陶芸エッセイ 連載25 「今日このごろの生活

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第25回

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     連載第25回  今日このごろの生活  ('03年/12月掲載)     
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連載第25回 「今日このごろの生活」

 会社勤めをしなくなって半年余りが過ぎた。だいぶペースがつかめてきたので、僕の生活の様子でも話そうかと思ったのだが、一週間のうちで予定といえるものが入っているのは、考えてみれば月曜日だけだった。

 月曜日の午前中は、以前勤めていた会社の「生活総合研究所」というところに顔を出す。世間が狭くなりがちな生活を始めた僕にとって、ここはだいじな「社会の窓」。客員研究員という肩書きをもらっているが、自分から志願してのことなので無給である。世の中の動きと生活者の変化について勉強させてもらっているお返しに、この研究所から出す「生活新聞」のテーマを考えたり、記事を書くのをときどき担当する。研究所は神田の古書店街のすぐそばにある。行きは東京駅で電車を降りて皇居のお堀端を30分ほど歩く。お堀をへだてた皇居の緑を眺めながらという「通勤」である。

 午後はお堀端を逆に歩いて東京駅近くの英会話学校へ。外国人講師から2時間の個人レッスンを受ける。なぜ英語の勉強を?これにはちょっと考えていることがあるのだが、今はないしょ。広告業界では英語ができても誰も驚かないが、工芸の世界で英語が喋れるとちょっとカッコ良さそうだから、ということに取りあえずしておこう。
 
レッスンの始めには、「ハーイ!ヤスヒコ、最近ドウシテル?」といった会話がある。たまたま第50回日本伝統工芸展入選の報が届いたときだったのでそのことを話すと(5年ぶりの入選だったから話したくてしょうがなかったくせに!)、1レッスン全部がその話に終始してしまった。彼女はテキスタイル(織)を大学で専攻したそうで、本業はテキスタイル・デザイナーだった。後日、もう1人の先生を誘って、3人で会場に行くことになった。陶芸用語を、しかも僕の英語のレベルで説明するのは難しい。彼女は「練上げ手」の人間国宝の壷を美しいと言い、「描いているのか」と聞いた。「いや、違う色の粘土をカリフォルニア・ロール(アボガドの手巻き寿司)にして、切って型に並べて作られたものである」人間国宝の至高の作品が幼稚園児の泥んこ遊びのように受け取られてしまったとしたら、文化外交上いかがなものかと不安になる。

 月曜日以外は予定は入っていない。起きるのは朝5時半ごろ。勤めを持っていたころは4時前には起きていたから朝寝坊になったものだ。6時半までは英会話のCDを聴く。そのあとラジオ体操。これは単身赴任時代からの習慣で、はや8年目を迎える。朝食のあと9時半ごろに工房へ向かう。まずはコーヒーを飲みながら墨をするのが日課になった。とにかく筆に慣れようと思って、水墨彩色の画を始めたのである。筆を持ち慣れていないと、陶器に絵付けするときにどうしても緊張してしまう。これを何とかしたかった。また、美しい形や図案をつくる基本は、たくさん絵を描くことによってしか得られないだろう、とも考えたから。

 画を始めてみると、これがなんとも面白い。和紙の種類によってにじみ方が違うし、筆の材質によっても溜まったりかすれたり。午前中はあっという間に過ぎてしまう。このままでは一日じゅう画を描いてしまいそうで、画は一日2枚までと決めた。工房の外壁に蝉の抜け殻を見つけたときには、そっとはがしてきて手の平にのせて描いた。画には言葉を入れた。「ぱんすとは をんなの 抜け殻」この賛は、ちょっと気に入っている。午後は、もちろん陶芸である。

 もともと陶芸1本に絞るつもりはなく、CMプランナーの仕事はフリーランスとして続けるつもりだった。しかし、「広告を捨てて陶芸家になった」という話のほうがインパクトがあるらしく、そういうこととして仲間内に伝わってしまったようで、一向に仕事は来ない。先日知り合いのプロデューサーから電話があり、CMのナレーションを頼みたいとのこと。台本を考えるのかと思ったら、喋るほうだという。僕は岡山出身なので「ぜ」と「じぇ」の区別がつかない。「JRとJAとJT以外なら大丈夫ですよ」と言ったら、相手は絶句した。見事にその中のひとつだったのだ。「・・・・ま、大丈夫でしょう」。

 東京生まれの彼は、僕の怯えを冗談と受け取ったようだ。ナレーターは頼まれて何度かしたことがあったが、仲間内でのことであり、居酒屋で一杯というのが「ギャラ」だった。今回は仕事としての発注である。娘を相手に猛特訓の末にスタジオに入り、冷や汗をかきながら録音を終えた。放送されたCMを見て女子大生の娘はこう言った。「ちょっとヤバイけど、まぁセーフかなぁ」ナレーションがいまだ改定されないところを見ると、クレームなどは来ていないようで、ほっと胸をなで下ろしているところである。



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