11年間の世界放浪

ひょんなことから『ポカラ』誌第5号(97秋・冬号)に掲載されることになった文章。
96年、1年3ヶ月かけてアフリカと中東を走り、パキスタンのカラチでゴールした時を回想して書いたものです。

6年7月、悪夢のような猛暑の中、辿り着いたカラチは今しがたのスコールに町中が浸っていた。待ち合わせしたAVARI TOWERの前の道にバイクを止め歩道に腰をおろす。さっきの電話だと10分もしないうちにヒロシ君は来るだろう。それにしてもシドニーで彼と働いていたのが9年も前のことなんて、いつの間にそんな時間が過ぎたんだろう。この10年いや正確に言うと11年、僕はひたすら世界を走り続けてきた。何のため?理由なんかない。なんとなく、そう強いて言うなら、なんか楽しそうだったからだ。

 

僕は放浪者、ヒロシ君は副社長                                                                

   じゃあヒロシ君にとって、この10年は何だったんだろう。シドニーから中国に渡った彼はアジアで商売を覚え、今やカラチの水産会社の副社長だ。8年前、海南島からゴカイを日本に輸出するデカイ仕事があるから一緒にしようと言っていた話はどうなったんだろう?一体なぜカラチにいるのか?昔からよく分からないヤツだった。まあいいか後でゆっくり聞こう。そう呟きながら顔を上げた時、一台の白い軽自動車が目の前で急停車し男が車から降りてきた。

『シンゴ君ひさしぶり!本当にバイクで来たんだ』

少し腹が出てカンロクがついたけど、それはまぎれもなくヒロシ君だった。

『ハハ、ひさしぶり。何だよ副社長って!いつのまに、そんなに出世したん?ベンツか何かで迎えに来ると思ってたから、一瞬わからんかったわ』
『何言ってんの。とりあえず家に行こう!ついてきて』

中心街から20分。海に近い高級住宅街に彼の家はあった。重そうな鉄のドアを開けるとそこには貧乏旅行者には無縁の世界が広がっていた。クーラーのよく効いた不自然なまでに広い部屋。ソファーに腰を下ろすと、お手伝いの少年がすぐにコーラを持ってきてくれる。

『ヒロシ君、すごいな、ここ』
『いやー、広すぎて逆に不便よ、台所にいたら奥の部屋で電話鳴っても聞こえないし、行くまでに切れたりするしな』
『あのなー、怒るぞ!俺もいっぺんそんなセリフ言ってみたいわ』
『そうそう、隣に西さんっていう商社マンがいるんだけど、シンゴ君がきたら会いたいって言ってたから呼んでくるよ、ちょっと待ってて』


  そう言うと彼は部屋を出ていった。なんだか9年前となにも変わっていない。そしてくつろぐ間もなく、西さんが現れた。

『はあー!黒いですねー。信じられない。こんなに日焼けするもんなんですね・・・・。あ!すいません、はじめまして、私、西って言います。ヒロシさんから話聞いて来るの待ってたんです、本当にあの表に止まってるバイクでアフリカから来たんですか?アフリカはどうでした?私も夏にケニヤに行く予定なんです』
『えーと。おもしろかったですよ、でも何かちょっとあっけないって感じでしたね』
『あっけない?』
『僕はアフリカってもっとムチャクチャな所だと思ってたんですけど、思ったよりマトモなんですよ。だからそれほど苦労しないで走れてしまったんです。まー確かにもっともキツイっていう中央と西アフリカは走ってないから偉そうな事いえないんですけど、でも南と東だってもっとキツイと思っていたら楽勝で走れちゃったんです。楽だったらいいじゃないって思うでしょ、でもキツイのを覚悟で行って簡単にできてしまうと何かやったって気がしないんですよ』
『ふーん、そんなものですか』

  スラムドリームやん、それって!                                                                 

『シンゴ君、時間はあるんだろ、それなら、まずビールでも飲もうよ』
『ビールってこの国で手に入るの?イランで密造酒飲んだ時はかなりヤバかったけど、この国もマズイんじゃない?』
『僕が何年ここに住んでると思ってんの?家の中でなら問題ないよ、ただし飲むと下痢するけどいいよね』

『いい、いい、そんな下痢なんてしょっちゅうよ』
『じゃとりあえず乾杯!しかしシンゴ君何年ぶりよ?』
『ヒロシ君がロシア語しゃべれる彼女と京都に来たことあったじゃない、あれが8年前だから多分あれいらいよ』

