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 高校野球 
 
   甲子園を目指して今地方大会がさかんである。全く興味はなくなったが、この地方大会のときは新聞欄をみる。
越後を出てこの地福島県に住んで既に55年になるが、県対抗のようなイベントではいまだ越後人である。
 ・まずは、母校「柏崎高校」は残っているか。早々にいなくなるのが普通。
 ・次は、「柏崎」という名前が残っているか。これも消え方が早い。
 ・一応、新潟代表を確認して終了である。

122点差のあった地方予選
 地方予選を見るとき、その点差に興味が沸く。最近は驚くような点差の試合はなくなってきたようだ。
高校野球史に残る記録的な試合があったことが紹介されていた。
1998(平成10)年7月18日の青森大会。一方的な試合で、初回の39得点を皮切りに、コールドが成立する七回まで計122点。試合時間は3時間47分に及んだそうな。

柏崎高等学校の甲子園出場
 早々に姿を消す母校柏崎高校であるが、何と一度だけ甲子園出場を果たしている。
2003年の第75回の選抜大会である。勿論「自力」では出場できない。21世紀枠である。北朝鮮による拉致被害者である蓮池薫さんが帰国したのが2002年。彼は柏崎高校の卒業、16年後輩にあたる。
政治的な意味を持った出場枠ともいえたが。
2:1の敗戦であったが、接戦であり、よくぞ1点とってくれたと安堵したもの。

越後(新潟県)の通産成績
 勝利  28
 敗戦  57
 引分   0
 勝率 .329
え!そんなに勝っている!というのが第一印象である。「出ると負け」の印象の方が強かったので、3割強の勝利があるのに驚いている。
準優勝1回、4強1回という。そんな中でも、2009(第91回)夏の甲子園。4-10、6点差の9回2死、あと一人から9-10まで追い詰めた、日本文理高校の記憶は新しい。

   
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