竹寺の鐘楼から大高山(左)、天覚山を遠望する
先日、天覧山から多峯主山を経て天覚山に続く稜線を歩いたものの、時間切れで天覚山まで行き着かず、釜戸山という支稜のコブを越えて西武秩父線武蔵横手駅に下りた。天覚山から大高山までの稜線を続けて歩いてみたく、翌週にまた奥武蔵へと足を運んでみた。


午前10時の武蔵横手駅で山に行こうとする姿は自分一人だった。歩き出すには遅いというより、そもそもここから山に向かう人が少ないのだろう。秩父方面に向かって車道を歩き、高麗川を渡って踏切を越えれば集落の入り口で、さっそく道筋が分岐する。左手に行くのは先日釜戸山から下ってきた時に辿ったもので、本日はコースを変えて正面のものを辿る。
集落内の分岐には案内標識が立ち、迷うことはない。農村めいたたたずまいの中をとにかく高い方へと歩いて行くと、横一列に立ち並ぶ新しめの住宅が見えてくる。木々に囲まれた広場のような場所を過ぎるともう山懐で、標識があり、向かう方向は「三角天 かまど山」。三角点ではなく三角天。これも不思議だが、並ぶ文字がどことなく一杯飲み屋あたりを思わせて微笑ましくもある。
山道はよく踏まれているもののそこそこ急で、ゆっくり登って行く。丸いコブの三角天を過ぎれば釜戸山はすぐに着く。先日は夕暮れ時に到着したのでよく見なかったが、山頂標識の後にある木の幹には宗教的な図像がくくりつけられている。傍らの椿の枝には「山の神」と書かれた紙片。山中では紙一枚で雰囲気がだいぶ変わる。
釜戸山にて
釜戸山にて
釜戸山からは吊り尾根を辿って天覧山から天覚山に続く稜線に乗る。さてここからいよいよ一週間前の縦走の再開なのだが、のっけからコブの急登に遭遇する。コブは連続し丹念に越えさせられ、そのおかげもあってか本日も人影が少ない。高麗川脇を走る車の音が遠く響いてくるだけで、山中に話し声は聞こえない。植林が多いせいか鳥の声もない。季節柄、虫の羽音も耳にしない。自分の足音と呼吸音だけが大きい。
眺めはほとんど得られないかと思っていたがそうでもなく、稜線を辿りだして二つ目のコブからは右手奥に両手を合わせたような山が見える。越上山だろう。名の通り、拝んでいるような姿。次にたどり着いたコブからは南側のゴルフ場側が開け、遠くに奥多摩方面らしき山々が霞む。見下ろせばグリーンの上には何人かいて、気楽な足取りで次のホールに移動中だった。箱庭的な眺めから踵を返し、さらにいくつかのコブを越えて行く。
頭上が多少開けたと思うと、右手先に送電線鉄塔が立っていて巡視路の踏み跡が伸びている。寄り道してみると、越上山から高指山、日和田山に続く稜線が見渡せた。本日初めての広い展望で、空は灰白色に曇っているものの、荒れたところのない山並みは親しみを感じさせる。ここでお茶休憩してもと思ったが、歩き出してさほど経ってないことでもあるし、天覚山まで行ってみることにする。


しばらく歩くと稜線を越える舗装道に出た。地図には東峠(長尾峠)とある。削られた稜線の正面には思わせぶりに立派な鎖が下がっていて、これを頼りに登るのかと訝ったが、歩くコースは車道を左へ下る。右手に開ける沢筋のようなところに標識と踏み跡があって天覚山へと続く。
出だしこそお気楽なものだったが、登りはなかなか急になっていく。斜度が緩んでも山頂はまだ先で、ようやく標識の立つ山頂に登り着いたときは通常であれば「やっと着いた」と思うものだが、南側が大きく開けて眺めがよいのを知って意外感のほうが強かった。多峯主山からの山並みが見通せ、正面に伸びる稜線の上に大岳山と御前山が霞んでいる。やや古いガイドには植林に囲まれて眺めがないとあったが、刊行後に切り拓かれたのだろう。
大岳山(左)、御前山(中央)、川苔山(右奥)、その手前に棒ノ折山
天覚山からの眺望。大岳山(左)、御前山(中央)、川苔山(右奥)。
川苔山の左手前に大きな棒ノ折山、川苔山の左の平頂は本仁田山。
山頂にはベンチが3つ4つある。先着者は単独行のかたが2名のみ、おのおの静かに好きに休憩する。湯を湧かし、コーヒーを淹れた。


