陶芸エッセイ 連載31 『週末CMプランナー』になりました!

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第31回

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     連載第31回  『週末CMプランナー』になりました!  ('05年/5月掲載)     
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 連載第31回 「『週末CMプランナー』になりました!」

 新春の個展が終わったと思ったら、広告の仕事が舞い込んで、週2回くらいのペースで広告代理店に通うことになった。

ほぼ2年ぶりのCMプランナー業再開である。自分としてはギョーカイから足を洗ったつもりも、陶芸一本に絞ったつもりもなく、声を掛けてくれれば広告の仕事もしたいと思っていた。しかし、「夢を実現するために、CMプランナーを捨てて陶芸家になった」という噂が蔓延してしまったようだ。友人知人たちに「言ってくれれば、手伝いよ」と声を掛けても、「センセイ、またまたぁ」などと冗談にしか取ってくれない。陶芸をやる時間を増やしたいために退職しただけで、プランナーをやめるなど宣言した覚えはない。定年を迎えた先輩のお祝い会では、知らないうちに発起人の一人にされていて、その肩書きが「陶芸家」と書かれていた。広告業界にこんなものを回されたら、追放と同じことではないか。

 仕事の話は、思わぬところから来た。得意先で出会うと身を堅くして身構えていた「敵」の広告代理店からだった。介してくれた人の話では、長期的な仕事で、若手のプランナーたちの原稿チェックだそうで、それなら在宅でパソコンでできる。あとは、週2回ほどの会議。内容も面白そうだった。

 顔合わせのために初めて出向いた「敵の本丸」は高層ビル群のなかに聳え立っていた。見上げると、ほんとうにのけぞりそうになった。ピカピカの広大なフロアの真ん中に「受付嬢」たちが並んでいる。いつも泥だらけの服で地べたを這いずり回っている僕は、天空の城の入口であきらかに気後れしていた。なにしろ、きれいなお姉さんたちが集団でいるというのを見るのは久しぶりなのだ。「こんな生簀の中に閉じ込められていたんじゃ、ふだん若鮎を見ることもないわけだ」と妙な納得もした。エレベーターに向かうゲートでは、社員たちが、首に下げた自分の認証カードを機械にかざしてさっそうと入ってゆく。僕は受付で用紙をもらって、面談相手の部署と名前を書いて渡す。電話で確認後、来客用のカードを渡され、それを首からぶら下げてゲートを通る。辞めてからは顔を出したことはないが、僕の働いていた会社も今では同じような警備がなされているのだろう。

 担当者との面談では、最初でしくじった。「そんなに時間を取られないなら、やってもかまいません」と思わず本音が出てしまった。彼が表情を曇らせたので「いや、面白そうだからぜひやらせてください」と、あわててかしこまった。彼は、僕が陶芸をやっていることを知っている。「ええ、できるだけ本業のほうに差しさわりのないようにしますから」と言ってくれたのでホッとした。そのあと、最近のCMについて談笑して別れた。

 翌日には、部長さんに引き合わされて名刺交換した。僕の名刺には肩書きがない。住所の前には、「書斎・工房」という、ビジネス・パートナーとして信用できそうもない文字が印刷してある。こういうインテリジェント・ビルの応接室で交換すると、名刺の主がいかにも浮世離れした人間に見えそうだ。「こんなヤツにウチの仕事を任せてほんとに大丈夫か?」と疑われて当然だ。僕もできることならCMプランナーの名刺を用意したかったのだが、話があったのが一昨日では仕方がない。部長さんのあと、そのまた上司の部屋にも連れて行かれた。その紳士は開口一番、恐るべき言葉を口にした。「崖っぷちなんで、力を貸してください」。聞いてないぞ、聞いてないぞ、そんなエネルギーのいる仕事だなんてことは・・・・。

 あれから二ヶ月。あらためて驚いたのは、広告業界の人たちの「夜型の生活」だ。明け方4時、5時に若手のCMプランナー達からの原稿がパソコンに送られてくる。「ちょっと遅くなりました」とメッセージが付いているときは、7時ごろだったりする。一方、僕の生活は完全に朝型だから、工房に歩いて行ってパソコンを開くと原稿が届いている。考えてみれば、夜型と朝型の絶妙なコンビネーションで、届いた原稿を眠らせておく時間のムダがない。こう直した方がいいというアドバイスを赤で書いて送り返す。訂正されたものが再び送られてくる。見落としていた箇所にふたたび手を入れて返送。下手をすると4回5回と繰り返すことになる。そうなると、彼らは睡眠時間を削ることになる。スタッフは30代が中心だから、自分のそのころの体力を思い出しながらも、そのタフさには目をみはるものがある。

 スタッフ全員と懇親会で飲んだときのことだ。今年の新入社員の女性が言った。「みなさんこんなに忙しくて、どうして恋愛ができるんですか?」。先輩たちを見ていての感想である。その昔、どうやって時間を捻出したかは覚えていないが、不思議なことに恋愛する時間はどこからか湧いてきていた。今も昔も、この業界の人たちはほんとうによく働く。当日も、メンバーの何人かは「会社に帰ります」と言い残して、終電に乗り遅れまいとする僕とは反対方向に消えていった。

 そんなとき、帰って寝るだけの身を少し後ろめたく思ってしまう。競争の世界を離れて二年。競争の中にいる彼らほど、僕は美しいものを作るためにエネルギーを使っているだろうか。



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