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メトロポリタン歌劇場 2005年4月訪問記「仮面舞踏会」

手塚 代表取締役名誉相談


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 さて、まずは4月22日金曜日の夜の公演、「仮面舞踏会」である。6時過ぎから同じ音楽好きのニューヨーク事務所の同僚とリンカーンセンター近くの中華料理屋で軽くワインを飲みながら夕食をすまし、8時の開演前に余裕で会場に到着する。
 メトの35ドルの天井桟敷席(ファミリーサークル)へ行くのは初めてだったが、席は正面やや右側で舞台はほぼ全部見ることができる(もちろん舞台奥手には見えない部分もあるが、鑑賞に支障はない)。メトの場合、2階、3階のバルコニー席でも聴いたことがあるが、上の階の屋根が迫っていて響きの空間感覚が狭く、トゥーランドットのようなグランドオペラでも音響がこもってやや迫力に欠けた記憶があったが、上層階が音響を妨げない最上階にあるファミリーサークルの場合は、声が天井に跳ね返ってくるせいか、かえって良い響きで歌手の声の迫力も細部の歌いまわしも十分に堪能できる音響だった。これで35ドルは絶対にお買い得である。

 今回の「仮面舞踏会」であるが、指揮はベテランのジェームス・コンロン、演出がピエロ・ファッジオニのプロダクションで、配役はアメリアがデボラ・ヴォイト、レナートにアルロス・アルヴァレス、リカルドにマルチェロ・ジョルダーニ、ウルリカにマリアンヌ・コルネッティ、オスカーがリューボフ・ペトロヴァというものであった。
 「仮面舞踏会」はヴェルディの中期オペラの代表作のひとつで、個人芸の派手なアリアというよりもアンサンブルの妙が特徴の作品だが、そういう意味で今回の配役は、粒が揃っており、足を引っ張る歌手がいなかったせいか、非常に聴き応えのする上質の「歌劇」上演だったという印象である。
 初期、中期のヴェルディ作品は、台本そのものに後期の「オテロ」や「アイーダ」のような劇作品としての完成度がなく、かなり無理のある筋書きの作品が多いのが弱点だが、この「仮面舞踏会」も言ってみれば王宮の中の三角関係のもつれがもたらす国王暗殺というショッキングな悲劇を、「仮面舞踏会」という派手なセッティングのなかに収めるという、いわば大衆芝居的な構成となっている。
 そもそも国王がもっとも信頼する忠実な臣下の美貌の妻に恋心を抱き、不倫関係に陥った結果、臣下の恨みを買って殺されるという設定そのものが安直といえば安直だが、ストーリー上では不倫関係の2人には許されぬ恋をしているという切迫感や緊張感が乏しく、またもともと暗殺者に狙われているという設定の国王にしてはあまりに脇が甘い感じがして、登場人物に対して深く感情移入がしにくいように感じられる。
 同じ臣下と主君の関係でも、イヤーゴの妖計がしかけた嫉妬という毒薬にのた打ち回る英雄の弱さを悲劇的に描いた「オテロ」のような「心理劇」としての完成度はここにはない。

 しかし、音楽はさすがにヴェルディ。緊張感に満ちたオーケストラの伴奏の上に、見事な歌の饗宴が繰り広げられていく。コンロンの手堅く緻密な伴奏もこの上演を下支えしていた。
 今回のプロダクションでは、デボラ・ヴォイトが歌うアメリアが前評判が良かったようで、確かにしっかりしたテクニックと声量で観客を楽しませていた。第二幕の祈りの歌などは万来の拍手を浴びていた。しかし女声としてはむしろ占い師ウルリカを歌ったコルネッティの深々とした声の響きの方が会場の喝采を誘っていた。
 忠臣レナート役のアルヴァレスと国王リカルド役のジョルダーニは、いずれも声量も申し分なく、アンサンブルでのテクニックも立派なもので、今宵の上演をキリリとひきしめていた。特に国王の風格をたたえたジョルダーニのバリトンは、最後の死に際の慈悲に満ちた辞世の言葉などなかなか聴き応えがあった。
 ファッジオニの演出もゼッフェレルリの「椿姫」や「トゥーランドット」のような絢爛豪華さはないものの、きわめてオーソドックスで実直なセッティングだった。最後の舞踏会のシーンでも、ゼッフェレッリであれば、腕によりをかけて豪華な宮殿舞踏会のセットを準備するのであろうが、今回の演出ではそれなりの華麗さはあるものの、かなり抑えられたものであり、かえってドラマの悲劇性を浮き立たせるものだった。

 ということで、メトの「仮面舞踏会」は「アイーダ」やプッチーニのオペラのような、舞台を圧倒するような派手なアリアや、メトの大きな舞台を派手に使ったグランドオペラ風の舞台ではないものの、一貫して抑制と均衡がとれた舞台の上で、上質で隙のないアンサンブルが3幕にわたって繰り広げられ、終演後の印象は大変満足の行く上演だった。とても質の高い素材を使ったフランス料理のフルコースを堪能したときのような満足度とでも言えばいいだろうか。
 こうして中期ヴェルディの傑作オペラの真髄を堪能できた筆者たちは、11時過ぎに幕がはねた後もすぐに帰路につく気にならず、メトロポリタンの正面にあるジョセフィーヌ・レストランのバーでグラスワインを傾けながら、このイタリア「歌劇」の余韻を楽しみながら日付がかわるのを待つことになった。

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