穴吹川イカダ下りレース

誰がなんと言っても僕は出たいの!

2000年8月6日、剣山に源を発する水質四国一の穴吹川で今年で15回目になるイカダ下り大会が催された。昨年、集中豪雨による増水で大会が中止になったのとは対照的に今年の天気はこれでもかと言わんばかりの快晴。川遊びには最高の一日だった。

昨年、この大会のために奈良YHのガレ−ジを借りて10人がかりで足掛け1か月半、材料費2万円を投入して制作したイカダは突然の大会中止の結果、保管する場所がないという悲しい理由で木津川の藻屑と消えた。今年はそのリベンジだ!と思ったのはどうやら僕だけらしかった。去年のメンバ−に声を掛けると『作るの大変だからイヤ』とか『もうやめましょう』とかいう返事がかえってくるではないか。

うぬぬぬ!この軟弱者めら。誰がなんと言っても僕は出たいの!そういう訳で急遽新しい強力メンバーに協力を要請した。自転車世界一周の永谷さんと高嶋君。高嶋君の彼女で元体操選手、伊達公子似の匹田さん。そしてサポートとしてくれるのはイカダの設計担当で大阪市立大学理学部物理学科出身の遠藤カメラマン。このメンツならひょとしたらひょっとするかも。なにせこの大会、ただのお祭りではない。1位のチ−ムに15万!2位に8万もの大金が出るれっきとした賞金レースなのだ。これに出るならやっぱり優勝を狙うべきだ。フフフみてろよ、賞金は我々ドリームチームが頂く!

数日後大会本部から参加要項が届いた。開けてみてその凄さに笑った。消防組合、
自衛隊、森林土木課、OO建設、建設材料試験所、OO大学筏下り研究会?、北山?
北山って、もしかしたらあの観光イカダで有名な北山川からの刺客なのか?。しかしこっちもチーム紹介欄のアピ−ル度では負けていない。自転車世界一周、バイク世界
一周にアマゾン川イカダ下り。インパクトのある文字が並ぶ。どうだ!これなら歴代優勝チ−ムも嫌でも我々をマークせざるをえんだろう。

イカダってどうやって作るんだ?

宣戦布告はこんなものとして、さていよいよイカダ作りだ。材質を何にするか?これが重要な問題だ。大会規則によればイカダの幅は1メートルまでのものとし、穴吹町に関する標語と船名の旗を立てる。チームは4人以上で構成、女性一人を含むこととなっている。 なにも考えずに読むとどうってことなさそうだが、4人乗り以上のイカダを作るのは思ったよりも難しい。去年僕らがホームセンターで買った板とタイヤチューブで制作したイカダは3人乗っただけで川に沈んでしまった。それで後日、魚市場でマグロ用の発泡スチロールをもらって取り付け、なんとか4人乗れるようにごまかしたのだ。

しかし今年は去年とはひと味違う。なんせ僕らにはイカダの浮力を計算出来る大阪市立大理学部物理学科出身の遠藤カメラマンがついている。去年の教訓を踏まえたドリームチームに死角はない! 何度か電話で打ち合わせしていると『昔、永谷園の創始者がワシんとこで働いとったんや』という宇治茶の名家永谷さんから、彼の親戚の飯田木材さんで端材を譲っていただけるという情報が入った。さっそく山深い京都府和束町に直行すると、端材どころかすでに製材されてあるヒノキの丸太をイカダに必要なだけ切ってくれるという。総ヒノキ作り!かってこれほどまでに贅沢なイカダがあっただろうか?チェンソ−でサクリサクリと切られたヒノキを強引に永谷さんのバン、『コマワリ君』に突っ込み、後から1メートルぐらいはみ出た状態のままで、二人は揚々と今回のアジトである琵琶湖の見える関西冒険クラブ事務局へと凱旋した。

出迎えてくれた理学部遠藤カメラマンは丸太を見るなり銀メガネを光らせて『う−ん坪井さん、私の計算だとこれじゃ浮力足りませんよ。浮力は、体積なんですよ。で、丸太の体積から重量を引くとですね、このイカダの浮力は160キロぐらいですかね』とクールに言いはなった。おおっ!さすがはドリームチームの頭脳理学部遠藤カメラマン。なんて説得力のある言葉なんだ。

『それならどうしたらいいの?』『ん−、やっぱりホームセンターで部品探すしかないでしょうね』。なんだぁ、結局そうなのか。そこで素早く買い出しに行って20リットルのポリタンク8個と風呂場のスノコとロープを仕入れて制作開始。しかしここで新たな問題が浮上した。飯田さんから丸太同士を固定するにはロープよりも真鍮の棒を通したほうが安定すると聞いていたのだが、実際やってみると丸太に真っ直ぐ穴を開ける方法が分からない。日が暮れてきたのでとりあえずその日はそこまでにした。

