シラジクボから小持山に向かう途中より武川岳(右)から二子山に連なる稜線を望む

武川岳、二子山

もうだいぶ昔、初めて山登りらしい山登りをしたのが奥武蔵の伊豆ヶ岳だった。山頂から北西を眺めると左右に稜線を延ばして視界を大きく遮る山が見えた。それが武川岳で、標高は1,000メートルを少々越える程度だが山体は大きく、いつかその長い稜線を辿ってみたいと思っているうちに20年以上が経ってしまった。いつでも行けると思っていても、いつのまにか時間は経ってしまう。


さてその武川岳だが、名郷から前武川岳へ尾根筋を辿るルートは途中の天狗岩がややスリリングで眺望がよく、またその上方では堂々たる大持山を仰ぎ見るポイントもあるものの、概して植林の中の長い登りであまり面白いものではない。そのせいか、または天狗岩のやや悪路が敬遠されるのか、人通りが少なく静かに歩けはする。とはいえ大持山を目にした後は道筋にネットが張られて窮屈な思いをするところもあり(植生保護のためやむをえないとはわかるのだが)、全体としてどうも印象が良くないのが残念だ。
天狗岩より伊豆ヶ岳(左)と古御岳
天狗岩より伊豆ヶ岳(左)と古御岳
眺めのない暗い道を行くうちに、山伏峠からの道が通る前武川岳にはなんとなく着いてしまう。縦走路の途中の高まりという風情で山頂らしくないが、ここからようやく雑木林に囲まれた明るい雰囲気となる。葉が落ちた木々が立ち並ぶなかをたわみつつ延びる道を行けば開けた空間の山頂で、ほとんど木々に囲まれてはいるものの南面はこじんまりとした草原になっていて明るい。人気の山らしく昼時のハイカーがおおぜい憩っているが、この日は風が強くみな寒そうだ。吹いてくるのは梢越しに大きく見える隣の武甲山方面からで、その足下には秩父盆地の家並みも垣間見える。開けた南方には奥多摩の大岳山から御岳に続く稜線が遠望できる。さらにその左手には丹沢大山や丹沢三峰も逆光に浮かんでいる。
武川岳山頂より大岳山(右奥)、大山(中央奥)、蕨山(手前)
武川岳山頂より大岳山(右奥)、大山(中央奥)、蕨山(手前)
朝から体調がすぐれず食欲もないので、テルモスの茶を飲んだくらいで二子山へ続く道のりに向かった。左手に武甲山を見上げるゆるやかな道のりだが、横から見るので頭が半分以上削られているのがはっきりわかる。想像で昔日の面影を補ってみるが、やはりこの目で兜のようだったという山容を見てみたかったものだ。


武川岳は遠望するとゆったりとした山に見えるが、二子山に続く稜線でのんびり歩けるのは隣の蔦岩山までで、そこからは急な下りが何度か現れて緊張を強いてくる。右手の眺めが開けるところでは山頂東方の見晴台に続く尾根の向こうに伊豆ヶ岳が顔を出して挨拶を送ってくれるが、稜線を縦走しているというのに直下に林道が併走し始めて興ざめにもなる。
調子よく歩いてきたペースのまま登ってしまって息を切らして着く焼山は武川岳と二子山の中間点にある小さなピークだが、この日一番の眺望が得られる。左手は武甲山から大持山に続く山屏風に隠されているが、ほぼ秩父盆地を囲む山々が一望できると言ってよいだろう。縦走路正面にはこれから向かう二子山や、その向こうの丸山が望めるが、なにより秩父盆地を越えて並び立つ山々の眺めがすばらしい。
焼山から両神山(左)、赤久縄山(奥)、東西の御荷鉾山、城峰山
焼山から秩父盆地越しに上武の山々を望む。
両神山(左)、赤久縄山(奥)、東西の御荷鉾山、城峰山。
両神山の右に小さく尖るのはおそらく観音山。
左端に黒く見える山腹は武甲山のもの
武甲山によって区切られた広い空間の端にありながらも背の高さと量感で目立つのは両神山で、和櫛の背に切れ込みを入れたような異様な姿で周囲を見下ろしている。その右手、西上州に接するあたりにあるのは赤久縄山あたりの伸びやかな稜線や、仲良く頭を並べる東西の御荷鉾山、やや地味だが見れば見るほど好ましい城峯山だ。両神山の右手、小鹿野町の家並みの上にはよく見ると妙に尖った山があり、いったん気づくといつまでも気になってしまう。おそらく観音山という山なのだろう。
車で来て周遊というのが多い昨今、二子山までの縦走をする人は多くないのではと思っていたがそうでもなく、この山頂で展望を愉しんでいく人は少なくなかった。誰もいなくなってから今一度広い世界を見渡す。よく見れば箕山の向こう、はるか彼方に霞むのは榛名山小野子三山子持山に赤城山だ。風が強くなければここもまた湯を湧かすべきところだが、吹きさらしなので着られるものをみな着ても寒い。けっきょく地図を広げて山座同定だけして見晴らしの良い山頂を辞した。


ここからの下りも急だった。鞍部を隔てて立つ二子山は高そうに思えたが、それほどのことなくたどり着く。雄岳、雌岳と二つあるピークはいずれも眺望は悪いが、先に着く雄岳は比較的明るい山頂で、傾きだした日の光が落とす灌木の影に陰鬱さはない。雌岳からは芦ヶ久保駅に出る沢筋と尾根筋の二つのルートが分岐しているが、山頂標識にはいずれにも「急な下り坂あり」とあった。当初予定通り沢沿いの道を取る。涸れ沢が水量を増していくのを眺めつつ下るのが楽しい。芦ヶ久保駅は真ん前にある”道の駅”が車で来た人たちで賑わっていたが、鉄道の駅のほうは閑散としていた。
焼山より望む二子山
焼山より望む二子山
二子山(雄岳)山頂
二子山(雄岳)山頂
いつかは歩きたいと思っていた本日のルートだが、武川岳から二子山に向かう稜線での眺望は悪くなく、とくに焼山のものは強く印象に残った(とはいえわりと最近の伐採の結果だそうだが)。次は妻坂峠経由で武川岳山頂に上がって伊豆ヶ岳方面に下る道のりを歩いてみようかと思う。
2007/2/11

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