『そうかー。8年かあー』
『それで前に言ってたゴカイビジネスはどうなってんの?』
『うん、やってるよ。アラビア海って、すぐ目の前にいい場所があるんだ。こんな物って生きてなんぼの物だから取れる場所が空港に近いのはすごい有利なんよ。でも実験的に日本に空輸したのはほとんど死んじゃった。それで今どうやったら長生きさせられるか研究して、だいぶ以前より分かってきた。もう少しデータ取ったら特許申請しようと思ってる。ゴカイってカラチの港にあるどんな水産物よりもキロあたりの単価が高いから、うまくいきゃ本当にゴカイ御殿がたつよ!でも一つ問題なのは日本のゴカイビジネスには韓国マフィアがからんでるから日本に進出しようと思ったら、ちょっと覚悟いるんだよね』
『ゴルゴ13がでてきそうな話やん』
『それと今面白そうなのが貝。イスラム世界って戒律で食べていい物とダメな物がある。貝なんてパキスタンがイスラムになってからなんと誰も取ってない!そんな物何がどれだけあるか検討もつかないよ。うちの社長も昔、カニなんて網を切るだけの悪者だと思われていた頃に、アメリカの会社から資金提供してもらって、それで稼ぎまくって今の工場作ったからそういうチャレンジには理解あるんだ。シンゴ君、明日、海に貝の調査に行くから一緒に行こうよ』


『えっ!行ってもいいの!行く、絶対行く。すげームチャクチャ面白そう。イスラムドリームやんそれって!』

『まーそれほどじゃないけど』
『そうですか、なるほどおもしろそうな話ですね、ヒロシさん。いいなあ、うちの商社じゃやろうと思ってもなかなかそんな小回りは効かないですね。ところで坪井さんとヒロシさんはどういうお知り合いなんですか?』

『僕とヒロシ君は10年前、シドニーの免税店で一緒に働いていたんですよ。僕は当時、大学留年して5年生だったんですけど、どうしてもオーストラリア走りたくって、留年した年を休学して来ました。もっとも留年ていっても中国語を一科目落としただけで、それもなんと一点差!あれがなかったら僕、素直に今頃サラリーマンやってたでしょうね、あれはまさに運命の一点でしたよ』

  カ音痴がバイクで世界を駆け巡る                                                                

『それでシドニーで中古の750買ってオーストラリア一周しました。広くて気持ち良かったんですけどなんかオーストラリアも物足りなかった。僕はその2年前に初めての海外旅行でアメリカを走ったんですけど、その時は毎日が驚きの連続で、いつも途方に暮れてたんです。それと比べちゃうからか、なんか刺激が足りないというか発見がないというか・・・。僕に見る目がないせいからかもしれないけどアメリカもオーストラリアも同じに見えた。

それである日、24時間走り続けてみたんです。そしたらなんと2000キロも走れた。これはおもしろかったですね2000キロといえば日本ならだいたい本州の端から端の距離、でもやる気にさえなれば一日で走れるわけです。』

『そんな事して何かになるんですか?』

『多分なんにもならないですよ。西さんに分かってもらえないかもしれないけど。僕にはすごく面白いんです。

ま、そんな感じでオーストラリア一周してシドニーに帰ってきた僕はヒロシ君やほかの友達と住んでたんですよ。タクシーに追突されてバイク壊されちゃってずいぶんモメたこともあったなぁ。結局やられ損です。海外で事故ると本当つらいっすね。でもいい勉強になりました。言い訳じゃなく本当そう思うんです、不思議なもんで悲惨な事のほうがなぜか記憶に残ってますね。

それから僕は残った金を持ってヨーロッパへ、ヒロシ君は仕事で中国に渡ったんだよね。そういやあの頃ヒロシ君もZ1R1000とかいうとんでもないバイク乗ってたよねー』

『懐かしいなー、その話。そう、あれ1000のくせにキックしか付いてなくてエンジンかけるのにエライ苦労したもん、それでさー、仕事の帰りにシンゴ君といつもボンダイハイウエーでレースになって、あの1キロぐらいしかないハイウエーでいっつも180キロぐらい出してたよね。シンゴ君が帰る時に「今日はレース止めとこな」っていっつも言うのに結局、先に仕掛けてくるのはいつもシンゴ君なんだもん』

