猫好き松原君の


憧れの「ギリシャ・エーゲ海、バンコク日記」

INDEX
1.プロローグ&98年8月14日(金) 初日、【出発〜バンコク・ドバイそしてアテネへ〜】
2.
8月15・16日(土・日) 2日目【船でミコノスへ】、3日目【ミコノスの猫】&【ミコノスのビーチ】
3.
8月17日(月) 4日目【サントリーニへ】、8月18日(火) 5日目【古代遺跡とサントリーニのビーチ】
4.
8月19日(水) 6日目【島からアテネへ】、8月20日(木) 7日目【さようならギリシャ】
5.
8月21日(金) 8日目【バンコク観光】、8月22日(土) 9日目【帰国】

地図1(全スケジュール)
地図2(ミコノス全図)
地図3(サントリーニ全図)

[プロローグ]

「遠い太鼓にさそわれて、私は長い旅に出た」というのは、村上春樹がギリシャ・イタリア滞在時の旅行記「遠い太鼓」の冒頭部分である。彼は様々な要素が積み重なって、その結果突然旅に出たくなったと同書に記述している。
別に遠い太鼓にさそわれたわけでも村上氏ほどおおげさな理由があったわけでもないけれど、僕はエーゲ海には特別な思い入れがあり、その場所に行くそれなりの理由があった。

発端は、去年代官山に住む妹のアパートで見た「CATS OF THE GREEK ISLANDS(=ギリシャの猫、ハンス・シルベスター氏撮影)」という写真集だった。
美しい青いエーゲ海。ミコノス島やサントリーニ島の白い家・青い屋根の教会の傍らでまどろむたくさんの猫。その景観のあまりの美しさと猫たちのコントラストに魅せられた僕は、即座に「これと同じ写真集を自分で作りたい!」と思った。
そもそも松原家というのはネコ好き一家で、熊本の実家ではもう20年も前から何匹も猫を飼っているし、弟も妹も現在自分で猫を飼っている。そしてなにを隠そうこの僕も武蔵小杉の賃貸マンションで、こっそり「プリン(愛称プー。チンチラゴールデンの雑種)」という猫を飼っている。
「猫たちの天国」ともいえるエーゲ海の島々に僕が惹かれてしまったのも、いわば当然の帰結だったわけだ。

同じ写真集も購入して、すっかりその気になってしまった僕は「すぐにでも行きたい」と現地の事情を調べ始めたが、どうもギリシャの島々は夏が終わる9月くらいを境に人も少なくなり、それに合わせて営業している店やホテルも減ってしまい、特に冬はただ強風が吹いて寒いだけの寂しいところになってしまうらしいことがわかった(村上春樹氏によれば「冬にギリシャの島にいくなんてよっぽどの物好きか小説家くらいのものだ」)。
去年その気になった時はすでに9月で、「これから仕事の調整をして..」なんて考えるとどうやっても行ける時期はギリシャの夏が終わってからだった。
やむを得ず、去年はギリシャにいくことは諦め「来年は夏の一番いい時期に必ず!」と誓った結果、今回8月という気候的にも観光的にも最もよい時期に渡航することになったのであった。

さて、ツアーを探すにあたっては、僕は自分なりに考えていた条件があった。
@ ミコノス島とサントリーニ島に行き、最低2泊づつできること。
A 各島には飛行機ではなく船で渡ること。(せっかく島に行くのだから飛行機での移動は味気ないし、クルージング気分を味わいたかった。)
B 予算は20万円台前半まで。

個人旅行も考えて見積もりをとったりもしたのだが、結局ABロードに載っていた「ビーエス観光」という地中海・中近東方面に強い旅行会社の「ギリシャ・エーゲ海フリー 〜人気のミコノス・サントリーニ9日間〜」というツアー〈日程8/14(金)〜8/22(土)〉で行くことになった。
ほとんどがフリーで前述の条件も満たしており、かつアテネにも2日間、トランジットでバンコクにも行けるというのはメリットが大きい。特に、HISをはじめほぼ同内容の他のツアーは20万円台後半であるのに、23万4千円と安かったのもこのツアーに決めた大きな理由のひとつだった。

今回同行してくれた木村史孝は、僕の福岡大学時代の友人で地元も同じ熊本。卒業旅行のイギリス・フランス・イタリア(UKロックファンの僕らは現地でライブに行きまくりました)や2年前のグアム、今年の1月に田中さん(このホームページの管理人)、会社の後輩小林と一緒だったニューヨーク(詳しくは「ニューヨーク日記」に載ってます)にも同行している、かつて知ったる仲だ。現在仕事で高知在住のため、出発にあたっては前日に上京し、僕の部屋に前泊することとなった。
愛猫プリンも会社の派遣社員のさとちゃんと山下ちゃんが預かってくれることになって一安心。田中さん(このホームページ管理者)推奨の「太陽の光の乱反射を抑え、青い海をより青く撮る」ための一眼レフ用偏光フィルターも購入し、出発まで待ちどおしく思う毎日をおくった。

しかし、マーフィーの法則ではないが「旅行に行く前は決まって仕事が忙しくなる」のは本当に不思議だ。例にもれず、今回も直前にクレーム対応やらなんやらでやたらと仕事が忙しくなり「ひょっとしたらキャンセルかも?」とヒヤヒヤした。
何とかグループの皆に協力をもらい、休暇をもらうことができたことを感謝しつつ、「お土産を買ってこないときっと百たたきだろうなあ」と少々のプレッシャーを感じながら出発日を迎えることとなった。


