2005年4月、ひさしぶりにニューヨークに行って来た。4月15日に日本を発ちフランクフルト経由で約30時間かけてブラジルに飛び、リオデジャネイロ、ヴィトリア、ベロ・ホリゾンテとブラジル国内をまわる仕事を終えた後、22日の金曜の早朝、ニューヨークのJFK空港に到着した。そのままホテルに直行し、午後はパークアベニューにある会社の事務所で打合せ。翌週25日の月曜にニューヨークで交渉事があるため、週末をニューヨークで過ごすことになったのだ。約1年ぶりのニューヨークで週末に何をして過ごすか、あれこれ迷ったが、結局シーズンも終わりに近づくメトロポリタン・オペラ三昧ということにした。
調べるとこの週末は運良く演目にめぐまれ、22日金曜の夜がヴェルディの「仮面舞踏会」、23日土曜のマチネーになんとワーグナーの「ワルキューレ」という豪華な組み合わせである。しかもこの「ワルキューレ」、ジークムント役をプレシド・ドミンゴが歌い、指揮はヴァレリー・ゲルギエフときている。
わずか1週間前に手配したにもかかわらず、「仮面舞踏会」は35ドルのファミリーサークル席、「ワルキューレ」は215ドルの1階オーケストラ席が入手できた。ドミンゴの生出演するオペラが1週間前に2万円ちょっとで買えるなど、日本ではまず考えられないことだろう。久しぶりのニューヨークの週末は実に充実したメニューとなった。生ドミンゴは7-8年前、ワシントンのウォーターゲートホテルのレストランで土曜のブランチを食べていた時、たまたま隣の席に座って食べていたのがドミンゴだったので、かなり間近に見てはいる。(あの時でもすでにかなりのお爺ちゃんだったが、シークムントをちゃんと歌えるのだろうか?)実際にオペラの上演で聞くのは10年以上前に、東京のNHKホールのメトロポリタンの引越し公演で「ホフマン物語」を聞いて以来である。いずれにしてもとても楽しみな演目である。
ちなみにワーグナーとヴェルディという作風も扱った題材も全く違うが、間違いなく世界のオペラ史上最も偉大な2人の作曲家は、どうした因果かナポレオンがロシアで敗退した翌年、1813年という全く同じ年に生まれている。
従ってこの二人の作曲家としてのキャリアはかなり重なって同時進行しており、例えば初期の代表作で二人が世間に認められるきっかけとなった出世作の「さまよえるオランダ人」(ワーグナー)と「ナブッコ」(ヴェルディ)は全く同じ27歳の時、1841年に完成している。
ちなみに古典的イタリアオペラの伝統的作風で書かれたヴェルディの中期の代表作「仮面舞踏会」が完成したのは1858年。実はワーグナーの誇大妄想ともいえる舞台祝典劇「ニーベルングの指輪」四部作の第二作目「ワルキューレ」はこれに先立つこと2年、1856年に完成していた。つまりこの2作は音楽史的にみるとほぼ同じ時期に作曲されたイタリアオペラとドイツオペラ(ワーグナーの場合は「楽劇」というべきか)の代表作なのである(作風の斬新さから考えると「ワルキューレ」の方が「仮面舞踏会」より先に作曲されたということは興味深い)。
いずれにせよこのライヴァル2人の代表的作品を2日続けて鑑賞できるという行幸に恵まれたわけである(ヴェルディはワーグナーの「ローエングリン」を観、タンホイザー序曲に驚嘆したといい、一方ワーグナーもヴェルディの「レクイエム」を聴いたという記録があるようだが、両者はあきらかにお互いを意識したライヴァルだった)。