Title: those are the days (sequel to 'with a little help from my -?-')
Author: kujoshi
Rating: PG-13
Disclaimer: This is a work of fiction. I own nothing but the story line.



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その訪問者を目にして、鳴海はしばらく言葉を失っていた。
「…ライドウ、どっちがおまえ…?」
ようやく出てきたのはこんな言葉だった。


帝都唯一の探偵社である鳴海探偵社の所長として、鳴海はこれまでに様々な種類の訪問者を迎えていた。
「助手」という仮の身分で預かっている帝都の守護者、十四代目葛葉ライドウの請け負ってくる任務がらみのこともあれば、警察などへの相談では事足りないようなおかしな事件がらみのこともあった。
当然、普通とは毛色の違う変わった人々の訪問にも慣れている。
だが今日ライドウが伴って事務所に現れた人間は…
どちらかといえば、まあ「ライドウ関係」に分類出来るのだろう。
なにしろそれは、ライドウに生き写しの少年だったのだから。

それだけではない。
「ゴウト」のそっくりさんもちゃんと同じように、その少年の足元についている。
双子の少年と、双子の黒猫だ。
もっとも、よく見ると少年たちには少し違いがあった。
もう一人の少年の顔には二本の向こう傷が走っていた。
一本は右目の上からまっすぐ短く下り、もう一本は鼻から左頬にかけて斜めに長く。
学帽の庇にも切れ目が入っている。
傷のせいなのか目つきが鋭く見え、またそのせいでなのか、ライドウよりも少々大人びて見える気がする。
マントには汚れが見え、少年自身にもかすかに疲労が見えた。
(ライドウも闘いで怪我した後とかは、薬や仲魔の力で回復してもこんな感じだよな)
だがその他はまるで同じ、分身のようだった。

「しばらく、世話になる…が、構わんだろうか」
瓜二つの少年は、やはりそっくりな声で言った。
ライドウが簡単に経緯を語った後だ。
ライドウの説明は、捜査報告の時もそうだが、本当に事実を述べるだけなので、わかりやすくはあるのだが、後で思い返すとなんとなく腑に落ちない点に気づくことがある、という不思議なものである。
この時もそんな塩梅で、鳴海はなんとなく、
「ああ、全然構わないよ。大変だったね…」
と、鷹揚に答えたものの、やはり後になって頭の中に巣食っているモヤモヤに気がついた。
(アカラナって何だよ?!別の時空で世話になったって、いつの話だ?)

鳴海は煙草に火をつけて、考えた。
ライドウが少年と猫たちを自分の部屋に連れて行った後である。
(そういえば、前の前のでかいゴタゴタの時、どこかに飛ばされて帰るのに手間取ったとか言ってたか?)
思い当たって当時の報告書を探してみると、それらしいことが書いてある。
(雷堂と業斗、これか…)
あの当時は自分自身も事件に首まで浸かっていて、大元の事件以外の事はあまり頭に入っていなかった。
この報告書自体からして自分が不在だったのでゴウトがタイプライターで打ったものである。
(そうだった…宗像さん…)
少々の胸の痛みを覚える日々が心の中に蘇り、鳴海は首を振った。

その時のことは確か、後でライドウにも聞いてみたのだがあまり要領を得なかった。
その「違う時空」にいたのは数日間なのだが、その間ほとんど記憶を失っており、幸いにも記憶が戻った時には逆にその数日間のことを忘れていた、というのだ。
ゴウトからライドウを介して聞けば事情がわかったのだろうが、済んだことを振り返っている余裕がその時にはなかった。
(そしてその後ゴウトは…)
鳴海とライドウが再びゴウトに会った時、その任務はもう過去のものであって、関連した事件のそれぞれを検証するようなものではなくなっていた。
(だが今、その失われた日々を新たにすることも必要なのかもしれない…)
鳴海はそんな風に思った。

***

「まったく、今度はこっちが驚いたぞ」
ライドウの私室でゴウトは言った。
少年たちは適当にベッドに腰をかけ、猫たちもその上掛けの上にそれぞれ体を落ち着けている。

「とうに帰ったものと思っていたおぬしたちと、こちらが野暮用で入ったアカラナでまた出会うとは」
「うむ…」
「悪魔の封印に失敗したことで腕の未熟さを感じ、アカラナでしばし修練を積むことにしたという志は立派だが、初めから予定していたことではないのだろう。糧食も尽きるのではないか?」
「それはまあ、大丈夫だが」
「だが、あの程度の悪魔たちに手こずって怪我を負わされたのは、疲れのせいでは」
「うむ。先程は助かった」

