子ノ権現付近より伊豆ヶ岳(右)、古御岳、武川岳(左奥)伊豆ヶ岳から子ノ権現、竹寺

奥武蔵では人気一番と言われる伊豆ヶ岳は訪れたことがあったが、あわせて語られることが多い子ノ権現、その先にある竹寺へのルートは未踏だった。奥武蔵をある程度かためて歩いた2007年の春に出かけてみたところ、ほどよく足を止めるポイントが並んでいて飽きさせず、なるほどよいコースなのだなと納得した。正丸駅からの登路は賑やかだったが、伊豆ヶ岳を越え、隣の古御岳を過ぎると騒がしさは一段落し、子ノ権現からわずかに引き返して竹寺に向かう道筋に入ると人影はめっきり減った。交通の便や歩きでを考えると子ノ権現で切り上げるのがちょうどよいのだろう。


4月上旬、桜咲く正丸駅からの舗装路は春の穏やかさに溢れていた。斜面に建つ家の前ではスイセンが咲き乱れ、ハイカー向けに開けている茶店の軒先では自家製を謳った田舎まんじゅうが売られている。餡まで手作りとのことでいかにも美味しそうだ。
舗装道歩きは20分ほどで終わり、馬頭尊の社が建つ分岐から山道が始まる。一息入れている先行者を尻目に小さな沢沿いの緩やかな道に入っていく。小さいながら滝まである流れは清冽で、騒がしすぎない水音がよい道連れだ。山道が沢を離れて左手の斜面に向かうと、傾斜は途端にきつくなる。滑りやすいところもあり、下りでは難儀するだろう。足下ばかり眺めて登るが、あたりを見渡してみると里では強かった新緑の気配は消えており、冬枯れの木々が目立つ。尾根に乗るとふたたび緩やかな道のりとなり、奥武蔵らしいと思われる穏やかさに安心しているとまた急になる。右手の雑木林の向こうには丸山方面が望まれる。
馬頭尊から40分ほどで男坂と女坂の分岐点となる。見上げる男坂は鎖場が連続する岩場だが、落石の危険ありとされ、歩いて登れる女坂への迂回が推奨されている。本日はこの男坂を仰いで子供連れを含むパーティーが佇んでいる。会話に耳を傾けてみると、誰が最初に登るかを話しているようだった。断りを入れてから、一番に登り出すことにする。
男坂を見上げるハイカーたち
男坂を見上げるハイカーたち
出だしこそ足下にガレた岩屑が散乱していたが、取り付いてしまえばだいぶ前に初めて登ったときと同様、しっかりとした岩だった。登り出しは順層でガバホールドがふんだんにあり、鎖に頼らなくても岩を手がかりにするだけで登れる。しかし半ば頃から逆層になり、楽に登るには手がかりが減ってきたので素直に重たい鎖を掴む。振り返ると梢越しにしか目にできなかった丸山がすっきりとした姿を見せ、その左手前には二子山東隣の甲仁田山が横瀬川の谷間からいかつく立ち上がっている。爽快な眺めだ。
男坂を上る
男坂は”登りで”あり
頂稜に登り着くと平坦路となって気が抜けるのも束の間、山道を塞ぐ岩が二度ばかりだったか現れて集中力を呼び返させられる。4メートルほどの岩を乗り越えるとそこはもう山頂の一角だった。時刻がまだ早いせいなのか、奥に見える最高点には人の姿があるものの、手前の広場状になったところには誰もいなかった。
いまでも伊豆ヶ岳はそこそこ眺めがよいが、伊豆まで見えたからというのが山名由来に挙げられるほどなので、かつてはもっと開けた展望があったのだろう。それでも枝越しに眺める目の前の武川岳やその左奥に顔を出す大持山武甲山は大きく、なかでも大持山は高山の雰囲気を湛えて憧憬の念を抱かせる。だが本日は大気の透明性が低く、隣の古御岳からでもすぐそこに見えるはずの蕨山が背後の有間山や奥多摩の山並みに溶け込んでしまっていた。
伊豆ヶ岳山頂より武川岳と武甲山(奥)
伊豆ヶ岳山頂より武川岳と武甲山(奥)
遠目からでも伊豆ヶ岳から古御岳を越していく稜線はアップダウンが激しいとわかるが、よく歩かれているからなのかそれほどのことはなくやり過ごす。穏やかになった稜線で最初に出会うピークは高畑山で、木々に囲まれた広い空き地のようだ。合間から仰ぐ古御岳がすでに高い。高畑山からは眺めの乏しい道のりとなる。いくつかのコブを越え、山頂らしからぬ中沢ノ頭を過ぎれば天目指峠となり、興ざめな車道が山稜を越えていくのを横切る。さすがに少々疲労が出始めるが、越えるべき小さなコブはまだ続く。伊豆ヶ岳あたりの賑やかさはこのあたりになるとやや沈静化し、人の通りもまばらになる。伊豆ヶ岳のみを往復する人が多いということなのだろう。
竹寺への道を右に分ける三叉路に出ると子ノ権現が視野に入ってくる。寺域だからか尾根筋は伐採され、右手にはひさびさに開豁な空間が広がる。左手の谷間の奥には伊豆ヶ岳と古御岳が仲良く並び、見上げるハイカーを「よく歩いたね」と褒めていた。


