陶芸エッセイ 連載1 マンションに窯とロクロ?

「単身赴任・やきもの扮戦記」 連載第1回

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     連載第1回  「オンナよりカマ」  ('97年/12月掲載)     
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 東京から福岡の地に転勤して、二年半になる。
単身赴任先のマンションで陶芸をやってます、と言うと怪訝な顔をされることが多い。


「ロクロはどこに置いてるの?」
「ダイニング・キッチンの床の上に・・・」
「どこで焼いてもらってるの?」
「窯も自宅にあるから・・・」
「え、ベランダに置いてるわけ?」
「いや、同じダイニングに・・・」


相手は、このあたりから変人を見る目つきに変わってくる。
「えーっ!熱くないの?」
「熱いよ。夏なんか、汗がふき出して塩分が不足するから、味の濃いものばっかり食べてるよ」

かなり控えめに言ったつもりであるが、同僚からは別世界の住人のように思われているフシがある。

僕の住まいはダイニング・キッチン+和室+寝室の2DK。それにルーフ・バルコニーの55平方メートルが付いている。ルーフ・バルコニーは、土練り台や粘土の置き場として、どうしても欲しかった。

 不動産屋さんには、「ルーフ・バルコニーのあるマンション」か、「土間のある一戸建て」という条件を出したのだが、「土間・・・」の方は真面目に探してくれなかった。陶芸をやるから、という話を伏せておいたからだが、それを言って貸してくれる奇特な大家さんはいないだろう。
 2DKのうちのDK、14平方メートルほどを陶芸部屋として使っている。フローリングの床を汚さないようビニール・カーペットを敷き、まわりの壁にもビニールを貼った。


 この部屋の真中で、ひときわ異彩を放っているのが10キロワットの電気窯。酸化・還元両用で、洗濯機4台分くらいの大きさがある。当然、DKとしてのスペースは犠牲となり、キッチンに立つときには横歩きである。

窯には、特別の思い入れがある。5年前、陶芸教室に通い始めてすぐにハマってしまい、やがて自分で釉薬の調合をはじめた。そうなると、焼き上がりまでやってみたくなる。自分の窯を持ちたいという思いが募るようになった。
しかし、東京のマンションにそんなスペースがあるはずもなく、諦めていた。そこに降って湧いた転勤話。妻の仕事を考えると、行くなら単身である。

 結論を出すまでに、三つの眠れぬ夜があった。妻子との生活を失う代償として手に入る貴重な時間を、無駄に使ってなるものか。仕事仲間達が開いてくれた壮行会で、僕は宣言したのである。
「向こうではオンナよりカマに狂います!」


そんな思いでメーカーに注文した窯である。公募展にも出品したいので、大型の皿が焼けるサイズが欲しかった。内寸55×55×50センチの窯は特注になった。注文したあとで、重大な問題に気がついた。マンションのエレベーターに入るだろうか。
部屋のドアはきっちり採寸して連絡しておいたのだが、エレベーターは盲点だった。図ってみると案の定、部屋のドアよりも狭かった。恐る恐る電話を入れた僕に、頼もしい声が返ってきた。
「大丈夫です。それでしたら、薄くても断熱効果の高い新素材を使いますから」

 一ヶ月後、待ちに待った窯が届いた。その無骨なスタイルには、大量生産ではない手作りの機械としての迫力があった。少年の日に、我が家に初めてテレビが来たとき。クルマが来たとき。それ以来の、三十年ぶりに得た、モノとの対面の喜びではなかっただろうか。
CMプランナーの僕は、久しく忘れていた、「人と商品との幸せな関係」について思いを巡らせた。が、それも長くは続かなかった。運送屋さんのトラックから200キロもある窯を降ろしていると、管理人さんがとんで来たのだ。

「いったい、何が来たんですか?」
「陶芸の窯ですけど、危険はないです。中は熱くなっても、外側は触れるくらいですから」
僕は身を硬くしながらも、メーカーに言われたとおりのことを話した。
それはまるで、パンク・ファッションの男を結婚相手として親に紹介する、良家の子女のような心境であった。かばえばかばうほどアブナそうに見えてしまう。

ところが奇跡が起きた。管理人さんはこう言ったのだ。
「いい趣味をお持ちですねえ」
焼きものが好きな人だった。がんばってください、とまで言ってくれた。事なきを得た。というより見逃してくれたというのが、おそらく正しいだろう。


 さて、必死でかばってやった窯であるが、いざ同居生活を始めてみると、これが猛烈に熱いのである。メーカーに電話を入れた。
「熱いといっても、手で触れるくらいでしょう?」
「そんなものじゃないですよ。50センチ離れた冷蔵庫の壁が触れないくらいですよ」

あれから二年半。59回の焼成を行った。冬は暖かくていいし。梅雨時も洗濯物がパリパリに乾いてくれるから我慢の甲斐もある。
問題は夏である。部屋全体が、誇張ではなくサウナと化すのだ。
今夏も公募展の出展用を焼くために、七月だけで九回窯に火を入れた。しだいに味の濃いものを体が欲しがるようになり、八月のアタマには、ついに台所にあった塩を思わず舐めてしまった。
 



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