『そういやヒロシさんはベトナムにBMW置いてるっていってましたよね、私はバイク乗らないから分からないけどバイクってそんなにいいですか?』

『いいですよ!西さんどうして乗らないんですか。今からでも乗ってくださいよ。そうですね何がいいかってまずあのスピード感かな、遮る物がないから体感できるじゃないですか。それに僕は改造するのも好きですね。

そういやシンゴ君すっごいメカ音痴だったよね。自分のバイクがシャフトて知らないで一ヶ月乗ってて、ある日チェーンがない事に気付いてビビッたとか、4サイクルと2サイクルの区別がつかないで4サイクルのバイクに2サイクルオイル入れて使ってたとか笑い話みたいな事いってたの覚えてるよ。全くよくそんなんでアフリカなんか走るよ、少しはマシになったん?』

『えっ、ちょっと待ってください。そんなわけないでしょ4サイクルと2サイクルの区別ぐらい私でも出来ますよ、そんな!じゃバイクが壊れた時どうしてるんですか?』

『どうってまぁ今のバイクって頑丈だから、そんなに簡単に壊れませんよ。それに壊れる所ってだいたい決まってるんです。まず消耗部品と足回りさえマメに見ておけば大丈夫ですよ。もうエンジンなんか壊れたら仕方ないって思ってますから。それより大事な事は壊さないように使ってやることだと思うんです』

 

   いつめられるとワクワクする                                               

『そりゃ知識があるほうがいいに決まってます。でもいくらメカニックでも部品が無かったり工具がなかったらどうしようもないと思いますよ、そして実際そういう状況は海外ではよく起こる。でもその時に問われるのは知識よりむしろ知恵じゃないですか?

ようするにメカの知識あるかないかと海外ツーリングできるかできないかは全然別の話だと僕は思います。そんな基準でいえば世界一周する人は一流メカニックで語学万能、プロのレーサーにして外交官なみの交渉力とランボーみたいな生命力を持つ怪物ってことになる。そんな人いないですよ。必要な事って本当に必要になったら分かると思います。

昔、南米を走っていた時チリとアルゼンチンの国境ちかくの山の中でチェーンがいきなり外れた事があったんです。でもチェーンもスプロケットも新品だし朝ちゃんと点検したから外れるわけがない。で、よくよく見てみるとベアリングが粉々になっていた。こんなもの現品がないとどうしようもない、でも文句言っても嘆いても事態は解決しないわけです。車なんかも来そうにないし、もう自分でなんとかするしか仕方ないんですよ。

じゃあ、どうしたらいいか。ベアリングが無くなったからタイヤが横揺れしてチェーンが外れたわけだから、とりあえずはタイヤが揺れないようにフレームとタイヤを針金で固定して走ったけど、10分も走れば針金は切れてしまうんです。

それで次にベアリングの入っていた所にトイレットペーパーをぎゅうぎゅうに押し込んでみると意外とタイヤはきれいに回るんですよ。しかし強度不足でやっぱりダメ。でも発想自体はなんかそれで良さそうなので、もっと良いものないかなとカバンの中を探してみたんです。

すると、まさにこの時の為に用意されていたように直径がぴったりのセロテープがあったんです。それでちょっとナイフで削って使うとこれがズバリで、そのまま1200キロ走ってなんとかベアリングのある所までたどり着けた。

なんかもっと賢いやり方がきっとあると思うんですけど、結果としてメカ音痴でも自力でなんとかなったわけじゃないですか。僕思うんですけど誰も助けてくれなかったから何とか出来たんじゃないでしょうか?誰かいたら僕きっと甘えてただろうし、その人が助けてくれなかったら、自分のことなのにその人に責任転嫁して恨んでいたと思うんですよ。これはどう考えてもおかしい。

人間って、自分の持っている本当の力を不断はほとんど使っていないというより、気付いていないと思うんです。よく火事場のバカ力って言うじゃないですか。まさにそれこそが本当の力だと思いませんか?そして力だけじゃなく頭も恐ろしく働く。ベアリングの代わりにセロテープを使うなんてバカげたアイデア普通じゃ考えませんよ。また物がすぐ手に入る日本なら代用品を使うということすら考えられない。

僕は旅をしていろいろ悲惨な目に会ったけど、視点を変えれば普通に生活していたら出会わない状況に陥る事で、自分の知らなかった自分の力を知ることが出来た。そう考えたらすごく得した気分になれるし、もしまた逆境になってもなんとかなる。それどころか新しい力を得ることができる気がします。そのせいか最近、追い詰められると逆にワクワクしたりしますね。