業斗はいつになく言葉少なだ。
というよりも、核心に迫る言辞を避けて言葉を選んでいるというように聞こえる。
雷堂の方はいっそう、黙りこくって目を落としたままだ。
(これは、もしや…)
アカラナでも、偶然苦戦している雷堂に出くわしたライドウが手を貸して悪魔たちを退けた後、「修行もいいが、一度帰ったらどうだ」というゴウトの勧めにただ首をふり、「今は帰れぬ」というばかりだったのだ。
しかしこのまま置いては命にも関わりかねないと判断したゴウトは、
「それなら、しばらく俺たちのところに来てはどうか。以前世話になった礼だ」
と、雷堂と業斗を自分たちの時空に伴ったのである。
(修行云々は口実かもしれぬな)

「業斗、と自分と同じ名を呼ぶのも変な話だが、ちょっとこちらの町を歩いてみないか」
ゴウトの提案に業斗は尻尾を立てて起き上がった。
「うむ、よいな。違いがあるかどうか、見てみよう」
雷堂たちのいないところで大人同士の話をしようというゴウトの心積もりをすぐに察したようだ。
(さすがに、俺自身だな)
ゴウトは内心でにんまりした。
「雷堂、おまえは少し休ませてもらえ。ア…、ええと、こっちのライドウよ、ベッドを貸してやってくれるか」
「はい」
ライドウはすぐに立ち上がり、猫たちと一緒に部屋を出た。
猫たちのために出入り口のドアを開け、支えている。
「ほお、気がきくな。うちのとはやはり少し違う」
業斗は感心しているようだ。
「俺がしつこく言った成果だ」
ゴウトが言うと、業斗は笑った。
「それを大人しく聞いているところが、また違うさ」
ゴウトたちは笑いあいながら町へと歩き出した。

***

「あれ、ライドウ、もう一人は?」
鳴海の前に戻ってきたのはライドウ一人だった。
机の上には先程の報告書が広げてある。
「疲れて、眠ったようです」
「そうか。まあ遠くから来たんだろうし…」
実際のところはよくわからないが、鳴海は適当に相槌を打っておく。
「おまえ、出かけるの?もう夕方だよ」
ライドウがマントを羽織っているのを見て聞くと、
「神社に行って、報告をしてきます」
「ああそう…律儀だねえ。じゃ、行ってらっしゃい」
今回のライドウの任務は、ヤタガラスからの依頼だったのだ。
報告書の「別の時空」のことを少し聞いておきたかったが、義務に忠実な少年の邪魔も出来ず、鳴海は手を振って送り出した。
そっと少年の部屋を覗くと、「雷堂」はよく眠っている。
疲れが相当たまっていた、という様子だ。
猫たちはいない。
(一人置いて、遊びに行くわけにもいかんな)
鳴海は事務所に戻り、また紙巻に火をつけた。

鳴海はしばらくマッチ棒で建物を作る作業に没頭した。
だが、なかなか集中力が続かない。
それはいつものことだが、腹が減ってきたせいもある。
(ライドウが帰って来たら一緒に食いに出るか、留守番をしてもらうかしようと思っていたんだが、驚いている間にうっかりしてこんなことになってしまった…)
鳴海はもう一度、少年の部屋を覗いた。
眠りが深いようなら置手紙でもして、近くの洋食屋でさっとハヤシライスでも食べて戻ろうと思ったのである。
起こすことになってはいけないと思い、部屋全体の照明はつけず、そっとライドウの勉強机まで歩いて、そこに乗っている小さな灯りをつけた。
それを自分の体で隠すようにしながら、適当なちらし紙に書き付けをしていた時、少年のうめき声が聞こえた。

「うっ…」
ベッドをふり返り、少し灯りが当たるように体をよけて見ると、うなされているようだ。
鳴海はベッド脇に寄って少年の様子をよく見た。
「うん…」
眉がひそめられ、少し開いた唇から息が洩れる。
額には汗が浮かんでいる。
苦しそうな少年を見て、鳴海はその肩に手をかけて軽く揺すった。
「おい、大丈夫か」
少年は目を開けるやいなや、半身を起こして鳴海に抱きついた。
「鳴海、嫌だ、そんなのは、嫌だ」

鳴海は少し驚いたが、すぐに、
(ああ、元の世界の俺と思ったんだな)
と納得し、がむしゃらに抱きついてくる少年を軽く抱き返して、学生服の背中を撫でてやった。
「大丈夫だよ、怖い夢でも見たのかい?」
少年は、はっとしたように体を離し、鳴海の顔を見つめる。
「もう心配ないよ。ここは安全だから」
少年は顔を真っ赤にして、
「す…すまぬ…我は…」
目を落として、口ごもる。
(大人っぽく見えたけど、結構、子供なんだな)
鳴海は心の内で微笑んだ。

