「帰ってくれないか」
「え? 今からですか」
「ああ」
直江は後悔しはじめていた。
自分はどうかしていたのだ。あれくらいの痛みで女に縋るなどと。
『もう誰も愛さない』という決意はこんなにもろいものだったんだな。
こんな自分に嫌気がさした。
「帰ります。」
三樹子はさほど気分を害したようでもなく,帰り支度を始めた。
「直江先生ってわからないわ。でも,別にかまわないけど。また来てもいいですか?」
「…」
「また来ますね」
三樹子はちょっと首をかしげて微笑みながら帰っていった。
『これから病気と闘っていけるだろうか。本当に一人で耐えられるのか。
決心したはずだった。しかし,今日の行動では自信がない。
これから,きっと逃げ出したくなるときもあるだろう。
自分は強い人間ではない。そんなときはどうすればいいんだろう』
考えても考えても答えは出なかった。
「今日,先生のマンションに行ってもいいですか?」
「ああ」
三樹子はますます積極的になっていたが,何回か会ううちに二人はドライな関係に落ち着きつつあった。
彼女に聞いたことはなかったが,彼女が自分に真剣になるとは考えられなかった。
『遊び』だろう...そう,お互い遊びと思えば気も咎めない。
恐怖を紛らわすための,死を忘れるための,そういう関係としか思わない。
そうすれば,愛情なんて感じないし,いつ終わってもお互い傷が残らない。
そういう割り切った関係ならこのまま流されてもいい,と直江は思った。