あれっ、えーと、何の話でしたっけ、そうそうバイクのどこがいいかでしたよね。僕の場合はヒロシ君みたいにバイクをいじる楽しさはわからないですね。それより何ていうか、こう気分で移動できるのがいいですね。

例えば走っている時に、きれいな岩山を見て行きたいと思っても、ほかの交通手段じゃなかなか行けないでしょ。ところがバイクなら本能的に「いいな」と思った瞬間に行ける。その瞬間て気分に余計な物が混じってないから、ものすごくピュアなんです。だからストレートに感動が自分の中に入って来る。僕は感性にブレーキをかけないで、気持ちが旬の時に新鮮なうちに味わいたいんです。そしてそれを実現できるのが僕にとってはバイクなんです。』

   当に2メートルのブラックバスなんているの? 

『シンゴ君そんなややこしい事はいいからさ。それよりアフリカの話を聞かしてよ』

『なんだよ、せっかくカッコイイ事いってんのに。えーと、今回アフリカでやってみたかったのが、まずキリマンジャロに登る事でしょ。それからザンビアの難民キャンプにいる南部アフリカ最高の呪術師に会う。ダチョウに乗る。世界一高いバンジージャンプをする。ザイール川をカヌーで下る。ナイルパーチを釣る。エジプトのピラミッドに登る。それと中東で黒海のヨーロッパ大ナマズと、カスピ海のチョウザメを釣る。そんなのがやってみたかったんだけど、半分ぐらいしか出来なかったな』

『シンゴ君って本当に何でもありやな。でもそんなにいっぺんに言われても分かんないよ。それで何がおもしろかったん?』

『ウーン何がって全部おもしろかったよ。ほら僕釣りが好きだから、ナイルパーチが釣れた時は最高だったよ。ナイルパーチってブラックバスを巨大化させたみたいな魚で2メートルぐらいに成長するんやけど知らんやろ。実は僕も最近までそんな魚がいるなんて知らんかってん。

当然日本で調べても何の資料もないから、どこに住んでいて何を食べてどんな仕掛けで釣るのか全部自分で調べていかないとあかんわけやけど、これが結構たいへんなのよ。市場にあるからどこかに絶対いるはずなのに誰に聞いても知らない。それで港に行って漁師に直接聞いてまわってたんだけど「そんな物どこにでもいるよ」とかしか言ってくれない。どこにでもって、ビクトリア湖なんて面積でいえば多分、日本より広い。

そんな風にしつこく聞き込みを続けたわけ。それでついに、ケニヤのツルカナ湖で1メートル20センチの大物が釣れた。こりゃもう嬉しいなんてもんじゃないよ。このくらいの大きさになったらなかなか浮いてこない、それが水中ででかい腹光らしてサァーッて横に走るんやで、初めてその姿見た時、その大きさにカラダ中しびれたわ。何ていうか、「ヤッターザマアミロ!」っていう感じかな。この一瞬と他の時間、全部引き換えにしてもいいというか多分この感じって「そんなことしてなんの得になんの」とか言うようなヤツには一生分からんだろうなっていう気持ち良さかな。

要するに全く何もないとこからここまで辿り着いたわけやろ、だからおもしろいし値打ちがあると思うんよね。スケールは違うけどヒロシ君が手掛けてる貝のビジネスも一緒だと思う。だからさっき話聞いた時、本当にゾクゾクとした。日本にいたら耳に入ってくる話ってグチばっかりで、そんな血が騒ぐようなおもしろい話する人あんまりいないもん。それにヒロシ君サラッと話したよね本気の人は案外そんなもんよね。面白い事に、本当に行動する人はそんなに饒舌じゃないことが多いよね』

『本当に2メートルのブラックバスみたいな魚なんているんですか?坪井さん、ちょっと話が大きくなってませんか』

『信じてくれないんですか西さん?前も日本で、アラスカに2メートルのハリバットっていうヒラメがいるって言った時も同じように言われました。「ヒラメが2メ−トルになるわけないだろ常識で考えてもの言えよ」って。でも事実は事実なんです。