理系遠藤カメラマンの誤算

数日後、永谷さんより『丸太に穴開けるの大変やから竹でいこう。竹ならワシんとこの裏山になんぼでもある』という電話があった。ワシの山とはさすがは名門永谷家だ。しかし竹で本当に浮力は大丈夫なんだろーか?そう聞くと『遠藤さんが大丈夫と言ってるから大丈夫だ』と言う。さっそく山から竹を切り出す。この間のヒノキの丸太は長さ3メートルだったが、それでは組み立てて四国まで運ぶのはキツそうなので、なるべくコンパクトにしようと竹は2・6メートルでいくことにした。

アジトで材料を組み立て始めるが、よくよく考えるとこれだけ晴天が続けば水位が下がっている可能性は十分にある。だいたい穴吹川ってどんな川なんだ?もう一度昨年の詳しいチーム紹介を見ると、イカダ大破により途中リタイヤとか、負傷者が出たとか、5回転覆したとかいろんなことが書いてある。これはいい加減な物を作ったらマズいんじゃないか。なにせ今回我々は優勝を脅かす存在として注目されている・・はずだ!大会まで一週間、イカダはまだ完成していなかった。

数日後の夜、電話を取ると理系遠藤カメラマンだった。今日は最終組み立て&琵琶
湖での浮力実験の日だからその連絡のはずだ。『どうだった?』『沈みました』『へっ』『竹は計算したより浮力ありませんわ。それとコマワリ君のキャリアが壊れました』『どうすんの?』『ポリタンを2個増やして、イカダは一度ばらして現地組み立てしかないですね』『それじゃぶっつけ本番やん。当日浮かなかったら?』『いや計算上浮力は大丈夫です』。

こんなんイカダとちゃうで!

大会前日快晴。結局イカダは現地で組み立てることにして一路穴吹川を目指す。車から見下ろす穴吹川はきっと野田(知佑)さんでも認めるに違いない美しさだ。河原に車を下ろした時だった。『えっ、これ!もしかして?』突然高嶋君が呻いた。彼の目線の先にはトラックに乗った何か長い物がある。嫌な予感がして慌てて駆け寄ってみるとそれは今大会参加者のイカダらしい。しかし、これは!・・これは船やん。それはカヌーのような流線形の船体に一人一人の座席を備え、最後尾には舵とり用の特別席まである素人目にも『いい仕事してますね−』と唸る一品だった。『なるほど、長さをとることで浮力を増して、喫水を低くしているわけですね』遠藤カメラマンが鋭く指摘し『これ反則ですよ』と高嶋君が呟く。確かに大会規定には幅以外の指定はなかったけど、イカダレ−スでこれはないだろ。そりゃ、僕らもカヌーの回りに板を張ったイカダを作ったら勝てるなとか、猫を乗っけてこれは人間ですと言い張れば軽量化できるとかの姑息な作戦は考えたけど、こんなイカダを作ることは考えなかったもんな、悔しいけどこれは僕らの想像を遥かに超えてる。さすがは歴史15年だ。奥が深いわ。

川沿いに車で走ると予想通り水位が低い。これはかなりの区間を引っ張って進む必
要がありそうだ。予想重量が180キロだった総ヒノキ作りのイカダだと多分地獄を見ていたに違いない。スタート地点に行ってまた愕然とした。ほとんどのイカダが先ほどみた華麗なイカダと同タイプで中には7メートルぐらいの長さのものまである。これに比べたら2・6メートルのイカダはほとんど夏休みの工作にすぎない。それにしてもこんなバカでかい物をどうやって持ってきたんだろうと思っていると、対岸にイカダを積んだクレーン付きのトラックが現れた。なるほど、そうやって持ってきたのか。

冷静に状況を見るとこれはどうも勝てそうにない。とするとちょいと派手な宣戦布告をしすぎてしまった。こうなったらせめて見つからないように地味に振る舞わねば、正体を悟られるとカッコ悪いではないか。そういう訳でこっそり偵察していると『遠いところから、参加していただいてありがとうございます』といきなり役員らしき人から声をかけられた。うっ!なぜ我々がドリームチームだと知っているんだ。関西弁でバレたのか?いかん!もっと地味に振る舞わねば。回りのチ−ムがビールを飲んで宴会をしている横で我々は汗ダラダラ流しながらもひっそりとイカダを作ってると、もう1チーム、対岸でピンクの板をトンテンカンテンやっているところがいる。そのチ−ムもどうみても優勝には縁がなさそうで、しかも気のせいかクレーンで釣られたイカダを不満そうな表情で見ている。おお!同志がおる。分かるぞ、その気持ち!この時点で我々の目標は優勝から完走へと変わっていた。

翌朝スタート前に隣のチーム、トロイカ号から『アナタがアマゾンに行ってた人です
か?』と声をかけられる。しまった!やはり我々は注目されている。あれだけPRしといて今さらそんな事をいうのもなんだが、これでもしゴール出来なかったら、むっちゃ恥ずかしいんじゃないか。さらに弱気になって『すんませんけど川の地形を教えてもらえませんか』とお隣りさんに教えを請うと、なんとこの完成度の高いイカダを作ったチームも初出場だという。なぜいきなりそんな凄いイカダが作れるんだ?

