陶芸エッセイ 12 単身赴任から5年ぶりに東京に戻ってきた。そこで待ち受けていたものは!?

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第12回

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   連載第12回  東京に戻っては来たものの 上  ('00年/09月掲載)       
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「東京に戻っては来たものの 上」

 何から話せばいいのだろう。とにかく、この二ヵ月のあいだ粘土に触っていない。こんなことは陶芸を始めてから今までなかったことだ。イライラが嵩じてささいなことで腹を立てたり、他人にあたってみたり・・・。おまけに五年間の単身赴任生活は、僕をじつに気位の高い男に変えてしまったことも判明した。

 単身王国の王様は命令されることに慣れていない。「ゴミを出して」などと一方的に要求されると、とたんに不愉快になってしまう。「ワタシに命令するのか」という言葉をぐっと飲み込んで、健気にも両手にゴミ袋をぶらさげて、ま、たまにはゴミ袋に蹴りを入れたりしながらエレベーターに向かう。

 いまや、敗戦国の王様の気分なのである。しかも陶芸まで武装解除されてしまっていては、イライラするなと言う方がムリなのだ。こんなはずではなかった。戻っても陶芸が続けられるよう万全の準備で帰任に臨んだはずだったのに。

 去年の夏、蛮勇を奮って福岡とほぼ同じ広さの2LDKのマンションを自宅近くに購入した。自宅マンションには、窯やロクロや陶芸関係のもろもろが入る余裕など、どこにもなかった。工房を併設した一戸建てに移ることも一応は検討してみたものの、とても手が出なかった。とにかく福岡と同じ程度のことはやりたい、という一心でマンション物件を見てまわった。

 5年のあいだに、首都圏のマンションの値段がこれほど値下がりしているとは驚きだった。僕の感覚で言えば、以前の三分の一くらいに思われた。暴落に背中を押される形で購入に踏み切った。800万円也。築27年の、マンションとしてはかなりの老朽物件204号室は、かくして僕のものになった。ふたつの和室は、畳をあげて陶芸スペースに。LDKは、娘に明け渡した自分の部屋の机や本を持ち込んで書斎にしようという計画である。


 四月のよく晴れた日、福岡からの荷物が204号室に運び込まれた。さあ、マンション工房の再開だと、勇んで片付けを始めた。同時に、電気窯のために電気の増量を電気工事店に申し込んだ。それからの一ヶ月半、思い出すだにおぞましい苦悩の日々が待っていたのだった。

 窯に必要な電気は60アンペア。福岡のときは30アンペアが来ていて、二倍の増量は簡単な工事で済んだ。費用は一万円足らず。今度のマンションにも30アンペアが来ていることは確認済みで、同じことができることを疑ってもみなかった。
 ところが・・・。築年数が大きく違っていた。福岡は築3年、こちらは27年。同じ30アンペアが来ていると言っても意味が違っていた。。経済成長で豊かになり、人々がこれほど電気を使うようになるとは予測もしていなかったのだろう。こちらには建築当初15アンペア(これでは電子レンジを使っただけでブレーカーが落ちるんじゃないか)しか入っていなかったのだ。それを倍に増量した結果の30アンペアだったのである。

 重大な問題のあることが判明したのは、電気工事店に電話を入れたときだった。
60アンペアにするなら、マンション全体に来ている電気の幹線から60アンペアを引かなくてはいけない。自治会の了解を取ってほしいと言われた。了解は取れるだろうか。引越しの挨拶に行った時の、自治会長の一癖ありそうな顔が浮かんだ。窯のメーカーにも相談してみた。「マンションに入れることに何の危険もないことを、こちらから説明してもかまいませんよ」と言ってくれた。しかし・・・。一般の人の先入観を払拭するのは並大抵のことではない。

 陶芸の窯といえば、たいていは登り窯を想像してしまうだろう。そういえばメーカーの人は「電気窯」とは言わないで「電気炉」と呼んだ。窯と炉では若干ニュアンスが違う。窯は、煙モクモク炎ボーボーのイメージがあるが、炉なら多少は安全そうである。しかし、「あぶなそう」と誰かひとりが反対したらおしまいだ。少なくとも、住民としてみれば積極的に賛成する理由はどこにもない。僕は窯の話は出さず、電気の増量の申請だけをすることにした。幹線からの配線工事には2、30万掛かると言われていたので、それは自己負担で行うからという文書を付けて総会に諮ってもらうことにした。・・・以下次号。


 ※次号で詳述しようと思うが、とにかく先にこれだけは言っておこう。マンションに窯を入れる時や、窯を持って引越しする場合、使える電気の量が思わぬ伏兵になる。前もってメーカー、電気工事店、電力会社(どれだけの増量が可能かは電力会社のコンピュータにデータが入っている)、この三者とよくよく相談すること。こんな思いをするのは、僕だけでたくさんです。

 ところで、「単身赴任やきもの扮戦記」のタイトルはどうなるんだろう。編集部とはずいぶん前に話したきりだ。「帰ると同時に終了ですかねぇ」と冗談のつもりで言ったら、「そうですねぇ、どうしましょうか」という応えだった。あれは、「題名を」どうしましょうかと言う意味だと、今まで疑わなかったのだが・・・。いずれにしても、終わりになるのは淋しいので、今回は話を上下二回に分けて抵抗を試みることにした。




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