陶芸エッセイ 連載29 「個展騒動記」

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第29回

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     連載第29回  電話を待ちながら  ('04年/12月掲載)     
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連載第29回 「電話を待ちながら」

 その朝、僕は岡山の実家で電話が鳴るのを待っていた。携帯電話の表示は「圏外」。ケータイの電波にも汚染されていない、山の中の小さな村である。日本伝統工芸展の入選者が、きょう新聞紙上で発表される。朝日新聞の地方版にその県の入選者が載るから、僕の場合は千葉県版だ。それが見られない岡山になぜ僕がいるのか。理由はかんたん。新聞が配達されるのを今か今かと待つストレスに耐えられそうにないので、親孝行と称して実家に逃げて来たのである。

 妻には発表の日を伝えていない。教えれば、ダメならダメと電話してくるだろう。それを聞きたくなかった。目にとまって、入選していれば電話をよこすに違いない。落ちていれば、岡山に逃げたことから察してそっとしておいてくれるだろう。仕事に行くまえのあわただしい時間だから記事を見落とすことも考えられる。そこで、発表の日の午前中には岡山を発って東京に戻るという予定を立てた。これなら妻が見落としても、その日のうちに自分の目で確かめることができる。

 搬入してから入選発表まで一ヶ月。その間はなにか重いものが胸の中にあるようで落ち着かないのは毎年のことである。夏休みの宿題をかかえたままダラダラと遊んでしまう小学生のような生活になる。しかし、今年のようなストレスに見舞われたのは初めてのことだ。それには理由があって、今年入選すれば4回目、4回で日本工芸会の正会員になれるのである。

 陶芸教室に通い始めたのは、いまから12年前。それからしばらくして見に行った日本伝統工芸展には圧倒された。人の手がこんなに美しいものが作りあげることが信じられなかった。会社員を長年続けてアタマばかり使って仕事をしている身には、まったく違う価値観でできあがった伽藍を見上げるような気持ちにさせられた。主宰は日本工芸会。いつかこの会の正会員というものになってみたい。陶芸のほんとうの面白さを知るためにも、いつかそのレベルまで行きたいと思った。

 12年間の内訳を話すと、教室で3年。電気窯を持った単身赴任生活が5年。東京に戻って工房を持って3年。会社を早期退職してガス窯も備えて1年ということになる。初入選の幸運は思いがけないほど早く訪れた。電気窯を持った翌年には吉報が届いた。次の年も入選した。なんだ、これなら単身赴任を終えて東京に戻るときには正会員も夢じゃないぞ。ビジネス戦士にして工芸家というのは、これはかなりカッコイイいいじゃないか。しかしそれは甘すぎた。

 連続2回入選のあとは4年連続で落ち続けた。もう永遠に手が届かないのでは、とも思った。とつぜん募集のあった早期退職優遇制度に応じたことで、正会員になってから会社員を辞めるという心づもりまで皮算用に終わってしまった。しかしそれほどのあせりは感じなかった。辞める少し前から、自分の本当にやりたい方向性がかすかに見えてきて、落ち着いてそれをやってみたいと思い始めていたから。勤めをやめると、それまで細切れだった時間が1日単位で使えるようになった。それが何よりうれしかった。

 退職した去年は5年ぶりの入選。そして今年を迎えた。「正会員にリーチが掛かってますね」、と声をかけられることが多くなった。「去年が5年ぶりだったから、今度は5年後でしょう」言われるたびに明るく返してきた。自分にプレッシャーをかけないためで、内心は気が気ではない。ここで足踏みすることになると、自分のやっている方向に悩み始めそうで、それが嫌だった。 

洋画家で生前にいちどお会いしたことがある中川一政さんは「他人に評価されて得られるのは自信ではない。それは「他信」だ」と書いておられるが、僕はそれほど強くない。他信でもいいから「たいへんよくできました!」と言ってもらいたいのである。

 実家に逃げれば落ち着くかと思ったが、発表の前日には午前2時半に目が醒めて朝まで眠れなかった。午前中に村の鎮守の荒神さまにお参りして、大木の幹をなでると少し気持ちが落ち着いた。明日はいよいよ発表である。夕食のとき、酒をいつもより多めに飲んだ。寝酒もした。それでも3時前に目が醒めてしまった。

僕の床が延べてあるのは母屋とは別棟で、かつては父母の部屋だった。そして僕が生まれた場所だ。天井のシミも、掛けてある額も子供のときのまま。外の闇には生き物の気配が満ちているが、物音ひとつ聞こえてこない。空が白みかけて鳥がさえずり始めるころまで悶々としていた。

 5時になった。千葉の家にはもう朝刊が届いているはず。しばらくして朝食の準備ができたと母が起しに来た。両親とテーブルを囲んだあと、部屋に戻って縁側に腰をおろした。庭の苔に木漏れ日が揺れている。
母屋で電話が鳴っている・・・。受話器を持つととたんに大きくなる母の声が聞こえてきた。「きのうは3人でお寿司を食べに出て・・・・はい、おりますおります」妻からの電話に間違いなかった。



★林寧彦・第3回作陶展のお知らせ。
 会期 2005年1月10日〜15日 赤坂「乾」ギャラリー
 (港区赤坂3−8−8赤坂フローラルプラザビル2F 赤坂見付駅から2分 
 念願のやきものギャラリー・デビューです。



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