陶芸エッセイ 連載35 「タタラ製造機」

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第35回

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     連載第35回  タタラ製造機  ('06年/5月掲載)     
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連載第35回「タタラ製造機」

 この二か月ほど、ロクロに触っていない。タタラで作るものばかりやっている。絵を入れる空間が大きく取れるから、板皿など、以前から作りたいと思っていたが、なかなかうまくいかなかった。乾燥させる途中で底が持ち上がったり、形が歪んでしまって手を焼いた。

陶芸をやっている知り合いの何人かに、いい方法はないか尋ねてみたりもした。名人は、「乾燥のとき、魚を焼くようりょうで、こまめにひっくり返すこと」。達人は「タタラにしたあとは、できるだけ粘土に直接さわらないようにすること」。はたまた、鬼才は、「菊練りした粘土は、スライスする前にひっくり返さないこと」。その理由をきくと、どれも、なるほどと思わせられた。すぐに試してみたのだが、アドバイスどおりやっているはずなのに、やはり歪みが出た。

 一度会って、すっかり忘れていた男のことを思い出したのは、そんなときだった。僕の本を読んだが、できれば会って話ができないか、というメールをもらった。断ろうかと思ったが、会社勤めを辞めて、ちょっと人恋しくなっていた時期だったので、駅前の喫茶店に来てもらって一時間ほど話をした。陶芸にハマり、ある官庁の技術技官を辞めたとのこと。ああ、陶芸おそるべし。自分のタタラ製造機が要らなくなったので譲ってもいい、という話も出た。そのときは、大げさな機械で作るというのに抵抗があって、それ以上のことは聞かなかったが、これだけやってうまくいかないなら、機械の力を借りることにしようか。メールを入れてみると、まだ機械は手元にあるそうだ。それなら、と工房に出向くことにした。

 クルマで一時間半ほどの、彼の工房を訪ねた。値段を事前に決めておきたかったが、「まぁ、見てもらって決めてください」というばかりで、少し不安を抱えての訪問だった。タタラ製造機は、新品同様。いくらでいいのか、と聞くと、「いくらでもいいです」と繰り返す。ふたりで僕のワゴン車に運び、すでにハッチバックも閉めてしまった。このあと交渉が決裂したら、工房に戻すだけでもめんどうだ。

「ところで、いくらで?」「林さんの言い値でいいです」この期に及んで、それは困るのである。陶芸機材を中古で買った経験はない。新品の何割くらいが妥当な値段なのか、見当がつかない。「いや、ほんとに帰れませんから、そちらから」彼は、困った顔をしたが、「じゃ、半値ということでどうでしょう。15万で買ったから・・・」「じゃ、8万円で」「ありがとうございます」どうして僕は、こういうときに、気前がいいのだろう。給料生活者ではなくなって、台所事情が厳しいのに、5千円をみすみす損したじゃないか。

 じつは、そのあとが大変だった。工房に持ち帰って、すぐに試してみた。上下2本のローラーのあいだに粘土を挟んで、手動でハンドルをまわすという、いたって簡単な構造の機械。付属品として、コンパネの板にキャンバス地を貼ったものが付いていた。これに粘土を載せて、ハンドルを回せば、タタラになった粘土が出てくるはず。やってみると、ハンドルが異様に重い。力を込めて回すと、パキパキと板にヒビが入る音がする。柔らかい粘土に変えてみたが、大差なかった。続けていると、ローラーをつないでいる歯車の歯が、ピシッという音とともに折れた。ローラーがガタついて、波打ったタタラ粘土が出てきた。

 福山市にある、製造元の会社に電話を入れた。「歯車の歯が折れるというのはめったにないんですよ。学校で子供たちが固まった粘土を通そうとしたり、ムチャをして折れることはありますが・・・・」そんなことしてないのに、折れたんです。中古で買ったから、強いこともいえず、低姿勢で相談するしかない。親切に応対してくれたが、問題箇所は不明だった。疑惑が、ムクムクと頭をもたげた。欠陥品をつかまされたのか?中古品なんか買うんじゃなかった。5千円のご祝儀まではずんで、バカじゃないかと後悔した。

「交換部品は・・・、千葉県なら、陶芸機材のタチバナさんを通して注文してください」メーカーの人は、そういった。タチバナさんなら、付き合いがあった。部品の在庫があって、すぐに来てくれた。「歯車が折れるなんて、聞いたことがないなぁ」タチバナさんは、さかんにアタマをひねりながら、歯車を交換した。翌日、また歯が折れた。展覧会の出品が迫っていたから、かまわず続けたら、5つのうち、ふたつの歯車がぼろぼろになって、ハンドルも動かなくなった。

ふたたび、タチバナさんに、SOS。再度の歯車交換のあと、「試しに、やってみてください」という。いつものように始めたら、彼が声をあげた。「え、なんで粘土の上にも板を載せるんですか?」僕はなんの疑いもなく、キャンバス地の板の上に粘土を置き、その上に布を敷いて、さらにコンパネの板を載せてやっていた。粘土を板でサンドイッチするのだと思い込んでいた。「それじゃぁ、折れるだろうなぁ」正しい方法は、下から「キャンバス地の板+粘土+帆布」の順だった。

 思い込みとは、おそろしい。会社勤めしているころに、似たようなケースがあった。後輩の話である。彼は、和式のトイレは前後を逆にしたほうが合理的なのでは、とひらめいた。日本人が誰も気付かなかったことを発見して、彼は興奮して同僚に話した。ところが、相手は感心してくれない。
「逆にすれば、キンカクシにおシリがくっついて冷たい思いをしなくてすむし・・・・」
「おまえ、・・・・逆にしゃがんでるのかよ」
同僚に指摘されるまで、彼は疑うこともなく続けてきたのだった。誰にも見られず、ひとりで作業していると、ときに、こういうことが起きるのである。

 名誉のために付け加えると、彼はいわゆる「帰国子女」で、大人になるまで和式のトイレとは縁がなかったそうだ。



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