武川岳より伊豆ヶ岳(左)と古御岳伊豆ヶ岳

3月中旬の日曜日、秩父の温泉宿に来たついでに連れと一緒に伊豆ヶ岳に寄ってみた。風がかなり強いうえに山頂近くの山道は一部凍結していたものの、大勢登っていた。西武秩父線正丸駅側からの登路は山頂直下で鎖場のある「男坂」と巻道の「女坂」とに分岐するなどコースに変化があり、かつ山頂からの展望もよく、あいかわらず人気は高いようだ。とはいえこの季節、植林された山の麓は杉の開花期にあたっているので、花粉症の人は十分な対策が必要だろう。


ここに初めて来たのは17年くらい前になるだろうか。冬真っ盛りの2月、「山登り」とはどういうものか装備からしてさっぱりわかっていないまま一人で来てみた。なぜそういう時期にこの山に行こうとした理由はいまでは思い出せない。「すこし運動でもしなければ」くらいな気持ちで行ったのだろう。
通常は正丸駅から歩き出すのを、このときは早く歩き出したいがために一駅手前の西吾野駅から始めて花桐を経由するコースとした。だがあまり歩かれてない山道は落ち葉に埋まって判然とせず、けっきょく途中で道を間違えてしまった。それに気付いたときにはすでに急斜面を立木につかまりながら無理矢理登っている頃で、「さてどうしようか」と滑り落ちないように植林にもたれてあちこち見回していると、稜線を人が通っているのが目に入った。「ここを登ればルートに出られる」。足元が崩れるより速く木から木へ飛び移るようにして登っていき、鎖場近くのルートに飛び出して事なきを得た。
それから鎖場を登ったのだが、外気温が低いうえに長い鎖が冷たくて、手袋を持ってこなかったことを強く後悔した。幸運にも坂の途中に軍手がひとつ落ちていて、片手ずつはめては寒さを凌いでいた。「冬に山に行くなら低山でも手袋は必須」というあたりまえのことがよくわかり、次回から忘れずに持っていくようになった。


伊豆ヶ岳の山頂は四囲の眺めがよく、なかでも正面の武川岳の存在感が大きい。初見時はあちらがこちらより高いせいでとても大きく見え、畏怖の念さえ感じたものだったが、あちこちでもっと大きな山を眺めてきたせいだろう、時をおいて改めて眺めてみるとそうでもない。この武川岳、山頂部はゆったりとした山容で見ていて感じがいいのだが、秩父盆地の反対側になる山裾では石灰岩採掘が進んでいて、スプーンで抉られたような白い掘削地が巨大な虫食いの跡に見える。前に来たときはどうだっただろうか、覚えていない....
伊豆ヶ岳の山頂の一角にある岩には、かつてここで茶店を開き「伊豆ヶ岳のおばさん」として多くのハイカーに親しまれたという平沼とめさんのレリーフがある。最初に訪れたときには無主となったあずま屋がまだ残っていたと記憶しているが、今ではさすがに跡形もない。だが人の好さそうなふっくらとした顔の浮き彫りは変わらず穏やかな笑みを湛えていた。「また来ましたよ」と挨拶してから、山頂を辞した。
1984/2(たぶん)、2001/3/18

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