陶芸エッセイ 13 単身赴任から5年ぶりに東京に戻ってきた。そこで待ち受けていたものは!?

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第13回

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   連載第13回  東京に戻っては来たものの 中  ('00年/12月掲載)       
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「東京に戻っては来たものの 中」

 自宅の近くに築27年の老朽マンションを蛮勇をふるって購入して、単身赴任中の陶芸関係のもろもろを運び込んだ。電気窯が使えるよう60アンペアに増量することを自治会に申し入れたところまで書いた。話を続けよう。
 自治会の総会があった日の夜、玄関のチャイムが鳴った。僕が部屋にいることを確認した会長(女性。60歳くらいか)は「副会長と説明に来ますから・・」とあわてた様子で戻っていった。吉報でないことくらいは想像がつく。増量OKなら、副会長まで呼んで説明するまでもない。
 やがて現れたふたりは、次のような反対意見があったことを明かした。「一戸を認めると、ウチもウチもとなってマンション全体の電気が足りなくなるかもしれない」「電気の増量を認めてしまうと、やがては事務所や店舗が入ることになるかもしれない。知らない人が出入りするようになるのが心配だ」。
 
 納得がいかなかった。「ウチもウチも・・・」となるだろうか。基本料金が違うのだ。陶芸をやるという大目的でもなければ、敢えて高い基本料金を払おうという奇特な人がそうそう現れるとは思えない。アンペアを上げることと、事務所が入ることには大きな飛躍がある。だいいち、事務所や店舗が入居してはいけないとは自治会規約のどこにも書かれていないのだ。
 自治会の管理規約に触れるのは、「電気、ガス、給排水等の設備に多大な影響をおよぼすおそれがある設備、機械および器具を設置付加または変更すること」だけなのだ。「多大な重大な影響をおぼすかどうか」を検討する権限しか自治会にはないのである。ようするに、自治会は規約にないことを検討して反対の結論を下しているのだ。
 規約にはさらに次のように書かれていた。「また、実施に際しては管理会社に照会しその意見を徴するものとする」。ほらみろ、素人がわからんときは専門家にききなさいとあるではないか。
 
 僕はマンションの管理会社に電話を入れた。経緯を話すと「こっちに相談してくれればいいんですがねぇ」と言った。自治会との付き合いにかなり手を焼いている口ぶりだ。僕の困っている様子に、「個人的なアドバイスですが」と断ったうえで知恵を貸してくれた。「個人的な・・・」となるのは仕方がない。自治会を敵に回して何の得もない。
 彼の提案はこうである。マンションには空き室がいくつかある。その分の電気をまわしてもらうのは抵抗がないだろう。空き室がなくなって電気が足りなくなる時には30アンペアに戻すという約束で自治会に申請してはどうか。二、三年は部屋が埋まることはないだろうから・・・。
 
 スルスルと降りてきたクモの糸にすがりついた。僕は仕事で企画書を書くとき以上の真剣さで申請書を記した。こちらの気合を伝えようとモンブランの万年筆でしたためて、自治会に再度の申し入れをした。
 結果を知らせに、今度は会長がひとりで来た。「容量が一杯になったときに30アンペアに戻してもいいんだったら、最初から30でガマンしてもらおう、ということになって・・・」。
 キレた。「30に戻すときは、僕がこのマンションを出て行くときです」。声が震えるのが自分でも分った。「あの、そういうことになりましたので・・・」。会長のオババはそれだけ言うと逃げるように帰っていった。
 
 薄暗い玄関でため息をついた。だめだ、ここはだめだ。どんな影響があるかを調べもせずに、「ガマンしてもらおう」とはなにを考えているんだろう。戦後民主主義が共同幻想であったかのような、個人の権利の軽さである。打開策はあるだろうか。東京電力に工事の申請を出せば電気に余裕があるかどうか分るそうだから、そのお墨付きを持ってもう一度申し入れてみるか。しかし、工事の申請には数万円が掛かるという。そうしてみても、自治会でひとりが反対すれば頓挫する。反対する理由はどこからでも持ってこれる。八方塞がりである。
 
 暗澹たる気持ちになった。あれほどワクワクして引っ越した部屋が急によそよそしく見えてきた。電気のことでこんなに苦労するのは、なにか大きな意思のようなもの(あえていえば、かみさまの)が働いているのではないだろうか。唐突にそう感じた。「地面で陶芸をやりなさい、ということか・・・」。口に出してみて驚いた。この五年間、マンションで陶芸をやることに何の不便も感じなかった。いくつか出てきた問題も、ちょっとした工夫ですべて解決できた。陶芸をやるには、むしろマンションの方が便利だとさえ考えるようになっていたのだ。
 しかし、ここで楽しく陶芸をやっている自分の姿を思い浮かべることができない。自分には合わない場所かもしれない。そうして、僕は資金のあてもなく地面を探し始めた。


※前回の扮戦記を読んだ先輩(会社の。ある支社にいる)がメールをくれた。
 「800万のマンションがポンと買えたように見えるよ」と書いてあった。ポンと買えるわけがないではないか。僕は返事を書いた。
「資金のことですかぁ。実家の山の樹齢500年のヒノキを三本も切ってしまいました。ご先祖様には申し訳ないことをしました」
 そのあとずーっと空白をあけてから続けた。「と、いうお大尽の生まれではないので、社内預金を××し、定期を××し、しかも・・・」。
 先輩からのメールはいまだ返ってこない。最後まで読んでくれたのか、せっかちの彼の性格を僕はちょっと心配している。




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