陶芸エッセイ 連載19回 個展をやりたい 下

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第19回

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     連載第19回  「個展をやりたい 下」  ('02年/06月掲載)     
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連載第19回「個展をやりたい 下」

 あくまでもタダでやれる個展にこだわった。
デパートがダメなら、次はギャラリーだ。それも、若手の登竜門のようなところが良いだろう、と考えて、有名作家の経歴を調べてみた。個展の記録のうち、早い段階で出てくるギャラリーをいくつか選び出した。複数の人の個展歴に同じギャラリーの名前が出てきた。仮に「A」としておこう。客のふりをして電話で場所を確かめた。山手線の内側で駅からも近い。ここなら、友人知人も足を運んでくれるだろう。訪ねてみることにした。

 駅からの道順を書いたメモをたよりに五分ほど歩き、角を曲がると小さな看板が見えた。いったん遣り過ごしてから、引き返して中を覗いてみる。
薄暗く、通りに面した小さなウインドウに四、五個の皿と小壺が並んでいなければ、街の流行らない印刷屋さん、という風情。人通りもまばらである。
ここで個展というのはどうかなぁ、なんだかパッとしないけど。
ま、エラソーなことを言うようなら、こっちから願い下げだ。僕はガラス戸を押した。

 ギャラリーの中にはダンボール箱が所狭しと並べられており、六十がらみの親父さんが梱包を解いていた。来意を告げると、下町ッ子らしい歯切れのいい言葉が返ってきた。
「今ねぇ、○○デパートでやる××さんの個展の準備で、こんなんなっちゃってるけど、いいよ、何か持ってきてるなら見てあげるよ」
ダンボールから出た焼き物に目をやると、この四、五年大きく作風が変わった某大家のものではないか。店の構えから、僕は見くびっていた。業界の商習慣にとんと疎い(うとい)のだが、自分の眼力と人脈を武器に大きな個展をプロデュースする、こういうギャラリーの店主がいたのだ。一気に緊張が走った。

 持参した作品集にひと通り写真に目をとおしたあと、「これは最近のもの?」親父さんは写真のひとつを指して尋ねた。半年ほど前に作った鉢だった。
「焼き物で大切なのはマチエールです。そのことに気が付かれたのかなと思ったから」
説明の必要はないだろうが、マチエールとは材質的効果のことだ。ごく最近になって、釉の素材に自然石を使うようになって、その奥行きの深い色合いや、しっとりした調子に惹かれるようになったばかり。まだまだテストの段階だ。僕はここぞとばかりに訊いてみた。
「マチエールを勉強するには、誰のものがいいですか?」
「石黒宗麿、荒川豊蔵、田村耕一、・・・」親父さんはそこでちょっと首をかしげてから、
「田村さんが最後かな」と言った。

そうして立ちあがると、ウインドウに飾ってあった茶碗を取って無造作に渡した。「これが石黒宗麿」その茶碗は、むしろ平凡に見えた。失透気味の灰釉らしいが、綺麗か汚いかといえば、薄汚いという印象に近かった。「どうですか?」うながされて、言葉につまった。「・・・僕にはわかりません」

 そのあと、親父さんからポンポン飛び出してくる歯に衣着せない話は、江戸落語を聴くような心地良さだった。
 「最近の人のは『溶かし物』だと我々は言ってるんだ。土を焼くから焼き物なのに、クスリを溶かしておしまいにしてる。それは、工場のやり方なんだよ」
 「今の時代、どこの世界でも同じだろうけど、ピラミッドの頂点がいないんだな。下のレベルは確かに上がってるがね。それは、客のせいなんだ。昔は大金持ちの目利きがいたから、ひと窯焚いてひとつしか取れないものを目指して作れたんだよ。それを高く買ってくれるから暮らしてゆけた。今は、奥サマが『あら、いいわねぇ』というものを歩止まりよく作んなくちゃいけないからねぇ」

 「昔は美校出ても、職人にバカにされたんだよ。だから職人技を必死になって身に付けた。そん中で表現する力のある人が作家になっていったんだ。今の人は職人技を突き抜けないで、感覚だけでやってるから」

 話はさらに絶好調。「今の人××間国××宝な×ん××てねぇ、昔××で言×えば棟××梁だよ。職×人の×親××分ど×まり」
これは大先輩の「コピーライター」で、戦前戦中に言論統制の当局を向こうにまわして怯(ひる)まなかった宮武外骨の手法を拝借した。さすがにそのまま書くと、×当×たっているだ×けに差××し障×りが。(伏字ヲ気ニセズ読ムベシ)

 僕の個展のこと?そんな話が、いったいどこで出せたというのだ。
そんなわけで、「タダで大発表会」という僕の目論見は、コテンならぬコテンパンでとりあえずの幕を引くことになった。どこかの片隅でもいいから見てもらう場を作らなければ始まらないという気持ちと、発表である以上いい加減なものは出せないという思いが、いまブスブスと燻(くすぶ)っている状態である。
えーい、とにかく、ここで宣言してしまおう。年内にはどこかでやりますっ! 



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