陶芸エッセイ 4  陶芸のための風変わりな小道具とは?

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第4回

津田沼 陶芸教室 TOP > 「やきもの扮戦記」再録 > 連載4回

        連載第4回  「電子蚊取りにできないこと」  ('98年/9月掲載)       
........................................................................................................................................................................................................

  「電子蚊取りにできないこと」                           

 単身赴任中の自称「工房」に、様々な小道具が増えてきた。陶芸用品の店で買った一般的なもの、自作のもの、そして中には風変わりなものもある。

 まずは、傘の骨で作った削りカンナ。適当な長さに切って、先をカナヅチで叩いて平らにしてから、直角に曲げたもの。文様ぎわの掻き落としなどの細かい作業にはうってつけだ。傘は徒歩通勤の帰り道で調達した。ガードレールに立てかけてあったものを頂いたのだが、いや、見かけたその日に持ち帰ったわけではない。二日たっても同じ場所にあったので、手にとって開いてみると、骨が一本折れていた。捨てたものと解釈させていただいた。

 半乾きの粘土に文様を彫る竹ベラも手製である。会社の会議で弁当として出た「富山の押し寿司」。蓋の押さえとして使ってあった、割り竹の先を削ったものだ。

 釉掛けした上から、さらに別の釉を薄く掛けてニュアンスを出すのにいいのが、手動式の殺虫スプレー。殺虫剤のかわりに釉薬を入れて、シューシューやる。霧吹きよりもムラなく掛かって、使い勝手がいい。ひとむかし前にはどこの家にもあったのに、手に入れるのに苦労した。

「今はもう置いとらんとですよ」
田舎の薬屋さんにはあるだろうと、遠出する機会があるたびに声を掛けてみたが、返ってくるのはこんな答えばかりだった。

「使い捨ての便利なのがありますよ」と、文明の利器をわざわざショーケースの上に並べてくれたり、「何が出ましたか?」と虫の種類をたずねられたり。
「いや、虫が出たわけではなくて、陶芸用に・・・」
「ほう、陶芸にどう使うんですか?」
この店にはないと分かっていながら、長々と説明するハメになる。

 都会では売っていないものと決めてかかっていたが、けっきょく手に入れたのは、僕のマンションのすぐ前にある薬屋さんから。カゼ薬を買いに行ったついでに聞いてみた。

「夏の間はありましたけど、ついこのあいだメーカーさんが引き揚げていって・・・。まだ倉庫の方には行ってないと思うんで、聞いてみてあげましょう」
 二週間後、探し求めた愛しの「フマキラー・SPRAY」は、ついに僕のものとなった。「MADE IN INDONESIA」と刻印されたスプレーは、定価八百円であった。

 粘土に布目をつけるのに使うのは蚊帳。漆(うるし)工芸用に市販されている麻でできたものを使っている人が多いが、細かい布目のしっとりした風合いが好きなので、木綿の蚊帳を使っている。郷里の実家から送ってもらおうと、母親に電話を入れたときの会話がおかしかった。
「マンションの十階でも蚊が出るんかね。九州の蚊は元気がいいんねえ」
唐突な依頼に対する反応としては、無理もなかった。

 木綿の蚊帳は糸が細いので、すぐにほころびが出る。小さな穴なら味わいになるが、ぽっかり開いてしまうと、もう使えない。残り少なくなってきたので、会社の同僚の何人かに蚊帳の心当たりはないか尋ねてみた。契約社員の若い女性が、「おばあちゃんちにあったから・・・」と電話してくれた。

「おばあちゃん、わたしやけど、蚊帳ば持っとらん?」
ふだんはおくびにも出さない、バリバリの博多弁がとび出した。みごとなバイリンガルぶりには感心したが、肝心の蚊帳は一年前に「燃えるゴミの日」に出されてしまっていた。

 そのあと社内メールで支社の全員に問い合わせてみたが、「ウチにある」という返事はなかった。しかし、蚊帳を素材にしている人形作家がいるという朗報があり、電話で失礼かとは思ったが、蚊帳の入手先を尋ねてみた。材料は買っているのではないとのこと。個展を開いたときに、「家で眠っている蚊帳があったら譲っていただけないか」と声を掛けたら、たくさん集まったそうだ。「お困りなら」と、一張りを思いがけず送っていただけることになった。届いた蚊帳には丁寧な縫いかがりが施され、大事に使われていた様子が偲ばれた。素敵な人形に生まれ変わると信じて提供した蚊帳が、陶芸に使われていると知ったら、さぞやがっかりすることだろう。申し訳ない気持ちで大切に使っている。

 蚊帳(木綿でも麻でもけっこうです)をお持ちの方、こんどのゴミの日に出そうとおもっていらっしゃるのなら、ぜひ譲ってください。

 蚊帳にもぐり込むときの、不思議な安らぎの別世界にはいってゆくような感覚が、僕は大好きだった。あれは胎内回帰のようなものだろうか。




津田沼 陶芸教室 TOP | 受講コース | 短期コース | 陶芸体験レッスン | 教室紹介 | お問い合わせ&地図