さる11月25日、感謝祭の連休にひさしぶりにニューヨークのメトロポリタンオペラに行ってきた。
日本の勤労感謝の日にかけて1週間、家内が米国に単身赴任中の筆者のところを訪ねてくることになっていたので、文化の楽しみの全く無い(ホントです)インディアナの田舎から抜け出して、週末をニューヨークで過ごそうという計画を画策したわけだが、実はメトの予定表を見て驚かされた。丁度この感謝祭の4連休の真ん中の11月25日、土曜日の演目が、なんと昼間のマチネーがプッチーニの「トゥーランドット」、夜の公演がリヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」なのである。しかも「トゥーランドット」の演出はかのフランコ・ゼッフェレルリ。これは行かない手はない。早速チケットを手配するが、土曜の公演は人気で当然シリーズ券の観客で売り切れ。
幸い会社のニューヨーク事務所が過去20年余り、メトの定期会員でかつ毎年寄附をしているため、特別な窓口で扱う「チケット交換制度」(予定の付かない定期会員のチケットを他の会員に融通する制度)を使って両演目とも2枚ずつ定価で入手してもらうことができた(岡本氏ならば当日会場前に行けばダフ屋がいますよ、といいそうなところだが、インディアナの田舎から出ていって万が一入手できなかったら最低なので安全策をとる。しかもプレミアムなしだし……)。
さて今年のメトはいささか調子が悪いような気がする。春先にレヴァイン指揮の「ニーベルングの指輪」のチクルスで沸いた昨シーズンと違って、はっきりいってあまり大きな目玉がない。
あえていえば寄付金集めのための特別ガラコンサートが2つ。今や人気絶頂のチェチリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ)とブリン・ターフェル(バリトン)を迎えたガラコンサート(10月29日)とプラシド・ドミンゴの60歳誕生日コンサート(2001年1月21日)なのだが、実は前者がさんざんだったと報道されている。
「ボストン公演で風邪をひいて出演不可能」と肝心のバルトリから連絡が入ったのが10月27日。メトはそれからあわてて代役をさがすのだが、さすがに2日前ではなかなか大物が見つからず、結局26日にカルメンを歌ったオルガ・ボロディーナを口説き落とす。ところがこのボロディーナも29日の当日になって声が出ないと出演を拒否。万事休すで何とか当日出演可能だった(リハーサルはどうしたのだろう?)ほぼ無名の2人のソプラノ、クリスティーナ・ガラルド・ドマスとサンドラ・ラドワヌフスキー(2人とも前日の28日夜に「ボエーム」に出演したばかり)に加え、テナーのリチャード・マーギンソン(翌30日の「トゥーランドット」に出演予定)をかき集め、後はターフェル一人の人気で何とか乗り切るという綱渡りだったらしい。
演奏そのものはなかなかだったとの評もあるが、メトの年金基金への寄附集めが名目で、高額寄付者は出演者たちとのアフターコンサートディナーに招待されるという特典まで設けて、数千ドルにも上るチケットを買ったニューヨークのうるさがたの金持ち連中が、このバタバタに納得したかどうかは定かではない。
まあ、ドミンゴの誕生日は本人欠席というわけにはいかないだろうから、こっちのほうが確実な投資だろう。ただ、60歳のテナーというのは、さすがにいささか年を取りすぎてしまった感はいがめない。パヴァロッティも往時の美声はもはや望めず、もっぱらマイクだよりの3大テナー(老人?)ショーで活躍しているが(そういえば11月初めにラスベガスにリニューアル・オープンした新タジ・マハール・ホテルのディナーショーに出演するという新聞広告をみたっけ。もうほとんど芸能人そのもの)、ドミンゴも最近はワシントンオペラでの監督、指揮に老後を賭けている感が強い。
というわけでさすがのメトも今シーズンはあまりパッとしない。いよいよアメリカのバブルの終わりの予兆なのかなという気もしてくる。東京でベルリンフィルを起用したトリスタンを上演したザルツブルグ復活祭公演(そりゃ官能的だったでしょう。73年に同オケの極上のボルドーワインのようにシルキーなトリスタン「前奏曲と愛の死」の実演を聴いたことのある筆者にとっては全曲演奏は羨ましいかぎり……)や、小澤の活躍で期待が高まるウィーン国立歌劇場など、今後欧州の巻き返しが見られるのかもしれない……、というようなことを考えつつマンハッタンの街を散策して、1時開演の「トゥーランドット」に間に合うよう、12時すこし前から昼食にむかう。