陶芸エッセイ 連載16 ナワバリ

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第16回

津田沼 陶芸教室 TOP > 「やきもの扮戦記」再録 >  連載16回

     連載第16回  「ナワバリ」  ('01年/9月掲載)     
..................................................................................................................................................................................................................
連載第16回「ナワバリ」

 早いもので、「こうば」陶芸を始めて一年になろうとしている。
通りすがりの人に覗かれるのが嫌で、シャッターはいつも閉めている。おまけに、ときどき還元ガスの煙が換気扇から出たり、ロクロに載せた粘土の形をととのえるためにパンパン叩く音が響いたりする。これが、オシリをひっぱたくような音なのだ。ロクロ挽きに失敗したときには「ちくしょー!バカヤロー!」と思わず叫んだりもする。バイオレンスな雰囲気の漂う「開かずの工場」は、近隣の人から気味悪がられているかもしれない。

 シャッターを下ろしているのは、僕が小心者のせいでもある。こうばの裏は小道を挟んで鬱蒼とした神社の森。作業するのは平日は早朝か夜。集中しているときに、ふと人の気配に振り向くと知らない人が立っていた、などというのは想像するだけで卒倒しそうである。

 一年前、荷物を運び込んだばかりのころ、埃が舞うのでシャッターを1メートルほど開けて片付けをしていた。「ごめんなさいよ」と、初老の男が背をかがめて入ってきた。裏の神社の神主さんだった。住まいは別のところにあって、通ってきているそうだ。


「あなたは、何をやってらっしゃる人なんですか」口調はていねいだが、こうばの中の様子に目を走らせている。今後のこともあるから、正直に自己紹介した。「そりゃぁ、いい人が来てくれた」こちらが驚くほどの笑顔になった。「オームじゃありませんから・・・」と付け加えると、異様に大きな声で笑った。図星である。神主さん訪問のいきさつが、安堵した顔に出ていた。「なんか、得体の知れない人間がゴソゴソやってるけど、あんた様子を見てきてよ」奥さんとの間で、そんなやりとりがあったに違いない。

 この神主さん、毎朝掃除に来る。こうばとの間の小道から始める。それはありがたいことなのだが、彼は箒を使わない。エンジン付きのブロワ−で、落ち葉を吹き飛ばすのである。そのうるさいこと。始まると、僕はこうばの中から大声で「うるさーい!!」と叫ぶのだが、神主さんに聞こえるはずもない。聞こえるようなら、僕だって声は出さない。それにしても静寂を破るエンジン音には、御祭神もさぞかしありがた迷惑なさっておられるだろうと想像される朝の行である。

 神主さんは一ヶ月に一度ほど、草刈をする。これも、エンジン付きの草刈り機。昨日のことである。音があまりに近いので、もしやと思って外に出た。神主さんはこうば側の草をブンブン刈っている。
「あの・・・、ここの草は残したいんですけど。花が咲きかけてるんで・・・」
花を付けたムラサキツユクサがなぎ倒されている。

「わたしらは草で苦労しとるから。まあまあ、マンションの人は草でも大事なんだねぇ」
神主さんはあきれていた。朝の作業を終えて戻るとき神社の森を見ると、見事に垂れ下がっていたカラスウリのツルが高いところで切られていた。スケッチしようと思いながら延び延びにしていたのが悪いのだ。目線の高さで描けるチャンスを逃してしまった。

 自分の土地というものを初めて持って、自分の中のナワバリ意識が目覚めてしまったようだ。
考えてみると、こうばの脇の草に花が咲くのを心待ちにしているのはウソではない。ウソではないが、「オラの土地に生えたもんはオラのもんだで、勝手に手出しするでねぇ」という気分も大いに働いているのである。
ポイ捨てされたゴミにも猛然と腹が立つ。鳥居の真ん前に捨てる人間の心理が分からない。菓子袋や缶コーヒーの空き缶を見つけては、こうばのゴミ箱に運んでいる。捨てる現場を目撃したら、大立ちまわりを演じてしまうのではないかと心配になる。

こういう輩に対して、立て札を出してやろうと思い立った。CMプランナーの常として、何案かコピーを考えた。その中のひとつ。「ここにゴミを捨ててバチが当たった人を、私は知っています」。「私は知っています」がミソなのである。バチの内容も入れたほうが効果的なのだが、「ウソをついたバチ」が当たりそうだ。立て札はまだ仕上げていない。その代わりにこんなことを始めた。拾ったゴミを鳥居のほうに見せながら口に出して言う。「こんなものを捨てた人に、ちゃんとバチを当てて下さいね」

こうばには、陶芸教室時代の先生もときどき訪ねてくる。
この間は、「ちょっとお願いがあるんだけど」ということで、陶芸教室の案内看板を出させてくれないかという話だった。しかし、壁と線路の距離はわずか四、五メートル。電車に乗ったときに気を付けて見ていたが、建物自体があっという間に飛び去ってしまった。看板のことは了解したものの、横長のかなり大きなものでなければ電話番号など読み取れそうもない。
僕のナワバリにどんな看板が出現するのか、少々恐怖を感じているこのごろである。



津田沼陶芸教室 TOP | 受講コース | 短期コース | 陶芸体験レッスン | 教室紹介 | お問い合わせ&地図