雨(フェリエット・オズシエン)

藤野 ”芸術の道” (二)

芸術の道は脇目を振らずに歩けば半日もかからないだろうが、出会うオブジェを前後左右から眺め、コース上にある寺や神社に立ち寄るなどしているとわりと時間がかかるものだ。初めてのオブジェ巡りのときは「山に登るわけでもないので午後から歩き出せば十分だろう」とたかをくくって来たものだが、秋分の日をひと月も過ぎていないのにみな回りきる前に日が暮れてきてしまった。


連れと再訪した折りには午前中から藤野駅を出発して日連大橋を渡り、昼には葛原神社に着くようにした。昼前の神社はひとの姿がなく落ち着いたものだった。広い境内に屋根のある休憩所があり、ここで駅前の店で仕入れた食料を広げる。目の前の畑地の向こうには鶴島御前山が間近で、背後には扇山と権現山が霞む。桂川近くの石楯山は権現山の好展望地と最近気づいたが、ここもよい場所だ。植林の枝打ちをしているのか山裾からエンジン音が聞こえてくるのも里らしく好ましい。湯を沸かし、「やはりこういうところで飲むコーヒーは美味いねぇ」とか連れと話しながらしばし時を過ごす。
食後、境内を見て回る。ここも同じ藤野は名倉の石楯尾神社(いわたておのじんじゃ)に似て本殿のまわりに小さな神社が多い。雨降神社、山口神社、浅間神社、日月神社、菅原神社に熊野神社と、もとからこの地にあったのか地域内にあったものを集めたのか、いずれにせよこの国には八百万の神がいるというだけあって神社の名前も尽きることがなさそうだ。ゆるやかな稜線続きには浄土真宗の正念寺もある。参道脇には旧陸海軍士官戦没者の墓が立ちならぶ。みな姓が同じなので地元の名士の家系に連なるかたたちなのだろう。
葛原神社より左から鶴島御前山、扇山、権現山を望む。権現山手前には甲東不老山がわだかまる。 葛原神社本殿

(左) 葛原神社より左から鶴島御前山、扇山、権現山を望む。権現山手前には甲東不老山がわだかまる。竹林手前に16 「語り合う石たち」が見えている。
(上) 葛原神社本殿
寺から直接にハイキングコースに戻る道を下る。駐車場奥の「景の切片」を見送り、住居が目につくようになったミニ高原風の車道をたどっていくと左手にがクモが3匹集まったような19「FLORA・FAUNA」(原智)が目に入る。このあたりを初めて訪れたときは奇妙な形のベンチにしか見えなかったものだ。脇では話し好きのおばさんが営む自然食の店が出ていて、季節折々の品を並べている。
すぐにまた左手に20「庵」(斉藤史門)。道路脇に立っていなければ庵というより秘密基地と思える。壁に開いた窓がつくるシルエットが美しい。右手にあるシュタイナー学園を過ぎるとすぐその裏に21「森の記念碑」(池田 徹)。重厚感では「森の守護神」と一、二を争うだろう。だが周囲に溶け込んでいるのか意外と目立たない。自然からの祝福なのか、壁から雑草か何かが生えてきている。
20 「庵」(斉藤史門)

21 「森の記念碑」(池田 徹)
19 「FLORA・FAUNA」(原智)