「思い出したかい?ここは違う世界の君の部屋だよ。うなされてたからつい起こしてしまったけど、もう少し休むかい?」
鳴海は少年が感じているらしい恥ずかしさを和らげてやろうと、今の子供っぽいふるまいについては触れないように話した。
少年は首を振って掛け布をよけ、ベッドから下りる。
「いや…もう、大事ない」
「ならよかった。あのさ君、起きられるんなら顔洗ってちょっとつきあってよ」
「え?」
少年は驚いたように鳴海を見る。
「いや、俺腹減ってしょうがないんだ。奢るからさ。ハヤシライス、嫌いか?」
「あ…好物だが…」
「じゃ、行こう。玄関で待ってるから」
(遠慮深い子なんだな。あんまりしゃべらないのは一緒みたいだけど、ライドウより少しわかりやすいかなあ)
鳴海はそんなことを思いながら部屋を出た。

近くの洋食屋でやっと望んでいた夕食を取り、食後のコーヒーが運ばれてきた頃、ようやく鳴海は頭が働くようになった。
(そうだ、例の事件の時のことは、この子に聞けばいいんだな)
「ええと、君、雷堂君だっけ。前にうちのライドウを助けてくれたんだよね」
「あ…いや、たいしたことはしておらぬ」
雷堂は、また少し顔を赤らめる。
「そんな謙遜しなくたっていいじゃない。君の力がなければ、あいつこっちに戻ってこれなかったんだろう?」
「…それは…だが、同じ力量だ。あのライドウにも同じことは出来る」
固い表情で言う雷堂を見ながら、鳴海はコーヒーを啜った。
(事実をそのまま言って、やたら自慢とかしないあたりは、一緒だな)

「それはまあいいとして…いや、今になってちょっとその何日間かのことが気にかかってね。あいつ記憶を失くしてたとかで、何してたか覚えてないっていうし」
雷堂は少し目を見開くようにした。
「業斗童子から聞き出してはいないのか」
「や、あの頃こっちもゴタゴタしてたから…俺はあの猫と直接話せないから、そこらも面倒だし…」
鳴海が言うと、雷堂はなにやら少し緊張が解けたような表情になった。
(ん…?)
「その…我は、もしや貴殿が先程の我の行動を訝って…問い質されるのかと…」
そう言う雷堂の顔はまた赤らみ、少し汗ばんでいるようでもある。
「はは、あんなこと気にしなくても誰にも言わないよ。悪夢を見た時くらい、子供返りしちゃってもしょうがないさ」
鳴海が言ってやると、雷堂は目をしばたいてこちらを見ている。
ライドウにも、これほど熱心に見つめられたことはないような気がする。
鳴海はなんとなく気恥ずかしさのようなものを覚えた。

「ほ、ほら、コーヒー冷めちまうぜ。ここのは、俺が淹れる程じゃないけど美味いよ」
照れ隠しのように言って、自分もコーヒーを飲み干す。
(いやー知らなかった、美少年の眼力ってのは迫力あるもんなんだね)
やっと視線をそらして大人しくカップに口をつける雷堂を見ながら、鳴海はそんなことを考えた。

***

「それじゃ俺達は捜査に出かけるから、すまないが留守番を頼むぞ」
翌朝、ライドウの部屋で仕度を済ませた後、ゴウトはそんな風に雷堂と業斗に声をかけてきた。

昨夜聞いたところでは、こちらの帝都では最近一つ大きな事件があったばかりだそうだ。
その内容は、もちろん異なる時空の存在である業斗たちが聞くべきことではない。
とにかく帝都全体を揺るがすほどの事件が起き、それ自体は解決したものの、その余波とでもいうのか、異界からの悪魔の侵入が増えているのだという。
個々の魔はそれほどの力はないものの、ほっておけばやはり人に害を為すということで、一つ一つ丹念に潰していかねばならないらしい。
中にはアカラナ回廊を通じて時の狭間から侵入してくる存在などもあるそうで、そういう場合は大抵ヤタガラスがそれを察知し、任務として依頼してくる。
そういう任務の一つの最中に、偶然業斗たちに出くわしたのだった。

