日和田山山頂直下の金比羅神社前の岩場から巾着田を望む
ときは2月も半ば、ふと手にした山岳雑誌に奥武蔵のガイドが載っていた。描写されている山村風景が郷愁を誘う。山の上ではそろそろ梅の花が咲くころだろう。春霞がかかる前に山里の景色を訪ね歩いてみようと、まずは日和田山から歩き出した。単なる出発点だったはずが、思いのほか山中で遊んでしまい、後に続く山村巡りが駆け足になってしまった。


西武秩父線高麗駅に着いてみるとあいにくの曇天で肌寒い。本日はバーナーも保温水筒も持ってきてないので、山中でとる暖は途中にある茶屋でとなる。それまでは身体を動かして暖まるしかない。線路を渡り、交通量のある交差点を直進し、道なりに歩いて行くと川を渡る。巾着田はすぐそこらしいが、本日は寄らず、橋の先でクライミング練習所の岩場への道を見送り、登山口への案内にしたがい広い車道を上る。
このあたりは過去のガイドによると山村めいた雰囲気が好ましいとあったが、いまでは新しい住宅や洒落た店が目に付き、かつての雰囲気は薄れてきているのだろう。日和田山へは登ってきた車道を左折するのだが、その角にあるのが幟を立てたベーグル屋だったりする。
明るい雑木林の斜面が見えてくると日和田山の案内図がある。途中に男坂・女坂が別れて山頂直下で合流するらしい。ひと登りして平坦になると大きな鳥居があり、その先でコースが別れる。どうせ登るのであれば手応えのありそうなほうをと男坂に行く。実際の登りは少し先からで、入り口には標識が賑やかに立ち、右行けば男坂、まっすぐ行けば見晴らしの丘、左に行けば男岩・女岩とある。男女の区別が好きな山だ。それにしても男岩・女岩とは何だろう。ちょっと寄り道してみよう。
一の鳥居、すぐ先で男坂・女坂が別れる
一の鳥居、すぐ先で男坂・女坂が別れる
尾根を一つ越えて下るとT字路で、標識があって「男岩・女岩・チャートの小径」と書かれている。しかし左右どちらに男岩・女岩があるのか書いていない。左に行けば山を下ってしまいそうだが、そちらにあったらと考えて入ってみた。低い山なので登り返したとしてもさほどのことはないはず、せっかくだから日和田山を楽しんでみようというわけである。
人の往来のない山道をしばしで、結局なににも出くわさないまま車道に出てしまった。車道に出る脇には民家のような”日向区自治会館”が建っており、よくよく考えるに、ここは日和田山の岩場への入り口らしい。だいぶ前にクライミング教室の集いで歩いたこともあるのだが、引率されて大勢で来たからか、まるで覚えていない。


改めて日和田山を登り直す。いま出たばかりの山道を戻り、ベーグル屋からのコースに比べて格段に山の雰囲気が強い道のりを行く。「小径」の標識に従ってさらに奥に入っていくと、賑やかな声が聞こえてきた。植林帯の中、左手すぐそこに5メートルほどの岩が出ていて、ボルダリングの練習が始まろうとしている。かつて自分が初めて岩登りの練習をしたところで、懐かしく眺めながら行くと、天を衝く大岩が正面に現れた。まるで尖塔のようだ。右手にはやや低いながら、同様に天を衝くものがある。これが「男岩・女岩」に違いない。
日和田山の岩場
日和田山の岩場
じつは今の今まで先ほどの小さな岩が日和田山の岩場だとばかり思っていたのだった。大間違いもいいところである。おおぜいのクライマーが正面の尖塔状の岩に取り付いていた。順番待ちをしている人たちの手や腰には、ロープの束に、ハーネスやカラビナ。ここはお気楽なハイキングとは一線を画した世界だった。
しばらく立ち止まってクライミングを見物した。見上げる大岩はクライミングジムの壁以上の高さがある。ジムと違って「ここに手足をかけろ」と書いてないので、登っている人たちは多かれ少なかれ手探り足探りだ。見ているこちらも緊張する。無事登り上げた人にビレイヤーから「やりましたね!」と声がかかる。かけられた人の顔は山道からは見えなかったが、きっと達成感の笑顔だったことだろう。


男岩・女岩に向かい合う斜面に小径があり、山頂方面を案内する標識があったので登って行く。クライマーたちが眼下になったあたりで稜線に出て、谷間越しに日和田山を眺めながら行くと三叉路となる。まっすぐ行けば日和田山の奥にある物見山に続く銃走路に出る。ここは右に入り、山頂直下の金刀比羅神社を目指す。谷間を回り込み、ちょっとした岩場を越えると展望のよい神社前に出た。
そこは足下に岩場が広がるテラス状の地形で、左右に広い眺めが得られる。奥多摩の大岳山から川苔山を経て日原の山々、天覚山・大高山子ノ権現から伊豆ヶ岳までの奥武蔵の山々、そして広々と広がる関東平野。ご近所の天覧山といい、飯能近辺には楽に登れて展望のよい山が多い。
金刀比羅神社前の岩場にて
金刀比羅神社前の岩場にて
開放感ある場所なので休憩するハイカーたちも多い。相互に交わすあいさつを聞いていると、どこから登りましたか、というのが一番の話題のようだ。やはり男坂を登ってこないとこの山に登ったことにはならないらしい。ならば登り直してみよう。休憩もそこそこに女坂を早足で下っていき、男坂・女坂分岐に戻った。
改めて男坂を登る。のっけから岩の階段で、その後もぐいぐいと高度を稼ぐ。ほぼ終始岩場が続き、両手まで使って乗り越えるところもある。伊豆ヶ岳の男坂ほどではないが手応えは悪くない。再び金刀比羅神社前に出た。振り返ればつい先ほど見た光景が広がっているが、岩場ルートを上ってきた爽快感で、ひと味違って見えた。
日和田山の山頂は神社裏手の高まりだった。大きな宝篋印塔が建ち、関東平野側が切り開かれて展望がよい。だが山側はまるで眺めがなく、人も多かった。ゆっくり休むのであれば先ほどの神社前が最適のようだ。
山頂の宝篋印塔
山頂の宝篋印塔
長居することなく山頂を辞した後、北向地蔵、ユガテを経て越上山に立ち寄り、顔振峠まで足を伸ばして吾野駅に出た。


日和田山を結果的に二度も登ったせいか、顔振峠までは少々長めに感じたが、ユガテでのロウバイの芳香と、越上山山頂の聖域感、そして顔振峠から展望した山あいの集落の佇まいと、なにより奥多摩・奥武蔵の広く遠い山並みは、歩いた甲斐があると思えるものだった。日和田山から顔振峠までのルートは変化があって愉しく、また歩いてみたいと思うが、そのときは日和田山を登るのは一回きりにしようと思う。
2017/02/18

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