陶芸エッセイ 連載15 渾身の240ページ

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第15回

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     連載第15回  「渾身の240ページ」  ('01年/6月掲載)     
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連載第15回「渾身の240ページ」

 真冬の早朝はシバれたが、年が明けてからはガスストーブをくれるという奇特な人が現れてしのぎやすくなった。隣りの畑の桃の花が終わり、裏の神社の桜が満開だ。

 地べたで陶芸をやるようになって、自分の好みが少し変わったように思う。これまでは白っぽいものが好きだったのに、このごろ黒っぽいものに魅力を感じるようになった。白化粧の上に鉄分を混ぜた粘土を塗って、塗り残した白の模様を黒の中に浮き上らせる「抜き絵」の技法を試しているうちに半年が過ぎた。このあたりは関東ローム層の豊かな黒い土なのだが、それが好みの変化と何か関係があるのかもしれない。

 さて、この号が読まれるころには僕の新しい本、「週末陶芸家になろう!」が書店に出ていることだろう。思えば長い道のりだった。キャッチ・コピー的に言えば、「構想一年、執筆二年、単身赴任先のマンション工房での五年間の奮闘を描き切った渾身の240ページ!」である。

 本を書くきっかけとなったのは、休日の持ち帰り仕事だった。天気のいい日に単身赴任のマンションで会社の仕事などしていると、世の中で働いているのは自分一人ではないかという疎外感に襲われる。こういう時は同類に連絡を取るのがいちばんだ。陶磁郎編集部の担当(目が印象的でキュート)「美過」さんは、休日にも必ずといっていいほど出社してくれていて、こちらの精神が安定する。彼女こそいい迷惑だろうが、長電話に付き合ってくれる。

「そういう話、面白いから本にしましょうよ」。雑談の中で、瓢箪から駒のような話が出た。
「一冊まるごとハヤシさん、というようなのでイラストもいっぱい入れましょう」うれしい話である。
 しかし、なぁ・・・。冷静になって考え始めると、まるでイメージが湧いてこない。「まるごと僕」と言っても、タレントや有名人じゃあるまいし、サラリーマンのそんな本を買ってくれる人がいるんかいな。何をどう書けば、楽しいものになるんだろう。

 悩むうちに半年ほどが過ぎてしまった。担当の移動があって、若い「太平イチロー」君が引き継いだ。あたりの柔らかさから御しやすいと踏んだのは大間違いで、債権回収の中坊公平もかくやと思わせるような厳しい「原稿回収」が始まった。しかし、時すでに遅く、東京への帰任が迫ってきた。「写真、もし撮るなら今のうちですけど・・・。そろそろ片付け始めますけど・・・」「太平イチロー」君と「木配り村」カメラマンが急きょ博多のマンションに駆けつけてくれた。

あのとき来てもらって本当に良かった。なにもあわてて写真を撮らなくても、東京に戻ったらまた「マンション工房」を作るんだから、と内心ではたかをくくっていた。ところが前回書いたように、けっきょく二代目のマンション工房は実現しなかった。現場写真のない本になってしまうところだった。

 正直に言えば、書き始めてしばらくはあまり楽しくなかった。悩んだ末にハウツー的な読み物にしようと決めて取りかかったのだ。そもそも、僕は作り方を聞かれるのがあまり好きではない。気に入ってくれてもっと知りたいということなのだろうが、僕にはこんな質問に聞こえてしまうのだ。「かわいいお子さんですね。どうやって作ったんですか」
 ハウツーものはやはり向いていない。それならもっとふさわしい名人巨匠がたくさんいる。僕が個人的に面白いと思っていることを楽しんで書けば、読んでくれる人も楽しめるのではないか。そう考えて方向転換した。
それからは書くことが俄然楽しくなった。挿絵も50点ほど描いた。ペン、筆ペン、筆と動員し、用紙もクロッキー用の薄いもの、画用紙、水墨用の画仙紙、と様々になった。画仙紙に描くのは初めてで、滲みが面白くて止まらなくなってしまった。

 先日さいごの作業として、自作の食器類の写真にキャプション(説明文)を付けた。じっさいの写真が見られれば良かったのだが、こちらの都合でファックスで送ってもらうことになった。そのさいの「太平イチロー」君の言葉。
「ファックスではよく見えないと思うんですが、とってもキレイですよ。自分の焼きものがこんなによく写っているので驚いた、というようなコメントはどうでしょうか・・・」
「そんなにきれいに写ってるんですか、はっはっは」
貴重なアドバイスをありがとう。しかし、美しい焼きものがキレイに写るのは当たりまえのことなので、僕は別に驚いたりはしないのだ。

 明日には本が刷り上ってくる予定で、今はただ対面の時をワクワクしながら待っているところである。



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