陶芸エッセイ 連載33 職住接近の生活

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第33回

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     連載第33回  職住接近の生活  ('05年/11月掲載)     
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連載第33回 「職住接近の生活」

 工房までは自宅マンションから歩いて10分。行き帰りに、コンビニに立ち寄ることがある。店で働くアルバイトの若者たちのことで、最近あることに気がついた。]

釣銭を渡すさいの、手を離す位置がかなり高い。受け取ろうとして出した手の平の上、3センチから5センチのところで釣銭を離す。チャリンと手に落ちるわけだが、なんだか感じが良くない。たまには手の平にキチンと置く若者もいるが、そのことをうれしいと感じるくらい珍しい。あるいは、こんなこともある。こちらが手を出して受けとろうとしているのに、カウンターに置いたりする。まるで意地悪されているようで、出した手のやり場に困ってしまう。
「手を出して待ってるんだから、手に置いてくれないかなぁ」と、財布を片手に苦労して拾い集めながら言わなくてもいいことまで口にすることになる。「釣銭の渡しかた」などというのは、マニュアルとして教えていないせいだろうが、こういうことも接客マナーとして身につけてもらいたいもだよなぁ。

 彼ら彼女たちのぞんざいな態度の原因を考えていて、そうかそういうことかと合点した。親のしつけでも、コンビニの教育でもなく、原因は僕の服装にあるのではないだろうか。工房で泥だらけになってもいいように、できるだけ着古したものを選んで着ている。ズボンはすそがほつれているし、シャツは襟や袖がすりきれている。ボタンがひとつふたつ取れているのを羽織ることもある。それに粘土がついたり釉薬の飛沫が飛んで、家に戻るころにはかなり汚れてしまう。おまけに、3、4日おなじものを着てしまったり。

妻の怠慢のように思われると困るので、あわてて説明しておくと、妻に罪はない。「1日着たら洗濯物のカゴに入れてよ」と、いつも言われている。僕は、何日か着てごわごわしなくなったのが嫌いではない。むしろ、そういう身体になじんだときのほうが好きだ。会社勤めしていたころは、好きだからといっても着替えないわけにはいかなかったが、工房で終日ひとりで過ごすぶんには、なんの不都合もない。その日着たものを見つかると洗われるから、いつも背負っているデイバッグの中に隠したりする。

コンビニの若者たちは、自分にも覚えがあるが、清潔すぎるくらい汚れに敏感な年頃だから、無精ひげも伸びたそんなおじさんの手にできれば触りたくないだろう。それがあの釣銭の渡しかただと考えれば、なるほど腑に落ちるのである。

 そのあと、小ぎれいな服を着るようになったかというと、あいかわらずのまま。変わったのは言葉遣いだろうか。無意識のうちに「つかぬことをうかがいますが・・・」というような口ぶりになったりする。「ボロは着てても、こころはニシキ」というのを、それとなく示したいのではなかろうか。

 角皿を作るのに、タタラにした粘土に敷く布が必要になった。買ってもいいが、新品を使うのは気がひける。僕は商店街のあちこちに立ててある幟(のぼり)に目をつけた。郵便局の植え込みには「年賀状配達アルバイト募集」の文字がはためいている。どうせならこういう縁起の良い布の方が、仕事にも気合が入りそうだ。窓口ヘ行った。

「つかぬことをお伺いしますが、期間が過ぎて不用になったものはいただけないでしょうか」こういう場所では、なおさら言葉があらたまる。窓口の人は総務部に電話してなにやら話してから戻ってきた。「使わなくなったら廃棄するんですが、一般の方にはお譲りできないそうなんです」イッパンの方・・・けっこう気に障る言い方で、ボロを着ていればなおさらのこと。イッパンじゃなくて「お客さま」でしょうが。そんな言葉を使ってるから民営化が支持されるんじゃないの?と出かかるのを飲み込んで「わかりました、ありがとう」と明るく挨拶した。

 次に向かったのが、賃貸アパートの幟が林立している不動産屋さん。「会社の名前が入っているんでお分けできないんですよ」と、丁重に断られた。べつに、工房の土地に立てて分譲を始めようというのではないのだが。
3軒目の紳士服のチェーン店でも断られて、けっきょく、駅前の趣味の店で布地を買った。810円だったからさほどの出費ではなかったが、どうせ泥だらけになる布なら廃棄処分されたものでじゅうぶんだし、心置きなく使えるのにと思った。

 布地を入れた袋をさげて自宅マンションに戻ると、エレベーターの前で住人と一緒になった。新しく引っ越してきたのだろう、母親と5歳くらいの少女に面識はない。目がクリクリとした、なんとも可愛らしい女の子で、動き出したエレベーターの中で母親におもわず声をかけてしまった。「むちゃくちゃかわいいですねぇ」こういう大げさで軽薄な言いまわしは、広告代理店時代のクセが直っていない。母親の顔が一瞬こわばり、少女を自分の方に少し引き寄せたように見えた。

 洗濯したての服はごわごわして好きではないのだが、少しはましな服を着て家を出て、工房で作業着に着替えた方がよさそうな気がしている。



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