陶芸エッセイ 連載39 「織りの工芸家を訪ねて」

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第39回

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     連載第39回  「織りの工芸家を訪ねて」  ('07/6月掲載)     
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つくる陶磁郎 連載第39回 「織りの工芸家を訪ねて」」

 個展まで、すでに二ヶ月を切った早春の朝。僕は羽田から沖縄に向かう飛行機の中にいた。隣りのシートには妙齢の女性、それもかなりの美形・・・。なぜそんなことになったのか、まずは正月早々に聴いたラジオの話から始めなくてはならない。

 年が明けたら、四月のアタマに開く個展の準備に入らなければ間に合わない。二日から早朝起きを決行して、朝メシ前に工房でひと仕事すませる生活が始まった。あれは、たしか五日の朝のことだった。四時に起床して、目を醒ますためにコーヒーを淹れて、キッチンにあるラジオを点けた。NHKでインタビューを流していた。聴くともなしに聞いていたが、やがて傾聴になった。「生きていると思っているけど、それは時間をもらっているにすぎないんだと・・・」「いのちは、はかないけどつよい・・・」メモを取りながら拝聴することになった。工芸が連れて行ってくれる、精神の高みを見る思いがした。沖縄に住む織りの作家との出会いだった。

ウエハラミチコの名を頼りにインターネットで検索して、ホームページに辿り着いた。迷惑かなと思ったが、こころに響いたことを伝えたくて、返事は要らないと添えてメールを送信した。
 翌日、メールが届いた。「母はパソコンが使えないので・・・」返信は、お嬢さんからだった。「プリントアウトして見せます」とあった。まだ若い人だろうが、しっかりした文面に感心して、さらに返信した。それに返事があって、とまるでメル友のような遣り取りになった。

 それからしばらくして、僕が社外編集委員という形で関わっている雑誌の編集長から連絡が入った。次の号の企画で、何かいい記事になるプランはないかーー(※二文字分続ける)。僕は、上原さんのことを話した。「寒いから、沖縄に行きたいなぁ」と余計なことまで口走った。しかし、決まってしまったら、取材に行き、そのあとで記事を書くことになる。個展の準備はどうなるのだ。大きな不安が脳裏をかすめた。そういうときに限って、話はトントン拍子。二週間後の沖縄行きが決まってしまった。いつかは会わなくてはいけない人、と決めてはいたが、こんなに早くその機会が訪れようとは。

 編集室に顔を出すと、「ひとりで行く?ふたりで行く?」と編集長は思わせぶりなことを言う。すでに話がついているのだろう、初対面の編集部員のTがニコニコしている。取材に専念してもらうために、もろもろの手配などやってくれるという。僕に異存のあろうはずがない。うれし過ぎる顔にならないよう気をつけたつもりである。かくして、僕は麗しい女性を伴って沖縄に行くことになった。別にやましいところはないのだが、妻にはふたりで行くとは話さなかった。わざわざ、よけいな心配をさせることはない。ウソだと勘ぐる人は、出て来なさい!

 上原さんの工房では、まず糸から見せていただいた。生きた繭から自分で引いた糸を、自宅の庭に植えた琉球藍や、月桃などの草木で染める。自分の求める色を出すために、高温で染めることも試みたことがあったが、糸が毛羽立った。「肝心の糸を痛めてどうするんだ・・・」と、低温や常温での染めに変えたそうだ。彼女が使う糸は、1000メートルで3グラムという、常識をこえた細さ。「世界一薄い布を織る」と言われる上原さんの原点になったのは、夏の朝、家族と一緒に見たセミの羽化だという。いのちのみずみずしさへの感動が、創作のモチーフになった。そして、繭からもらった素材の美しさを損なうことなく、まっすぐに布に織り上げるやり方だった。

 僕はこれまで、素材である粘土のことを深く考えることが少なかった。素材を生かしきったところに工芸の美は宿る。上原さんの姿勢から、そのことをあらためて教わることになった。
 お嬢さんとも対面できた。現在、織りの猛勉強中らしく、好奇心の旺盛さが、くるくると良く動く大きな瞳に現れていて、勢い込んで話してくれるお喋りを聞いているだけでこちらの顔がほころんだ。

 取材を終えて、沖縄料理の店で舌鼓を打ち、泡盛でしたたかに酔った。常連客の弾く三線(さんしん)に合わせて、渡されたカスタネットのような三板(さんば)を叩いた。店の客から踊れと囃されて、楽しそうに踊っていた・・・そうである。酔う前に、編集部のTに話したことは良く覚えている。「Tは、中身は男の子だなぁ」カラッとした気分のいいヤツ、という意味で、褒めたつもりなのだが・・・。あれは、セクハラにあたるのではないだろうか。

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★取材記事は、博報堂発行の「広告」6月号に掲載。タイトルは、「上原美智子の布は、なぜこころを動かすのか」
★つくる陶磁郎37号の「書いてみる気はありませんか」で触れた、僕の処女作の小説は、新潮社の携帯サイトで、5月15日から連載が始まります。アクセス方法は http://shinchosha.co.jp で。


※ 日付は連載時(2007年)のものです。



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