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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 結ばれる二人の魂 3

『泣いてるのか・・・?』
目の前に倫子のやわらかい髪がある。見ると倫子の睫毛が濡れていた。
かたく瞳を閉じて、庸介の胸に額を当てたまま動かない。
薄闇の中で、唇を結んだまま声を出さずに泣いている。
『どうした・・・?』庸介は倫子の肩を抱き寄せながら耳元に囁いた。
細い肩が薄闇に揺れている。
倫子はそっと顔をあげた。思いつめたような瞳が庸介の視線と重なった。
『信じられなくて・・・』
『何が・・・信じられない?』
『先生とこうしていることが。まるで・・・まるで夢を見ているようで・・・』
『夢・・・』
『幸せ過ぎると恐くなるって本当なんですね・・・。私、今そんな気持で・・・』
『恐い・・・?』

倫子は濡れた瞳を閉じて、庸介の胸に顔をうずめた。
倫子の瞼に庸介と触れあった過去の記憶が次々と思い浮かぶ。
庸介に惹かれ、そして愛するようになった時から、ずっと彼だけを見つめ続けてきた。どんなに追って、恋慕っても、その実態がつかめなかった庸介だった。
倫子が手を伸ばして触れようとしても、その指の先からすり抜けるように身をかわしていってしまう。どうしても入ってゆけない彼の心に、辛く哀しい想いに身をきられるような寂しさを感じていた。
その庸介と肌を触れ合い、彼の激しい愛を受け、すべてをわかちあえた実感は、溢れるような幸せを感じると同時に不思議に倫子を脅えさせる。

『初めてです。こんな気持・・。生まれて初めて・・。もしもこれが夢なら・・・このままずっと覚めないで欲しい』
『夢か・・・』
白い闇を見つめたまま、庸介は倫子の言葉を繰り返すようにつぶやいた。
『ボートに乗っていた時・・・君は・・・俺がどこへゆこうとしていたのかって聞いていたな』
倫子はそっと庸介を見あげた。
『夢を見ていた・・・俺も・・・』
『夢・・・?』
『ああ・・・酒の酔いのせいだったのか・・・冷たい風も不思議に懐かしい感覚に変わっていった。
川の流れは優しくて・・・まるでボートと一緒に波に抱かれているようだった。
それが心地良くて・・いつのまにか流されるまま眠っていた・・・』
『眠って・・・』
『・・・夢を見ていた。遠い昔・・・子供の頃の夢だ。雪の降りしきる中・・・いつも川のほとりで遊んでいた』
『雪の中・・・。あ、北海道の? 先生のふるさと・・・。今はまだ真冬ですね。私は新潟だけど、北海道の冬はきっともっと寒い・・・』

庸介は静かに瞼を閉じた。庸介の脳裏に、降りしきる雪が優しい感覚となって浮かんでくる。
いつも凍りかけた川のほとりで、雪の降る中遊んでいた遠いあの頃・・・。
時が過ぎるのも忘れて、暗くなるまで雪と戯れていた懐かしい幼い頃の日々が、ゆっくりと庸介の脳裏に浮かんで消えていった。雪解けの川のほとりで見つけた白い小さな花。
それは雪と氷に閉ざされた故郷に、ようやく訪れた春の知らせを告げるものだった。
春が待近になる頃、いつもあの花を探していた・・・。幼い日々は束の間、水に流れ、繰り返される四季の恵みの中で、子供はいつしか大人になってゆく。

『臨床の緊張の中で、仕事に追われる日々を送っていると、平穏だった昔がひどく懐かしくなる時がある』
庸介は白い闇を見つめたまま、夢見るように言葉を続けた。
『どうしても救ってやれない患者に出会った時もそうだ・・・。仕方の無いことだとはわかっていても、やっぱりやりきれなくて・・・自分の無力さを思い知らされる』
『先生・・・』
『あのまま・・・ずっと川に身をまかせて流れてゆけば・・・またあの頃に戻れるかな・・・。何も考えず、何もかも忘れてそうしてみたいと・・・ときどき思う』

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