98年8月14日(金) 初日

【出発〜バンコク・ドバイそしてアテネへ〜】

前日までの仕事の引き継ぎやクレーム対応等で疲れきっていた僕は、出発の用意もしないままぐっすり。目が覚めると夜中の3:30で、あわてて荷物をスーツケースにつめこんだ。
昨日から上京していた木村とともに、眠い目をこすりながら朝5:30出発。成田の集合時間が8:00であったためだが、朝に弱い自分にとってそれはそれは早い出発であった。
東横線・日比谷線・スカイライナーで爆睡し、すべて木村に起こしてもらいながら成田到着。今回のツアーは総勢16名での催行。彼らと共にANA団体受付カウンターでチェックイン後、早速出発ゲートに向かった。

成田発でアテネまでの直行便はなく、今回はバンコク経由だ。僕らはがらがらの全日空NH925便に乗り、10:10バンコクに向けて飛び立った。
機内食はえんどう豆のカレーorスパイシーチキンライス+サーモン・生ハムのサラダ、パン、そば、オレンジ。二人ともスパイシーチキンを頼んだが、「チキン入り辛い中華丼」という感じ。ご飯があるのにパンもある(しかもソバもある)というのは機内食ならではの不思議な組み合わせだ。
機内食はともかくとして、ANAの国際線は1月のニューヨーク以来2度目だが、サービスも良くやはり安心感がある。スチュワーデスもきれいで親切だし、「ANAで直行便があったらいいのに」と思いつつ到着までまたしても爆睡。

約6時間のフライトを経てバンコクに到着。時差は−2時間なので現地は14:00。
オリンピック航空(ギリシャの航空会社)でのアテネ行きへの乗り継ぎまで約7時間あり、「ちょっと市内まで出てみようかな」とも思ったが、疲れていたこともあり、帰りにまたバンコクで半日のトランジットがあるので、「今日は体力を温存しよう」と空港内で時間をつぶすことにした。

オリンピック航空のカウンターはまだ閉まっていて、チェックインが出来なかったので、とりあえずDUTY FREEをうろうろすることにして二人とも5000円づつタイバーツに両替した。(1バーツ=約3,7円)
バンコクのDUTY FREEはメチャクチャ広い(たてに長い)のにびっくり。端から端まで300mくらいあって、見るのも大変だ。
歩きながら見てるとだんだん小腹が空いてきたのでタイレストランに入る。
木村はミートヌードル(90B=330円)と紅茶(45B=170円)、僕はチキン入りエッグヌードル(95B=350円)、コーヒー(45B=170円)を注文。
ヌードルはタイならではのナンプラー風味かつスパイシーな味付けで美味。僕は元々エスニック料理が大好きで、恵比寿のマイタイや渋谷・代々木のアンコールワットなどその系統の店によく行くので、タイ料理は実に口に合う。木村も「うまいうまい」といいながら食べていた。
二人で旅行日程の相談をしながら、さらにデザートとしてフルーツ大盛り(115B=425円)とコーヒー2杯(45B×2=330円)を注文。お世辞にもジューシーとはいえないフルーツをパクつきながら(上の写真)大体の予定を決め終わると、エアコンのききすぎでだんだん寒くなってきたのでレストランを出た。

オリンピック航空カウンターに行ってみると、ちょうど搭乗手続きを始めていたのでチェックイン。OA360便はドバイ経由のアテネ行きだ。「えっ?ドバイ経由?そんなこと旅行会社から一言も聞いてないよ」と思ったが、よく見ると周りにアラブ系の人もたくさんいるのに気付いた。まあ安いツアーだからしょうがないか。
出発時間まで手持ちぶさただったので、サッカー雑誌を読みながらケンタッキー2ピース(52B=192円)を食べる。(食ってばっかり)
そうこうしている間にやっと出発時間になり、僕らは便に乗りこんだ。

オリンピック航空のサービスははっきりいって良くない。先にANAに乗ったから余計にそう感じるのかも知れないが、なにが良くないかは以下のとおり。
@ シートが狭い。
(エアバスA300のため機体がそれほど大きくないのに1列8席もあり、前の席との間隔も狭くすごく窮屈に感じた。)
A 機内食がまずい。
(チキンorビーフの選択とサラダ・ケーキで、ビーフを選んだがつけあわせのパスタも含めて味がない。まるでイギリスの食事のように味が薄かった。コーヒーもぬるい。)
B ドリンクを頼めない?
(添乗員がすごいスピードで機内を歩くのでドリンクを頼むタイミングが難しい。
また、やっとの思いで頼めても30分後くらいに忘れた頃に持ってきたりする。)

機内食も食べて、機内で眠りこけているといつのまにかドバイに到着。約6時間のフライトで、現地時間AM1:00。2:20分のアテネ行き再出発まで一時降りることになった(アテネへも同じ飛行機でいくのだが、給油・清掃のためいったんおろされたようだ)。
降りた瞬間モワっとした空気が自分を包み込む。さすが中東だ、暑い。夜中でこの暑さだったら昼間は死んじゃうよ。
ドバイというのはUAEの首都で、石油で大もうけした金持ちが一杯いることは知ってるが、あとはW杯アジア予選で日本が戦った国というくらいしか知識がない。
この暑さではカズ・城の2トップがゴールを決められず、「アウェーの引き分けは勝ちに等しい」なんて言い訳してたのにも納得。
それほど大きくはないDUTY FREEに「アラジンの魔法のランプ」みたいなのが置いてあったのは「さすがお国柄」と笑ってしまったが、通貨単位も対円レートもよくわからないので特に買い物もせず、ひたすらフライト待ち。
同じツアーの学生2人組と「こんなとこ寄るなんて聞いてないよね」なんて話しをして時間をつぶしつつ、今後も滅多に来ることがないであろう中東の一国の空港で写真を撮る。
現地時間AM3:10にようやく離陸。空路アテネへ。


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