陶芸エッセイ 連載23 「行きつけのインテリア館」

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第23回

津田沼 陶芸教室 TOP > 「やきもの扮戦記」再録 >  連載23回

     連載第23回  「行きつけのインテリア館」  ('03年/6月掲載)     
..................................................................................................................................................................................................................
連載第23回 「行きつけのインテリア館」

 「毎日が週末陶芸家」の生活になって一ヶ月半。まだまだ生活のペースがつかめないので、こんな生活をしていますという報告は、もう少し先にさせてもらうことにしよう。この号が発売されるころには個展も終わって一息ついていることだろうが、今は追い詰められながら最後の抵抗を試みているところである。退職にともなう諸々で、三ヶ月ほどは作陶の時間がままならなかった。そのツケが一気に回って来てしまった。会場は広いから、このままではスカスカの陳列になってしまう。搬入まであと9日。その間に今現在焼いているのを含めて、還元焼成3回、酸化焼成2回、素焼き1回をこなさなくてはいけない。冷め割れしない程度に温度が下がったら、取り出してすぐに次のを窯入れするという離れ業を駆使しても、どうしても一日足りないじゃないかとため息をついている始末。個展が始まってから、夜に焼いて追っかけ搬入という手があるか。展示品がだんだん増えるというのも趣向として面白いかもしれない。いずれにしても、てんやわんやになりそうな様相である。

 そうは言っても忙中閑有りで、昼休みの新しい楽しみを覚えた。自転車で近所の商店街に買出しに出かける。団子屋さんに寄って、五目いなり3個入り220円也を仕入れる。そこから10分ほど走ると東京湾最奥の船橋漁港に出る。運が良ければ帰ってきた船からコノシロやスズキが水揚げされるのが見られる。東京湾って豊かな海なんだなぁ、とあらためて感心する。小型漁船が係留されている船留まりに自転車を停めて、桟橋に腰を下ろす。小魚を狙って浮き沈みしている水鳥を眺めながら、一緒に昼ご飯。二ヶ月前にはコーヒー付き千円のランチを食べていたのが、ずっと前のことのように思える。お金をたくさん使わなくても、220円の五目いなりでけっこう幸せな気分になれるのである。水の上の足が自然にブラブラする。

 お金を使わないといえば、乗って来たスポーツタイプの自転車は拾ったものだ。早朝のゴミ置き場でいただいた。両車輪がぺチャンコで、パンクの修理代を覚悟しながら空気を入れるとちゃんと膨らんだ。以来、漏れもない。自宅マンションの自転車置き場には自分のものがあるが、こうば(ルビ)からちょっと遠出というときに足が欲しかった。これで気分転換用の自転車が手に入った。

 たいていのものはごみ置き場で見つかる、というのがこのところ僕の信念になりつつある。こうば(ルビ)の中を見回すと、これがじつに粗大ゴミから奇跡の生還を遂げたツワモノ揃いなのだ。先ずは、調合済みの少量の色釉薬や撥水材、計量ハカリなどが並んだ棚。しっかりした作りで高さ1メートル、幅2メートルほどある。陶芸関係のノートやスケッチブックを入れているガラス張りの書庫は、もとは食器戸棚。釉薬を入れたバケツを2段に並べられる鉄製のテーブルのようなもの、・・・などなど。すべて僕の住むマンションのゴミ置き場に出された粗大ゴミである。市の回収ルールとして、出した人の名前が貼り付けてある。20年も住んでいると名前と顔が一致する。「おあつらえ向き」というのが出ても、辞退させていただく顔もある。

 初めて調達したのは、一年ほど前のことだ。早朝の作陶を終えてマンションに戻ったとき、家族同士で付き合いのある知人の作詞家が二人がかりで何かをゴミ置き場に運ぶのを目撃した。立ち去るのを待って偵察に行くと、組み立て式の大きなラックがバラバラにされてガムテープで巻かれていた。棚やラックはこうばの壁際にぐるりとでも欲しいものである。さっそくワゴン車の荷台に回収した。

こうばに運んで組み立ててみたが、どうやってみてもラックは元通りと思われる姿にならなかった。「住人に見られたらみっともないからやめてよ」と苦言を呈していた妻は、何を思ったか作詞家本人に言いつけた。ある会合で作詞家と顔を合わる機会があった。「使えないものを出さないで下さい」「そんなことを言ったって、あれはゴミなんだから・・・・」もちろん正論は彼にある。しかし、丸一日を費やした末に諦めたこちらとしては、文句のひとつも言いたいのであった。しばらくして、奥さんが「なくなっていた部品が出てきましたけど」と声を掛けてくれたが、時すでに遅し。板は切断して3段の箱に変貌したあとだった。

 マンションの粗大ゴミ置き場を気にするようになったのは、この一件以来である。この「行きつけのインテリア館」もそろそろ潮時かなと思い始めている。昼ひなか、泥だらけの服で家に戻ったところを管理人さんに何度か目撃された。僕が失業者になったことに薄々気が付いているフシがある。そのうえ、ゴミ漁りとなると何を言われるか分からない。そういえば、先週エレベーターに防犯カメラが設置された。「風体の怪しい男が出入りしている」ことと、何か関係があるのかもしれない。



津田沼陶芸教室 TOP | 受講コース | 短期コース | 陶芸体験レッスン | 教室紹介 | お問い合わせ&地図