陶芸エッセイ 連載28 「個展騒動記」

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第28回

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     連載第28回  「個展騒動記」  ('04年/9月掲載)     
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連載第28回 「個展騒動記」

 2回目の個展が終わった。
準備を始めたときから搬入まで、僕の感情曲線はジェット・コースターのような変遷をたどった。あれもやろう、これも作ろうとワクワクしながら、「個展作品プラン」と題したノートにせっせと皿や壷のデザインを描き始めたスタート時。去年は会場が広く、とにかく数を作らなくてはという強迫観念で、けっきょく300個以上作ってしまった。会場に来た友人に「バザーみたいで、安物に見える」と忠告された。

今年は量より質を目指すことに決めた。それに新しい方向にも挑戦したい。手持ちの技ではないものに取り組むためにはテスト焼成を繰り返すことになる。はるか遠くに思えていた会期が視野に入るころになってあせり始める。テストばかりやっている場合ではない。テストも続けながら、それと並行して手持ちの技でも作品作りを始めなくては。

会期が一ヶ月先に迫るころには、これでうまく行くというテストの目途がついた。まだ時間はある。そこからどうやって過ごしたかは、よく覚えていない。電気窯に加えて、今年は新しいガス窯でも焼いた。慣れない窯で、2窯続けて還元がうまく掛からず、釉裏紅の紅が飛んで真っ白になって出てきたのには茫然とした。「窯焚きに失敗したため、個展は中止します」という案内を出すと楽になるな、と思いつめたりもした。

最初の意気込みはどこへやら、数が足りずスカスカの寂しい会場になることだけは何とかせねばと思う。最後の窯出しは、搬入の日の朝だった。焼きあがったものを眺めて、「こんなものだな、これが今の自分の限界だよ」と、自分なりの新しい試みも出すことができたことに納得する。疲労困憊で、初日を迎えることになった。

 接客というのは、なかなか難しい。せっかく足を運んでくださったのだから、何かひとことふたことでも言葉が交わせればと思う。お買い上げいただいたものなら、その人の生活の中に入ることになるのだから、折に触れて会話などが思い浮かぶことがあるかもしれない。思い出すと食事が不味くなるような会話は交わしてはならない。もともと接客に向いている性格ではないうえに、よけいなことを考えるからますます緊張してしまう。

初めての個展では、声を掛けるタイミングが分らず苦労した。おずおずと近づき、目を合わせるのが恥ずかしいから作品のほうを向いて声を掛ける。反応がないので見ると、その人は別の作品のほうに向かって歩いていたり。うわずった小さな声だから耳に入らなかったのだ。マジメな青年が勇気をふりしぼった末にタイミングを失してしまう、路上のナンパのようであった。

 それでもしだいに慣れて、「こんにちわ」と声を掛けられるようになった。笑顔が返ってくるたびにホッとした。驚いたのは、初対面なのにケーキやワインなどを持ってきてくださる人があったことだ。うれしさの照れ隠しに、「うわ、なんかタレントみたいですね」と冗談みたいなことを口にしてしまった。

さらに信じられなかったのは、御夫婦で見えた方のこんな会話が聞こえて来たとき。「カンナを持ってくりゃ良かったな、サインしてもらえたのに・・・・」いつも持ち歩いて思いついたことをメモしている小さなノートを開くと、その日のことをこう書いている。「今日のうれしさを忘れるなよ。当たり前のように感じてしまうようになったら、たぶんおしまいだぜ人間として」。

 一年後の今回は銀座の会場だった。本来は絵画のギャラリーで、やきものの個展は初めてだと言われた。足の便が良くて安い所を探したらそこになったわけで、別に銀座にこだわったわけではなかった。今回お会いできた方のいろんな顔が浮かんでくるが、圧巻は広島から来てくれた青年。リュックを背負った彼は、友達とのふたり連れだった。「コイツは広島から来て、とんぼ返りするんですよ」「え、このためだけに?」「ええ、明日は仕事があるので」中皿とお茶碗をお買い上げいただいたが、新幹線での旅費を考えるとなんだか申し訳ない気持ちになった。

最終日まで展示させてもらった皿を梱包しながら、この皿にそれだけの価値があるのだろうかと考えてしまった。ちょっと気に入っていたぐい飲みが残っていたので、「おまけです」と書いたメモと一緒に箱に詰めることにした。

 今回の個展では新しい展開もあった。老舗の陶芸ギャラリーのオーナーが会場に見えたのだ。案内を差し上げたら「うかがいます」との返事で、会期の間じゅういつお見えになるかとドキドキしていた。安心感のただよう、少しお歳を召した女性が現れたのは最終日だった。

会期が終了してしばらくして、赤坂のギャラリーを訪ねた。そしてなんとまあ話の弾んだこと。「もうスケジュールも考えていたのよ」年明け早々の個展がその場で決まった。僕の3回目の個展は、念願の「陶芸ギャラリー・デビュー」になります。プレッシャーで、また大変なことになりそうな予感。




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