(左上) 20 「庵」(斉藤史門)
(上) 19 「FLORA・FAUNA」(原智)
(左) 21 「森の記念碑」(池田 徹)
右手に現れた「園芸ランド遊歩道」のアーチを見送り、舗装道を辿って峠越えをする。右、左とカーブしてまっすぐ下るようになると、左手に意外と大きく出てくるのが22「芽軸」(田辺光影)で、どことなく傾いているような気がして近寄っていくと、山側に意図的に傾けて設置されている。
どんどん下る。桂川方面の眺めが開け、藤野駅背後の岩戸山が佳い形で左右に広がっている。その裏には陣馬山と生藤山山塊が大きい。造成が途中で止まった二車線のショートカット道を抜けると23「雨」(フェリオット・オズシエン。作品自体はそれほど大きくなく華奢とも思えるのだが、青空を背景に被写体とするとかなり映える。力強くさえある。アイディアが楽しいオブジェで、作者はトルコのかたらしいが、当然ながらトルコにだって雨は降るのだろう。
道なりに行くと人家のなかを通るようになり、車のやや多い通りにぶつかる。ここは右に折れる。道の左側を歩いていくと大きなイチョウの木が一本あり、歩道が迂回している。黄葉にはまだ早い秋、ギンナンが鈴なりになっていた。初めて見るという連れは感心して見上げる。そこここに落ちているのを近所のかたが手袋をして拾っていた。
なおも行くと左手に顕著な車道が分岐する。弁天橋に向かうこの車道に入り、すぐ次の左への分岐を入る。先には”研修センターふじの”という建物があり、その敷地内に24「瀞」(多摩美術大学(深谷泰正))が見えてくる。横倒しにされた水の渦か。オブジェの真ん前にはマンホールが丁寧に二つもあり、周囲の舗装された地面と作品の色合いと質感が同じであるため、じつに冴えない。設置場所に恵まれていない作品の一つだと思える。
22 「芽軸」(田辺光影) 23 「雨」(フェリエット・オズシエン)
24「瀞」(多摩美術大学(深谷泰正))
(左上) 22 「芽軸」(田辺光影)
(右上) 23 「雨」(フェリオット・オズシエン)
正面背後は岩戸山。左奥は陣馬山(だったかな)。
(上) 24「瀞」(多摩美術大学(深谷泰正))
時間がなければこのあたりで切り上げて弁天橋に下る道に戻って左へ行けば、相模湖を渡りつつ20分ほどで藤野駅に着く。この日は全作品を眺めるために来たので右に行く。最初の分岐に戻ればすぐ先に店がいくつかあり、カフェの看板も出ている。自然食品を売る店内では大きなテーブルが一つあってコーヒーやチャイが飲め、カレーライスも食べられる。チャイはスパイスが効いていてなかなか美味しい。店内の商品を見るのも楽しく、奄美大島のカレーというものをお土産に買った。
この店のすぐ先の右手には26「あなたと・・・明日の空の色について」(武荒信顕)が緑に埋もれている。赤い箱の上に乗っている銀の円筒はいったいどうやって固定されているのだろう?赤い箱自体が倒れない仕組みも不思議だ。作品名にしても「何が?何で?」と混乱する。見るものを不安定な世界に引き込むのがこの作品の目的だとしたら、かなり成功していると言える。
車道をたどっていくと右手の高台の上に27「空を持つ柱」(土屋昌義)。”園芸ランド事務所前”のバス停が立ち、左手に駐車場と公衆トイレがあるところまで来ればほぼ正面にある。事前に形状を知らなければかなりの確率で見落とされるだろう。車道の右側を歩いていればそもそも見えないし、左側を歩いていても高台にあると知らなければ見つけられない。自分と連れがそうだった。たとえ目に入ったとしても作品の上半分くらいしか見えず何かの煙突かと思うかもしれない。近寄ってみると、隙間の空いた金属板の集まりだからか、妙に涼しげな感じがするのだった。
26「あなたと・・・明日の空の色について」(武荒信顕)

(上) 26「あなたと・・・明日の空の色について」(武荒信顕)
(右) 27「空を持つ柱」(土屋昌義)
27「空を持つ柱」(土屋昌義)
車道が右にカーブし、さらに左に曲がるところで名倉グラウンド入口のゲートが目に入る。このゲートは野外環境彫刻ではないが、人間や動物の人形がくくりつけられ、無限定に伸びる管の束が自由な雰囲気で面白い。その脇に樹木に隠れるようにして31「カリブー」(ジム・ドランが立っている。鉄でできているようだが、錆の色が生きるように計算されて造られたのだろう。周囲の木々が生長して作品が隠れつつあるように思える。
(2012/08/11追記:「カリブー」はどうやら全身茶色に塗り直されたようです。胸の白み具合がよい感じでしたのに・・・)
名倉グラウンド入口ゲート ゲートに取り付けられた陶器製の人形
(左) 名倉グラウンド入口ゲート
(右) ゲートに取り付けられた人形
(下) 31「カリブー」(ジム・ドラン)
 
 31「カリブー」(ジム・ドラン)  
ゲートをくぐり、グラウンドへの坂道を上がっていく。車止めの柵があり、その傍らに立つのが28「トライアングル・ウィンド・ソング」(鈴木明)。見上げる高さの四角な枠を風が通り過ぎていく。目で見る音だ。鑑賞の邪魔なので、すぐ脇にある物置小屋は移設してほしいものと思う。
藤野に来れば駅から常に見える29 「緑のラブレター」(高橋政行)へは、グラウンドを藤野駅側に回り込み、山道に出てとにかく高い方へと登れば着く。目の前に巨大なカンバス地らしきものが広がるばかりで全体像は掴みがたい。やはり遠望すべき作品で無理して来る必要はないが、来たら来たで見渡す駅周辺の市街地とその背後の山々の風景が好ましい。
なお、石山に登る途中と思われる場所に30「過去からのひびき(エコー)」(アロイズ・ラングがあったようだが、これも修復中という名目で撤去されているらしい。展示の痕跡を探したが見あたらなかった。どんどん登っていいったら石山の山頂近くまで来てしまっていて、さすがにこのあたりには設置しなかっただろうと引き返した。
(2011/08/11:”エコー”は、修復されてもとの地に戻っているらしいです。)
29 「緑のラブレター」(高橋政行)の設置場所から藤野市街、岩戸山(手前左)、生藤山山塊(左奥)、陣馬山(右奥)を望む

