「そろそろ時間だな。もう行かないと」
「そうですね。」
二人は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
そして立ち止まり、向かい合った。
倫子は、まっすぐに直江の顔を見つめ、静かに微笑みながら言った。
「じゃあ…」
本当は『東京で待ってますから』と続けようとしたのだが、なぜかわからないがその言葉は声にならなかった。
直江はいつもの口調で
「あぁ」と答えた。
その直江の顔は、さっき感じた悲しげな表情は、みじんも感じられず、とても穏やかで、包み込むような優しさにあふれていた。
『私、愛されてるんだ』
倫子は愛されることを望んでいた訳ではなかった。いや、望んではいなかったからこそ、愛されていると実感できたことは、このうえない幸せに感じられた。そして、もう一度微笑み、振り向き歩き出した。
そしてその後、何回か振り返り、微笑みながら小さく手を振り、一人東京へ帰って行った。
直江は倫子が行ってしまった後も、しばらくその場から立ち去ろうとせず、倫子が歩いていった空間をみつめていた。今はもうそこにいない倫子の姿を思いながら…
『ありがとう。
君は最後に「待っている」と言わないでくれた。
おかげで僕は最後の最後に君に嘘をつかずに済んだみたいだ。
君が見た最後の僕はどんな顔をしていたんだろう。
君は僕のことを思い出すとしたら、僕のどんな顔を思い浮かべるのだろうか?
僕が見た最後の君の顔は笑顔だった。僕は、僕の目の前で最後まで君が笑顔でいてくれることが願いだった。
君は僕の願いを叶えてくれたね。
とてもきらきらした瞳で、とても素敵で、とても綺麗で、最高の笑顔だった。
本当にありがとう。
そしてこれからも、君のその笑顔が失われることなく、変わらないことを祈っている。
それが僕の最後の、最後の願いだ…』