僕いつも思うんですけど常識ってなんなの?どうして確かめもしないでそんな物はないと言い切れるの?何を根拠にそのセリフがでるのか、本、新聞、TV,それともみんながそう言うから?マスコミはいつも正しいですか?名のある人の言うとうりにしていれば間違いないの?そんなのはイヤですね。僕は自分で確かめてみたい。見てみたい。感じてみたい。そして自分なりの判断を下したいですね。』

 

  ーっとずーっと思っていることは実現する                                            

『でも僕も昔はそんな生き物がいるなんて夢にも思いませんでした。だから、開高健が「オーパ!」って本の中でこの魚をクレーンで吊しているのを見た時、唖然として言葉をなくしましたよ、すごい衝撃でしたね。ゾウが大きいとかキリンが大きいことは誰でも知ってるじゃないですか、まー実際、草原とかで出会うとその大きさに圧倒されるけど、でもそれだけですよね。事実を再確認しただけでしょ。

でもこのハリバットの大きさっていうのは意味が全然違う、常識を壊してしまうような大きさなんです。僕の言いたい事分かってもらえます?そうですね例えば江戸時代の人が街角でいきなりゾウに出会ったら宇宙人に出会ったぐらい驚くでしょう。僕にはこの写真がそのくらいの驚異だったんです。

そしてどうしても見たくて、釣りたくて、アラスカまで行った。で、実際見てみると大きさは知ってたはずなのに、こんな生き物が本当に世の中にはいるんだという事に感動して、涙出そうになった。思わずハリバットの腹叩いて「お前すごいじゃないか」って話かけてしまった。

僕が最初に本でそれを見てから実際アラスカで触れるまで8年かかってるんです。もちろんそのためだけに時間を使ってきたわけじゃないけど心の底で「きっといつか」ってずーっと思ってきた。ずーっと思ってる事は実現する。僕はそう思います。なんていうか長い間、旅してるとこんな風に常識が壊されてしまう瞬間とか時間が止まってしまう時とかがあるんですよ。

そしてその度に壊されちゃった今まで信じてきた物をもう一度、ひとつひとつ手にとって確認しながら積み上げないといけない。でもそうやってよく見たら、今まであたりまえと思って疑う事もなかった物がものすごく奇妙な形をしてたりする。「なんなの、これ?何でみんなこれがおかしいって思わないの」ってね。でもみんな忙しくてそんな事してるヒマがないんでしょうね。もしくは「そんなわけないだろ」って目つぶるか。

確かにその積み上げ作業はしんどい、でもできあがるとちょっとは山が高くなってる。そしてまた次の衝撃でイチからやり直す。なんかこういう出会いが多いほど旅は楽しいんじゃないですか?そんな強烈な瞬間の記憶をいっぱい持ってる人は幸せだなと思う。でもね、偏見持たずに見ると世の中、本当不思議だらけですね、僕はもっと知らない世界を知りたいね』

『ウーンなるほどね。シンゴ君の好奇心って目が開きたての赤ちゃんみたいやな。それでこれからどうするの?』

『その事なんやけど・・・。あのねヒロシ君、金貸して欲しいんやけど』

『いいけどなぜ?』

『いや、恥ずかしながら実はもう日本に帰る金つかってしもてないねん』

『そんな!ちょっと待ってくださいよ、坪井さん。ヒロシさんがいなかったらどうするつもりだったんですか?』

『そんなに怒らないでくださいよ西さん。いや僕はまだ金目の物なら持ってるし、もしヒロシ君がいなかったら、インドに行ってカメラでも売ったら日本までの飛行機代ぐらいなんとかなると長期旅行者から聞いたんで、そうしようかなーって思ってたんです』

『相変わらずムチャクチャやな、シンゴ君』

『どっちがムチャよ、中国語一言もしゃべれないで、海南島の工場の現場指導してたんは誰よ。僕から見るとそっちのほうが信じられんわ!』

『おたがいさまか・・。それはそうとして、シンゴ君腹減ってない?ぼちぼち晩メシにしようか。何食いたい?』

『そうやな、せっかくやから、ヒロシ君が扱っている海の物食わしてよ』

『OK!それじゃちょっと港に行こう、今日取れた魚がちょうど陸揚げされてる頃だから』

『ますますラッキー!いきなりアラビア海の魚とご対面か。行こ行こ』

 

   の終わりに・・・                                                                                    

   三人を乗せた車はアラビア海から吹くなま暖かい塩気を含んだ風を受けゴミゴミした町並みを抜け市場へ向かった。パキスタンのド派手なバスや荒っぽい運転のタクシーを見ていると、もうすぐこの旅が終るのが嘘みたいで何だか急に寂しくなった。

