しばらくして二人の前に、赤ちゃんを抱いた一人の女性が腰をおろした。
母親らしき女性の肩越しに赤ちゃんの顔は、倫子たちの方を見ているようだった。
「可愛い…」
倫子は赤ちゃんに微笑みかけた。そした赤ちゃんの顔を見ながら思った。
『東京に帰ったら、診てもらわないと…本当だったら先生はなんて言うだろう…』
ほんのかすかな不安が心をよぎった。
ほどなくして、赤ちゃんはぐずりだし、泣き声はまたたくまに大きくなり、まわりに響きだした。
母親は立ち上がり、バツが悪そうに二人の方に向かって軽く頭を下げ、赤ちゃんをあやしながら
人のいない方に歩いていった。
直江は、ロビーの隅で中々泣きやまない赤ちゃんをあやしている母親の姿をずっと見つめていた。
その直江の横顔を倫子は見ていた。
『やさしい顔、でもやっぱりどこか悲しい顔…。先生が抱えているものが何であろうと、ほんの少しでも先生の力になれたら…そばにいて先生を守ってあげたい、支えてあげたい。』
ようやくさっきまで大きな声で泣いていた赤ちゃんは、泣きやみ、泣き疲れたのか眠ってしまったようだった。
母親はもとの席に戻ってきて、また二人の方に向かって軽く頭を下げ、腰をおろした。
すやすやと母親の胸で眠る赤ちゃんの寝顔、そしてその寝顔を優しく見つめる母親。
そんな親子の姿を見ながら直江はつぶやいた。
「まるで天使みたいだな。あの寝顔を見ていたら、大抵のことは乗り越えていけるんだろうな…」
「先生…」
「また柄にもないことを言ってしまったな…」
直江は照れくさそうにわらった。
「そんなことありません。私もホント、そう思います。」
直江の言葉にさっき倫子が感じた不安は一瞬にしてかき消された。
『大丈夫、きっと大丈夫。』
と、その時、ひざの上に置かれた倫子の手に直江の手が重ねられた。
倫子は、はっとして直江の顔を見た。そして直江と一瞬視線を交わすと、うつむき直江の手を握りかえした。
そして再び静かに時は流れ、二人は出発の時を待った。