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MRTさんが書いたサイドストーリー 「約束」


■ 17 湖畔の追憶4
 

 あの日と同じように桟橋に立ってみた。違うのは周りが白い世界ではないこと、そして、隣に先生がいないこと。
湖を渡るゆるやかな風。そっとなぐさめてくれているようだ。

 記憶が戻る経過の中で、今までの自分を追体験した。そのことで一旦は深い悲しみに心が締めつけられたが、ようやくからだの時間軸と記憶の時間軸が一致してきた。心の平衡が保てるようになってきた。
(こんなにも深く愛されていた。先生はわたしを大切に思ってくれていた。わたしを拒んだのはわたしを思ってくれてのことだった……)
 改めて先生の優しさに触れた思いがしていた。

手許には『3月18日』とヘッドに記載されたレポート用紙が残っている。
3月18日。それが何を意味するかはわかっている……。
 できれば読みたくない気持ちと、でも読まなくてはならないという気持ち。背反する思いがわたしの中で交錯していた。

 いまだに、どうして先生の日記をわたしが持っていたのかもわかっていない。戻ったはずの記憶にもその答えはなかった。

先生がわたしに残してくれたものは、ビデオレターとハーモニカ、そしてガラスのボート……。
(この日記はどこにあったものなの?)
 そんな思いも頭をかすめていた。
レポート用紙を胸にそっと当て、しばらく瞳を閉じていた。

波の音が聞こえる
水の匂いがする
先生がいてくれる

ゆっくりと目を開け、最後の日記を読み始めた。

  3月18日
   君と一緒の支笏湖。これ以上、何も望みはしない。
   君はもう東京に着いたはず。今ごろは病院だろうか……。
   想いを語ったビデオ・レターも、間もなく君の目に触れるこ
  とになるだろう。君はどう受け止めるのだろうか。もっと伝え
  ることがたくさんあった気もするが、あれで言いつくしたとい
  う気もしている。
   ビデオの中で本心を語れなかったところがあった。君を大切
  に思うが故に最後のウソをついた。それが死に逝く者の最低の
  優しさだと思った。
   でも、最後にここでは本心を語っておきたい。誰に語ること
  もなく、君にすら語ることのないわがままな僕の想いを……。
   君が愛する人の子どもを産んだとき、僕は笑顔で祝福をおく
  りたい、とビデオの中で言った。でもそれは心からの笑顔では
  あり得ない。何故と言って、君は僕のものなのだから……。死
  に逝こうとする者が「君は僕のもの」と言うことが、いかにわ
  がままなことなのかよくわかっている。それでもやはり、君は
  永遠に僕のものであって欲しいと願ってしまう。どうしようも
  ない。それが偽らざる本心なのだ。願わくば、願わくば、その
  愛する人の子ども≠ェ僕の子であってくれたなら……。

   今、僕の手もとにレポート用紙の束がある。一月から書き綴
  ってきた僕の偽らざる心情だ。最初は何の気なしに書き記した
  ものだったが、いつの間にか僕の本心を吐露する癒しの場
  になっていた。
  ここ支笏湖までこのレポート用紙を持ってきたのは、この紙
  の束も、つまり僕の想いも、この身体と一緒に湖底に沈めよう
  と思ったからだ。でも、これから湖に向かおうという今になっ
  て、その考えを改めることにした。
    僕の身体はMMによって朽ち果てた。ただ、医師として最後
  までまっとうでき、身体としての役割を果たしきったことで、
  湖の底に沈めることにためらいはない。
   だが、想いは違う。君への想いは決して朽ち果ててはいない。
  身体を沈めようとする今だからこそ思うのかもしれない。君へ
  の想いまで沈めたくはない、と……。

  僕の心を綴ったこのレポート用紙をペットボトルに入れて湖
  に投げることにした。沈むことはない。そして、人に見られる
  こともないだろう。もし何かの偶然でこの文章を読んだ人がい
  たとしたら、お願いだからもう一度ボトルごと湖に戻して欲し
  い。僕の想いを湖に戻して欲しい。

   支笏湖の底には僕の身体が横たわり、そして湖面には僕の想
  いが漂う。もし君が再びこの湖に来てボートを漕ぎ出せば感じ
  るはずだ。僕に包まれていることを……。

   君と出逢えてよかった
   僕はいつでも君と一緒にいる
   倫子のそばにいるから……

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