陶芸エッセイ 10 朝日チャリティ美術展の正式名称は、じつに魅力的なのだ!

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第10回

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   連載第10回  名前のチカラ  ('00年/03月掲載)       
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「名前のチカラ」

 この三年ばかり、朝日新聞・厚生文化事業団の活動である「朝日チャリティ美術展」に愚作を寄贈している。その動機の中に、微力ながらも社会福祉の役に立ちたいとの一念は、もちろんないとは言わない。

しかし、である。公募展などに出品する時でも、必ず「非売」にしてしまうし、めったなことでは他人にあげたりしないケチな性分の僕が、なぜ快く寄贈しているのか。この美術展の正式名称を明らかにすれば、たちどころに疑問は氷解するのである。「一流美術家と名士の作品即売展」。ほら、僕の性格を知っている人には、続きを説明するのが嫌になるくらい判りやす過ぎるのである。
 
この催しがあることは、数年前に紙面で知った。公募展などにようやく入選し始めたころのことで、こういうところに作品の提供を求められるようになりたいな、というのが素直な感想だった。そして、三年前、出品依頼の書状が僕のもとに届いたのである。

おお、ついにあの朝日新聞が僕を「一流美術家」とお認めになったのだ。「あの」にこだわるのには理由がある。天声人語の名コラムニスト、深代惇郎氏に憧れて新聞記者を志し、就職浪人までしてミニコミ紙のアルバイトで食いつなぎ、捲土重来を期してのぞんだ筆記試験は首尾よく突破したものの、面接でしくじって涙を飲んで、社会のボクタクになることを泣く泣く諦めた経緯がアタマをよぎる(この話になると、くどくなる)。ついに「あの」朝日新聞から、『一流』のお墨付きをいただいたのである。いそいそと小鉢を梱包して送った。

 一ヶ月ほどして、美術展の案内が紙面に載った。1ページを割いて、寄贈した人たちの名前が並んでいる。洋画。日本画、版画、工芸、書・・・。門外の僕でも知っている高名な洋画家、日本画家の名がずらずら。工芸に目を移すと、あ、人間国宝、ここにも、ここにも・・・。その人たちの凄さを知っているだけに、畏れ多くも同じ紙面に載せていただいていることが信じられない。それも同じ級数の活字なのだ。

その輝かしいページを開いたまま、黙って妻に新聞を渡した。しばらく眺めていた妻は、「ふーん・・・、一流の人ってこんなに大勢いるの?」。いつものことであるが、じつに正直な感想をもらしてくれる人である。
 
妻の言葉に、僕は、はたと気がついた。朝日新聞には天才的なコピーライターがいたのである。これは、「一流美術家と名士の作品即売展」という「キャッチフレーズ」のチャリティなのだ。なーんだ、「上質を知る人のゴールドブレンド」と同じじゃないか。上質を知る人しか買ってくれないのでは、そんなに売れない。

つまり、「上質を知る人」だと思っている「上質を知らない人」にも買って欲しいのである。なるほど、「一流美術家」と言われて喜んでいるのは、すでに一流ではない証拠だよなあ。当たり前だ、僕が一流なわけないじゃないか。それにしても、この名前には絶大な力がある。どのくらいの効果があるかは、僕の次の行動で証明済みだ。

 朝日新聞の西部本社(福岡)でも同様の催しがあって、喜んで出品したのだが、紙面に載った名称は、キャッチフレーズなしの「チャリティ美術展」だけ。僕は翌年から出品しなくなった。言い訳をさせてもらうと(こういうところで言い訳するのが、また僕らしい)、名前のせいだけではなくて、こちらの梱包がいい加減だったために輸送の途中で割れてしまったのが気持ちを萎えさせてしまったこともある。

しかし、なのである。朝日新聞・西部本社様、ほんとうに余計なお世話なのでありますが、チャリティの名前を東京と同じにすれば、集まる作品の数は倍増すると思いますよ。少なくとも、僕のような一流じゃない人の作品は増えますよ。そんな人の作品が増えたって意味がない、とは僕は思いません。

虚栄でも何でも、気持ちよく人の役に立つことができれば、それはそれでいいことじゃないか。一生懸命に作ったものを手放すんだから、少しくらい嬉しがらせてくれても罪はないのではないか。コーヒーを買ってくれた人には、「あなたは上質を知る人ですね」とお世辞を言ってあげましょうよ。誰も損をするわけじゃないし、とCMプランナーを本業とする僕は思うのである。

今年、東京のチャリティに三度目の出品をした。妻が、今度はこう言った。「売れ残ったものは、どうなるのかしらね。困るでしょうねえ」。僕は、もっともだと頷き、保管のための倉庫代などを案じたのであるが、あとで腹が立った。

会期が終わったとき、はたして気に入ってくれた人の手に渡っているのか、はたまた「困るでしょうねえ」になるのか。僕はちょっと気になっている。



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