いつも旅の終りが近付く頃には、終ってしまう事への寂しさと漠然とした将来への不安、日本にいる会いたい人達の事などが絡まりあって何とも言えぬ気分になる。

しかし港について山積みされた魚達を見るとそんな気分もふっとんでしまった。ヒロシ君は地元の漁師達と話しながら僕のリクエストしたエビを探してくれた。他にも素晴らしいネタが手に入ったので家に帰って再び下痢ビールで乾杯する。西さんが帰った頃にはテーブルの上にはビール瓶の山が出来ていた。

『さっきの続きなんだけど、シンゴ君、日本に帰ってからどうするの?』

『うーん、さあどうしよう?厳密に言うとまだまだ行きたい所あるけど、とりあえず、だいたい世界は見てきたし、なんかもう帰ると思うと力抜けちゃった。こういうのって確かにやっていこうと思ったらいくらでもやっていけるけど、そうやって無理矢理やっていくのってなんか不自然だし義務みたいで嫌なんだよね。

目的のため他のすべてを犠牲にしてもいいやって言えるぐらい純粋な時期って本当短いと思う。もちろん旅はしたいんだけど惰性みたいな部分の方が大きくなってくると旅本来の楽しさが現実逃避や代償行為に侵蝕されて嘘くさくなってくる。でも純粋すぎる人ってすごく危いよね、追及していくと満足するには限界を上げていくしかないんだけど、その美学はすごく破滅的な状況でしか止まらない。

なのに困ったもんでバイク乗りでも、自転車乗りでも何でも、その世界に足突っ込んだ人はより純粋で破滅的な人にすごく惹かれるんだよね。病気が進行している人ほど奇妙に美しく見える。分かるかな?さっきも似たような事言ったかもしれないけど、出来るか出来ないか分からないからやってみたくなるんだよね。そしてそうせずにはいられない気持ち、目的が達成された時の充実感これはもう本当ドラッグやね。一度味合うとやめられない。でもそのハイリスク、ハイリターンなものは何もド派手な冒険の中にだけあるわけじゃないんだよね。

例えばヒロシ君のチャレンジなんてまさにそうだと思う、まだだれも手の付けていないエル・ドラドが目の前にあって自力でそこに近付こうとしてるわけじゃない。そしてそのためならどんな苦労も楽しみに転化できる。僕もそんなものを日本で探してみたいと思うわけなのよ。

さっきヒロシ君が「シンゴ君がうらやましいよ」って言ったけど、僕からみたら夢を追いながらそれがそのまま世の中のためになり自分のためになっているヒロシ君のほうがよっぽどうらやましいよ。だって僕のしている事は世の中に対して何の還元もしないひとり遊びだもの。だから日本にいると何か恥ずかしくて隠れちゃうんだよね。無制限な自由って、はた目より結構しんどいもんよ。

僕はね、走ってたらいつか本当にやりたい事が見つかるって思ってた。でもやっぱりわからない、走る事、世界を自分の目で見て判断することって、それだけでも十分意味があると思うけど、最近何かもの足りない気がしてね。結局青い鳥は日本にいるのかもね?というわけで、まだ情けないことに答えが出てないんだ。まあ、どうするか考えるよ。何か一緒にできるおもしろい事あったらしよう!』

『そうそりゃ楽しみにしてるよ。とりあえず、日本で住所決まったら絶対教えてよ』


  それから半年ぐらいたったある日、突然ヒロシ君からの電話が来た。

『あっシンゴ君、久し振り元気?』
『ヒロシ君?これいったいどこからかけてるの?』
『カラチ。あのねシンゴ君。僕今度アフリカ東海岸に進出してインド洋でしばらくやってみようと思ってるんだ。それでね前にケニヤとかタンザニヤの海に行ったって言ってたじゃない?どんな魚いたかちょっと教えてよ』

『本当!相変わらずやるなー、ヒロシ君。もちろんいくらでも協力するよ。でもそれはそうだけど、アフリカ行ったことあるの?』
『ないよ、でもいけると思う』
『そーか、それじゃタンザニヤの知り合い紹介するよ。本当にガンバッテ!』

  電話一本でエネルギーを注入された思いがした。世の中、全くすごい男もいたもんだ。僕も何かしないとヒロシ君の友達でいれなくなるな。さーて、何しようか?

 

 


 

 

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