゴミを出しに行って、いま新聞を取ってきたところだという。「これから見るから・・・」。ずいぶん長い時間待たされたが、県内版のページのどこにも入選者発表の欄がないという。それまで正座して宣告を待っていたのだが、しびれてきたので膝を崩す。募集要項を取り出してみるが、多子化に今日の地方版で氏名を発表するとある。どうなっているのだろう。

6:50AM 朝日新聞千葉支局に電話。「はい、載ってません」泊まりの記者と思われる人物のそっけない返事。載っていないから電話しているのである。食い下がると、「今日の紙面を担当したデスクがいないので分かりませんねえ。明日か、あさっての朝刊には載りますから」

7:00AM 福岡県はどうだろう。コンビニに自転車を走らせる。地方版を開くと氏名が載っている。初入選を果たした西鉄バスの運転手さんの笑顔が写真入りで紹介されているではないか。

7:30AM 朝日新聞西部支社に電話。学芸部の女性が出る。こちらで分かるのは、福岡県の入選者だけとのこと。親切な方で、千葉の様子を連絡してくれるという。

7:40AM 「千葉は記事を落としてました」との説明。「調べてお知らせしましょうか」「いえ、いいです。怖いですから」「よかった、わたしも結果を言うの怖いですから」

9:00AM 千葉支局に再TEL。さっきとは様子が違っていた。「あちこちから問い合わせが入ってます。すみません」少なくとも、「あち」と「こち」の二件は僕からの問い合わせである。「明日の朝刊にはぜったい入れます。すみません」「陶芸部門の入選者だけでも分かりませんか」配信されたはずのリストを探してくれたが、「やっぱり見当たりません。午後にはデスクが出てきますから・・・」

1:45AM 千葉支局に再々TEL。デスク出る。「入選者、分かってますから、お名前を頂ければ」「いえ、ないと言われるのはつらいですから」デスクは陶芸部門入選者の全氏名を読み上げてくれた。「・・・以上六名です」「ありがとうございました」

3:20AM 正会員の資格は本当に「三年連続入選」だろうか。疑念が浮かび、一度だけお会いしたことのある佐賀県の正会員に電話を入れる。「連続じゃないよ。四回入ればいいんですよ。2回入ってるなら、大丈夫、また入りますよ」「審査員の顔ぶれに合わせようなんて、くだらないことは考えないことですよ。やってて楽しくないからね、そういうのは」


 落ち込んでいたのは、一時間半だけだった。連続でなくていいとなると、好きなものをじっくりやればいい。アドバイスのとおりだ。目標にはなっても、正会員になるのを目的にするのではつまらない。

 こういうとき気分をかえるのにいいのは散財である。ほしかったコンパクトカメラを買うことにした。中古専門のカメラ屋(散財というのも気が引けるが)まで自転車をとばした。家に帰って、最初の一枚でセルフポートレートを撮った。徳川家康が若かりし時、負け戦から帰った惨めな姿を絵師に描かせたという故事に倣ってみた。さて、どんな情けない顔の写真があがってくるか、ちょっと楽しみである。




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