そしてレースは始まった

午後1時20分、レースが始まる。スタートは一分間隔だ。一番艇が浅瀬をイカダを引っ張りながら全力で駆けていく。カッコエエなぁと見ていると最初のカーブでそのイカダがいきなり転覆した。ありゃ、なんやそんなもんか?とメンバーを見渡すとなぜか匹田嬢だけがこわばった顔をしている。『テンプク?あ、全然大丈夫』と無責任に彼女をメンバーに加えたけど、そういえば彼女は泳げなかったんだ。すっかり忘れてた。『ゴ−ルで待ってるぜ』と出ていったお隣りさんは7番目、そして僕らの後には3年連続優勝のサークルマウンテンの黄色の船体が控えている。

合図と共にスタート、すぐに最初のカーブが迫る。漕げー!と叫んでいるうちに岩に乗り上げ転覆。そしてすぐにひっくり返ったイカダが頭の上に落ちてくる。ジタバタしながら下敷きから脱出すると、すぐ目前に黄色の船が迫る。スタートわずか3分ほどで速くも優勝候補艇に抜かれたのだ。衝突、転覆、漂流。その様子は遠藤カメラマンの望遠レンズにクールに収まっていた。

一度、転覆するとそうとう体力を浪費する。復活した頃にはもう黄色の船体は見えなくなっていた。なんちゅ−速さだ!と呆れているとすぐに次のイカダが来る。慌てて避けると岩に乗り上げて名家永谷転落。もう何が何だかわけが分からない。緩やかな流れや浅瀬では体力で負け、岩場では技術で負け、最初の転覆で折れたドリームチームの旗は穴吹川に流される。そしてその様子は自転車で先回りする遠藤カメラマンのカメラにまたもやクールに記録されていく。中間地点を過ぎた辺りで後の方からリズムの整った掛け声が聞こえてきた。振り返ると27番の番号が見える。『ちょっと待ってよ、僕らって8番ですよね』高嶋君が叫ぶ。そういえばそうだった。勢いよく27番に追い越されていくのを河原で見ていた日傘のおばあちゃんに『なんでこんなところに8番がおるんじゃ』と言われる。うわぁ−、もうどうにでもして!何とでも言って!もうこの辺まで来るとレ−スなんかどうでもよくなってきた。せっかく四国一の清流に来ているんだから楽しまないと。

遠藤カメラマンの銀メガネはキラリと光った

河原で声援を送ってくれる家族づれに手をふってるとイカダの横に木片が流れてきた。誰じゃ!四国一の清流穴吹川にゴミをすてるヤツはとその木を拾うと、それはポリタンクを固定するのに使ったスノコの木片だった。数々の激突で僕らのイカダは崩壊寸前になっていたのだ。さらに追い討ちをかけるように最後の難所の堰堤が現れた。ここだけは乗ったまま越すのは無理なので、大会役員がパイプでこしらえた斜面を3メートルぐらい下の川まで滑り落としてくれる。しかしこのイカダがその衝撃に耐えられるだろうか?。ドカーン!下で待っているとイカダが落ちてきた。その瞬間、ポリタンクがイカダの横から飛び出す。もうすでにスノコはなく、固定しているロープもブチブチだ。このままでは完走も危ない。

やがて正面の山腹にゴール地点の国民健康保養施設グリーンヒル穴吹が見えてきた。確か大会規定ではイカダも人間もゴールした時点で穴吹牛のバ−ベキュ−券を得る資格が出来るという残酷なルールだったはずだ。こうなったら部品になってもゴールして穴吹牛を食う。そしてビールだ!そこに遠藤カメラマンが現れる。『どうですか?』『ビ−ルじゃ、ビ−ルをくれ』『もうゴールはそこです』。灼熱の太陽の下、キラリと銀メガネを光らせた理系遠藤カメラマンはどこまでもクールだった。

そしてゴール。『ただいまゴールしましたのは関西冒険クラブ。標語は”穴吹の川に流
るる15万”です』。うぎゃ−止めろ!それを言うのは止めてくれ!恐れ多くも15万などと口にした私達が悪うございました。あまりの視線の痛さに川に飛び込み、流されるままに岸にたどり着くと大会本部の役員が来て『お疲れ様、イカダ岸に上げてバラして。んっ!もうその必要ないか』とグサリと言い。さらにイカダを岸に上げると別の役員が来て『お疲れ様、どうでした穴吹川はアマゾンとは違うでしょ』ととどめをさす。穴吹町の人はニコニコしながら、なかなか厳しいのだ。ゴ−ルでは約束通り僕らの前に出走したトロイカ号の人達が待っていてくれた。同じ初出場で57チーム中、彼等は13位。そして僕らは48位。5キロのコ−スで僕らのタイムは1時間21分19秒。そして今回トップのあめご丸はなんと37分51秒だ。クールにレースを俯瞰していた遠藤カメラマンの弁では『上から見ててもそんなもんと思いました』ということだった。これは来年リベンジのリベンジだ。(完)
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