「おはようございます。三樹子さん。」
「あら、おはよう。早かったのね、もう出勤?」
「3日もお休み頂いちゃいましたから、これ以上休んだら、みんなに悪くって。」
「そう。どうだった?直江先生、びっくりしてた?ようすけちゃん見て。」
倫子は産休後、またこの行田病院で働いている。院長や三樹子、生前の直江を良く知る者たちに支えられてきた。今回も、看護士が3日も連休をとるなんて無理難題を、倫子の『直江の命日に、先生にようすけを見せてあげたい』という願いを皆が汲んだ結果であった。
「支笏湖で、七瀬先生にお会いしたんですよ。先生、びっくりしたと思いますよ、一度にみんなが集まったから。」
「そうね。でも、あの人のことだから、きっと黙って頷いたんじゃない?」
「ふふ、少し照れ笑いしながら。きっとそうですね。」
三樹子も、倫子と同様に直江を愛した女性である。子供を身ごもっていると知らせた時、ようすけが生まれた時、倫子が一人でも子供を育てていけるように、と一番に尽力してくれた人だった。
出産後半年で職場復帰した倫子が、昼間母清美が働きに出ている間、子供に気兼ねなく働けるように、と病院内に保育所を設けようと進言したのも彼女であった。
倫子は不思議な気持ちで三樹子を見つめた。直江が生きていた時、『私たちの邪魔はしないで』と言われたこともあった。きっと、倫子を憎んでいたはずだ。だが、今では彼女以上に心強い味方もいない。
「あんまり引き止めちゃ、ナースにも患者さんにも悪いわね。今度、ゆっくり聞かしてもらうわ。じゃあ。」
そういうと、三樹子は院長室へと歩き出した。
あれから、三樹子は一人でいる。直江を忘れられないのだろうか?それとも。小橋先生とはどうなのだろう?直江の残したデータを持って大学病院へ戻った小橋。『いつか、この行田病院に血液内科を』そういって、ここを去った彼。年に何度か、元気かどうか確かめるように電話をくれる、直江とは違う種の優しさを持つ彼。いつか、小橋が三樹子を支え幸せにしてくれたら。倫子は三樹子の背中を見つめながら、そう願った。