陶芸エッセイ 連載26 「僕の神々

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第26回

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     連載第26回  僕の神々  ('04年/3月掲載)     
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連載第26回 「僕の神々」

 こうば(ルビをふる)には神棚がある。窯を焚くときには、お神酒、米、塩を供え灯明をあげて柏手を打つ。祀ってある神様はどなたですかと問われると、ちょっとばかり話は長くなってしまう。その前に、いっぷう変わった神棚についても少し説明をしなければならないだろう。

 この神棚の見た目は、大型の巣箱から出入り口の穴がある前面の板をはずした形、と思ってもらえればほぼ正しい。そんな神棚はもちろん売っていない。僕の手作りである。神棚の側面には、あろうことか「ワン様ウンチしないで」と墨痕あざやかに記されている。じつはこの板は、テレビにも新聞にも登場した由緒正しい代物なのである。

この板に出会ったのは、博多時代の徒歩通勤の道。家の塀に掛けてあった。飼い主にではなく、犬に直訴しているのがおかしくて、書いた主のことが色々と想像された。そんな折、公共マナーについての広告を提案するよう依頼があったので、「ペットのフン害防止」を呼びかける案を出したら採用された。この板と、書いた老婦人がCMと新聞広告に登場することになった。

出演交渉のために伺ったとき、自宅で開いている「身体を弛(ルビゆる)める体操」を勧められた。その後、一週間に一度くらい通った。「あなたの身体は、私が責任を持って良くしてあげる」と口癖のように言ってくれて、なぜか僕からは月謝を受け取らなかった。かんたんな体操で、効果を期待するというより話をするのが楽しみで通っていたが、長く苦しんでいた腰痛がすっかり消えてしまったのには驚いた。「元気で不思議なおばあさん」という印象なのだが、交通事故のリハビリのために通っている人からは、「先生は偉大な力をお持ちです」と耳打ちされた。
東京に帰任するとき、板をもらって帰った。撮影用に新たに書いてもらったのもあって、神棚の材料としては十分だった。

 さて、神棚に祀ってある神様のこと。あらためて眺めてみると、神仏混交どころではないほど多岐に渡っている。神社のお札もいくつかあるが、それは省く。中央には小さな祠(ルビで「ほこら」)の写真。僕の故郷の村の守り神を父がカメラで撮って送ってくれた。写真の前には、コナラの落ち葉が二枚。帰省して参拝したときに拾った。子供のときから見上げてきた大木から散ったものだ。

 そのほか、他人にはただの石ころにしか見えないものが並んでいる。しかし、僕にとっては大切な神々なのである。まず、「良寛さんの瓦」と呼んでいる3センチ角ほどの瓦の破片。郷里に近い倉敷市玉島の円通寺の境内で、半分ほど土から顔を出していたのをもらってきた。円通寺は良寛が修行した寺である。

 となりの石灰岩質の小石は、仕事で行ったフランスで、セザンヌのアトリエの庭でいただいた。加藤唐九郎記念館「翠松園」の駐車場にあった小石も鎮座ましましている。奈良の安堵町にある富本憲吉記念館には、これまでに四回訪れた。したがって、庭にあった砂利石が四個並んでいる。

 富本記念館は生家を展示館にしたもので、憲吉を慕う館長・副館長の想いが随所に感じられる。記念館の入口の長屋門を入るときには、いつも「ただいま」と声を掛けたくなる。副館長の山本さんの姿が見える。たいてい庭掃除をしておられるが、手を止めて応対してくださる。庭には憲吉が好んで図案にしたヘビ苺や羊歯が、生前からあったもののように、ごく自然に植えられている。代表的な文様であるテイカカズラの花を眺めながら、名の由来となった藤原定家の恋の話などをうかがったのは初夏。秋には、庭になった柿をごちそうになった。憲吉の書斎に一人座って庭を眺めていると、今まで話をしていて、所用でちょっと席をはずした憲吉を待っているような心地がする。

 今年、新年早々の新聞を開いて驚いた。小さな記事だったが、記念館から文化勲章が盗まれたことが載っていた。母屋から離れた蔵の二階のガラスケースに展示されていたそうだ。そのケースの中で僕が目を惹きつけられたのは、子供達のままごと遊びのために作ったという小さなお茶碗たちのほうで、勲章は記憶にない。遺族から預かって展示されていたそうだが、記念館の居心地のいいオープンな雰囲気が仇になってしまったのかと思うと残念でならない。

犯人よ、あなたが盗んだのは、記念館にあふれていた懐かしさだ。憲吉がそこに住まいしている気配、それは懸命に人を信じることで成り立っていた。監視カメラが設置されたら、あの気配は消えてしまうだろう。庭の砂利石で、じゅうぶん勇気がもらえるじゃないか。勲章が欲しいなら自分の力で国から取りなさい。


※編集部の奇行師、竹見洋一郎氏のご好意により個展の知らせです

会期 5月13(木)〜17(月)午前11時〜午後7時
場所 ギャラリー・ボヤージュ
東京都中央区銀座5-4-15 銀座エフローレビル5F
TEL 03-3573-3777
 
JR線「有楽町」駅より徒歩3分
地下鉄「銀座」駅より徒歩1分
ソニー通りに入って、エルメスビルから4軒目です。





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