伊豆ヶ岳から歩いてくると裏側から入ることになる子ノ権現だが、ここは天台宗の大鱗山雲洞院天龍寺という寺でありつつ、”権現”、すなわち神様を祀るところでもある。敷地内に入るとすぐ足腰のお守りを販売する店先で、参詣者が人だかりをなしていた。一段上がったところに本堂があり、すぐ脇に話に聞く鉄製の巨大ワラジや高下駄が鎮座している。ようやく足腰守護の神様に祈願できたので、きっと今後の山行は多少なりとも安全になったことだろう。同じように考える人たちが多いのか、参拝を済ませた参詣者が門前の土産物屋で気前よく足を止め、店の人たちと談笑していた。
子ノ権現の庫裡前
子ノ権現の庫裡前
竹寺へはふたたび子ノ権現の裏手に戻り、次々と到着するハイカーの流れに逆らって途中まで引き返す。伊豆ヶ岳からの道を右手に見送って谷筋を回り込み、南に延びる稜線をたどる。5人ほどのパーティとすれ違っただけで、あとは誰にも会わないまま一コブ越えて豆口峠に出た。ここにはトタンでできた三角屋根だけの小屋があり、支柱に豆口峠小屋と書かれている。2,3人が入ればいっぱいになりそうなもので、入口の扉もないため風がないときの雨を遮るくらいしか役に立ちそうにないが、天候の急変時に一息つくにはよいものだろう。
竹寺の本堂を俯瞰する
竹寺の本殿を俯瞰する
竹寺へは途中に分岐があり、左へは谷筋を行って直接寺の敷地に出る。右へは尾根の高みにある鐘撞堂を経由するもので、飾り気なく建てられたお堂の前からは北方彼方の大高山や天覚山が形佳い。とくに大高山はちょっとした岩峰のようで登高欲を誘われる。ゆっくり眺めていたいところだが、誰でも撞ける鐘の脇にいるので誰かが登ってきて鳴らすのではと思うと腰を落ち着けていられない。藁葺き屋根の本堂を目指して下りだしたところ登ってくる家族連れとすれ違った。案の定、すぐに鐘の音があたりに響き渡った。
花溢れる竹寺境内
花溢れる竹寺境内
子ノ権現と同じく、竹寺も神と仏が同居する。正式には医王山薬寿院八王寺といい、本尊は牛頭(ごず)天王で本地仏として薬師如来を祀るという。敷地に入ると、見上げれば桜、足下にはカタクリというようにとりどりに春の花が咲き、浮き立つ雰囲気は寺というより小公園のようだった。座敷で蕎麦料理を頂けるようなので食べてみたかったが、中沢というところから出る本数の少ないバスの時刻が迫っていたので果たせなかった。そう暑くない時期に子ノ権現と併せてのんびり再訪したいものだと思いつつ、寺から延びる舗装路を急ぎ足で下っていった。
2007/04/07

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