「連れてきておいて相手も出来なくてすまぬが、まあ暇な鳴海にでも頼んでくれ」
「俺達には気を使わんでよい。任務は何より大事だからな」
業斗は答えて二人を送った。
雷堂を盗み見ると、今の業斗の言葉に感じるところがあったのか、不機嫌そうな顔をしている。
「我は、サマナーとして相応しくないか」
仏頂面でそんなことを言う。
(そう思うならサマナーらしい行動をしたらどうだ)
業斗は内心ではそんなことを思いつつ、
「まだ子供だから、仕方あるまい」
わざとそんな風に言ってやる。
「我は…」
言いよどんだ雷堂が投げつけるスリッパをよけ、
「こら、人様の物を乱暴に扱うな」
ライドウの机や本棚にジャンプして、自分を捕えようとする雷堂から身をかわす。

「うわ?何?」
ちょうどドアを開けた鳴海の足に雷堂が投げたスリッパが当たった。
「あ…」
「なんだ、猫と遊んでたのか。ほんとに元気になったみたいだな」
笑って言う鳴海に、雷堂は顔を赤らめている。
「す、すまぬ…その…」
しどろもどろに言う雷堂に、
「はは、いいって。それよりコーヒー淹れたからさ、事務所に来ないか。多原屋のと比べてみてよ」
鳴海はいっこう気にしない様子で誘う。
(こういう安気なところは向こうの鳴海と、ほとんど変わらんな)
業斗は事務所に向かう二人の後についていきつつ思った。
(それが吉と出るか凶と出るか…深く考えずゴウトの誘いに乗ったのは、間違いだったかもしれぬ…)

そのことは、昨夜ゴウト自身も、
「軽率だったかもしれぬ。だが放ってもおけぬ気がしてな…」
と認めていた。
筑土町の路地で猫同士、いや大人同士の会話をした時である。
もちろん雷堂の意地のままにあの異世界にいることは危険だった。
だからこそ誘いに乗ったのだが、こちらにも「鳴海」がいることは、決して忘れていたわけではない。しかし、
(やはり、疲れていたせいだ…)
それほど重くは考えなかったのである。

話す前からゴウトも大方は察していたようだが、今回の大元は、結局は向こうの鳴海である。
有体に言ってしまえば「痴話喧嘩」であって、喧嘩であるからには、もう一方の雷堂も悪いのだが、なんといっても雷堂はまだ子供である。
三十路を超えている男と十代後半の少年。
普通に考えれば大人が思慮深くふるまい、譲るところは譲るべき、なのであるが、まあ恋愛という場面においてはそう杓子定規ではおさまらない。
それでなくても元々人間的にゆるく出来ている鳴海である。
喉元過ぎればなんとやら、で、雷堂を本気の相手と決めたにも関わらず、ちょいちょい他にも目が行ってしまうらしい。

「本気じゃない、ちょっとした浮気」
だと、すれた大人は言うが、純な子供にそれは通じない。
売り言葉に買い言葉が続くうちに鳴海が、
「あの昌君は可愛かったな。おまえもあんな風に素直になれないのか」
と口にしてしまったのがいけなかった。
雷堂は真っ青になって身を翻し、口論の舞台になっていた事務所を走り出た。
業斗が走ってついていくのがやっとだった。
走りながらもその身が震えているようである。
そして向かったのが、「もう少し技量を上げてから」と置いていた依頼先である。

「雷堂、いかん。まだ力不足だし、こんな精神状態では例え腕があっても危険だ」
業斗の強い戒めにも雷堂は耳を貸さず悪魔に挑んだ。
手傷は負ったが幸い命は落とさず、どうにか時空の狭間に封印を施した。
その反動で一度はこのライドウとゴウトのいる時空に飛ばされ、その手助けを得て今度はライドウが術を執り行って元の時空へ--
戻るはずが、途中のアカラナ回廊に留まっていた、というわけだ。

(鳴海は本気で言ったわけではないだろうが、姿かたちがほとんど同じ自分の分身と比べられ、あちらの方がよいと言われてはたまらんわな)
そう思うと雷堂も、ここに来るのは仕方ないこととはいえ、決して気乗りはしなかったに違いない。
なにしろ、その比べられた相手がしょっちゅう目の前にいるのである。
それを考えるとライドウが忙しいらしいのはかえって助かる。
更にあちらの筑土町で過ごした日々の記憶もないのだから、雷堂と鳴海が「諍いをしていた」こともまったく知らないのだ。
それは、それでよい。
だが、「鳴海」がこうして優しく大人らしい風情で雷堂に接してくる…
それは、雷堂が襲名後に初めてこの探偵社を訪ねた時の鳴海と同じものなのである。
そのことは、雷堂にとってどうなのか。
業斗にもそれはよくわからなかった。






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