(上) 29 「緑のラブレター」(高橋政行)の設置場所から藤野市街、岩戸山(手前左)、生藤山山塊(左奥)、陣馬山(右)を望む
(右上) 28「トライアングル・ウィンド・ソング」(鈴木明)

(右) "芸術の道"案内板にある30「過去からのひびき(エコー)」(アロイズ・ラング)---ガイドマップ写真を転記---
28「トライアングル・ウィンド・ソング」(鈴木明)

"芸術の道"案内板にある30「過去からのひびき(エコー)」(アロイズ・ラング)の往時の姿
「エコー」を惜しみつつ名倉グラウンド入口のゲート近くに戻る。目の前の車道を右に行けば、歩道のない秋川橋方面に出られる。ただそうするとあと一つ残った作品が見られない。なのでゲートからは往路を戻り、自然食品の店の先で右に折れて下り、弁天橋を渡る。(またはゲートから往路を戻って「空を持つ柱」を過ぎると小さな橋の手前に駅へと案内する表示板があり、これに従って右へ下る道に入って、表示板のないT字路は左に行くと、弁天橋に出る。こちらのほうが静かだし変化があって好い。)
渡りきったところの右側崖上で最後の作品である26「カナダ雁」(ジム・ドランが羽根を広げて出迎えてくれる。しかしなにも知らずにこの作品を見る人はすぐ傍に建つ家の飾りかと思うかもしれない。他の作品の傍らにはたいがい解説板があるのだが、このカナダ雁には無いようで、初訪者には余計に野外彫刻と認識しがたい。やや錆が目立つものの作品自体は悪くないので、せめて作品名表示板を近くに設置してあげればと思うのだった。
26 「カナダ雁」(ジム・ドラン)
26 「カナダ雁」(ジム・ドラン)
道なりに上がっていくと国道20号に出る。藤野駅へは右へ行く。短いようで長い"芸術の道"めぐりも終了直前だ。さて、案内所であり芸術品の土産物屋でもあるシーゲル堂がまだ開いているようだったら、入ってみよう。今日見た野外彫刻の作者の品が陳列されているかもしれない。とはいえわりと値が張る。草木染めの卓上箒などが手頃かも(箒部分は絹糸、柄は月桂樹。愛用してます)。
2008/10/04

<作品間の参考所要時間>
中央本線藤野駅(ホームより「29 緑のラブレター(高橋政行)」および「2 藤波(輿倉豪)」を展望)-<10分>-
1 「空」(狩野炎立)-<5分>-
4 「記憶容量−水より、台地より」@(岡本敦生)」-<5分>-
5 「記憶容量−水より、台地より」A(岡本敦生)」-<15分>-
6 「両側の丘の斜面」(三梨伸)-<10分>-
7 「COSOMOS」(村上正江)-<3分>-
8 「限定と無限定」(古郷秀一)-<3分>-
9 「射影子午線」(加藤義次)-<10分>-
11 「森の守護神」(佐光庸行)-<10分>-
17 「羅典薔薇」(加藤義次)-<3分>-
12 「回帰する球体」(中瀬康志)-<3分>-
15 「吠える」(植草永生)-<2分>-
16 「語り合う石たち」(杉浦康益)-<5分>-
13 「大地の塔land tower」(國安孝昌)-<5分>-
17 「羅典薔薇」(加藤義次)-<1分>-
18 「景の切片」(菅 木志雄)-<3分>-
19 「FLORA・FAUNA」(原智)-<2分>-
20 「庵」(斉藤史門)-<2分>-
21 「森の記念碑」(池田 徹)-<10分>-
22 「芽軸」(田辺光影)-<3分>-
23 「雨」(フェリオット・オズシエン)-<15分>-
24 「瀞」(多摩美術大学(深谷泰正))-<7分>-
26 「あなたと・・・明日の空の色について」(武荒信顕)-<5分>-
27 「空を持つ柱」(土屋昌義)-<3分>-
31 「カリブー」(ジム・ドラン)-<3分>-
28 「トライアングル・ウィンド・ソング」(鈴木明)-<15分>-
26 「カナダ雁」(ジム・ドラン)-<7分>-
中央本線藤野駅

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