大高山へはまず急傾斜を下る。右下に小平地があり、気になったので稜線をやや下って寄り道してみた。意外と広い。入り口に石柱があり、両峯神社跡と刻まれている。平地は二段構えになっており、盛り土された台地の正面に回ってみると平地全体がだいぶ広く、立派な社殿が建っていたらしい。山行後にやや古いガイドを繙くと、ここには天覚明神社という社が建っていたとあった。別のガイドでは天覚大明神という名もある。この小平地は東吾野駅から直接に天覚山を目指せば通過するが、本日のルートだと寄らずに済ますところだった。
天覚山からも上り下りが続くが東峠までよりは穏やかに思える。コブを巻く回数も多く、植林のなかでありながら空もやや大きい。振り返れば岩塔めいたピークが木々の合間に窺える。天覚山が見送ってくれているのだった。
天覚山
天覚山
続くコブでは富士山型の大高山がヤブの間から窺えた。頂稜が延びる方向から見ているため切り立った端正な姿で、低山とは思えないほど美しい。この眺めを得られただけでも本日の山行は来た甲斐があった。
大高山
大高山
多少は歩きやすくなった縦走路だが、上下がないわけではない。天覚山よりだいぶ前から歩いてきているので少々くたびれてもくる。意外と長く感じるようになった稜線では、すれ違う人も増え、「この後に団体さんが来ますよ」と教えてくれる人もいる。たしかに前方から相当に賑やかな声が近づいてくる。疲れてもいたのでコブから派生する支稜に入って灌木の下で一休みし、姿の見えない団体をやり過ごす。
天覚山の登りもきつかったが、大高山の登りもなかなかきつかった。着いた山頂は山姿のとおりに狭く、大勢が留まれるとは思えない。先ほどの団体はいったいどのように休憩したのだろう。眺めといえば大岳山方面が少々切り拓かれているだけで、あまり山頂の有り難みを感じない。それでもぐずぐずしていたが、天覚山でお茶休憩をしたことでもあるし、長く腰を下ろす気にはならなかった。大高山はどちらかというと眺める山の部類らしい。妙に立派な山頂標識の石柱を眺め、先着者と会話したくらいで、早々に下りることにした。
ここからの下りは岩が出ている急降下でかなり緊張した。雨で岩場が濡れていたらもっと緊張しただろう。下り着く峠は車道が越えていて道なりに下りたくなるが、地図に当たれば山腹を延々と行くものなので安易に入るといつまでも里に下り着かないことになる。疲れた身に気合いを入れ直して目の前にそそり立つコブに登り返し、薄暗くなってきた山中を巡っていくうち、前坂という名の十字路に着いた。
ここまで来れば本日の山行はほぼ終了だ。正面に見上げる先は子ノ権現に続く道のりで、坂の途中に黄色い標識が立っている。なんと書いてあるのかを確かめるのも含めて稜線を追うのは後日の宿題とし、今日のところは右へ、吾野駅へと向かう。
歩きやすい径をゆったり下る。浅く広い谷間を回り込むところでは植林の木立が整然と並び、頭の中がさっぱりする感じだった。行き先の木々の合間が明るくなり、車道の騒音が近くなり、眼下が開けると、吾野駅のホームが見下ろされた。


出た先は法光寺という寺の墓地で、吾野湧水を脇に見て線路脇に出る。かがまないと頭をぶつけそうなトンネルで反対側に出ると駅舎はすぐそこだが、おり悪く上り列車が来てしまい、しかたなく一本見送った。幸いにして次のはそう待たずに来る。寒い一日だったので、駅前にある自動販売機で暖かいココアを買った。飲み終わる頃には電車が来る旨のアナウンスが響きだしていた。
2016/01/17

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