石楯山見晴台より扇山(左)と権現山石楯山

春まだ浅い土曜日、中央本線沿線の藤野の名倉金剛山に再訪し、その隣にある未踏の鶴島金剛山にも寄ってみようと計画を立てた。藤野駅からだと一本松山を越えて向原に出て二つの金剛山をつなぐ稜線に出るのが最短だが、今回は一本松山の西にある石楯尾神社とその向かいの石楯山を踏んで向原に出ることにした。
でかけてみると由緒を誇る神社の境内は郷土の神々をひきとって世話する大所帯となっており、向かいの低山に登ればわずか5分で予想外の展望地で、とくに上野原の権現山の全体像がよくわかる希有な場所だった。出だしがよかったので後の山行はつけたしのようになってしまい、のんびり歩いて鶴島金剛山と名倉金剛山の頂を踏み、高倉山を越えて相模湖まで出て藤野駅に戻った。(なお、『藤野の山と峠』では”石楯尾山”とされているが、現地案内では”石楯山”となっているのでここでは後者に従っている。)


藤野駅から国道20号に出て右手へ向かい、弁天橋で相模湖を渡る。右手に低いながらも屏風のように立つ岩戸山の山腹を仰ぎ、いつもより背が高く大きく見える扇山や権現山を前方に遠望していく。主要道から別れて直進する狭い道に入ると両側から木々が迫り、しばらくで右手に立派な鳥居が顕れ、"名倉の権現様"こと石楯尾神社(いわたておのじんじゃ)に着いたことを知る。なお同名漢字の神社が生藤山の山腹の佐野川にあるが、そちらの読みは"いわたておじんじゃ"で、「の」が入らない(神奈川県神社庁の記事による)。
折れ曲がった石段を登って出る先は予想以上に清々しい境内で、朱塗りの本殿が美しい。開けた境内を取り囲むのは神奈川県指定の天然記念物にもなっている社叢林で、その木々の合間には本殿に比べれば遙かに小さいながらたくさんの社が並んでいる。近寄ってみるとそれぞれの傍らには祀られている神様と元の在処が記された札が立っており、藤野のあちこちから移設されたものとわかる。榛名神社、天満天神宮、浅間神社、大黒様、住吉神社、疱瘡神社(名は知っていたが実物を見るのは初めて)、稲荷神社、日月両宮、蔵祖神社に八幡神社となんとも賑やか、これだけ集まっていれば寂しがる神様は誰もいないことだろう。
石楯尾神社
石楯尾神社
石楯尾神社本殿の裏手に回って宮司さんらしきお宅の前を通り、車道に戻る。ちょうど向かい側が石楯山への登り口で、駐車場に使われる広場の手前にある"石楯山案内図"を見ると、広場の左手からのものと右手から見晴台を経由してのものと二つ登路がある。ここ石楯山は別名”つつじ山”というらしく、見晴し台に向かうルートはたくさんのツツジのなかを行くもので、開花期は相当華やかにちがいない。
登っている最中でも右手の扇山や笹尾根方面の見晴らしがよいが、5分強程度で登りつく見晴し台の眺望がまた素晴らしい。まだ相模湖である桂川のへりに岬のように突き出しているため絶好の展望台になっている。正面に聳えるのは小さいながら鋭く尖った鶴島御前山だ。ここから見るとよくあれに登れるものだと思うほど先鋭的な姿を見せる。左手には高柄山が虚空に背を伸ばして秋山山稜の門番を任じている。視線を落とせばまだ相模湖のままの水面が広がり、対岸には何段にもなった河岸段丘に乗る上野原市街、これを見下ろすのは扇山と権現山で浅川峠を底に二山の山頂を結ぶ弧が大きく美しい。権現山はまさに屏風のように大らかな姿で、隣の扇山を圧倒する存在感を見せている。峠の向こうに白い山肌を見せているのは雁ヶ腹摺山だろうか。権現山の手前には甲東不老山や高指山が一つの大きな山塊となってなかなか立派だ。権現山の右手には鶴川の広い谷間を隔てて生 藤山を中心とした山塊、さらには陣馬山がゆったりとした稜線を広げている。
じつに魅力的な展望台は桜の木々が何本かとベンチがあるだけだが花の季節は賑わうことだろう。すぐ脇には「石楯山」とのシールが貼られた鉄柱が立っていて"しあわせの鐘"と名付けられた鐘が木槌とともに下げられている。同じ藤野町の鷹取山でも鐘はあったものの地面に置かれていて鳴らしようがないが、ここのはかなりの範囲に響かせられるだろう。


ここから雑木林の急な山道を登っていく。たどり着くのは樹林に囲まれた三叉路で、まっすぐ行けば登り口の駐車場に戻るらしい。右手に行くのは一本松山との鞍部にあたる名倉峠に出るもので、こちらに踏み込めば斜度はゆるやかになり、雑木林はあいかわらず眼に優しい。日差しはおだやかで行き交う人はなく静かな山だ。
山道が未舗装林道に出会うと左に向かう。行き着く先はまるで三面工法の都市河川のように両脇をコンクリで固められた切り通しの峠だ。ここがいまや陰鬱極まりない名倉峠である。稜線沿いに歩けるのであれば目の前の一本松山に登るところだが、遙か上まで削り上げられた壁になっているので登れたものではない。名倉金剛山へは右手へ、向原に向かう。車道を下っていくとすぐに明るい山村風景が開けてくる。広い稜線の上に広がる向原の景色はどことなくミニ高原風なのだった。
2008/02/16

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